第113話: ジラの生い立ち【後編】

私は死に場所を求めていた。


ツノを失った私は、もう魔族ではいられない。

別にそんな決まりがあるわけではないが、私自身がそれを許さない。

亡き母とのたった一つのつながりと思っていたものが無くなってしまったのだから。


あの人族を殺して私も死ぬ。


そして、私はアイツの居場所をつきとめた。

あの人族は勇者だったのだ。

だがそんなのは関係ない。

ただ殺すだけでは生温い。私が味わった屈辱以上に味合わせる。

とある情報でアイツがガゼッタ王国で催される王立武道大会に出場する事が分かった。


私は、屋敷の者へと別れを告げ、魔界を飛び出した。


「結局、クオーツの皆へは何も言わずに出て来てしまったか・・」


私はもう魔界へ戻るつもりはない。


転移にてガゼッタ王国の近くへ降り立った。

この転移は、一度でも自らの足で出向いた場所でないと転移先として選ぶ事が出来ない。

一度もガゼッタ王国へは行った事がなかった私は、以前あの人族と会った場所へと転移した。


ここから王国までは、徒歩で2日程だろうか。

飛んでいけば数時間だが、目的遂行のためには目立つ行動はしたくない。


頭さえ隠してしまえば、私が魔族とは誰も思うまい。

羽は自由自在に隠す事が出来る。


そうやって、何度も人族の街に潜伏したこともある。


道中、何組かの人族のパーティと遭遇した。

流石に王国というだけあり、冒険者連中もそれなりに多いようだ。

予定通り、ほぼ2日かけてガゼッタ王国へと辿り着く事が出来た。

正面からは入れない為、誰もいない事を確認し、最新の注意をはらい、そびえ立つ城壁を飛び越えた。


仮にも王国と名の付く場所に簡単に魔族の侵入を許すのだから世話がない。


数日潜伏し、問題の武道大会が1週間後である事を調べた私は、何度か共通の噂を耳にした。

行き交う人達が噂をしていた。


「また武道大会に勇者様が出られるそうよ」


やはりあの勇者が出場するのは間違いないようだ。


この数日で私が考えたのは、いかにしてアイツをどん底に落としてやるかだった。

勇者といえば人族の希望ともいえる。

大衆の前で、勇者の化けの皮を剥いでやる。

守ってきた人族達からの信頼を無くすよう裏で策を練ろう。

そして絶望に苛まれながら殺してあげる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

王立武道大会当日。


私は、武道大会に参加する為に会場に足を運んでいた。

あまり目立つ事はしたくなかったが、その方がアイツをより絶望へと陥れる事が出来ると判断したからだ。

その為ならば私は何だってする。


フードを外さなければ私が魔族とバレることはない。

私がフードを外さなければならない程の対戦相手もすぐには当たらないだろう。

敵対している人族の地でバレてしまえば、即刻捕まってしまうだろう。


順当に勝ち進んでいった私は、会場で同族の少女を発見した。

彼女の容姿はまだ幼く、魔族では珍しくツノではなく獣人族のような耳をしていた。

珍しくはあるけど、魔界にも私の知り合いにも何人も獣人の耳や尻尾を持った魔族がいる。


人族の世界で溶け込んで人族と仲良く過ごしている魔族もいるとは聞いていたが。

私は初めてそれを実際に目にした。


今更ながら、なぜ人族と魔族は何百年と争いあっているのだろうか。

共に手を取り会い共存する事は出来ないのだろうか?

