第112話: ジラの生い立ち【前編】
「ジラ様!何処にいらっしゃいますか?」
魔術教師のリリベルが今日も私を探している。
「また、そんな所に隠れて・・。そんな事では、お父上のような立派な魔術師には慣れませんよ」
私は7歳。
魔界にも人族のような貴族制に似た制度がある。
魔界3大名門と言われているガーランド家の長女として私は生を受けた。
父の名前はレイフォード・ガーランド。
ガーランド家の当主だ。
母は、私を産んだ時に亡くなったらしいので顔すら知らない。
父は、エンセイ?だとかで、普段はあまり屋敷にいない。
なので育ての親代わりをしてくれているのは、魔術教師でもあるリリベルだった。
「さぁ!今日も楽しい魔術の授業を始めますよ!」
「授業楽しくない」
お節介で口数の多いリリベルだったが、私は彼女が大好きだった。
屋敷には、世話をしてくれる人達が複数いたが、リリベルのように気さくに話し掛けてくれる人はいなかった。
そして友達と呼べる相手も誰一人いなかった。
同世代の子達は屋敷の近くに何人か居たが、名門という事もあり、近寄りずらいのか、私が無愛想なのがいけないのか、誰一人として話し掛けてくる子はいなかった。
私の方から話し掛ける事もなかった。
今日も一日、魔術の訓練をする日々を送っている。
そんなある日、人族との戦争に参加するといい、久しぶりに帰ってきた父をすぐにまた見送ることとなった。
私には年の離れた兄が一人だけいたが、口数が少なく、話し掛けても、ああとか、ふむとしか言わない絡み辛い兄だった。
父が戦争に出てから数ヶ月が経った頃、魔界全土に緊急伝令が発信された。
”魔王様が人族獣人族同盟との戦争において、敗北された”
魔王様といえば、この魔界の頂点に立つお方。
最も偉大で、そして最も強いお方。
幼い頃に父に連れられ、一度だけお会いした事がある。
話によると、戦いには敗れたが、まだ生きておられる。
何処かに封印されているのだとか。
大人達は、魔王様を捜すために躍起になっていた。
魔王様と一緒に戦いに赴いていた父もまた敗れ、殺されてしまったようだ。
私は非情だ。
肉親が死んだというのに涙の一つも出なかったのだから。
父の後を兄が継いだ事以外は特に生活の変化はなかった。
元々父は、殆ど屋敷にいる事がなかったのだから。
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時は少し経過し、私は12歳になった。
今では学校に通っている。
どうやら私には魔術の才能があったようで、同世代の子供たちの中では頭一つ抜きに出ていた。
これも全てリリベルのおかげかもしれない。
学校に通うようになり、何人か友達も出来た。
「ジラちゃんは、将来絶対クオーツに入れるよ!」
「クオーツ?」
「うん、30人の魔界で最も強い人達の事だよ。クオーツになれれば、魔王様から特別な力を授けて頂けるの」
「でも魔王様は今は居ないよね」
「人族たちが何処かに封印しちゃったからね」
「俺達が大きくなったら、絶対魔王様を見つけてやろうな!」
学校での生活はそれなりに楽しかった。
授業には物足りなさを感じたが、友達とたわいも無い話をするのが何よりも楽しかった。
今思えばこの時の私は、人の温もりというものに飢えていたのかもしれない。
20歳を迎え、成人になった私は魔王軍に入隊した。
その時、魔王軍の指揮官をしていたのは、今やたった一人の肉親となった兄だった。
兄は戦闘の才能こそは無かったが頭が良い。
名門という事もあり、魔王軍に入隊するとすぐに実力を認められ魔王軍指揮官に任命されていた。
記念すべき私の最初の任務は、任務と呼べるものではなかった。
ただの一方的な殺戮だった。
人族の一つの集落を殲滅する事。
屈強な兵士達が集っているのかと思いきや、派遣された先は、何の武力も持たない農民達の暮らす村だった。
