第56話: 修道院の行方

シルキーは修道院へと戻ってきていた。

屋敷の中で、ウィランを転ばしたり、門番を動けないようにしたりなど、裏工作は大変だったが、無事に戻ってこれて良かった。


ユイ達は修道院で待機していた。

子供達は、シルキーが無事に戻ってきて安堵しているようだ。


俺は老シスターとシルキーと一緒に応接室の中に入る。

いつの間にか既に辺りは暗くなっていた。

明日、衛兵がシルキーを捉えに来る。


2人に作戦を告げた。


「調査の結果、やはり今回の窃盗事件が、ジーニアス卿達が仕組んだ事が分かりました」

「でも、それを証明する為の証拠がないわ」

「はい、当初貴女の寝室でペンダントを発見した衛兵が怪しいと思い、探るつもりでしたが、その必要は無くなりました」

「それは、どういう意味でしょう?」


この部屋に入ってからずっと下を向いていた老シスターが質問する。


「ここに、音声を残す事の出来る魔導具があります。この中には、ジーニアス卿達が自供している音声が記録されています」


この王国に来た時に密かに購入していたのだ。

まさか、こんなに早く使う羽目になるとは思わなかった。

その様にシルキーと老シスターは驚いていた。


「シスターシルキーがジーニアス邸を訪れた時のものです」


シルキーは、はっ!と何かを思い出したようだ。


「もしかして、あの時逃げた私を助けてくれたのは⋯」

「無事に帰ってこられたから良かったものの、あまり無茶はダメですよ」

「ごめんなさい⋯」


シルキーは下を向いて申し訳なさそうにしていた。


ところで、この国、いや世界には、裁判というものはあるのだろうか?

