第58話: 勇者の死
準決勝第二試合が始まった。
先制攻撃をするべく、クロが相手に近づこうとした時だった。
「貴女、魔族ね」
突然対戦相手がクロに対して話しかけてきたのだ。
クロは自分の正体がバレた事に驚きはあったが、あえて聞こえない振りをし、攻撃を繰り出す。
対戦相手のジラは、攻撃せずにただクロの攻撃をいなしていた。
「へぇ、それだけの力があれば、クオーツ見習いかしら?でも、私は貴女を見た事がないわね」
戦闘中に会話とは、中々余裕があるようだ。
恐らく、クロの力量を測っているのだろう。
相手が先程とは一転し、攻撃をしてきた。
レーザーのようなものを何発も放っている。
クロはそれを何とか、爪で受け、軌道を変え、身を捻り躱していた。
その表情に余裕は見えない。
遠距離攻撃手段を持ち合わせていないクロは、何とか近接戦闘に持ち込みたいだろう。
相手に近付こうとするが、その度にジラから発せられる
悔しいが、相手の強さは圧倒的だ。
結果、ジラが攻撃を開始してから、ものの数分足らずで、クロは場外負けとなった。
最初から場外負けを狙っていたのかもしれない。
同族故の情けだろうか?
しかし、助かったかもしれない。
相手の強さ的に、怪我を負ってもおかしくない局面だったからだ。
「楽しかったわよ」
俺の聞き耳スキルがとらえたジラの言葉だった。
暫くして、リンとクロが戻ってきたので、労いの言葉を掛ける。
「2人ともお疲れ様」
「負けちゃった」
「ご主人様、申し訳ありませんでした。優勝賞品を持ち帰る事が出来ませんでした」
申し訳なさそうにリンが深々と頭を下げる。
「結果は二の次だって言っただろ。そんな事よりも、楽しめたかい?」
「うん、楽しかった」
クロはたった一言だが、本当に楽しかったんだろうと感じた。表情は一切変わっていないんだけど、何となく分かるんだよね。
「負けはしましたが、少し自信がつきました。私の目標としている1人でしたので」
「ああ、とっても良い勝負だったよ。精進して再戦すればいいさ」
俺は再度3人の健闘を讃えた。
残る試合は決勝のみだ。
しかし、あの魔族の事が非常に気になる。
「ユウ」
「ああ、2人の会話は聞こえてたよ。クロの相手は、魔族だったんだろ」
クロは、意外そうな顔をする。
「声大きかった?」
「いや、2人にしか聞こえてないよ。周りはこの歓声だしね。俺にはスキルがあるから聞こえただけだよ」
クロは少しホッとしているようだ。
「決勝危険。何かするつもりだと思う」
「ああ、優勝賞品が欲しいだけとは思えないしな、他に考えられるとすれば⋯まさか、勇者か?」
場内アナウンスが流れる。
「さあ、長かった第42回王立武道大会もいよいよ決勝を残すのみとなりました!」
もしも、仮に魔族の狙いがあの勇者だった場合、用心に越したことはない。
まだ間に合うか。一応忠告だけしておくか。
俺は透明化マントを羽織り、リングへと飛び降りた。
そして、勇者の元へと近づく。
勇者には気付かれなかったが、魔族のジラは恐らく本能的に何かを察知したのか、明らかに俺の方に視線を向けていた。
「勇者様、よく聞いて下さい」
俺は相手を刺激しないように敬語を選択した。
さすがに勇者だけあり、キョロキョロする事なく、声のする方へ意識を向けている感じだった。
「相手は魔族です。何をしでかしてくるかは不明ですが、十分に注意して下さい」
「ふむ、そうか。誰かは知らないが、助力感謝する」
小声でそう返すと、勇者は武器を握り締め相手を睨みつけていた。
俺が観客席に戻ったとほぼ同時くらいに決勝戦が始まった。
俺の助力のせいか知らないが、勇者は最初から全力を出しているように見えた。
レベルだけならば、魔族の方に軍配が上がるが、仮にも勇者だ。そう簡単にはやられないだろう。
お互いの必殺技が激突する。
とにかく勇者の技は、威力もさる事ながら、迫力も凄い。
勇者は皆目立ちたがりなんだろうか?