50人程の小っぽけな村に対してこちらは私を含めて魔王軍に入隊したばかりの新人小隊7人。
私以外の皆は我先にと手柄を挙げるべく、殺した数を競っていた。
魔族と人族は敵対関係をしている。
当然の行いなのかもしれないが、少なくとも私は無抵抗な者達を殺める事に疑問視していた。
「ジラ、活躍しとかないと、いつまでたっても上にあがれないぞ?」
入隊当初から私の事をライバル視していたバルトレイだった。
魔王軍の入隊試験でトップの成績だった私とバルトレイ。
その後も二人で競うように着実に上へ上へと進んでいった。
ある程度の地位まで昇りつめると配属先を選べるようになり、私はドラゴン討伐隊へ入隊した。
その名の通り、対ドラゴンの為の精鋭部隊だ。
魔族はドラゴンを敵対視しているが、ドラゴン達は私達の事を餌としかみていない。
ドラゴンとの戦力差は圧倒的なので、挑む際は必ず複数人で対処する必要がある。
ドラゴンの皮膚は鋼のように強固で、普通の武器では傷つける事さえ不可能だ。
しかし、魔術は別。
私は魔術の才能があった為にドラゴン討伐隊ですぐに戦果を挙げ、トップにまで昇りつめた。
数年が経ったある日、私は魔王軍本部棟へと呼び出された。
「ジラ・ガーランド。お前を本日より、クオーツへの配属を任命する」
魔王軍での働きの貢献度によってクオーツへの入隊が決定する。
クオーツとは、魔界でも最強戦力と言われている部隊だ。
単純に強さによって番号が与えられる。
私は配属されたばかりなので一番下の30位だった。
これを序列と呼んでいる。
クオーツが一斉に集まる場所に赴いた際、そこに見知った顔があった。
「やあ、やはりキミも配属されたか。まぁ、当たり前だな。私のライバルなのだから」
いの一番に声を掛けてきたのはバルトレイだった。
彼は人族殲滅部隊で手柄を上げて私よりも2年早くクオーツ入りしたそうだ。
彼の今の序列は23位だった。
模擬戦闘で何度かバルトレイと対戦したが、結局一度も勝つ事は出来なかった。
というより、私とは根本的に相性が悪い。
彼には魔術が効かない。と言うより、魔術を跳ね返す術を持っていたのだ。
魔術しか才のない私では到底勝つ事など出来なかった。
クオーツにはもう一人見知った顔があった。
そう、リリベルだ。
幼い頃からリリベルは凄く強いとは思っていたが、まさかクオーツにいるとは思わなかった。
後で聞いた話だが、当時父の命令により、クオーツに在籍していたにも関わらず私の教師役を任命されたのだという。
「リリベル!」
「お久しぶりですジラ様」
リリベルは、私が学校に通うまでの魔術の教師を務めてくれていた。私の初めての友達でもある。
久しぶりの再会に昔話が尽きる事はなかった。
クオーツの任務第一優先は、魔王様の捜索だった。
並行して、魔族の脅威となりうる者の排除や捕まっている仲間達の救出が主な任務だった。
もちろんどれも最高難易度で常に死と隣り合わせの任務だった。
クオーツに配属されて何年か経ったある日、私個人に任務が与えられた。
その内容は勇者の暗殺だった。
既に同胞が何人もやられているらしい。
勇者というだけあり、彼の強さは本物だった。
一人で真っ向勝負で勝てるという慢心が招いた結果だった。
依頼された任務は暗殺だったが、昔から隠れてコソコソするのは嫌いだった為に正々堂々正面から対峙する事にした。
結果、任務は何とか達成する事が出来たが、その際に深手を負ってしまった。
瀕死の重傷を負ってしまった私は、生死の境を彷徨い、意識を取り戻した時には既に何ヶ月も経過していた。
クオーツに復帰した私はそこで衝撃の事実を告げられた。
任務の遂行中に同じクオーツの仲間でもあるリリベルの消息が消えたという。
私は捜索隊に志願したが、聞き入れてもらえず変わりに別の任務を言い渡された。
そして、二度とリリベルに会う事は無かった。
それから何十年もの歳月が流れ、私はいつの間にかクオーツの中でもトップ10入りし、魔界でも有名になっていた。
