第121話: 第三次人魔対戦

朝一番、起きぬけに魔族との戦争が起こるなんて事を言われて、俺達は急いで大聖堂へとやって来た。


「ユウ様、朝からお越し頂いてすみません」


聖女のサーシャ様は、寝癖だろうか、少しだけ髪が跳ねている。

恐らく、寝癖を直す時間すらなかったのだろうと、決してズボラな性格ではないと良いように推測する。


「これよりお話しする事は、確かな情報です」


情報の出所は、勇者の里からと言う。


魔族との開戦と言われてドキッとしたが、実のところは、封印されている魔王を奪還すべく、大量の魔族が攻めてくるので、それを全力で阻止するのが目的と言うものだ。


「魔王の封印場所が魔族側にバレたのですか?」

「はい、どうやらそうみたいです。今まで魔王が封印されている場所は誰にも明らかにされていませんでしたが、どうやら人族内に裏切り者が出たようです」


なるほど、元々一部の関係者しか知らない魔王封印の場所をその裏切り者が魔族にバラしたのか。

しかし、そんな事をして何のメリットがあるのだろうか?


「逆に魔族を一掃する為の偽りの情報の可能性はないのですか?」


ジラからしてみれば、同族の話だ。心境は複雑だろう。


「私もそれは考えましたが、どうやら本当のようです。人族側の裏切り者も名前まで公開されていて、多額の懸賞金が懸けられているようです。関係者の話では恐らく魔界へ逃げたものと推測しているようですけどね」


聞くのが怖いが、聞かないわけにはいかない。


「開戦はいつなんですか?」

「私の所に入っている情報だと、11日後の真夜中と聞いています」


しかし、これ以上の情報は聖女様も知らないようだ。



”腕に覚えのある者!古都ミラギールに集合せよ!第三次人魔対戦の開戦に備えよ!”



この日以降、国中恐らく世界中の主要都市に開戦当日まで、このメッセージが流れ続けた。


宿屋まで戻って来た俺達は、この後の動きについてみんなで打ち合わせをしていた。


「今後の動向について、まずみんなの意見を聞きたい」

「私は、何処までもお兄ちゃんについていくよ!だって、お兄ちゃんを守るのは私の役目だし!」


妹に守られるようなら俺もまだまだなんだけどね。


「ユウについていく。魔族人族関係ない。ユウの敵は私の敵」


クロもジラ同様に複雑な心境だとは思う。

ただ一方的に魔族を退けるのではなく、双方にとって良い形にしなければならない。

それは、恐らく俺にしか出来ない。


「私は勇者に憧れて、ずっとずっと努力をしてきました。結局、勇者になる事は叶いませんでしたけど、魔族は何としても倒さなければならない存在だと・・」


リンはジラやクロに視線をくべながらも続ける。


「ご主人様に会うまでは考えていました。ですが、ジラさんやクロさんは勿論、魔界に行かれた際の話を聞いても、結局魔族も人族と何も変わらないと、考えを改める事が出来ました。出来る事ならば私は戦いたくありません・・」


確かにリンと出会った当初は、魔族絡みとなると人一倍気持ちが先行し、俺ですらコントロール出来ない局面が何度かあった。

だが、今はもう違う。魔族全てが敵だという認識を改め直してくれたんだ。

リンだけではなく、人族全てが同じ考えを持つ事が出来れば、魔族とだって分かり合えると俺は信じている。


「私は・・・」


ジラが周りを見渡す。


「こんな事を私が言うと、おこがましいと言われるかもしれません。支える主人は違えど、私は魔族です。逸脱者ならば思うところはありますが、今回は魔族側は魔王様の奪還という正当な理由があります。私は・・・私は、戦えません」


言って、ジラは深々と頭を下げている。


「顔を上げてくれ、俺はみんなの意見が聞きたいだけなんだから。じゃあ、次はシュリ頼む」

「シュリ良く分からない。でもユウさん恩ある。何でもする」


後から聞いた話だが、竜人族は魔族と敵対はしていないようだ。というか、お互いがあまり存在を意識していないらしく、何もしてこないから何もする必要がないと言った感じらしい。