そう思えるほど勇者の技は無駄に派手なのだ。
ちなみに決勝だけのルールとして、場外負けは無くなっている。
つまり、どちらかを再起不能にするか、降参するかしか決着がつかないのだ。
ここで、ジラが魔力を溜め始めた。
この感じは、俺も以前感じた事がある。
恐らく
初見だと、撃たれてから察知したのでは避ける術はない。耐えきるしかない。
それだけ
そして、予想通りジラが
勇者も避けられないと感じたのか、剣を地面に突き刺し、防御の姿勢を取っていた。
観客の中には悲鳴をあげる者まで居た。
俺は色々とチートスキルがあるので、煙だろうが、暗闇だろうが、ハッキリと見えている。
勇者は、なんとか耐え切ったようだ。
しかし、ジラの猛攻を受けていた。
どうやらジラには、勇者の位置がハッキリと見えているようだ。
一方、勇者の方は見えていないな。完全に防御の姿勢に入っている。
ジラは攻撃の手を緩めなかった。
クロの時よりも数倍の数のレーザーの雨を降らしていた。
暫くして、煙が晴れた。
「勝負あったな」
その声に反応して、3人が俺の方を向く。
「勇者はもう、立ってるのもやっとな感じだな」
ジラはそれを察していたようだ。
攻撃をやめ、ゆっくりと勇者の元へと歩み寄る。
勇者は剣を地面に置き、両手を上げた。
誰もが、勇者は降参し、勝負がついたものだと思っていた。
そして、お互いの距離が2m程に差し掛かった時だった。
2人が何かを喋っている。
俺にはバッチリ聞こえていたが、観客の声援で、リング上の2人以外には聞こえていないだろう。
その時だった。
勇者が置いたはずの剣を手に取り、ジラに斬りかかろうとしたのだ。
ジラはまるで予期していたかのように余裕でそれを躱し、勇者の脳天にレーザーをお見舞いした。
直撃を受けた勇者は、その場に力なく倒れ込む。
観客から悲鳴が上がった。
恐らく聖職者だろう、数名がリング上に駆けつけていた。
なんてことだ⋯
この世界には死者を蘇生する術はない。少なくとも俺は知らない。
端から見たら、降伏で油断したジラに斬りかかろうとして、返り討ちにあっただけで、正当防衛が成立しそうな局面だが、あの時の2人のセリフを聞いていた俺だけは、それが真実じゃないと知っている。
勇者は、担架に乗せられ、そのまま外へと運ばれてしまった。
ここで、俺が出しゃばって、真実を告げた所で、ジラに暴れられても無駄な犠牲が出るだけだ。
「そんな⋯」
隣にいるリンが絶句している。
「なんという結末でしょう。勇者の安否が気遣われます。どうか無事を祈るばかりです。正確な情報が分かるまでは一旦進行を中止します!」
武道大会のルールの一つに、相手を殺してしまった場合、いかなる理由があろうとも失格負けというものがある。
安否が分かるまでは、進行が進められないのも頷ける。
ジラがもしこれ以上何かしようものならば、その時は、参戦するつもりだった。
しかし、それ以上、何かをする仕草はとうとう訪れなかった。
その後、アナウンスで、勇者の死亡が告げられた。
正当防衛とは言え、ルール違反には変わりなかった為、審議時間として、2日の延期が決定した。
こうして意外な幕切れで第42回武道大会は終わりを告げた。
宿屋へと戻ってきた俺達は、何とも居た堪れない空気に苛まれていた。
本当は、皆が頑張ってくれたので、ご馳走でも食べに行こうかと思っていたんだけど、そんな気分にはなれない。
結局、宿の食堂でモアさんのご馳走を味わった。
しかし、これはこれで十分に美味しい。
夕食時にはあまり会話がなかった。
昼間の事件は、中でもリンが一番動揺しているようだった。
同郷の仲間が目の前で殺されたのだ。
みんなは、事故だと思っているが、実際はそうではない。
俺は、みんなに打ち明けるべきか迷っていた。
恐らく打ち明けた場合、リンは俺の静止など無視して敵討ちに走るだろう。
しかし、返り討ちに遭い、リンまでやられる可能性だってある。
陽が落ち、辺りは静まり返っている。
いつの間にか、時刻は既に深夜になっていた。
みんなが寝静まっている事を確認する。
(場所は、分かったわよ)
予め、セリアにジラを尾行して貰っていたのだ。
さて、行こうか。
俺は透明化マントを羽織り、ベッドを静かに出る。
部屋を出て、宿屋を出た所で、不意に呼び止められた。
「アイツの所へ行くんですか?」
俺の姿は見えていないはずなんだが、さすがはリンだ。
透明化を解除した。
「ああ、真実を確かめに行く」
「私も連れて行って下さい」
リンも思う所があるようだ。
リンの目を見ると、簡単には引き下がってくれる気がしない。
「状況によっては、戦闘になる場合もあるぞ」
「ならば、尚更ご主人様1人だけで行かせるわけには行きません。この剣は既にご主人様に捧げております。どうか私をご主人様の
取り敢えず俺はリンが下げている頭を優しく起こす。
「分かった。しかし、約束を2つ守ってくれ。今回に限っては、俺の言う事は何があっても従う事。それと、自分の命を捨てるような事はしない事。それが守れないようならば、悪いけど連れて行けないよ」
「ご主人様の命令は絶対です。逆らう事などありません」
ん⋯確かにそういう事なんだけど、何だか良い気分がしないのは気のせいだろうか。
「セリア、案内頼む」
セリアが俺の中から出て来て、定位置である肩にチョコンと座る。
俺は会場で勇者とジラの会話をリンに告げる。
勿論、絶対に敵討ちなどに走らないように何度も釘を刺した上でだ。
リンは呆然としていた。
しかし、安堵している感じに見えた。
恐らく、勇者が卑怯な事をして返り討ちに遭ったという事実が偽りだったからだろう。
「魔族を恨んでいるか?」
「はい。元より私は、魔族=倒すべき敵と幼い頃から教えられて生きてきました。でも、ご主人様と皆さんと一緒に旅を続けて行き、全てがそういう対象ではないと気付かされました。でも、先程の答えは、はいです」
「ああ、俺もだ」
セリアが指差している。
「着きました。この建物の中です」
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