第122話: 魔王との交渉【前編】

誰もが寝静まった真夜中に意外な訪問者が俺達の部屋を訪れていた。


魔族のイスが助けを求めて遥々魔界からやってきたのだ。


「お願い助けて!アンタにしか頼めないの!」


俺の知り合いでもある魔族のメルシーが魔王復活の贄にされようと捉えられてしまったと言う。


ジラですら知らなかった事だが、魔王の堕とし子を生贄にする事で魔王の本当の意味での復活が遂げられるそうだ。

何でも魔王自らの力を分散させて産み落とされたのが魔王の堕とし子という存在らしい。

しかも俺達の仲間であるクロも4人の魔王の堕とし子の内の1人だった。


「大多数は魔王様復活の為、堕とし子を贄に捧げるつもりでいるの」

「厳しい言い方をするけど、イスはなぜメルシーを助けたいんだ?魔族は魔王の復活を待ち望んでいたはずだろ?」

「そんなの決まってるじゃない!私がメルシー様の事が好きだからよ!」


然も平然と恥ずかしいことをはっきりと答えるイス。


「他の魔族を全員敵に回してもか?」

「覚悟の上よ」


ジラが険しい顔でイスに尋ねる。


「メルシー様はまだ生きておられるのですか?」

「はい、贄とされるのは魔王様奪還の当日と言っていました」


実際問題メルシーを救出するのはかなり厳しいだろう。

何千人といる魔族の手から救い出すなんて、どんな難関クエストだよ。

こちらに味方してくれる戦力が何人いるのかも分からない中で安易に救出に向かうのは自殺行為だった。


「当然クオーツの方針は魔王様の復活が第一優先だからメルシー様の敵よね?」

「はい、殆どはそうですが、メルシー様と親交の深かった私と他2人は救出する為に行動を起こしたんですけど、私以外は反逆者扱いとして逆に捕まっちゃって・・」

「クオーツの中でも意見が割れてるって事か」


しかし、メルシー側の陣営の方が圧倒的に少ない。


「ユウ様、どうしますか?」


どうするか。単騎で乗り込んだって多勢に無勢もいいとこだ。

何か切り札みたいなものでもない限り、現状の打開は難しいだろう。


仕方がない。

あまり使いたくはなかったけど、奥の手を使うか?


「少し時間をくれないか」


そのまま部屋を出て1人になる。


さてと・・


ストレージから神札を取り出す。

この神札を持って願うと、神と対話する事が可能だ。

以前、神の社に赴いた際に神メルウェルから直接貰ったものだ。

しかし、これを使用すれば神自身のいわゆるMPを消費してしまう為、滅多な事での使用は禁じられていた。


俺自身使用するのは初めてなので、どのような結果になるのかは不明だった。


人気のない場所まで移動した俺は、目を閉じて神札を握りしめて願う。



”神メルウェルに会いたい”



途端に空気が変わった。

目を閉じたままでも分かる。

先程まで居た場所とは明らかに違う場所の気配を感じる。

ゆっくりと目を開けた先は、にっこりと微笑む神メルウェルの姿が見える。


「お久しぶりですね、ユウ」

「お久しぶりですメルウェル様」

「貴方と私の間柄ですし、メルで良いですよ」

「いやいやいや、神様を愛称でなんて呼べないです却下です」

「むぅー」


神メルウェルは、少し残念そうな顔をしていた。


「既にご存知と思いますが、今日はお願いがあって来ました」

「はい、分かっています。魔王と話がしたいのですね」

「流石ですね、頭の中で思っていただけで、まだ誰にも口にさえも出してなかったんですけどね」

「こう見えても神と呼ばれていますからね」


ドヤ顔とまではいかないまでも自信に満ちた顔つきをしている。


「既に道は繋げていますよ」

「道ですか?」


神メルウェルは、右手を高らかに挙げ、自身から斜め右方向を指差す。

すると、指差した方向の5m程先の何もない空間に真っ黒な鏡のような物体が出現した。

ちょうど人1人が通れるくらいのサイズだろうか。

アニメとかで見た事があるやつだ。

恐らく鏡の先は、別の場所へと繋がっているのだろう。


「その先は、意思の世界と繋がっています。魔王バルサの肉体は現在封印されています。彼女の意思だけが、そこに存在しています」


んっと、意味がよく分からない。

俺は割と物分かりは良い方だと自負している。

そんな事よりも今重要な事をサラッと言っていなかったか?


「ちょっと待って下さい、彼女って?」


質問に対して神メルウェルは意外な顔をしている。


「あら、知らなかったの?魔王は女性よ」


な!そうだったのか・・。

魔王という言葉自体の重みについつい勝手に筋骨隆々なゴツい男をイメージしてしまっていた。

まさか、女性だったとは・・。


「あら、女性だと何か問題があるのです?」


何故だか、ニコニコしながら近付いてくる。

思わずたじろぎ、一歩後ろへ後ずさる。


「いえ、ないです・・」


クスクスと笑われてしまった。


さて、気を取り直して黒い鏡の前まで歩み寄る。

この中には、あの魔族の頂点に立つ人物、魔王がいる。

敵意剥き出しで、いきなりズドンなんてないよな・・。意思だからそれはないと信じたい。


神メルウェルは、そんな俺の心情を知ってか知らずか、脅してくる。


「あ、ユウ。魔王を怒らせたらだめですよ。意思だけとはいえ、二度と此方の世界に戻ってこれなくなるくらいの事は出来ますから」


え、なにそれ怖い。


とは言ってもここまで来て、今更引き返すわけには行かない。

俺はゆっくりと深呼吸する。


そして意を決して黒い鏡の中に入る。


うお!なんだこれは!