「マスターの命令に従います。元々私は対魔族用の兵器」


そういえば、アリスは対魔族撲滅用兵器だっな。

あんまし実感が湧かないが、まさに今回のような戦争にはうってつけの、製作者もこんな状況を想定してアリスを作ったのだろう。


最後のミミの方を全員が見る。


「え?ボクも? うーん。というか、人族に勝ち目があるのかな?協力してもいいけど、危なくなったらボクは逃げるよ」


まあ、ミミにはあんまし期待してないよ。戦闘においてはね。


これでみんなの意見は出揃ったかな。


「ありがとう。みんなの意見が聞けて、俺もハッキリしたよ」


立ち上がり、1人づつみんなの顔を眺める。


「俺達は魔族とは戦わない」

「では、人族側の敵になるんですか?」

「いや、人族とも戦わないよ」

「参戦しないってこと?お兄ちゃん」


みんなが不思議がっている。


「俺達は両者が戦わなくていいように、即ち第三次人魔大戦を起こさせないように動きたいと思ってる」


更に驚かれてしまった。


「そ、そんな事が出来るんですか?」

「分からないけど、可能性は0じゃないと思うんだ。俺は人族と魔族が争う姿は見たくない。人族と魔族は今は敵対してはいるが、いつの日か一緒に分かり合える日が来ると思ってるし、そうなって欲しいと願っている」


ジラが片膝をつき跪いた。

予想外の行動に俺は一瞬たじろいでしまった。


「ユウ様ありがとうございます。全面衝突を阻止できるように、この命を犠牲にしても成し遂げてみせます」


ジラに手を差し伸べる。

ジラはその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。


「俺は、ジラに居なくなってもらったら困るけどね。そうならないように俺も全力でみんなを守るよ」


そうと決まれば、作戦会議だ。

まずは、俺の考えたプランをみんなに説明する。


まず魔界へ赴き、魔族の代表者と話をする。

人族側への進軍をやめてもらうように交渉するつもりだ。

代表者は、もしかしたらメルシーなんじゃないだろうかと思っている。

メルシーとは、微妙な因縁があり、初めて出会ったのは、囚われの身となっていた姉的存在であるフランさんを竜族の手から救う為、プラーク王国で騒ぎを起こそうとしている時だった。

その時は、まさかメルシーがそんな偉い立場なんて知りもしなかったが、魔界に行った際、メルシーは自分の事を魔王様の堕とし子だと言っていた。


魔王の堕とし子とは、魔王の残した実の子供なのだそうだ。

後からジラに聞いたが、堕とし子は全部で4人いるそうだ。

堕とし子の役割は不明だが、魔王不在のうちは、堕とし子達が、実質の魔王の代役となる。

魔族達は堕とし子である者を敬い守るという。

しかし、一部の魔族からは、その存在を疎ましく思っていて目の敵にされる事もあるだとか。


勿論、ただ進軍をやめてくれと言って、はい分かりましたはあり得ない。


「どうやるつもりなんですか?」

「魔王の封印を解除して、魔王を解放する」

「でも流石にそれは人族側が黙っていないでしょう」

「普通はそうだな」

「何か手があるんですか?」

「魔族側に取引を持ち掛けるんだ。無抵抗解放する代わりに人族との争いはしないとね。全面衝突すれば、必ず双方に少なくない被害が出る。そんなものは彼等だって望んでいないし、衝突が回避出来るものならば回避したいと考えているはずなんだ」

