第144話: 雪小人族

「そこに止まれ!人族!」


現在俺たちは、槍を持った小人に取り囲まれていた。

はたから見れば絶体絶命のピンチなんだろうけど、割と何度かこんな状況を経験している為、そこまで逼迫した空気ではない。


「わぁ、妖精さん初めて見ましたぁ」

「おい、動くな人族!」

「あわわ、ごめんですぅ」

「ルー、ユイ、あまり刺激するなよ」

「だってーツンツン痛いんだもん!」


大したことではないとは言え、ここで暴れる訳にもいかない。

「レティシアさん、何とかならないですか?」

「里長さんが来るまでの辛抱よ」


俺たちはレティシアさんに案内されてリトルスノウの里の前までは辿り着いた。

しかし、槍を構えた里の警備隊と思われる連中に取り囲まれてしまった。


不思議な事に、ここら一帯は不思議と吹雪いていない。

雪の精霊の力だと思ったが、どうやら違うようで元々リトルスノウの里周辺は吹雪かないらしい。


唯一、この里に訪問したことがあるレティシアさんの説得で、この里の長を呼んでもらっている最中だ。


雪小人族(リトルスノウ)と呼ばれるだけあり、その姿は俺の膝下くらいの大きさしかない。

妖精族に分類されるので背中には羽が生えており、空を飛んでいる。

軽装ながらチュニックを装備しているようだ。


暫く待つと、護衛を引き連れたこの里の長を名乗る人物が俺たちの前に現れた。


「手荒な真似をしてすまんのぉ。じゃが、この里に旅人なぞ滅多にないもんでの」


「久しぶりですねトモン老」

「おお、やはりレティシア殿か。懐かしいのぉ」


その後、レティシアさんの口利きもあり、無事にリトルスノウの里の中に入ることが出来た。


「これは、また・・・なんとも幻想的な壮観だな」

そんな言葉が自然と出るくらい神秘的な光景だった。


ダイヤモンドダストと呼ばれる現象だろうか?

大気中の水蒸気が冷やされて小さな結晶となり、それがゆっくりと降り注ぐ現象の事だ。

それと相まって、僅かに雲の隙間から漏れ出す陽の光が僅かに降り注ぐ雪に反射して神秘的な光景を醸し出していた。


「キラキラの宝石が降ってるみたいだね!」

「雪は光る?」

「ううん、シュリちゃん違うよぉ。お日様の光に反射しているんだよぉ」

「ん、よく分からない」


子供といえど、やはり女の子はキラキラに弱いのだろうか。

ユイはもちろんだけど、シュリやルーもおっとりした表情をしている。


それにしても来訪者が珍しいのか、すれ違うリトルスノウたちが俺たちを警戒、いや、興味津々で凝視している。

ユイが持ち前のみんな仲良しスキルを発動させて話しかけていたが、周りを気にしてかキョロキョロするだけで誰もこちらに寄る者はいなかった。


ユイが肩を落としているが、シュリが肩をポンポンと叩いて慰めていた。

里長のトモン老に連れられ、中央通りを通り抜けてトモン老の家へと案内された。


道中、どの建物を見ても雪小人族(リトルスノウ)のサイズで作られていた為、俺たちには小さい。

入り口も屈んでやっと入れることが出来るレベルだ。

しかし、そう思ったのは入り口だけで家の中は意外と広く、俺たち5人が入っても十分な広さだった。


「すみませんな、客人は久し振りですので、里の者が素っ気ない態度を取ってしまったようじゃ」

「いえ、無理を言って里の中に入れてもらったのはこちらですので、感謝しています」


用意してもらったチャルを頂きながら雑談を続ける。

チャルは、この世界では割と広く飲まれている紅茶のような飲み物だ。

俺も結構好きなんだよね。

初めてこの世界に来た時に初めて飲んだのが、このチャルだった事もあり、また何処でも飲めるお手軽さから何度もお世話になっている。


「それでじゃ、今日はどのような御用でこの里へ?」


まずは自己紹介からだな。


「ふむ。我らの法具をお求めか」

「はい、特別な能力が付与された調度品を売っていただけないかと思いまして」


俺がこの里に立ち寄ったのは、単に興味があっただけではなく、リトルスノウたちが持つ技法によって造られた調度品、法具と呼ばれるアクセサリーが手に入るかもしれないと思ったからだ。


