第83話: クラウディル・イエイガー【前編】

時は少し遡る。

俺がエスナ先生と別れてメルシーと出会っている時だった。



ここは、プラーク王国から少し離れた所にあるバステト村だ。

極秘任務を終えて、数日振りにバステト村の我が家に戻って来たクラウは、家の中が荒らされている光景を目の当たりにしていた。


「おいおい・・一体、誰の仕業だ?」


クラウは、魔導具の水晶を取り出し、家の中を荒らした犯人を突き止めようとしていた。


暫くして、その水晶に映った姿にクラウは声を荒げる。


「コイツは・・大物だな。恐らく例の組織の刺客・・か」


クラウは職業柄、王族や貴族からの極秘任務を生業なりわいとしていた為、ある程度の裏事情に精通していた。

また同時に、多方面から命を狙われる事もあった。


「暫くは身を隠した方が身の為だな」


クラウは、身支度を整え、その日の内にバステト村を離れた。


此処は、バステト村から北へ半日程進んだ先のクラウの数ある拠点の一つだ。

任務の為、数日寝ていなかったクラウは限界が近かった。本当ならば、遠方まで身を隠した方が安全なのだが、仕方がない。


拠点の近くに魔術による結界を施し、本日は床に就く。


辺りには何もない。真っ暗な無音の世界が広がっていた。

その中で、クラウに忍び寄る影が一つ。

暗闇の景観を損なう事のない黒装束を身に纏った人物がクラウのいる場所に向かい、一歩、また一歩と近付いていた。


その時だ。

クラウの設置しておいた防衛用の魔術が発動する。


辺りにサイレンとも取れるけたたましい音が鳴り響く。


!?


