第154話: 謎の巨大生物討伐【前編】
視界は良好。眼前に広がるのは見渡す限りの青い空。
少し手を伸ばせば、雲に手が届きそうだ。
遥か下方には、豊かな大自然がかなりの速度で移り変わっている。
今、俺たちは空飛ぶ絨毯に乗って、吸血島を目指して飛行している。
絨毯と言うだけあり、下地は布なので、座っていても痛くないのが嬉しい。
縦横3m程の広さがあり、7人でも十分な広さだった。
最初、速度を上げていくにつれて、その風圧をモロに受けてしまい、吸血鬼の2人が飛ばされそうなんてハプニングがあったのだが、障壁を展開する事でその問題はクリアされた。
しかし、ここに来て新たな問題が浮上した。
船酔いならぬ絨毯酔いだった。
俺やルーは平気だったのだが、ユイや飛ぶ事には耐性がありそうな吸血鬼の2人も酔いの症状を訴えていた。
途中、休憩と称して湖に浮かぶ小さな島に不時着した。
「お兄ちゃん、何だか気持ち悪いよ・・」
「結構スピードを出してたからな、酔ったんだろう」
「私もうだめ・・」
「僕も・・」
吸血鬼兄妹は、2人で支えあいながら、水場まで移動して、「ここなら大丈夫・・」と呟いた後、「おえええぇ」となっていた。
2人の背中をさすってやる。
ユイは、気持ち悪い顔をしながらも、何とか耐えている感じだった。
「ユイ、我慢せずに出した方が後が楽だよ」
「いやっ!お兄ちゃんの前では、いやっ!うっ・・」
「いや、うん、無理はするなよ」
計算だと、丁度半分位の距離を進んだ事になる。
流石に、また酔わせるのは可哀想だから、後半はスピードを少し落として進む事にする。
酔いとは、一度出してしまえば楽なわけで、後半も結局同じスピードで飛ばしていたが、皆会話をしながら景気を楽しむ余裕すらあった。
ユイも結局、我慢できなかったのは触れないでおく。
バーン帝国を朝方出発したにも関わらず、吸血島に到着したのは、1日明けた昼過ぎだった。
いかにこの絨毯の速度が速いかがよく分かる。
「兄ちゃん、あれが僕らの島だよ」
サテラが指し示した先には、ひょうたんのような形をした島だった。
あのお話に出て来そうな島に、「実在したんだな」と誰にも聞こえない程の声で呟いた。
思ったより大きな島で、ひょうたんの半分は、建物が並んでいるが、もう半分は手付かずの森林という感じだった。
サテラに指示されるまま、島の南側の海岸に降り立つ。
「みんな心配してるかな・・」
「スベン兄ちゃん、元気かなぁ?」
2人がこの島に戻るのは約1ヶ月振りだった。
過去、この島には吸血鬼族以外には、誰も降り立った事がないと言うので、騒ぎを起こされる前に2人を降ろしたらすぐに帰るつもりでいた。
レーダーに広がる反応を確認するまでは・・
海岸に降り立った俺たちを出迎えてくれたのは、「仲間を助けてくれてありがとう!」だとか「ようこそいらっしゃいました!」ではなく「不法侵入で拘束する!」だとか、「誘拐犯め!即刻処刑だ!」という憎悪に満ちたものだった。
前者は、まぁ、分からないでもないが、後者はどう見ても誤解だろう。
必死に兄妹が説得してくれていたが、結局捉えられて牢獄と思われる場所に閉じ込められてしまった。
抵抗すれば造作もないのだけど、騒ぎを起こして強引に解決するよりかは、相手側が誤解に気付いてくれた方がいいと思い、無抵抗で捕まる事にした。
決して、吸血島の中を見たかったわけではない。
「ある程度予想はしていたが、まさか即効捕まるとは思わなかったな」
「本当に吸血鬼さんがいっぱいでしたねぇ」
「私より小さな子もいたよ!」
「そりゃいるだろう。赤ん坊だってチラッと見えたしね」
「あ、ユウさん、あそこに誰か居ますよ」
ルーが反対側の牢屋を指差している。
こんな場所に捕らえられているので、恐らく囚人だろう。
同じ吸血鬼族のようだが、悪さをする輩は必ずしもいるわけで、あまりこちらとしても関わり合いたくない為、気にしないでおく。
階段を勢い良く降りてくる2人の足音が聞こえた。
「兄ちゃん!」「ユウさん!」
吸血鬼兄妹のサテラとリュイだった。
その後から来たのは、1人の青年と槍を抱えている警備と思われる人物の2人だった。
「2人を救ってくれて、ましてや送り届けてくれた恩人にこのような行為を働いてしまい、本当に申し訳ありません」
青年は、深々と頭を下げる。
恐らく、話に聞いていた2人の兄だろう。
「いえ、誤解が解けたのならそれでいいですよ」
「だめですよぉユウさん!誤認逮捕と言うことで、裁判所に訴えて高額慰謝料を請求しましょう!」
「どこの世界の話だよ・・」
