第149話 :奴隷商館を潰せ

「おいおい、コイツどんだけタフなんだよ!」


何度殴られても、蹴られても、血反吐をブチまけて立ち上がるサテラのその異様な光景に、若干男たちの表情が引き攣っていた。


一瞬、身を仰け反らした隙をつき、サテラはヒョロ男の胸ぐらを掴んだ。

そのまま右拳で相手の顔を殴ろうと振り被った時だった。


今までで一番容赦のない、寧ろ本気の鈍器での殴りがサテラの後頭部にクリーンヒットする。

流石に相手は子供で商品という事もあり彼等は最大限に手加減していた。

しかし、サテラのあまりのタフさに憤りを覚えたデカ男は、本気のフルスイングをサテラの顔面にお見舞いしたのだ。


サテラは殴られたその衝撃のまま後方へ飛ばされ、海の中へと落ちてしまった。


かすれ行く意識の中で、サテラは妹のリュイに「・・兄ちゃん」呼ばれた気がした。


微かに聞こえたその声にハッと我に返る。

しかし、飛び込んで来た視界は先程まで夕暮れだったにも関わらず、気が付けば朝になっていた。


何処からか流れてきた漂流物に捕まる形で気を失っていたようだ。

リュイや男たちの姿は当然の事、影も形も消え失せている。


「クソッ!!一体、ボクはどれだけ気を失っていたんだ・・・」


大事な妹を人族に奪われてしまった虚無感が襲う。

殴られた蹴られた痛みより、自分の無力さに反吐がでる。

たった一人の妹すら守れない兄なんて・・・兄として失格だ・・

だけど・・


「待ってろよ・・・絶対に見つけ出してやるからな・・」


サテラは挫けなかった。


ふと、左手に掴んでいるものに気が付いた。


「これは・・・あ、あの時ヒョロ男の胸ぐらを掴んだ時にそのまま、剥ぎ取ったのか・・」


衣服の一部のそれは、良く見ると何かが印字されていた。


''バーン帝国・・・''


後半は掠れて読めないが、この名前はサテラ自身も聞き覚えがあった。


「あいつらの居所か・・」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「だから、ボクは妹を助けないとダメなんだ!こんな所で立ち止まってる時間はないんだ!」


俺は昨晩怪しい吸血鬼少年を捕まえたので、なぜそんな時間にこの場所に居たのか?

吸血鬼は、吸血島にしか住んでないと聞いていた事もあり理由を説明してもらった。

中々に重たい理由があるようだ。


出かける準備だな。

寝巻きから戦闘服に着替える。

ユイたちも、俺の意図を察したように同じようにネグリジェを着替えている。勿論ここではなく隣の部屋でだ。


吸血鬼少年は、未だに俺たちを警戒しているのかその表情は硬い。


準備を終えたユイたちが戻ってくる。


「さあ、行くぞ」

「ボ、ボクを奴隷商に売り飛ばしに行くのか?」

ユイが吸血鬼少年の頭を撫で撫でしている。

「妹さん探しにいこっ?」


しかし、吸血鬼少年は「え?なんで?」という顔をしている。

そんなに意外だったのだろうか?