大雪山連峰前に立ち寄った町で、ある有用な情報を手に入れていた。

この里で作られる法具の特殊効果は、自身の能力を引き出してくれる効果を持っている。

例えば魔術師の場合は魔攻を。

前衛職は物攻を。

盾職は魔防や物防をUPしてくれる。

少し値の張る武器や武具には当たり前のように補正付与は存在する。

しかし、アクセサリーのような小型な物に付与されているのは実は殆どない。

現代の技術で指輪やネックレスのような小さな物にUP系補正を付与するのは難しいらしい。

古の時代には、その技法は確立されていたらしいが、今では廃れてしまった技法の一つだ。

現存しているのは、ダンジョン産か、雪小人族(リトルスノウ)の作った法具だけなのだ。

俺たちのパーティの戦力向上の為にも是非とも手に入れたい。

しかし、そう簡単にはいかないようだ。


「在庫があれば、お売りも出来ましたが、残念ながらこの里にも在庫が全くありませんのじゃ」

「え、新しく作れないのー?」

「法具を作製するのに必要不可欠な素材がありましてな、その素材はこの大雪山連峰の何処かに咲いている幻想花(ファンタジーフラワー)と呼ばれている花なのじゃ」

この花は、1年に1回しか咲くことがないらしい。

しかも、決まった数量しか咲かないので毎年その花を採取し、必要な数量しか法具を作製することが出来ない。

しかし、ここ数年、幻想花を守るように凶悪なモンスターが住み着いてしまったらしい。


「もし、そのモンスターを討伐することが出来れば、法具を作ることが出来るんじゃがの」

「妖精のおじいちゃん、そのモンスターって強いの?」

「ん、わしは直接見ておらんのでなんとも言えんが、5m程の蜥蜴のような出で立ちをしたモンスターなのじゃそうじゃ」


おいユイ、目がキラキラしてるぞ・・。


「ねえ、困ってるのなら、助けてあげようよぉ」

ユイは戦闘民族だからしょうがないにしても何故だかルーもやる気になっている。

まぁ、法具の為に断るつもりはないんだけどね。


「分かりましたトモンさん。俺たちでそのモンスターを討伐してきますよ」

「うーむ、討伐してくれるのは嬉しいのじゃが、危険じゃ。目撃者の話では、この大雪山連峰一の怪物と言われておる、ホワイトグリズリーを何匹か手懐けて配下にしておるらしいんじゃ」