「うーん、さすがにそれは理想論すぎると思うよ?」


ミミがユイの頭の上で欠伸をしながら野次を飛ばしてくる。

口を開けば生意気な事しか言わない気がするが、確かに俺もそう思う。


「ユウ様は凄いですね。普通は考えても口に出す者はいないです。でも、ユウ様だったらそれを可能にしてしまいそうな気がします。私も尽力を注ぎます」

「私はご主人様の考えは素晴らしいと思います。成功すれば、今後魔族と人族との争いは0とはいかないでしょうが、限りなく減少するでしょう」

「さっすがお兄ちゃん!」


まぁ、言うのは簡単なんだけどね。

実際そんなに簡単に事が運ぶわけはない。

さて、どうしたものか。


ともあれ、時間がない。

まずは、魔界へ行く術を探るとしよう。


時刻はいつの間にか真夜中になっていた。


魔界への移動手段を考えるのは明日にして、本日は眠りに就いた。


誰もが寝静まった頃に、物音で目が覚めた。


「助けて!!」


誰かが眠っている俺の身体を揺すっている。


「ねえ、起きてよ!」


一体今何時なんだよ。

寝ぼけ眼で、おもむろに目を開ける。


「もう!やっと起きた!」


俺を跨ぐ形で、見慣れた人影がそこにはあった。

流石に起き抜け一番で見る光景としては、ちょっと刺激的かもしれない。


「えっと、イスか?」

「そうだよ!」

「なんでイスがここにいるんだ?」

「魔界が大変なのよ!」


取り敢えず眠っている脳細胞を起こす為に顔を洗う。

そして、みんなも起こした。

クロとユイは可哀想だから寝かしておこう。

だって、外はまだ真っ暗だ。


「メルシー様が捕まったのよ!」

「え?なぜ、メルシーが?」


メルシーは魔王の堕とし子で、魔界の中ではその地位はトップクラスに高いはずだった。

そんな人物が一体誰に?


「また竜族か?」

「違うわよ。同じ魔族に捕まったの」


その後、イスから驚愕の事実を告げられる。


魔王の真の意味での復活は、魔王の堕とし子であるメルシー達4人の命を捧げる事。


「え?どゆこと?」

「だーかーらー!魔王様を復活させる為にメルシー様を犠牲にするって言ってるのよ!」

「なるほどな、堕とし子にはそういう意味合いがあったのか。ジラも知らなかったのか?」

「はい、知りませんでした」

「2人が知らないって事は、その情報の信憑性も疑った方がいいな」

「もう一つ重要な情報があるの」

「あんまり聞きたくないな」


俺の意見は御構い無しと言わんばかりにイスは話を続ける。


「堕とし子の4人のうちの行方の分からなかった最後の1人が見つかったの」


イスが周りを見渡す。

まるで他に誰もいないことを確認するかのようだ。


「その子よ」


!?


イスは、眠っているクロを指差している。


ん?クロ?

何かの間違いだろ?


そんな、だってクロはダンジョンの最下層に居たんだぞ。確か、卵に入ってたんだっけな。


「真実なのか?」

「嘘をつく理由がないわ」


ジラが何故か納得したような顔をしていた。


「ユウ様、辻褄はあうと思います。この間のバルトレイがクロちゃんを攫おうとした件といい、魔界に行った時に、メルシー様が私に言っていました。クロちゃんを守ってあげてと」


ちょっと待ってくれ、頭の整理が追いつかない。

時間の感覚が合わない気がするのだが、クロはダンジョンの最下層で卵に入っていた。

もし、魔王の堕とし子だとすると、少なくとも30年近くあの場にいたという事になる。

魔王が封印されたのが約30年前なのだから。

そもそもなぜあの場にいたのかも疑問だった。


「バルトレイは密命を受けて任務に失敗して亡くなったと聞いているわ。まさかそれが堕とし子絡みだったなんて・・」


確かに辻褄は合うな。クロを奪いにきたバルトレイをジラが文字通り命を賭して守ったのだ。


しかし、だとするとまたクロを奪いにくる輩が現れるという事になるのか。

無駄な争いはしたくはないが、仲間を奪うというなら俺も黙っていない。

誰であろうと本気で対処させてもらう。

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