「・・やはり、来たか」


その音にクラウは目を覚ました。


クラウは、悪意を持った者が触れると大きな音が鳴るというものとその際、攻撃型の魔獣を召喚するという魔術トラップを設置していた。


相手が魔獣との交戦中に逃げる計画だったのだが、どうやら相手は相当な手練のようで、レベル40相当の魔獣3匹をいとも簡単に倒してしまった。

逃げようと外に出た所で、あろうことか相対してしまった。


「コイツはまずったな・・魔力を温存せず、最上位を召喚するべきだったか」


暗がりで良くは見えなかったが、今目の前にいるのは、バステト村の小屋を荒らした奴と背格好が酷似していた為、俺を追ってきた刺客と認識した。


「私はクラウ。一応聞いておく、職業柄命を狙われる事は時々あるが、人違いではないだろうな」

「我が名は、シュラ。クラウディル・イエイガー。お前は我らの計画を妨げた。その罪、死を持って償え」

「なら仕方ない。全力を持って、排除させてもらう」


クラウは、速攻を狙う。


「フレイムロード!」


クラウの足元に火の沼が出現した。

火の沼は、シュラ目掛けて一直線に伸びて行く。

最初の沼が出現してからシュラのいる位置まで到達するまでの時間は、僅か1秒程だった。


フレイムロードは、威力こそは大した事ないが、自身が使用可能な魔術では一番の速さを誇っていた。

主に相手の実力を測る時に使用していたのだが、予想外の出来事が起きた。


「ぐはっ・・」


次にクラウが気が付いた時は、岩壁に激突した時だった。


「一体・・何が起きたのだ・・」


岩壁に激突した背中よりも腹部に激痛が走った。

どうやら、肋骨あばらが数本折れているようだ。


クラウは、朦朧とする意識の中で自身の置かれている状況を整理していた。


「そうか、魔術を放った瞬間、腹部に一撃貰ったのか・・まさか視認出来ない程とは・・」


軋む身体に鞭を打ちクラウは立ち上がった。

先手を打ったはずだったが、逆にこちらが攻撃を食らうとは想定外だった。


しかし、クラウも今まで数々の修羅場を潜り抜けているだけあり、単に相手が速いだけなら、作戦の立てようはある。


クラウは、自身の周りに火壁ファイアーウォールを展開した。

そして、シュラに向かい火撃ファイアーボルトの雨を降らした。

もう手加減などしている余裕はなかった。

シュラの周りが大炎上し、モクモクと煙が上がっている。

このままでは山火事になり兼ねない。

しかし、そんな余計なことを考えている程、クラウに余裕はなかった。


シュラは撃たれる魔術の全てを余裕で躱している。


クラウは動きを先読みし、火壁ファイアーウォールで、シュラを囲む事に成功した。


ここで勝負に打って出た。

東西南北4方向同時の火嵐ファイアーストームを放ったのだ。

防御壁を張るか避けるかしなければ、黒焦げは必須だ。


しかし、シュラはそのどちらでも無かった。


躱せないと判断したシュラは、耐え切って見せたのだ。

シュラの驚くべきは、そのスピードだけではない。

そのスピードに相まって余りある耐久力こそが強さの所以なのだ。

しかし、万能ではない。

シュラは魔術の類が一切使えないのだ。


「あれを食らってまだ動けるのか・・」


何とか攻撃を凌いだシュラが動いた。

クラウは、火壁ファイアーウォールを自身の周囲に展開していたにも関わらず、強引に中へ入ってきたのだ。

クラウは直ぐに解除し、後方に飛び退け、懐からビー玉サイズの玉を取り出し、シュラに向かって投げた。


クラウが使ったのは、魔術玉と呼ばれる、1種類の魔術が込められた玉だった。

込められていたのは、拘束系の魔術だ。

シュラに命中した魔術玉は、光るいばらとなり、シュラにまとわりついていた。


それを確認したクラウは、火撃ファイアーボルトを自身の魔力が尽きるまで撃ち続けた。


立ち込める煙で、シュラの姿を視認する事が出来ない。

クラウ本人も魔力の使い過ぎで、その場から動けなかった。


「それで終わりか」


巻き上がる煙の中から確かに声が聞こえた。

次第に煙が晴れ、シュラの姿が映った。

ダメージこそは受けていそうだが、倒れる気配はない。まだ余裕がありそうだ。


「ま、まさか、あれだけ食らって決定打になってないとはね・・これは万事休すか・・」


魔力を使い果たしたクラウの取る行動は一つしかない。

それは、逃げる事だ。

みっともないが、それ以外の選択肢は無かった。

次にシュラの発した言葉さえなければ。


「お前に手を貸した者も既に突き止めている。お前を始末したら次はソイツだ」


その言葉を聞き、逃げようと背を向けていたクラウは正面へと向き直し全てを理解した。

目の前の刺客が、亡国の騎士である事、手を貸した者は一緒に任務に同行して貰ったエスナ師匠である事。


エスナ師匠に限って、刺客など返り討ちにしてしまうだろう。

しかし相手が亡国の騎士である以上、その脅威は未知数だ。

万が一という事を考えれば、迷惑を掛ける事は出来ない。


クラウの中で答えは決まった。それは、先程までの答えとは正反対のものだった。


コイツは、命を賭してでも絶対にここで再起不能にする必要がある。


「最後に教えてくれ。放たれた亡国の騎士の刺客は、お前意外にもいるのか?」

「任を受けたのは、俺だけだ」

「そうかい」


クラウの目付きが変わった。


「師匠。どうか、不出来な弟子をお許し下さい」


小声で呟いた。


クラウは、シュラから受けたダメージで既に満身創痍だった。

魔力も使い果たし、魔術すら使えない絶望的な状態にも関わらず、その表情は笑っていた。


シュラは、クラウに迫り、殴打を繰り返している。

辺りに血飛沫ちしぶきが飛び散った。

もはやクラウに抵抗する力など残っていない。

されるがままの状態だった。

両の足は変な方向へと曲がり、左腕はなくなっていた。


そして、とうとう地面に伏せてしまった。


シュラがゆっくりと吹き飛ばされた先のクラウへと近付く。


「トドメだ。死後の世界で悔い改めるがいい」


拳を大きく振りかぶっている。


「悔い・・は・・・ない・・」


クラウの右手が力無く地面に落ちた。

握っていた魔術玉が掌から零れ落ちた。


その瞬間だった。

強い閃光に包まれたかと思えば、魔術玉が大爆発を起こしたのだ。


さすがのシュラも予想はしていなかったようで、爆発の直撃受けてしまった。

後方へ吹き飛び、地面に突っ伏している。

魔術玉が爆発した場所は、直径20m程のクレーターが出来ていた。


そこに・・・クラウの姿は無かった・・・


微かなうめき声が聞こえる。


シュラだった。


あの爆発に巻き込まれても尚、生きていたのだ。


「まさか、自爆するとはな・・」


しかし、さすがのシュラもかなりのダメージを負っており、その場から動けないようだった。



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古ぼけた樹海の小屋にて


「師匠、どうしたの?怖い顔して」


ミリーは、エスナ先生の表情が一瞬曇ったのを見逃さなかった。


「まさか・・な・・」


今この場には、ミリー、エスナ先生、ミリーの妹のクク、絶界の魔女ノイズの4人がいた。


「ミリーよ、暫くの間この小屋からの外出は禁止する」


ミリーは、ええっ!と叫んでいる。


「暫くの間じゃ。詳しい事は言えんが、我慢してくれ」


エスナ先生は、何かを感じ取っていた。

それを察知したノイズは、エスナ先生と小屋の外に出て行ってしまった。


「お姉様、何か感じたのですか?」


エスナ先生は、険しい表情をしていた。


「恐らくだが・・わしの弟子が何者かにやられたようじゃ。胸騒ぎがしてな・・間違いであって欲しいのじゃが」

「そんな・・・・昔から、お姉様の勘は良く当たってましたからね」

「確かめる必要がある」

「一人は危険です。妾もお伴します」

「ノイズには、二人を守って欲しいのじゃ」

「その必要はありません。ククは強いですから。賊如き相手にすらならないと思いますよ」

「今回は、ちと相手が悪いのじゃ」


ノイズが真剣な眼差しになった。


「ならば尚のこと行かせられないですね。二人で行きましょう」


ノイズは、小屋の中に戻った。


「クク、少しの間、留守をお願いね」

「はい、分かりました」


エスナ先生は深い溜息を吐く。


「ミリーよ、ちゃんと留守番してるんじゃぞ。もしもの時は、あれを使うんじゃ」

「うん、分かった!ちゃんと戻ってくるよね?」

「約束じゃ、すぐに戻る」



エスナ先生とノイズは、猛スピードで駆け出していた。


「目的地は?」

「ここから一番近い、弟子のアジトじゃ」


不安な気持ちを押し殺してエスナ先生とノイズは、バステト村に向かう。

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