ホワイトグリズリーのレベルは40程らしいので、そんな輩を配下にするってことは、最低でも40以上、下手をしたら50以上となる。

一般的にはレベル40のモンスターを狩るには、ベテラン冒険者が5人は必要だと言われている。

しかし、あくまでもそれは単体を狩る話であって、複数体いてしかも親玉までいるとなると、2倍、3倍の人数が必要になる。

ま、一般的にはであり、俺たちならば、油断さえしなければ、大丈夫だろう。


トモンさんを説得し、早速出発することとなった。


「目撃された場所までの案内を頼めますか?」

「うむ。現地までの案内人を今呼んでおりますじゃ」


暫く待つと背丈よりも長い槍を1本携えた雪小人族(リトルスノウ)が現れた。


「あの蜥蜴野郎を討伐してくれるってのは、あんたたちかい?」

「はい、冒険者をしている俺はユウ。で、こっちがユイとシュリにアリスにルー。で、レティシアさんだ。道中までの道案内頼みます」

俺の紹介に合わせて皆がお辞儀をする。


「警備隊に所属しているユーキだ。よろしく頼む」


問題の場所は、ここから2時間くらいの場所らしい。

すぐに出発したいとお願いし、ユーキさんの案内の元、すぐに幻想花の咲いている場所へと足を運ぶ。


問題の場所の近くまで進むと、蠢く集団の姿が視界に入る。


「あれが、ホワイトグリズリーだ。気を付けろよ。その巨体に似合わず、意外と俊敏だぞ」

体調3m程のまんま北極熊だな。


ユイとシュリが俺の方へ視線を向ける。

何かを待ってるようだ。

はいはい、分かってるよ。二人の言いたいことは。


「深追いはするなよ。行ってよし!」


「やった!行くよ!シュリ!」

「うん!」


猛スピードで駆ける2人の妹たちに俺たちも続く。

雪山では、派手な魔術を使用することが出来ない。

爆発なんて起こそうものなら、雪崩が発生するからだ。

つまり、ここでは俺は殆ど戦力にはならない。

僅か数分の攻防だった。

いや、数分の攻だった。

舞うように次から次へと敵をばったばった倒して行くユイとシュリ。


「これは驚いたな・・30体は居たはずなんだが・・」


ユーキさんが2人の強さに驚いている。

兄としては、鼻高々なんだけどね。

優秀な妹を持つと兄は誇らしい。


戻ってきた妹たちの頭を撫でて労う。


そのまま更に先へと進むと、ターゲットであるモンスターが視界に入る。


レベルは・・・68か。


予想より遥かに高いな。

いや、高すぎだろう。


「どうしたの、お兄ちゃん?」

「うん、思ってたよりも厄介な相手みたいだ」

「うぬぬ、確かに見た目強そうですねぇ」

「ん、どうしたアリス?」


アリスが俺たちの前に立ったのだ。


「マスター、私に討伐許可を」

「急にどうした?」

「最近私はマスターの役に立っていません。この辺りで挽回のチャンスを下さい」


まさかアリスがそんな風に考えていたとは予想していなかった。

いや、しかし、

「そんなことないぞ。アリスにはいつも助けられてばっかしだぞ」

「うん、そうだよ!アリスちゃんは強いからいっつも私頼りにしてるんだよ!少しは私の出番も残しておいて欲しいくらいだよ!」


「ありがとうございます。・・ですが、こいつは私単独での殲滅の許可を下さい」


アリスには何か思うところがあるのかもしれない。

「分かった。蜥蜴はアリスに任せる。周りの敵は俺たちで受け持つぞ!」

「「おー!!」」


「感謝しますマスター」

そう呟くと、アリスはそのまま宙へと舞った。


蜥蜴野郎を除けば、残りのモンスターの反応は10。

ユイとシュリを先頭に俺とルーも続く。


蜥蜴野郎に近付けさせまいとホワイトグリズリー3匹が行く手を阻む。


それをそれぞれユイ、シュリ、ルーの召喚した2鎌持ちのカマキリのような精霊が瞬殺する。


アリスはすでに蜥蜴野郎と一騎打ちをしていた。

アリスは強い。

俺たちの中でもトップの実力だ。

近接戦闘も遠距離戦闘も両方こなすことが出来る。

だけど、アリスの戦闘を見ている限りたぶん、近接戦闘の方が得意なんだと思う。

現に今も蜥蜴野郎に剣を突きつけている。


速い・・今まで見て来たアリスの動きの中でも特に速い。

剣撃が速すぎて目で追うのがやっとだ。

気のせいか、アリスから薄っすらと赤い蒸気のようなものが出ている。

もしかしたら、アリスの新しい技か何かかもしれない。


いつの間にか、その洗練されたアリスの動きに俺は見惚れていた。


蜥蜴野郎は弱くはない。

レベルは68だし、並みの冒険者では束になっても勝てないだろう。

しかし、そんな相手をアリス1人で遥かに凌駕している。

アリスの高速連撃に蜥蜴野郎は成すすべなく、防戦一方だ。火を吐いて応戦してはいるが、そんなスピードではアリスには当たらない。

いや、そんなことは蜥蜴野郎にだって分かってるはず。ならなぜ、そんな無駄なことを?

蜥蜴野郎は辺り構わず火を噴いている。

明後日の方向に放たれた火が、周りの氷の山々を溶かしている。


その時だった。


遠くの方から何かが迫ってくる音が聞こえた。

最初は、耳を澄まして微かに聞こえる程度だったが、段々と次第に迫り来る音が大きくなっていく。


これは、まさか・・


「雪崩だっ!!」


しかし俺の叫び声は、迫り来る雪崩によって掻き消され、皆には届いていない。


あの蜥蜴野郎・・アリスに勝てないとふんで、まさかこれを狙っていたのか?


ここは、切り立つ氷の大地の麓。

逃げ道は後方しかない。

しかし、雪崩は前方から押し寄せてくる。

雪崩と同じ方向に逃げても意味がない。


どうする・・・


逃げれないなら耐えればいいだけの事だ。

今更雪崩如きでビビってどうする。

物理遮断の障壁なら耐える事が出来るはず。

しかし、障壁はせいぜい3m程級のサイズだ。

近場にいればまだしも、今は皆と離れてしまっている。

声も届かない。

こんなことなら、事前に雪崩のことを皆に説明しておくべきだった。

雪山自体が初めてな皆は雪崩なんて聞いたことも想像すらしていないだろう。


俺の後ろにいるレティシアさんが何かを叫んでいる声が聞こえた。


氷の崖の上を見ると、今まさに大量の雪崩が落ちてくるのが見える。


そして無情にも雪崩は全てを飲み込み、その場にいる全てを洗い流した。

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