第148話: サテラ
吸血鬼少年サテラの話
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「サテラ、リュイ今日はご馳走だから早く帰って来いよ」
「うん!分かったよ兄ちゃん」
「はーい!行こ、サテラ兄ちゃん」
ここは、バーン帝国から西に山を3つ超えた先の、ゾアス海を更に西に進んだ先に浮かぶ小島。
その名も吸血島。
人口1000人弱からなるこの島の住人は全員吸血鬼だった。
約200年程前、この世界に散らばっていた吸血鬼たちは、人族や獣人族たちの血を吸って生きていたことから、両種族から忌み嫌われ、段々と駆逐され、その数を減らしていった。
このままでは、吸血鬼族が絶滅してしまうと恐れた当時の吸血鬼の長は、吸血鬼族の生き残りたちを一箇所の離れ小島に集結させた。
その無人島に何百年の歳月を費やし、段々と今の吸血鬼たちの楽園を作り上げていった。
それが、現在の吸血島と呼ばれている島だった。
吸血島の場所は、同族以外には一般的には周知されておらず、大凡の位置でしか他種属は把握していなかった。
しかし、絶滅されたとは認知されていない。
と言うのも時々吸血島外に出てきた吸血鬼族の目撃例は実は複数ある。
物珍しさに捕らえられたりした例もあるのだ。
そんな吸血島に住む少年サテラは、3兄妹の次男。
兄のスベンと妹のリュイと3人だけで暮らしている。
両親は、リュイを産んで間も無く、不慮の事故により他界していた。
年の離れていた長男のスベンは、まだ幼かった二人の親代わりとして育てていた。
今日は、妹のリュイの誕生日なのだ。
リュイの好物でもある魚を捕獲するべく朝一から、島の裏手にある海岸まで足を運んでいた。
「ほんとに大丈夫なの、サテラ兄ちゃん?」
「大丈夫だよ。リュイだって、たまには大きいのが食べたいだろ?」
いつもは、浅瀬に餌を仕込んだ罠を仕掛け、それに集まってきた魚を一網打尽にしているのだが、近場だと小魚ばかりしか集まらない。
前々から不満に思っていたサテラは、密かにイカダを作っていた。
ただの丸太を結えただけのイカダだったが、子供二人が乗るのには十分な程の浮力と大きさだった。
ここは島にもかかわらず、一隻も船が存在しない。
元々吸血鬼たちは、自らの羽で飛ぶ事が出来る。
故に島の外に出向くのに船を必要としないのだ。
そして基本的に吸血島は、自給自足を貫いている。
家畜を放牧する為の広大な土地や食物を飼育する為の
畑など、自給自足するには十分な程に豊かな島だった。
「それはそうだけどぉ・・・でも落ちたら、私泳げなしい・・」
「大丈夫さ。それに危なくなったらボクが飛んで助けるから」
「絶対だよ?」
若干潤んだ瞳で問い掛けるリュイ。
「うん、任せとけって!仮に流されちゃって見失ったとしてもボクが絶対探し出してみせるから」
流されたらその時点で終わりだと思うけど?と疑問を浮かべながらもあえて口には出さなかった。
自信満々に答える兄の満面な笑みを見てしまうと何も言えなかった。
颯爽とイカダに乗り込み、自前のオールで沖へと繰り出す。
岸から200m位離れたところを起点とし、早速漁の開始だ。
予め餌を仕込んでおいた網を豪快に海に放り込む。
そして頃合いを見計らい網を引き揚げる。
すると、中には普段浅瀬では獲れないような大型の魚が大量に中に入っていた。
サテラは、逃さないように慎重に引き揚げると、イカダに備え付けられたカゴの中に乱雑に放り込む。
サテラ自身、こんなに上手くいくとは思っていなかったので、自然と頬が緩む。
リュイは予想外の大漁にイカダの上にいることも忘れてはしゃいでいた。
2時間が経過していた頃、イカダに乗り込んだ二人は、予期せぬ事態に襲われていた。
漁をする事に夢中になっていた事と穏やかだった水面に油断していて、気が付いた時には、イカダは海岸からかなりの距離を流されてしまっていた。
サテラは、オールで懸命に漕ぐが、一向に海岸に近付くそぶりが無い。
それどころか、どんどんと離れて行っている始末だ。
「サテラ兄ちゃん、、島があんなに小さくなっちゃったよ・・・私、少し怖いよ」
この事態にサテラの袖を掴みガクガクと震えているリュイ。
しかし、サテラは慌てているそぶりは無い。
寧ろ、何処か悔しがっていた。
「大丈夫だって、でも折角捕まえた魚は諦めるしかないなぁ」
そう言い、ガックシと肩を落としている。
サテラ自身、まだ飛行を覚えてそんなに月日が経過していなかった。
リュイを抱えて飛ぶので精一杯だったのだ。
この事態でも慌てていないのは、自分は飛べるからと。方位さえ見失わなければ、リュイを抱えて島に帰るのは容易な事だと思っていたからだ。
しかし、それ以外の物は諦めていくしかない。
折角漁で捕まえた魚も、このまま諦めて置いていくしかない。
無駄にはしたくないと、懸命にその細い腕でオールで漕ぐが、ここらがタイムリミットである。
というのも、ここらが島がギリギリ視界に入るかどうかの境界線だった。
海上では方位の目印になるような物がない為、帰るべき島自体を見失うと、最悪帰れなくなってしまう。
いかに空が飛べるとはいえ、長時間の飛行は、飛ぶ事を覚えたてのサテラにはまだ難しかった。
自分たちの置かれた状況に怯えてしまったリュイは、サテラに捕まり、今にも泣き出しそうになっていた。