もうすぐ死を迎える私には関係のない事なのだけど。


これも運命か、魔族の少女は私と同じブロックだった。

このまま勝ち進めば、勇者と当たる前に対戦する事になるだろう。


クロ・・ちゃんって言うのね。

恐らく仲間であろう者たちと仲良くしている。

羨ましいな・・・魔族でも人族と、まるで本当に仲間のように・・・


「手加減はしないわよ」


まさか、同族と戦う事になるとは思わなかった。

戦い振りからすると、訓練次第ではクオーツにだって入れる素質がありそうだ。

私は同族だという事で気が緩み戦闘中に色々と会話を交わす。

何故話してしまったのか、次の相手との因縁の事を少しだけ仄めかしてしまった。


第三者に話す事で少しでも気を楽にしたかったのかもしれない。

もしくは、心の奥底ではこれからやろうとしている事を誰かに止めて欲しかったのかもしれない。


そんな事を考えていると、戦いに集中出来なくなってしまう。

元より、この子を傷付けるつもりもなかったし、隙を突き、場外負けに追い込み勝利した。


次は決勝。

私の対戦相手は、元よりあの勇者ただ一人。


試合開始の合図が鳴る。

どうやら私の事をあの時の魔族とは気が付いていないようだ。

流石に勇者だけあって中々に強い。

ツノがないハンデはあったが、一瞬足りとも油断出来る相手ではなかった。


だが、事前に勇者との戦闘は何度も想定してきた。

この怨みも相まって、いつもの私本来、いやそれ以上の力を出していたかもしれない。


そして、全ての舞台は整った。


勇者が膝を着き、剣をその手から離して降参してきた。

恐らく体力が殆ど底をつきかけているからだろう。

さしもの勇者もこんな場所では死にたくないらしい。


私は勇者へと近付く。


戦闘中にはだけてしまったフードコートで私の姿が露わになっていた。

そんな私の姿を見た勇者が驚愕の表情をする。

どうやらやっと気が付いたらしい。


「そうよ、あの時の怨みを晴らしに来たわ。貴方にはここで死んでもらう」


言葉とは裏腹に、そう言い終え構えていた杖を降ろし、私は後ろを向いて歩き出した。

そう、誘っているのだ。

あえて挑発して、隙を見せている。


直後、勇者が手離していた剣を手に取り背中を向けている私に斬りかかってきた。


ありがとう。

貴方なら絶対に斬りかかってくると思ったわ。


さっと振り向き、わざとらしく驚いた素振りを見せ、正当防衛と言わんばかりに残りわずかとなっていた勇者の体力を0にした。


全て計画通りだった。


リング上に倒れ込んだ勇者は、二度と起き上がる事はなかった。


私はすぐさまフードコートを被り、リングを後にする。

成り行きで優勝してしまったけど、そんな事は私には関係がなかった。

どうせ、この後すぐに死ぬのだから。


ここ数日の間拠点として使用していた宿へと戻った私は、思いを巡らせていた。


全て計画通り、あの勇者は死んだ。しかもただ死ぬだけではない。

勇者に有るまじき行為、わざと負けを認め相手が油断した所を狙い斬りかかってきた。

試合を観戦していた大勢の観客は、そういう風に見えただろう。

死して尚アイツの勇者としての信用は地に堕ちただろう・・・


しかし、何故だろうか・・・


全てうまく事が運んだというのに、何故この胸の中のモヤモヤは晴れない。消え去らない。


復讐を遂げた私に残ったのは、孤独と虚しさだった。

自分の意に反して頬を伝うものがある。


私は泣いているのか?

父が死んだ時も、大好きだったリリベルが居なくなった時も涙を流す事などなかったのに・・。


今まで感じた事のない感情が込み上げてきて、耐えきれずに私はいつのまにか意識を失ってしまった。



どれほど眠っていたのか。

気が付いた時は夜になっていた。

恐らく数日の間意識を失っていたようだ。

復讐という重圧から解放されて、ここ数週間の内でまともに眠ったのは初めてかもしれない。


!?


その時だった。

ドアの外に何かの気配を感じた私は、警戒態勢を取った。


殺気・・か?


今の私に死をくれるならばむしろ好都合だ。

自害するよりも誰かにやってもらった方が楽だと思った。

あの勇者の仲間達だろうか?

なら尚の事都合が良い。


ノックされる前に先にドアを開ける。

私の居場所をつきとめ、私に殺意を抱く者。

一体誰かと思いきや、姿を見た途端に納得した。


ブロック決勝で対戦したクロちゃんの保護者だった。

しかし、殺気を放っているのは、背後にいる騎士の女性だった。

きっと勇者を殺した事で怒りを覚えているのね。


復讐の連鎖というのは恐ろしい。

結局は誰かが妥協しなければこの恐ろしい連鎖が止まる事は決してない。

今回は私が妥協すればいいだけ。簡単な事だった。


今更隠す事も何もない為、質問してきた事に対して嘘偽りなく全てを話した。


途中、彼が私に目を瞑るように促した。

その手には膨大な魔力を感じる。

魔術師である私は魔力の感知が敏感だった。

やはり、目の前の彼は私よりも強い。


私を殺してくれるのだろうか。

そうだと嬉しいな。

私よりも強者で、人族の彼ならば私の胸の内に残っている、このわだかまりも少しは晴れるかもしれない。


私は彼の言う通り目を瞑った。

彼は私の頭に手を当てる。


すぐ目の前に死が迫っているというのに全く恐怖を感じなかった。

だって、彼から全く殺気を感じないんだもの。


彼に触れられている部分に温かさを感じる。

体温とはまた違った温かさだった。

心地良い温もりが頭から伝わり身体全体へと巡っていった。


目を開けるように促される。


頭の部分に違和感を感じ、私は徐にツノを触ってみた。


!?


あ、ありえない・・

失ったはずの私のツノの感触が確かにその手に感じられたのだから。

絶対に修復出来ないと言われていたのに一体どうやって・・


彼は普通に治癒ヒールで治したと言っている。

考えられるとすれば、治癒ヒールのレベルかしら。


その場に呆然とそして呆気にとられてしまった。


それもそのはずだった。

死への要因を取り除かれてしまったからだ。

私とて平静は装っていてもやっぱり死ぬのは怖い。

間違っても自殺志願者ではない。


先ほど感じた温もりの余韻がまだ残っている。

この気持ちはなんだろう。

この心臓が高鳴るようなドクドクという音が耳にまで聞こえてくるようだ。


その時、私はリリベルの事を思い出していた。

目の前の彼と一緒にいるとリリベルと居る時のような安らぎ、安心感が込み上げてくるようだった。


「私の死ぬ目的を取り除いてしまった貴方には責任を取ってもらうわ」


私は何を言っているのだろうか・・。

私を貴方の側に・・。


自分が自分ではないようだ。

彼の名前はユウというようだ。

驚いたのは、人族である彼の仲間には、魔族のクロちゃんや、勇者見習いの騎士、獣人族の少女、使役している精霊までいた。

他種族が助け合い、共に歩んでいく。


いずれこの世界もそうあって欲しいという、ユウ様の理想だという。


ユウ様や他の仲間達と一緒にいる時間は私にとって幸福だった。

魔界にいた頃には味わえなかった感覚、クオーツとはまた違った真の仲間と呼べる者の存在は大きかった。


とても感謝しています。


そして私は今再び命の灯火が消えようとしている。

何だか、今までの生きてきた記憶が走馬燈のように巡ってくる。

でも、悔いはない。

一度は捨てたこの命。再び誰かの、少しでも誰かの役に立てたのならば、それでいい。

一つだけ心残りがあれとすれば、最後にもう一度、私が主と決めたユウ様に一目会いたい・・。


薄れゆく意識の中で誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。


私は死んでしまったのだろうか?

今の自分は、死んでいるのか生きているのかさえ分からない。


しかし、耳元で確かに聞こえた声は、聞き間違えるはずもない。

そう、ユウ様の声だった。

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