入って、まず一歩目にあるはずの地面の感触がない。

というより、宙に浮いている感覚だ。

鏡の中はまるで無重力のような空間が広がっていた。

宇宙に放り出されたような感覚に近いだろうか。

身体がプカプカと浮いている。

そして最初は明るかった視界全体がモヤがかかったようにどんどん暗くなっていく。

真っ暗な闇の底に引きずり込まれていくようだ・・


やば、意識が飛びそうだ・・グッ・・・


そのまま抗う事が出来ずに気を失ってしまった。


一体どれほど意識を失っていたのだろうか・・

妙齢の女性の声で意識を取り戻した。


「いつまで寝ているつもりじゃ」


目を開けるとそこには、セクシーな衣装を着た女性が俺の事を見下ろしていた。


すぐにその女性が魔王だと気が付いた。

なんというか、オーラの質が違う。威圧感がハンパない。彼女からは、圧倒的な強者のそれを感じた。


すぐさま起き上がる。

魔王は黒を基調とした露出度の高いドレスを着ており、一目で分かる程に魅力的な女性だった。

妖艶という言葉が似合うだろう。

ちょっとエロい。

ていうか、想像していた人物と全然違う。


「は、初めまして、ユウと言います」

「ああ自己紹介は必要ないぞ。妾は其方の事を良く知っておるのでな」


俺と魔王とは初対面だったはずだが、一体どういう事だ?


「不思議そうじゃな。教えてやる」


魔王は衝撃の事実を話し出した。


「堕とし子の存在は知っておるな?彼奴らと妾は意識の中で繋がっておるのじゃ」

「それってつまり・・」

「そうじゃ、ダンジョンの最奥地から連れ出した、クロという名じゃったな。そのクロを通していつも其方を見ておったぞ」


何それ、プライバシーもあったもんじゃない!


つまり、簡単に言うと魔王の堕とし子は、魔王の分身体なのだ。意思は個々に存在するので、別人だが、元は魔王から分離した存在なので全てが繋がっていると、要約するとこんなとこだろう。


「ユウよ。妾は其方に感謝しておるのじゃ。魔族である妾の分身体を仲間に迎え入れてくれての」


しかし、すべてお見通しなら話は早い。


「魔王様、その件で話があります」

「堕とし子の贄の件じゃろ」

「はい、そうです。クロもそうですが、堕とし子であるメルシーも俺は守りたい。知り合ってしまったから、見て見ぬ振りなんて出来ません」


魔王は、俺の目をまっすぐに見ている。

まるで、その目に見られると全てを見透かされていそうな感覚にさえ苛まれる。


「全ての魔族を敵に回してもか?」


俺は即答した。

ん、何処かで見たやり取りだな。


「ははははっ、やはり其方は面白い奴じゃの。気に入ったぞ」


魔王はニコニコしているが、相変わらずの威圧感は半端ない。気弱な人だと気を失うレベルだ。

ていうか、この魔王は意識だけのはずなんだが、なんで身体も健在なんだ?

まるで本当にその場にいるみたいなんだけど。


「当たり前じゃ。妾達が今いるのは深層心理よりももっと深い場所じゃ。この身は意識によって仮想的に作られているだけに過ぎない。お主も妾と同じ意識だけの存在になっているのに気付いておるのか?」


なるほど、俺は確かにこの世界に来るのに黒い鏡の中に入った記憶があったが、実際は俺の肉体は鏡の外に。意識だけが鏡の中に入っているのだろう。


それよりも、今口に出していなかったよな?

もしかすると意識の世界って事は、すなわち口に出さずとも頭で考える事だから、そっくりそのまま相手に伝わるって事なのか・・。


「そういう事じゃな。妾は魅力的な女か?」


最初に見た時に考えてしまったのもバッチリバレてるってわけね。

俺とした事が動揺して少し赤面してしまった。

意識だけの世界で、口に出しても頭で思っても確かに同じだな。あんまり変な事を考えないように注意しよう。


「まぁよいわ。それよりも先程の話しの続きじゃ。我は堕とし子の贄を必要としておらん」


!?


「魔王様が真の復活を遂げるには4人の堕とし子を贄とする必要があると聞きました」

「ほお。当人である妾でさえ知らぬ事をなぜ他の者が知っているのかは滑稽じゃな。確かに妾の分身体である者が天に帰れば本体の妾に戻るじゃろう・・・しかし、そんなものなくても妾にはさして関係ないがの」

「では・・」

「それに分身体から得られる情報は実に有意義なモノじゃ。封印されて数十年経つが封印されていない時よりも充実感さえ感じられるしの。特等席で数多の幻想を見ているような気分じゃ」


少し面食らったが、魔王本人が贄は必要ないという事を魔族に知らせる事が出来ればクロやメルシーを救えるかもしれない。


しかし、どうやって知らせるか・・。


「人族のお主が何を言っても信じる者はいないじゃろうな。お主自身で考えるんじゃ。妾の許可は取ったのじゃ。それで十分じゃろ?」

「まぁ、確かに目的は同意でしたので、達成っちゃ達成なんですけどね」

「もう一つあるんじゃろ?妾に対しての相談がの」

「やはり、何でもお見通しなんですね」

「伊達に魔王はしとらんでの」


魔王は関係ないよね、ここが意思の世界だからだよね?

やば、魔王に睨まれた。


ゴホン。

さて、確かにここからが本題だ。


「魔王様、お願いがあります」

「申してみろ」


俺は生唾をゴクリと飲み込んだ。

この結果次第では、人族と魔族との全面衝突が確定してしまう。


「人族との停戦協定・・・・を結んでくれませんか?」

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