第59話: 真相

武道大会決勝で勇者を殺してしまったジラと話をする為、ジラが住んでいると思われる宿の前まで足を運んでいた。


「3階の一番奥の部屋よ」


偵察してくれたセリアの情報だった。


部屋の前まで進んだ所で、相手の方からドアが開かれる。


「何か用ですか?」


試合中は、ずっとフードを被っていた為分からなかったが、眼前にいるのは、まごう事なき美女だった。


頭からは2本の真っ黒い角が生えている。

しかし、1本は中腹辺りで折れている。

何となく雰囲気、見た目は同じ魔族のイスのような感じだが、サキュバスという雰囲気とはまた少し違う。


てっきり、全然違う人物を想像していたので、一瞬呆気に取られていたが、彼女の問い掛けに答える。


「こんな時間に突然の訪問すみません」


まずは、謝っておく。


「別にいいですよ。来ると思っていましたから」


彼女の思いもよらない一言に一瞬警戒態勢を取ってしまった。

しかも、彼女はそれを感じとったようだ。


「安心して、今は何もする気はないです」

「⋯何故、俺達が来ると?」

「貴方、ブロック決勝戦で私と戦った子の保護者でしょ?」


今更隠しても無駄なので、正直に答える。


「そうだけど」

「同族という事で気が緩んでしまってね、あの子に少し喋ってしまったの」


なるほど、それを保護者であるクロから聞いた俺は、決勝の出来事を疑問に思い、事実を確かめに来たという所だろうか。


「大体は貴女の推察通りですね」


魔族のジラは、終始どこか妖艶な笑顔を見せている。


「それで、勇者さんの仇でも取りに来たの?」

「いや、貴女の口から真実を聞きに来ただけです」

「あら、でも貴方の後ろにいる彼女は、殺気を発しているけれど?」


なっ、すぐに振り返る。

表情には出してはいないが、確かに殺気を漲らせているのが伺える。


「リン」

「も、申し訳御座いません⋯」

「悪いけど宿の外で待っていてくれないか」

「いえ、しかし、それでは⋯」

「頼む」

「分かりました⋯」


リンは、力無く階段を降りていく。


「それにしても貴方は一体何者かしら?勇者ではないですよね。さっきの彼女も相当に腕が立ちましたのに、その彼女を従えているなんて、只者ではないのでしょう?」


今の問い掛けは取り敢えず無視だな。


俺はジラと勇者との決勝で2人の会話が聞こえていた事を告げる。

ジラも別に隠すつもりはないらしく、俺に色々と話してくれた。


ジラが武道大会に出場したのは、やはり最初から勇者を殺す為だったそうだ。


「しかし、分からない。貴女の実力ならば、わざわざあんな人目が付く場所を選ばなくても良かったはずだ」


終始笑顔を見せていたジラだったが、ここへ来て表情が一変する。


「アイツは!あの男は、私の命よりも大切なものを奪ったのよ!だから、殺すだけでは足らないわ。勇者が最も恐れている事を貴方は知ってるかしら?」


俺が無言でいると、答えを教えてくれた。


「守るべき人々からの信頼を失う事よ」


確かにあの一見を見た者は、皆が勇者が卑怯な行動をしたと認識しているだろう。

失墜した者もいるかもしれない。

そういう面で言えば、彼女の作戦は大成功かもしれない。


この世界では、争いは普通の出来事で、特に魔族と人族との争いは避けては通れない道となっている。

もちろん、そんな思想は間違っていると思っている。

じゃあ、正直に話してくれた彼女を、俺はどうする?

人族なら勇者の仇を取るべきなのか?

それとも魔族側につくのか?


恐る恐る問い掛ける。


「差し支えなければ教えて欲しい。勇者に一体何を奪われたんだ」


彼女の身内か大切な人の命を奪われたものだと思っていたのだが、答えは意外なものだった。


「ツノよ」


え?


俺がよく聞き取れなかった顔をしていると思ったのか、もう一度教えてくれた。


「だから、私のツノよ」


(魔族にとって、ツノは命よりも大切なものと聞いています。理由はよく知りませんけども)


物知りセリアが念話で教えてくれた。


「アイツは、私との勝負で姑息な手を使い、私のツノを斬り落としたかと思えば、私の目の前で嘲笑いながら砕いたのよ!」


その時のジラに攻撃の意思は無かった。

勇者も話がしたいだけと近寄って来たそうだ。

話の途中の一瞬の隙を狙ってジラのツノを斬り落としたそうだ。


(嘘は言っていないわ)


今度の念話は、ノアだった。

ノアには、相手の嘘を見抜く力がある。


俺は神でもましてや勇者でもない。ジラを裁く権利など到底ない事は、百も承知だ。

しかし、自分なりにジラをどうするか決めさせてもらう。


「ジラ、俺を信用して目を瞑ってくれないか?」

「なぜ私の名前を知っているのかしら?」


ジラが正直に話してくれた事に対する俺なりの対価のつもりだった。鑑定アナライズで相手の情報が分かると教える。


「一応これ秘密なんで、黙っててくれると助かるよ」


(な!さすがにそれを教えたらマズいですよ!最悪魔族側全員に知られる事になるんですよ!)

(うん、確かにそうなんだけどね、でも彼女は黙っててくれると思うんだよね、なんとなく)

(全くユウさんは⋯美女に弱いんだから⋯)

(ちょっと待てセリア。それは違うぞ?)