吸血鬼少年からして人族というのは、全員がリュイを攫ったような性格の捻じ曲がった人物ばかりだと思っていたようだ。


「ん、ユウは特別。他の人族と違う」

「そうだね、お兄ちゃんはお人好しだしね」

「おいおい、それだと他の人族はやっぱり悪い奴って事になるじゃないか。違うからな?そいつらが特別であって、心優しい奴はいっぱいいるからな」


誤解が解けたのかは分からないが、こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎて行く。

すぐに吸血鬼少女を捜すべく行動に出る。

今回は人探しだが、ノアの力を借りるまでもないだろう。

種族を限定すれば、俺の範囲探索エリアサーチが役に立つ。

このバーン帝国には吸血鬼族というのは、きっと少年とその妹ちゃんしかいないはずだ。


俺の使う範囲探索エリアサーチの効果圏内は1kmだ。

流石に最初から該当するなんて都合の良い話はなかった。

この辺りではないか。


「取り敢えず、外に出て捜そう」

「うん、でもサテラの格好はちょっと目立つよね」

「だよねぇ、魔族に見えなくもないけど、注目は浴びそうだよねぇ」


形態変化メタモルフォーゼを使用して、背後の羽を見えなくする。


この魔術は隠蔽したいときに便利なんだよね。

本人には普通に羽があるように見えているから違和感もないし、重宝している。


「さてと、普通に捜すならやっぱり奴隷区になるのか」


このバーン帝国は、大きく分けて13区画に分かれている。


1.食料品や日用雑貨を扱っている商業区

2.武器や防具を扱っている武具区

3.装飾品やジュエリーを扱っている金品区

4.魔導具や魔道書などを扱っている魔区

5.学校や修道院などの主に子供達の育成の場が集まっている学業区

6.剣士や魔術師ギルドなどが集まっているギルド区

7.ダンジョンが存在しているダンジョン区

8.兵士たちの訓練場などがある防衛区

9.住民たちの住んでいる居住区

10.貴族たちが住んでいる貴族区

11.奴隷商店街の立ち並ぶ奴隷区

12.王の住んでいる城のある王城区

13.兵士たちの訓練場などがある防衛区


今俺たちのいるのは居住区だった。

宿屋の主人に教えてもらったのだが、違う区に行こうと思った場合、ちょっとそこまでという距離ではない為、乗り物を利用するのが一般的らしい。


で、てっきり、タクシーとかバスを想像していたのだが・・


「なにこれぇ・・」


ルーが驚くのも無理はない。


移動手段として案内された先にあったのは、何の変哲も無い地面に魔法陣の描かれたゲートだった。


任意の場所に移動出来る転移の術式が書かれている短距離転移装置だった。


「ねえねえ!あれで好きな場所に飛べるの?」

ユイは興味津々といった感じで俺の袖をクイクイと引っ張る。


あんなものは、今までどの国や都市でも見た事がなかったからだ。

それに転移に関しては、現代では再現不可能とされているロストマジックの一つと言われている。


後で聞いた話なのだが、この国にはロストマジックを研究している機関があり、少しずつだが、再現に成功してきているそうだ。

目の前の短距離転移装置もその再現出来た内の一つなのだが、将来的には国から国、はたまた大陸から大陸

への転移を目標としているらしい。


近未来的という言葉が妥当かどうかは分からないが、明らかに他の場所と比べると時代が進んでいる気がする。

それ以外にも人の手によって制御されたロボットのような物が荷物を運んでいるし、空を見上げれば小型の飛行の乗り物も確認出来た。


しかし、驚いてばかりはいられない。

今は一刻も早くしなければならない事がある。

転移装置に乗り込んだ俺たちは、奴隷区へと転移した。

流石にタダという訳ではないらしく、転移の前に切符のような物を購入した。

有効期限は1日との記載がある。

値段に関しては、場所にも寄るのだろうが、だいたい10銅貨〜50銅貨の間だった。

そんなに法外な値段ではないだろう。


さてさて、一瞬の内に奴隷区へとやって来たのだが、早速、範囲探索エリアサーチに反応があった。

反応があった場所へ皆を誘導する。


治安の悪さを心配していたが、そんな感じは全くしなかった。

ユイは獣人族だしシュリは龍人族だ。

奴隷商からすれば商品だろう。

ま、2人に限ってはその戦闘能力の高さから襲われても逆に返り討ちにあうのは必至だ。

「一応、狙われないように油断はするなよ」と注意だけ促しておく。

ルーは人族だし、アリスやサテラに至っても人族に見えているはずだ。


はっ!なんという事だ・・どうやら俺は大きな間違いをしていたようだ・・


奴隷というのは種族なんて関係ない。

チラリと周りの商館を覗くと、人族の奴隷がチラホラ目に入る。

寧ろ人族の奴隷の方が圧倒的に多い。


俺以外の全員に共通して言える事は、間違いなく飛び切りの美少女だという事。

サテラは男だけど、美少年と言えるほど顔立ちは整っている。

それだけで奴隷商共が黙っていない。


奴隷区に入ってからまだ15分も経っていないにも関わらず、「旦那の連れは奴隷ですかい?」「私に売ってくれ!」と言った類の話を何度も聞かされた。


勿論そんな失礼な輩には全員威圧を発動させて、恐怖をタップリと与えてやったんだけどね。



そうして声を掛けられ襲われる事12回。レーダーの反応を頼りにやってきた先は、ここらに建ち並ぶ奴隷商館の中では一番立派な建物だった。


「お兄ちゃん、妹ちゃんはここなの?」

「ああ、たぶんな」


それまで周りの光景に圧倒されていたサテラだったが、妹がいるかもしれない場所と聞いて、途端に深妙な顔付きになっていた。


「サテラ。一応釘を刺しておくが、妹さんがいると分かっても暴れないでくれよ。まずは相手の出方を伺ってからだ」

気持ちは分からないでもないが、「問答無用で返せ!」なんて暴れられて、戦いなんかにでも発展すると後が面倒だ。


「う、うん、分かった」

「あと、一応これを被ってなるべく下を向いていてくれ」

サテラを襲ったとか言う件の顔見知りがいたらバレちゃうからね。

念のための措置で、帽子を被らせておく。


さぁ、行こうか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る