第124話: 古都ミラギール
薄暗くジメジメした場所・・
周りには俺以外誰もいない。
三方が厚さ1mはありそうな石壁に囲まれ目の前には頑丈そうな鉄柵が見える。
絶賛牢獄に収監中だった。
俺、牢屋に捕えられた事あるぜ!
なんて、自慢にもならない。
失敗したな・・
時間が戻せるなら戻りたい。
だが、この世界に飛ばされて随分と時が経過したが、巻き戻り系の魔術や魔導具の話は見た事も聞いた事もない。
魔術をぶっ放して、脱出すればいい?
確かに脱出するだけなら容易い。
だけど、今もなお現在進行形で聖女様が俺の代わりに戦ってくれている。
それに脱出なんて真似をするとさらに俺達の印象が悪くなっちゃいそうなので、身動きが出来なくなっちゃってる訳。
恐らく俺を解放しようと、聖女様が今頑張ってくれているはずだ。
今は待つしかない。
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4日前に遡る。
招集されている聖女様と古都ミラギールへ向かう為に俺達はモルトト王が所有している小型空艦で空の上を飛行していた。
「それにしてもサーシャ、よくこんな空艦を借りれたわね」
「ふっふっふ、伊達に聖女してないからね」
聖女様の説明のおかげでモルトト王は、停戦協定の話を信じてくれた。
こうやって、人魔対戦の集合場所である古都ミラギールへ向かう為に空艦まで用立ててくれた。
恐るべし聖女。でも助かったよ。
古都ミラギールは、大陸こそは同じシア大陸に属しているが、馬車移動の場合いくらグリムが飛ばしても1ヶ月はかかる計算だった。
空艦ならば、3日で行けるらしい。
「リン、勇者の里は古都ミラギールの近くなのか?」
リンは少し驚いた顔をしている。
もちろん最重要秘密事項のはずだ。
この空艦には俺達以外には、数人の船員と艦長が乗っているだけだ。
今甲板にいるのは、俺とリンと聖女様だけなのも確認済み。
リンは聖女様の顔を伺っている。
聖女様は、静かに頷く。
「はい、そうです。同時に魔王の封印は、勇者の里の近くだと聞いています。実際の場所は不明ですが」
という事は、リンや聖女様にとっては、故郷に帰るという感覚なのだろう。
魔王の封印は代々勇者の仕事だと、言っていた。
魔王の封印が解ける時、もしくは魔族が攻めてきても良いように勇者が多数住んでいると言われている勇者の里が近くにあるというのは俺でも容易に考えつく事が出来る。
魔王の封印されている正確な場所は、一部の人しか知らされていない。
勿論、聖女様やリンですら知らされていない。
「ご主人様、申し上げにくいのですが、勇者達を説得するのは非常に困難だと推測します」
どういう事かと思い詳しくリンの話を聞いた。
簡単に言うと、勇者達やその関係者は、魔族を異常なまでに毛嫌いしている。
そんな人達が魔族と停戦協定など賛同してくれる訳がないって事。
確かに当初リンも魔族を受け入れるのはかなりの抵抗があった。
今はもう平気だろうけど、確かに、うん、説得するのは難しいかもしれない。
リンの話では勇者達は、幼少期の頃から魔族は悪だと、倒すべき存在なのだと毎日言い聞かされて育ってきたのだ。
それはもう暗示の類と呼べるものかもしれない。
「勇者の里の者達への説得は、私に任せては貰えませんか?ご主人様とサーシャは、集結している各国の代表者の説得をお願いします」
「分かりました。こういう大規模戦闘の場合は、各国の代表者からなる軍騎会というものが結成されます。軍騎会が戦闘における司令塔の役割もしておりますので、まずは軍騎会を説得させる必要があります。言い換えれば軍騎会さえ説得出来れば恐らく問題ないかと思います」
「分かった。勇者の里への説得はリンに頼むよ。くれぐれも無茶はするなよ?」
「了解しました。必ずや。ご主人様達も気を付けてください」
到着してからの段取りだとか、役割分担を決めたりしているだけで、あっという間に3日間という日数が過ぎ、古都ミラギールに到着した。
今回の第三次人魔対戦の前線基地として利用する場所と聞いていたが、元々荒廃が進み放置されていた場所だったらしく、かなり旧びれている感じに見て取れた。
中央の空き地となっている広場には既に大戦に参加する人達でごった返していた。
ざっと見た感じ1000人は下らないだろう。
「みんな、俺から離れないようにな、ユイとアリスはクロを狙っている輩が現れたら撃退してくれ」
「おっけー!」
「マスターの命じるままに」
さて、行動開始だ。
「聖女様、軍騎会の場所は分かりますか?」
「司令塔の役割も担っていますから大規模戦闘の場合、一番見晴らしの良い場所だと思います」
ならば、目的地はここら一帯を見降ろせる目の前にそびえ立つミラギール城で間違いないな。
甲冑を身にまとった騎士達や魔術師、狩人など冒険者で溢れ返していた。
皆、意気揚々と戦いが待ち遠しいといった感じだ。
俺には戦いが楽しいなんて理解出来ないのだが、少なくともここに集結してくる冒険者達は誰かに強制されたわけでもなく、戦争がしたいと魔族と殺し合いたいと思っている連中が大多数だろう。
