第146話: バーン帝国
雪小人族(リトルスノウ)の里を出発して3日が経過していた。
移動は順調だった。
レティシアさんのおかげで吹雪に見舞われる事はないが、この凄まじい寒さ自体はどうしようもない。
こればっかしは我慢するしかなかった。
しかし、自然と道中モンスターに襲われる事はなく、只ひたすらに進む事のみに専念することが出来た。
「このペースで進めば後2日もあれば越えられるわ」
俺が感謝の言葉を告げると、レティシアさんは徐に足取りを止めて振り返る。
「勘違いしないで下さい。私はセリア様の為に協力しているだけですので」
「あ、ああ・・」
相変わらず、俺たちに対しては心を許していないというか、セリアビイキが酷いんだよなぁ。
精霊を崇拝しているのだから、しょうがないと言えばしょうがないかもしれないが、もう少し俺たちに対しても心を開いてくれてもいいよなと、心の中で抗議をしておく。
夜は猛吹雪の中、持参したテントで過ごしている。
重力魔術を施してある特殊素材で出来ているテントは、どんな突風が吹こうが、あるいは吹雪でもビクともしない。
レティシアさんの召喚した精霊の力によって、吹雪を自分たちの周り一帯だけ止めている。
その間、レティシアさん自身も微小ながら常時魔力を消費している。
ということもあり、夜だけはそれを解除して回復に努めてもらっている。
今夜も何事もなく朝を迎えると思っていた、いや迎えるはずだったのだが・・
レーダーに映る複数の反応を確認した。
白い点なので、モンスターの類ではない。
しかし、こんな真夜中に、ましてや吹雪の中を真っ直ぐに反対方向からこちらに向かって進んでくる。
よほどの理由があるか、またはよっぽどの命知らずなのだろうか?
疲れていたのだろう。テントを出すとユイたちはすぐに寝てしまった。
わざわざ起こすのは可哀想だろう。
起きていたのは、レティシアさんだけだった。
アリスに関しては寝ているというよりも機能停止中という方が正しいかもしれない。
寝支度を整えていたレティシアさんに喋りかけるのが正直話し辛い。
でも無視も出来ないだろう。
「レティシアさん、誰かは分からないですけど、この場に近付く反応が複数あるみたいです」
「セリア様の力ですか?」
「ええ、まあ」
「ただでさえ視界ゼロの中、ましては夜だ。そんな中を移動出来るやつらなど、私は1人しか知らない」
「誰なんですか?」
「・・恐らくアスラールの一団だろう」
「アスラールですか?」
感じからして何処かの傭兵団か何かだろうか?
レティシアさんが教えてくれたのだが、
アスラールとは、俺たちの目指しているバーン帝国に籍を置く大手スルドの一つだ。
スルドとは、冒険者たちの集団の事だ。
最大手ともなるとその人数は1000人は下らないだとか。
大手スルドのアスラールのリーダーは、ある特殊な魔術を使用するらしい。
その魔術は、移動しながらでも張る事の出来る結界だ。
俺も物理攻撃を遮断する障壁を使えるのだが、障壁展開中は、身動き一つ取れないのだ。
設置型の結界めいたものはあるのだが、結界自体が術者と一緒にするなんて話は聞いたことも見たこともない。
確かにそれが出来れば吹雪だってなんて事はないだろう。
結界の耐久性によっては、モンスターからの攻撃も遮断でき、真夜中の移動も可能だろう。
噂を知っているだけでレティシアさんも見た事はないそうだ。
「イメージは、あなたの障壁?あれを常時展開したまま動ける感じからしら」
「もしそれが可能なら恐ろしいですね」
障壁ならば、吹雪が吹き荒れようが関係はない。だけど、障壁を使用している時は術者は動くことが出来ない。
しかし、結局視界がゼロなのは変わりないんじゃないだろうか?と疑問は残る。
そうこう考えていると、迫り来るその一団との距離はもう50mもなかった。
流石に何もせずにこのままやり過ごすのは、どうかと思い、俺だけがテントの外へと出る。
外は、凄まじいほどの猛吹雪が吹き荒れていて、1m先も見えない程だった。
視界ゼロの極寒の世界だ。
テントの中では、暖をとる為に火の玉を特殊な容器に入れたものを複数置いている。
こっちの世界でのストーブ的な役割を担っているのだが、これが意外と暖かい。寒い場所にはもう手放せない一品となっている。
テントの外に出て、その有り難みがヒシヒシと伝わってくる。
さて、相手の人数は6人だ。
吹雪の音に紛れて雪道を進む足音がどんどんとこちらに近付いてくるのが分かる。
そしてついに視認できる距離まで近付いた。
その光景は、まさに異様という言葉がピッタリな感じだった。
この吹き荒ぶ雪道の中を甲冑を身に纏って進んでいるのだ。
普通ならば、その重みで降り積もった雪に沈んでいってもおかしくないのだが、一体どんなカラクリなんだろうか。
6人は縦一列になって足早に進んでいる。
俺のことは視界に入ってるはずだが、見向きもせずに真横を通り過ぎていった。
その際、何か薄い靄のようなものが展開されているのが視認出来た。
6人全員がその中に入っていた。
恐らくこれがレティシアさんの言っていた移動型の結界だろう。
すれ違いざまに
一番最後尾のローブを羽織った男だった。
名前「シリュウ・スベン」
レベル45
種族:人族
職種:聖職者
スキル:
''
ていうか、他にそれらしいスキルは見当たらない。