おかしなことを言っているルーは放っておいて、場所を移す。
いつまでもこんな、薄暗くてジメジメした場所には居たくないしね。
牢獄を出て案内されたのは、吸血鬼兄妹の家だった。
家と言う割には、あまりにも簡素な造りで、トタン屋根に藁で出来た壁だ。
他の家は、レンガ造りのまだ家と呼べる代物なのだが、この違いは一体なんなのだろうか。
中に入ると、風通しが良く、陽の光も直接差し込んでいる。
開放的と言えば聞こえはいいが、雨風を凌ぐには心許ない。
「ボロ屋ですみません・・」
ルーが気を利かせる。
「私の住んでた小屋もこんな感じだったよぉ。こないだの事だけど、なんか懐かしいやぁ」
フォローしたつもりなのだろうが、何故だか1人感傷に浸っているルーは取り敢えず無視しておこう。
「いえ、俺らも旅をしている身なので慣れてます」
「何もお礼は出来ませんが、僕ら吸血鬼族が好んで飲んでいるララメルという飲み物です。良かったら飲んでみて下さい」
そう言い、人数分差し出されたのは、木のコップに入れられた、深い赤色の液体だった。
吸血鬼族が好んで飲む赤色の液体と言われれば、そんなの一つしか思い浮かばない。
ルーも俺と同じ事を考えているのか、コップを持ったまま、こっちに視線を送ってくる。
しかし、そんな事は関係ないと何の疑いもなくゴクリと一飲みしたのは、ユイだった。
相変わらず、少しは警戒を覚えて欲しいものだが、逆にそれに救われる時だって少なからずあるのもまた事実。
「ん、あまーい!!」
え、甘いの?
ユイの意外な反応に続いてルーがコップに口をつける。
一口だけのつもりだったのだろうが、意外にも美味しかったのか、ユイと同じく一気に飲み干してしまった。
俺も一口だけ口に含む。
確かに、甘い。
何かの果物だろうか。
ココナッツミルクのような感じだった。色は違うけど。
大体紛らわしいんだよ。この状況で、赤はないだろう赤は。
隣のユイは、あまりに喉が渇いていたのか、既に3杯目を飲み干した所だった。
その際、「プハッー生き返る!」とオヤジくさい事を言っている。
ルーに至っては、「シャバから出た後のこいつは最高だな!」と訳の分からない事を言っている。
最近というか、段々とルーがおバカキャラで定着しつつある。
ユイは、リュイやサテラが「冒険の話を聞かせて欲しい!」と言うので、これまでの冒険譚を掻い摘んで説明していた。
暫く話し込んでいると、1人の老人がここを訪れた。
「デレシーナ様!」
その姿を見たスベンさんが驚いている。
「少し邪魔するよ」
老人はズケズケと小屋の中に入ると、椅子に座る。
「アンタが、サテラとリュイを救ってくれた人族の青年だね」
「ええ、ユウと言います」
「私は、ユイ!」「ルーですぅ」「アリス」
「礼を言うよ。人族なんて、人攫いで最低の奴らしか居ないと思っていたが、アンタらみたいなのもいるんだと気付かされたよ。改めないといけないねえ」
デレシーナさんは、現在この吸血鬼族のリーダーをしている人物だった。
つくづく、俺は王だとかその場所の代表者に縁があるようだ。
「それに、随分と腕が立つそうじゃないか。迷惑ついでに、一つ頼みを聞いてくれないかい?」
「内容次第ですかね」
この辺り近海に謎の巨大生物が出没したらしい。
詳しく話を聞くと、この島唯一の大陸移動手段である商船が先日謎の生物に襲われたそうだ。
何とか沈没は免れたが、その際3名の犠牲者が出てしまったそうだ。
生き残った乗組員の証言によると、謎の生物の全長は、海の中に半分隠れていて分からなかったが、推定80m。長い触手のような物を無数に船にまとわりつかせていたようだ。
話を聞く限り、それって、もしかして大王イカとかタコなんじゃないのだろうか?
しかし、流石に80mはデカすぎるだろう。
以前戦った竜王よりもサイズ的には大きい。
奴レベルの相手の場合は、申し訳ないが、この依頼は却下だ。
当然命は惜しい。何より、皆を危険な目には合わせられない。
俺は断ろうと思っていたのだが、先に口を開いた人物がいた。しかも3人も。
「それだけ大きい相手だと、腕がなるね!」
「今晩は、イカ焼に煮付け・・・久し振りの味が私を待ってるぅ!」
「巨大生物興味ある」
ルーはどうやら相手はイカだと決め込んでいるようだ。
それより、今更断りにくい。
何故だか、皆の視線が俺に集まる。
この状況で、断る勇気など・・・俺にはない・・。
結局依頼を受ける事になってしまった。
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