どうして人は争うのだろうか。
そんな事を考えながら冒険者達を横切っていく。
時折、聖女様万歳!なんて声も聞こえてきた。
「聖女様は、何処でも人気があるんですね」
「基本的に私は、モルトトから外に出た事がないですので、知名度は低いと思うんですけどね」
恐らくは、彼女に治療してもらった国外の人々が自国に帰った際に噂をばら撒いているじゃないだろうか。
彼女の治療の腕は間違いなく、この世界では最高峰と呼べるものなのだから。
それに、サーシャ様は顔立ちも非常に整っている。
元いた世界なら、ファンクラブなんてものがあってもおかしくないだろう。
城の城門で俺達は、騎士風の格好をした二人に止められる。
「申し訳ありませんが、この先は関係者以外の立ち入りは禁止です」
まぁ、当然と言えば当然か。
「私は、モルトトで聖女をしているサーシャと言います。軍騎会の皆様に急ぎお伝えしたい案件がございます。こちらの方々は、その重要案件の情報提供者です」
「おお、モルトトの聖女様のお噂は聞き及んでいます。お通しする事は問題ないのですが、お連れの方達は申し訳ありませんが、お通し出来かねます。この先は各国の王族や勇者様、軍騎会の方々がいらっしゃいます。身分のはっきりされている方しかお通しする事が出来ない規則になっております」
身分証か・・
そんな高貴な身分なんて俺にあるはずが・・あ、一つだけあったな。
しかし、あれを出しても良いだろうか。
今までも何度か出し渋った事がある。
いや、ここで出す以外にないだろう。
それは、以前エスナ先生の元から去る時に頂いた首飾りだ。
樹海の魔女である俺の先生は、各主要国から絶大の信頼を得ている。
この首飾りは、そんなエスナ先生の正式な弟子であるという証なのだ。
これ以上の身分証はないだろう。
実際はストレージから取り出したが、それとなく懐から取り出したように偽装し、首飾りを見張りの騎士達に見せた。
「そ、それは・・もしかして、樹海の魔女様のお弟子様である証でしょうか!」
おお、ぶっちゃけ半信半疑だったのだが、こんなに離れた場所でも先生の名は知れ渡っているようだ。
一番驚いていたのは、隣にいた聖女様だった。
そういえば、仲間達にもあんましこれ口外した事なかったっけ。
どうやらこの首飾りは、勇者と同格の身分証になるようだ。
ま、確かに普通の勇者よりは断然俺の方が強いはずなので、当然と言えば当然か。
いや、勿論分かってるよ。凄いのは俺ではなくエスナ先生だって事。
無事にミラギール城への通行を許された。
ユイ、クロ、ミミ、シュリは、ここで待機してもらう事になった。
「ミミ、ちゃんとみんなを守るんだぞ」
「はいはい」
(ノア、ユイ達についていてあげてくれないか)
(おっけー。何かあったら念話するね)
俺と聖女様は城の中へと入る。
賑わっていた外とは違い、城内は閑散としていた。
すれ違う人達のすれ違いざまの視線が怖い。
誰だよ、聖女様と歩いているのは・・と言わんばかりの視線だった。
「おい!そこのお前、待て!」
背後から聞こえた声に反応して俺達は振り返った。
呼び止めたのは、いかにもな勇者の格好をしている青年だった。
「もしかして、シュン?」
「やはりサーシャか!久しいな」
聖女様の知り合いで、勇者の里の仲間なのだろう。
「お久しぶりです。でもごめんなさい、私達急いでて」
シュンという青年は、何故だか俺を射殺すように上から下へと視線を動かしていた。
「こいつは?」
「ユウ様です。私の尊敬する方です」
あれ、聖女様の中では俺はそんな設定になっているのね。
いや、でもそんな簡略化された説明じゃ逆にいちゃもんつけられそうなんだけど。
青年は、誰だよお前!的な険しい表情だ。むしろ逆に不信感を持ったんじゃないだろうか?
「まあいいさ、キミ。彼女は、この世界でも数人しかいない聖女なんだ。あんまり凡人のキミみたいなのが一緒に居ていい方じゃないんだよ」
おいおい何か説教しだしたよこの人。
ここで言い争いするのも大人気ないので、大人な紳士な対応を心掛ける。
「初めまして、冒険者をしていますユウと言います。この戦争において重要な情報を掴みましたので、軍騎会の皆様に聖女様と一緒にご報告に伺う最中なのです」
「ふんっ、何だか知らないが用が済んだらさっさと去る事だ」
青年は、そう言うと、そそくさと去って行った。
「なんか、すみません・・」
聖女様が何故だか申し訳なさそうにしていた。
「聖女様がそれだけ慕われているって事ですよ」
以降は、誰にも邪魔される事なく、軍騎会が集結している部屋の前まで辿り着くことが出来た。
すれ違う人達の視線が痛いのは相変わらずだったが。
「この先ですね。準備はいいですか?」
何だか緊張するな。きっと、蒼々たる面々なのだろう。
俺は意を決して、一呼吸起きノックをした後、ゆっくりと扉を開ける。
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