セリアは冗談よと笑っている。


「もう一度言うよ。ジラ、俺を信用して目を瞑ってくれないか」


今この状態で、敵であり人族であり、しかも強者と思っている人物を目の前にして目を瞑るなど普通ならばありえない。そんな致命的な隙を作れば、命を落とす可能性だってある。

俺は自分で言ってはいるが、従うはずなどないと思っていた。


「分かったわ」


しかし、ジラは俺の言う通りに目を瞑ったのだ。

精霊の2人も、まさか本当に目を瞑るとは思っていなかったようだ。


ジラの頭に手をかざす。

その手にワザと魔力を強めに込めた。


その状態のまま少し間を置き、ジラの反応を待った。


しかし、ジラは依然として目を瞑ったまま動こうとする素振りすら見せない。


意を決して魔術を発動する。

薄緑色の光がジラの頭付近を覆っていく。


「目を開けていいよ」


ジラは、ゆっくりと目を開ける。


自分の異変に気付いたのだろう、すぐに頭のツノを触っていた。


「貴方⋯一体私に何をしたの?ありえないわ」


俺は治癒ヒールで失われたはずのジラのツノを治したのだ。


「魔族のツノは、決して折れたら再生もしない、それに修復もしないはずなのに⋯」

「ただの治癒ヒールだよ。俺の事を信じてくれたからね。もし、途中で目を開けたら修復はしないつもりだった。それと、俺も質問がしたい」


ジラは目の前の出来事が信じられないといった表情だったが、鋭い答えを返してくる。


「なぜ、殺されるかもしれないと分かっていながら目を閉じたか?でしょう」

「あ、ああ」

「貴方は一つ大きな思い違いをしているわ。今の私に死の恐怖など無意味なんですから」


ジラが驚愕の事実を告げる。

ジラはまさに今日死ぬつもりだったのだ。


「魔族にとって、ツノは魔族たる象徴。ツノを失えば、それは魔族ではなくなるという事。ツノに対する想いは魔族によっても個体差はあるわ。だけど私は、そう思っている」


ジラにとって、ツノを失う事は、魔族でなくなってしまう。それは即ち、死に値する事と同義だった。

だから、最初に俺が持ち掛けたこの賭けは無意味だと説明していた。


「それに、貴方は優し過ぎる。魔力は込めても、全く殺気が感じられなかったわ」


(ユウさんには、駆け引きは向いていないですね⋯)


セリアにも呆れられてしまった。


「責任をとってくれますか?」

「え?」

「私は死ぬつもりだった。しかし、貴方にそれを阻止されて、死ぬ意味を奪われてしまった。それに同族の元にももう戻れないの。だから責任とってくれますか?」


何故こうなるんだ。

あれか、権限もないのに彼女を裁くような真似をした俺にこの世界の神が罰を与えているとでも言うのか?


「⋯何をすればいい?」


実際は数秒だろうが、彼女が答えるまでの間がとても長い時間に感じた。


「私を貴方のそばに置いて欲しい」

「なっ⋯何故そうなる?」

「私は帰るところを既に失っているの。今更、帰る事なんて出来ないわ。この原因を作ってしまった貴方には責任をとる義務があると思うんです。違いますか?」


その後、何度も言い争いをしたが、彼女は意見を変えなかった。

無理やりにでも後ろをついて行くと言うのだ。

こういうシュチュエーションどっかであった気がする。


みんなに何と説明すればいいんだろうか⋯

それに下に降りたらリンもいる。


「分かった。一つ条件がある」

「何でしょうか?」

「俺のいう事は絶対だ」

「主に仕えるというのは、元より同じ事」

「もし、俺が魔族退治に協力しろと言ったら従えるのか?」

「貴方がどういう人族でどういう事をするのかは、今までの行動や言動を見ていたら大体分かるつもりよ。意味も無く、魔族を退治するとは思えないけど、今支えている主人に従うわ」


グッ⋯駄目だ。

レベルが高すぎて俺如きじゃ言い負かす事が出来ない。


(これも全て、ユウさんがお人好しなのが駄目なのですよ)

(セリアちゃん、そうかな?私は仲間が増えるのは歓迎だけどね〜)

(貴女は何も考えていないだけでしょ!)

(ちょっと2人共、俺の頭の中で言い争いはやめてくれないか⋯)


リンと合流した。

ジラは、身支度があるそうなので、一旦部屋に戻っていた。


「いいかリン。頼むから怒らずに聞いてくれよ」

「はい」


ジラと話した事を要点だけを掻い摘んでリンに説明した。


「そうですか。ご主人様が決めた事ですので、異論はありません」


堅苦し過ぎる。

俺はリンの頬っぺに両手を当てて、ムンクの叫びを彷彿とさせた。


「な、ななお⋯!」


モゴモゴ言っている。


「もう一度言うけど、俺はリンのご主人様でも、ましてや命令している訳でもないんだ。だから、言いたい事があったら遠慮せずに言って欲しいし、反論もして欲しいんだ」


リンの頬っぺから手を離す。


「もう一度聞くよ。彼女を俺達の仲間にしようと思うんだけど、リンの意見を聞きたい」


そのタイミングで、支度を終えたジラが降りてくる。

リンは俺とジラの方を視線で行ったり来たりさせた後に、、


「仲間になるならないで言ったら賛成です。悔しいですが、彼女は今の私よりも強い。旅をする上で申し分無い戦力になります」


リンは続けた。


「ですが、理由はどうあれ、勇者を殺した彼女は、やはり許せない」

「ああ、リンの気持ちは分か⋯」

「だから、彼女と一騎討ちする機会を下さい!」


え?

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