第82話: 人質救出作戦【後編】

メルシーの声に反応して、10mはあろうかという一体の黒竜が眼前に現れた。


メルシーも動揺しているのが伺える。

先程から、足がガクガクと震えていたのだ。無理もない。

いくら魔族といえど、竜族に手を出さないのは、この光景を見たら誰もが勝負しても勝てないと思うだろうからだ。


「や、約束通り、太陽の涙を持ってきたわ!早くお姉ちゃんを返して!」

「ほぉ、まさか本当に持ってくるとはな。皆がお前は戻らぬと言っておったが・・どうやらその石も本物のようだ」

「当たり前でしょ!早く、お姉ちゃんを返して!」

「フンッ、うるさい魔族だ」


俺は目の前の竜に、そっと鑑定アナライズで確認したが、レベル自体は大して高くはなく、64だった。

しかし、圧倒的な体格差から、レベル差などあまり関係ないのかもしれない。

俺は過去2度竜と対峙しているが、どちらも余裕のある戦いではなかった。


その時だった。


けたたましい轟音が辺りに鳴り響く。

黒竜が天に向かい咆哮をあげていた。


至近距離からの音に、メルシーが一瞬、グラッとよろめいた。

警戒していなければ、俺も驚いて透明化を解いてしまっていたかもしれない。


暫くすると、辺り一面が黒い影で覆われた。

その正体は、無数の竜達だった。

空を見上げると、遥か上空からこちらに向かい下降して来ていた。


壮観な光景だ。

一体でも威圧感半端ないのに、眼前には20体を越す竜がひしめき合っていた。


真っ当な精神なら、恐怖のあまり失神してもおかしくないだろう。

俺はまだ、姿を消しているから直接の視線を感じていない分、まだ楽なのだがメルシーはそうはいかない。

全ての竜の視線や威圧などを一身にその華奢な細身の身体に受けている。


「メルシー、あんまり頼りにはならないとは思うけど、俺もすぐ横にいるからな」


透明化の状態で、メルシーに小声で話し掛け、少しでも安堵してもらう。


メルシーは、静かに頷き大きく深呼吸をする。


「さぁ、私は約束は守ったわよ!」


竜族達は、何やら話し合っている様子が伺える。

声が聞こえてこない為、テレパシーか何かだろうか?


一体の竜がメルシーの前へと歩み寄る。

最初の竜と比べたら、その体格差は1.5倍程はあるだろうか。

恐らくこの竜の群れの親玉だろう。


「今迎えに行かせている。いくら下等生物との約束とはいえ、我らは約束は守る」


物凄く上から目線なのが気になるが、どうやら素直に応じてくれるらしい。

それならば、予定していた計画は不要なのだが、油断は禁物だ。


隙を見て襲って来ないとは思うが、一瞬足りとも気が抜けない状況が続いていた。

いつしか、俺も背中が汗でびっしょりなっている。


周りの竜達のレベルは、60〜80辺りだった。

目の前のリーダー格と思われる竜が一番高く、82の表示になっている。


一応レベルだけならば俺の方が上なので、一瞬でやられるような事はないだろうと願いたい。


どちらにしても、仮に作戦が失敗して竜族達と争うなんて事になれば、一目散にメルシーと姉さんを連れ、逃げるつもりだ。


暫くすると、彼方に竜が鳥籠をぶら下げた状態で視界に入ってきた。

案の定、鳥籠の中には誰かがいるようだ。


「お姉ちゃん!!」


メルシーの必死の呼びかけにも反応は無い。

鳥籠の中でグッタリとしている。意識はないようだ。

ステータスでは、気絶となっている。


「さあ、では約束通り交換だ。人質を連れ帰るがいい」


どうやら先に解放してくれるようだ。


警戒しながらも、メルシーは姉の元へと行き、抱き抱えて、鳥籠から出していた。


「では、目的の物をこちらへ投げろ」


隙を見て太陽の涙も回収しようと思っていたが、この状況だとさすがに無理だな。諦めるしかない。


メルシーは、投げる事を躊躇していたので、耳元で囁いた。


「太陽の涙の回収は諦めるよ。彼らの言う通りに」


メルシーは静かに頷き、太陽の涙を天へ向かって投げ放つ。


目の前のリーダー格の竜が、それを器用に口でキャッチしていた。

そして、そのまま彼方へと飛び去ってしまった。


取り敢えず、無事に受け渡しは終わった。

このまま後は帰るだけだと、俺もメルシーも思っていた。


しかし、甘かったようだ。


その場を立ち去ろうとメルシーが後ろを振り向こうとした時だった。退路を一体の竜が塞いだではないか。


「まさか、本当にこのまま逃げ帰れると思っているのか?」


!?