私を慕ってくれる者も多く、イスもその一人だった。
魔界のもう一つの名門であるライジン卿。イスはそこの一人娘だった。
境遇が似ていた事から、彼女は私を姉と。私は彼女を妹のように接していた。
そんなある時、新たな任務を受ける。
裏切り者の排除だった。
魔族でありながら、同族殺しと呼ばれている者の討伐だ。
実力は未知数だが、クオーツも一人やられている。
なのでクオーツ上位である私に討伐の白羽の矢が当たった。
こういう時の為に魔族軍には優秀な偵察を専門にした部隊がいる。
彼らからの目撃情報をもとに私は現場へと赴いた。
全身に黒いフードコートを被っている男だった。
私が来るのを待っていたのか、突然現れたにも関わらず驚いた素振りはなかった。
「私を狩りに来た者か」
「ええ、観念するのね。同族だろうが容赦はしないわ」
私はなぜ彼が同族殺しなどを企てたのかをつきとめるつもりでいたのだが、結局彼は最期まで口を割らなかった。
彼にトドメを刺す。
その時だった。
背後に視線を感じた。
「誰だ!」
一人の人族が両手を上げて近寄ってきた。
「敵意はない!その証拠に武器は持っていない」
人族は敵だ。
だが、敵だろうが私は任務外で悪戯に命を奪う事はしない。
他のクオーツの者ならば、恐らく即座に命を奪っていただろう。
貴方は運がいい。
私はその者の言う事を何の疑いもなく信用してしまい背を向けたまま、先ほど倒したコイツの処理をしていた。
直後に背後から殺気を感じる。
私は咄嗟にかがみ、後ろに飛びのいた。
人族の男は私の首目掛けて剣を振ったのだ。
頭に激痛が走る。
一瞬間に合わず、ツノを切られてしまった。
その表情は下卑た笑いをしていた。
「へへっ惜しかったな」
私は怒りに震えていた。
怒っている理由は不意をつかれた事でも嘘をつかれた事でもない。
私の大切な、魔族である証、象徴でもあるツノを切られてしまった事だ。
しかもコイツは、それを知ってか知らずか、踏み潰して嘲笑っている。
「まあいいさ、次は貴様がこうなる番だしね」
私は戦闘の直後で体力、魔力共に枯渇している。
先程の太刀筋からコイツが雑魚ではない事は分かっていた。
恨みを晴らしたい気持ちはあったが、唇の端を噛み締め、苦渋の思いで転移にてその場を後にする。
魔界へと戻った私は、皆に勘付かれないようにフードを奥まで羽織り任務の報告を終え、屋敷へと戻ってきた。
「カサルバミアはいないか?」
屋敷に仕える侍女の一人なのだが、彼女は魔界でも珍しい
どういうわけだか、魔界には聖職者の数が著しく少ない。
王都にいる聖職者は、捕虜となっている人族だし、エルフなんてのもいる。
折れてしまったツノを治してもらうつもりだったが、カサルバミアには治す事が出来なかった。
彼女の話では、魔族のツノは特別で修復が一切出来ないと聞いた事があると言っていた。
「クオーツが抱えている聖職者に頼むか・・いや、だめだ・・。こんなみっともない姿を仲間の前に晒したくない」
魔族にとってのツノは特別なモノだ。
戦闘機能にも少なからず影響が出る。
周囲の気配探知の能力が落ちるし、魔族のツノは待機中に浮遊している魔力を集める役割も担っていた。それが失われると魔術メインの私は正直キツイ。
しかし、そんな事は私にはどうでも良かった。
幼い頃にリリベルに言われた事がある。
”ジラ様のツノは、亡きお母様と本当に良く似ておられます。本来魔族のツノは、一つとして同じモノは存在しません。しかし、もしかしたら、私の分まで強く永く生きて欲しいというお母様の願いなのかもしれませんね”
その日以来、私は今まで意識した事も無かったツノを傷つけないように護るようにしてきた。
しかし、あの人族は私の大切な大切なツノを・・私の眼の前で踏み壊し嘲笑った。
絶対に許さない。
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