リュイは、若干苦笑いしつつも「帰ろう」とリュイを抱き締めようとした時だった。
島の方ばかりに目線を向けていて背後からの気配に気が付かなかった。
ドスッ
波音に混じり、鈍い音が響き渡る。
イキナリ現れた何者かにサテラは頭部を鈍器のような物で殴られたのだ。
「ぐっ・・・」
普通の年相応の人族だったならば今の一撃で十分に相手の意識を刈り取る事が出来ただろう。
しかし、相手は吸血鬼族。
彼等は、人族よりもタフで耐久力が優れていたのだ。
結果意識を奪われることは無かったサテラだが、そのままイカダに勢いよく倒れ込んでしまった。
倒れ込んだ衝撃で軽い脳震盪を起こしてしまい身体が動かない。
相手からすれば、恐怖ですくんでしまったとも取れるだろう。
サテラは必死に振り向いて、自分を殴りつけてきた存在に目を向けた。
ニヤリと下卑た笑い顔を浮かべていた大柄な人族の男だった。
その後ろにももう一人、ヒョロそうな姿の男が見える。
しかもそいつは、リュイを後ろから掴み掛かり、口元に何かの布を押し当てている。
すると、必死に抵抗していたリュイが、イキナリ力が抜けてしまったのか、手をだらんとさせ力なくその場に倒れてしまった。
「おい!少女の方は傷つけるなよ!商品価値が下がっちまうじゃねえか」
「分かってますよ旦那。で、そっちの睨みをきかせている少年はどうしますか?」
「お前らっ!何者だ!リュイに何をした!くそっ!」
視界がボヤける・・
身体が言う事をきかない・・
今のサテラに出来ることは、ただ相手を睨みつける事と、怒鳴る事だけだった。
「粋がるなよ吸血鬼のガキが。すぐにお前も眠ってもらうんだからな」
サテラはすぐに理解した。
リュイは眠らされてしまったのだと。
さっきの布には眠りを誘う薬でも塗り込まれていたのだと。
ヒョロ男の方が手に布を握りサテラの元へとやってくる。
(このままだと、人族たちの国に連れて行かれてしまう・・元々、人族と吸血鬼族は仲が悪いと、兄さんや町の大人が言っていた。昔、戦争した事もあると)
サテラ自身、人族を見たのは今が初めてだったが、決して相入れない種族だと軽蔑と怒りの眼差しを相手に向けていた。
しかし、今のサテラの意識は、目の前の人族を倒そうなどと思い上がったことは思っていない。
サテラの頭の中にあったのは、妹のリュイを助ける事ただ一つだった。
根性でその場に起き上がったサテラは、近くにあったオールを武器代わりに相手へと向ける。
しかし、サテラは魔術師専攻で生まれてから今まで剣術の類など習ったことはない。
この行為はハッタリと言っても良いかもしれない。
魔術を行使しようにも、魔力を練る間此奴らが待ってくれるとは到底思えなかった。
それに、こんな密集している場所で使用すれば、リュイにも当たってしまうかもしれない。
故にサテラはオールを構えて威嚇するしかなかった。
その姿にイラっとしたのか、大柄な男の方が、先ほどサテラを殴った鈍器を手にしている。
ヒョロ男を「邪魔だと」言わんばかりに退かすと、サテラの目の前に対峙した。
「ガキがいっちょまえに俺様たちに立てつこうってのか?はっ面白え!」
真っ向から退治して勝算がないことなどサテラは分かっていた。
(何とか隙を見つけてリュイを取り戻さないと・・)
一先ず、素早く後方にバックステップし、上空へと退避するステラ。
「に、逃げられますよ!旦那」
「うるせえ黙ってろ!それにコイツを放っては逃げないだろうさ、あの目を見れば分かる」
サテラはどうすべきか攻めあぐねていると、
不意にヒョロ男が気を失っているリュイの髪を掴み上げ、サテラの方を向かせた。
「へへ、コイツを返して欲しければ、こっちへ来い」
明らかにただの挑発だった。
発せられた言葉には何の意味もない。
言葉通り、近付いたところで解放されるはずもない。
そんな事は百も承知だった。
しかし、自分の妹が、リュイにされている仕打ちが許せるわけも無く、頭に血が上ったサテラはオールを構えたまま一直線にヒョロ男に向かって突進した。
オールをヒョロ男に向かっておもいっきり振り抜いた。
しかし、オールはどこにも当たる事なく空を切る。
そして、背後からの鈍器による強烈な一撃がサテラを襲った。
「グッ・・」っと、ググもった息を漏らして再び倒れ込むサテラ。
サテラの目の前には、眠らされているリュイの姿があった。
サテラは意識が飛びそうになりながらも懸命にその手をリュイに向かって伸ばす。
しかし、間にヒョロ男が入りそれを阻止されてしまった。
サテラは、ヒョロ男を睨みつける。
「なんだその目はっ!」
サテラは頭を何度も何度も足で踏みつけられた。
その都度血反吐を吐く。
「おい!傷つけると商品価値が下がるって言っただろ!」
「どうせ男はボロ雑巾のように労働力に使われるだけですから多少傷があっても問題ねえです。それにこの目が気に食わないんですよ」
サテラは、何度も殴られようが蹴られようが睨むことをやめようとはしなかった。
既にかなりの血を流しているサテラに、流石にやり過ぎたと感じたのか、ヒョロ男の動きが止まった。
もう虫の息だと思ったのだろう。
せっかくの獲物だ、死んでしまっては意味がない。
しかし、次の瞬間、サテラは蹌踉めきながら立ち上がった。視線は依然として鋭い眼光をヒョロ男に向けていた。
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