「ど、どういう意味よ・・」

「次元移動は封じている。お前は歩いてこの場を離れる必要がある。勿論俺達を振り切ってだ」


やはり、このまますんなりとは返してくれないようだ。


「どのみち我らから逃げる事など不可能だ。無駄な恐怖を味わうよりもこのまま動かなければ、楽に一撃で殺してやる」


俺は聞いていて段々と腹が立ってきたが、相手は20を越える竜達だ。

一斉に襲い掛かってくれば、ひとたまりもないだろう。


「メルシー、どうやらやるしかない。俺の準備は出来ている。作戦通りに行くぞ」


コクリと頷く。


「素直に私達を返した方がアンタ達の為よ」


物怖じしない堂々とした物言いだ。やるじゃないか。


そんな意外な発言に竜達は互いを見合って笑い合っていた。


「何を馬鹿な事を。お前一人に我々が怖気付くと思っているのか!」

「では、仕方ないわね・・・」


メルシーは一呼吸起き、大声で叫ぶ。


魔王様・・・!目の前の竜達に厳正なる処罰を!!」


メルシーの呼び掛けに応えるように、巨大な竜達の3倍はあろうかという皿に巨大なサイズのいかにも魔王の格好をした人物が現れた。


勿論、幻影を使用した俺なのだが。


俺は時間差で、幻影を使用する前に全範囲雷撃ライトニングレインを広範囲に発動させていた。

勿論、最大火力で放っているので、それなりのダメージは与えられるだろう。



竜達は、いきなり現れた巨大な魔王と呼ばれる存在と、広範囲に散った電撃で戸惑っているようだった。

今まで俺達を見下ろしていた竜達は、幻影で変身した俺を見上げていた。

なんとも気分がいい。

やはり、致命傷とまではいかないが、動きが鈍っている分、少しは効いているのだろう。

もしかしたら、このまま戦っても勝てる・・かもしれない。いや、調子に乗りすぎだな。

いくら個体での能力は上回っていてもそれは数の暴力の前では、何ら意味をなさない。

ましては、多少上回っている程度で、こいつらも竜族。深追いは禁物だ。


「ま、魔王だと!?」

「ありえぬ・・」

「くそっ!」


なんと、竜達は一目散に一体残らず尻尾を巻いて逃げ出したではないか。

まさか、ここまで上手くいくとは思わなかった。

ノアに感謝だ。


視界から竜達が消えたのを確認し、変身を解いた。


「やったね!」


メルシーとハイタッチをして、喜びを分かち合う。


「成功だな」


俺は、メルシーの姉さんを抱き上げる。


「いつまた戻って来るか分からない。全速力で戻るぞ」



追撃を警戒していたが、杞憂だったようだ。

無事にプラーク王国まで戻って来る事が出来た。


メルシーの姉さんは、まだ意識が戻らないようなので、宿屋まで運び入れ意識が戻るのを待った。


「それにしても、見事な魔王でしたね。私は会ったことはありませんが、きっとそっくりだったと思いますよ。ユウさんは会った事があったのですね」


勿論、会った事などないのだが、ゲームやアニメとかに出てくる魔王をイメージしただけなのだが、どうやらこの世界の魔王も同じような姿なのだろう。


「メルちゃんは、会った事ある?」

「私もないわよ。生まれるずっと前に封印されちゃったもの」



「ん、・・んん・・」


どうやら、意識を取り戻したようだ。


「ここは・・」

「お姉ちゃん!」


メルシーが涙を零しながら、姉に抱きついている。

普段は生意気なメルシーも、子供っぽい仕草をしているので、俺は少しホッとしている。


ともあれ、無事に任務達成なのだが、偽物とはいえ魔王を語った事により、各地で不穏な動きが起きつつある事をこの時この場にいる誰も知る由は無かった。


-------------------------------------------------------------------

時は同じ頃、とある古めかしい城内において


海斗様・・・


仮面を被った男の前に仮面を被った女が跪いている。


「たった今、プラーク王国北西のマラグ火山にて、魔王が目撃されたという情報が入りました」


重大な事実にも関わらず微塵も同様した素振りは見られない。


「ふむ。魔王が復活したという話は聞いていないが・・」


海斗と呼ばれた仮面男は椅子から立ち上がり、窓の元へと向かった。


「そっちは、放っておいても問題ないだろう」

「何かご存知なのですか?」

「まあね、大方の想像はつく。それよりもエレメンタルストーンの回収具合が思わしくないようだが?」

「はい、先程シュラから連絡が入り、火の石捜索に邪魔をした輩を見つけ出し、排除したようです。風の石につきましては、目下全力を挙げて捜索中です」

「相手の正体は?」

「分かりません。かなりの手練れだったようで、シュラも無傷では無く、暫くはその場を動けないと」

「シュラは魔術の類は全く使えなかったな。詳しい話が聞きたい。すぐに迎えを向かわせてくれ」

「分かりました」


仮面の女は、消えるようにその場を離れた。


「私は早く、第五・・の石を探し出さなければな・・」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る