特に揉め事もなく、そのまま一行は通り過ぎて行った。
何か慌てているような様子で終始小走りしていた。
何かに追われているのか、早く進まなければならないという焦燥感に苛まれている気さえ感じられた。
気にはなったが、とても話し掛けられるような感じではなかった。
テントの中に戻ると、まだレティシアさんは起きていた。
「近付いてくる正体は6人の人族でしたよ。目の前を通り過ぎて行ったけど見向きもされなかった」
「・・そうですか」
夜も耽っていく。
翌朝も絶賛雪山登山だ。
登山というより、山頂は通過したので山頂からの下山という方が正しいかも知れない。
それから2日掛けて、大雪山連峰を横断する事に成功した。
実に長い道のりだった。
足場も悪く、直近の吹雪は遮ってはいたものの、数メートル先は、やっぱり猛吹雪なので視界は悪い。
近道も存在しない。
故に、誰が通っても相応の時間が掛かる。
これが平原ならば、その運動神経と体力にものを言わせてあっという間に淘汰出来たかもしれない。
改めて、大自然の恐ろしさと雄大さをヒシヒシと感じながら、自分たちの超えてきた背後に堂々とそびえ立つ雪山を見上げた。
「お兄ちゃん、置いてくよ〜」
「もう雪山はこりごり!早くベットで寝たいよぉ」
「暖かい所なら何処でも」
雪山を越えたばかりだってのにみんな元気だよな・・。
レティシアさんもバーン帝国に用があるというので、このまま一緒に同行することになった。
平地ならば、馬車とグリムの出番だ。
''走らないと自慢の脚が鈍っちまうぜ''
とグリムが言っているような眼差しを俺に向けてくる。
「おう、頼りにしてるぜ相棒」と一人芝居のように返事をしておく。
そこからバーン帝国までは、馬車で1日程の距離だった。
道中、巨大カエルが複数襲って来た時は、そのキモさに少しだけ冷やっとしたが、アリスが瞬殺していた。
そして、やっと目的地が視認できる距離までやってきた。
「うわ、凄いや!大きな砦みたいなのが見えるよ」
ユイが指差す先には、確かに巨大な要塞がドッシリとその姿を構えていた。
「話には聞いてたけど、最強の要塞国家の異名は伊達じゃないみたいだな。あれがバーン帝国で間違いないだろう」
高さ30mは下らない堅牢な外門に守られていた。
遠目から見てもかなりの迫力だったのが、いざ目の前まで来ると、巨大な黒い要塞そのものだった。
入り口を探していると、同じような恐らく行商人の馬車と思われる列が出来ている。
「物々しい雰囲気じゃないか?警備の人っぽいのも複数見えるし」
「うーん、事件でしょうかぁ?」
そのまま列の最後尾に並んで、順番を待っていると、係の者と思われる人物が俺たちの馬車の前にやってきた。
「私はこの国の入国審査を担当している者だ。身分を証明出来るものの提示を要求する」
「えっと、ギルドカードでいいですか?」
ギルドとしては活動は、最近まったくしていないのだが、身分証扱いにはなるだろう。
「問題ない」
入国審査官は提示したギルドカードを暫く眺めた後、今度は積荷を確認させて欲しいていうので、荷台を見せる。
「獣人の子がいるんですけど、バーン帝国は規制とかはないですよね?」
「規制はないが、入国の際に獣人によって入国税が違うので、あちらを通る際に支払いをしてくれ」
そう言い、馬車列の最前列を指差していた。
それから待つこと数時間、やっと俺たちの順番が回ってきた。
到着した時は夕方だったが、今ではすっかり陽が落ちて夜になっていた。
入国の際、法外な入国税が記載してあるリストを渡され、思わず二度見してしまった。
入国するだけで全部で銀貨10枚とか・・金は有り余るほど備蓄があるから問題はないんだけど、他の人たちは払えるのだろうか?
一瞥の疑問を抱えながら俺たちはバーン帝国へと入った。
その際、門番に宿屋の場所を聞いておく。
「おすすめの宿屋ってありますか?」
「ああ、それなら、あそこの角を曲がった先に魚のモニュメントが見えるから、そこを右に曲がった角にいい宿があるよ」
爽やかな笑顔で教えてくれた門番に礼を告げ、足早に教えてもらった宿へと足を運ぶ。
既に馬車はストレージにしまっている。
馬車が停泊出来る宿を探す方が手間だからね。
それにしても、鎧を身に纏った人物が多い気がする。
それが冒険者なのかこの国の衛兵なのかは定かではない。
種族も多種確認できる。
獣人族でもユイのような人型の容姿だけではなく、まんま熊の容姿をした獣人や初めて見る兎人族の姿も見受けられる。
それにしても、この国の根本的な造り的にまんま要塞なんだよね。
外部から敵がこないようにそびえ立つ高さ30m超の厚さ3m程の堅牢な石壁。
城壁さながらの上部は見張り台も兼ねているのだろう。至る所に衛兵の姿が見える。
所々に巨大な杭弓のような物まで完備してある。
城壁の中は渦巻き状の地形となっており、簡単に国の中央には行けないような造りになっていた。
でも流石に不便なのでは?と思ったが、どうも要人だけが通行できるような突っ切ることが出来る抜け道があるようだ。
勿論、抜け道を守る警備は厳重そうだけど。
周りの様子を確認しつつ、門番に教えてもらった宿へと辿り着いた。
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