折角の無実の証拠を、間違った所で披露でもすれば握り潰されるなんて事を聞いた事がある。


「無理です⋯」


老シスターは、続ける。


「貴族様と公開の場で争って勝てる確率はゼロです」


どうやら、公開の場というのが、この国での裁判の事らしい。

貴族に有利な判決がなされるらしく、決定的な証拠だけでは、一般人が公開の場で貴族に打ち勝つ可能性は限りなく低いらしい。


となれば、方法は三つしかない。

証人となってくれる貴族以上の存在を捜すしかない。


他の街ならいざ知らず、この国に来たばかりの俺には、貴族の知り合いなどいない。

何より、衛兵に連れて行かれれば、何日も取り調べを受けさせられ、いつ公開の場が開かれるか分からないそうだ。

と言うわけで却下だな。


もう一つの方法は、少々危険だが縁談男のウィランを暴走させ、自滅させる方法だ。


そして最後の一つは、この国の上層部へと乗り込み、直接俺がこの陰謀を暴露する事だ。


なるべくならば最後のはやりたくないけどね。


と言うわけで、俺は修道院を後にする。

その足で、リンと待ち合わせ場所に向かった。


リンには、例の怪しい衛兵を探ってもらっていたのだ。

証拠は多い方がいい。


待ち合わせ場所へ到着すると、既にリンが待っていた。


「衛兵は、やはり黒でした」


リンが衛兵から全てを聞き出したようだ。

一体どんな手を使ったのかと思いきや、どうやら衛兵の男と一勝負したらしい。

腕に覚えがあったようで、勝てば話すという条件を呑んだそうだ。


「さ、流石だな⋯。でもこれは貴重な証言になるよ、ありがとう」

「いえいえ、勿体無いお言葉です」


んーなんというか、リンのこの堅苦しい言葉使いなんとかならないものだろうか⋯


リンが衛兵から聞き出した情報は、俺の読み通り、ジーニアス卿からペンダントを預かり、家宅捜査の時にあたかも発見した素振りをするように命令されたそうだ。


さて、お次は俺の番だな。

黒コートを羽織り、仮面を被り、変装する。

ジーニアス邸に入るまでは、透明化を使用する。


そうして侵入に成功した俺は、透明化を解いた。


「なんだお前は!」


今俺は、シルキーに縁談話を持ち掛けたウィランの前にいた。


「初めまして、ウィラン殿」


若干声色も変えている。


「何故僕の名前を知っている!」

「名前だけではありませんよ。例えば貴方が行っている悪行とかね」


ウィランが目に見えて動揺している。

これは、チョロいかもしれない。


「この悪行が世に知れれば、貴方はともかく、貴方の父上やその家名まで地に堕ちるでしょう」

「き、貴様が何を知っているのかは知らないが、い、いい加減な事を言うな!」


少し驚かしてやるか。


その場から消え、ウィランの背後へと回り、姿を見せ、それに驚き、後ろに倒れこんだ状態のまま再び会話を続ける。


「衛兵を金で雇いましたね。彼は全て吐きましたよ。それにシスターは縁談はしないとハッキリ言っている。貴方の元に来る事はまずないでしょう」


「うるさい!うるさい!誰かコイツを捕らえろ!誰かいないのか!」


既にこの屋敷内にいるウィラン以外の者には眠って貰っているので、どんなに叫ぼうが助けが来る事はない。


「誰も貴方を助けになんて来ませんよ」

「くそぉ⋯⋯あれは、あれはユリウスが勝手に一人でやった事だ!僕には関係ない!」


ユリウスというのは、彼の父親であるジーニアス卿の事だ。


「この屋敷にいる貴方以外の人には、眠ってもらいました」

「一体何なんだお前は!そ、それに何が目的なんだ」

「シスターにかけている罪状を取り下げて頂きたい。そうすれば、私が調べた貴方方の噓偽りの情報は全て忘れましょう。貴方の家名も汚れる事はありません」


俺は捕縛の魔術で、ウィランの動きを封じた。


「くそっ!なんで体が動かないんだよ!」


ウィランの至近距離へと迫る。


「彼女の、シルキーの事を本当に愛しているなら、そんな卑怯な手を使わず、普通に接してみろ!自分のやった行いをもう一度考えてみるんだな!」


しまった、最後は少し口調が変わってしまった。

俺は、そのまま文字通り消えるようにその場を後にする。

もちろん、ウィランにかけていた捕縛は、その際に解いている。


修道院へと戻った頃には、深夜となっていた。

ユイ、クロを含めた子供達は、全員寝静まっていたが、2人のシスターとリンは俺の帰りを待っていた。


取り敢えず、やれる事はやった。

少し犯罪まがいな手だが、強大な権力に立ち向かう為には、仕方がない。


次の日になった。


今日はシルキーを連行する為の衛兵がやってくる日となっている。


修道院の子供達は、外の入り口の前に陣取っている。

ユイ、クロも一緒だった。

それにしても、ユイ達はいつの間にか、ここの子達と打ち解けあっている。

年の近い友達というのは色んな意味で刺激をもらえるし、リラックス出来る。


結局、その日に衛兵が来る事はなかった。

代わりに、意外な人物が修道院を訪れていた。


そう、縁談話を持ち掛けていたウィランだった。


「シルキーをお願いします」


子供達の一人が、俺の元へと駆け寄る。


「シスターにお客さんだよ」


念の為に隠れて様子を伺う。


「何しにここへ来たの」

「⋯」


ウィランは無言のままだった。

そして徐に口を開く。


「悪かった」


え?


あまりにも意外な発言にシルキーは、言葉を詰まらせた。


「あんたを罠に嵌めたこと、心から謝罪する。それに、衛兵への罪状は取り下げた。本当に悪かった。許して欲しい」


そう言い、深々と頭を下げる。


自分でそそのかしといてあれだが、まさか貴族で何不自由なく我儘に育ってきたウィランが人に頭を下げるとは思わなかった。


「えっと、イキナリでしたので、少し驚きましたが、ちゃんと謝って頂けるのでしたら、私は許します」


さすがシスターだ。心が広い。

それにウィランも、そこまで悪いやつではないようだ。

罪状を取り下げるだけではなく、本当に謝りにくるとは思わなかった。でも正直ホッとしている。


ウィランが下を向いたままモジモジしている。

その様子をシルキーが見て、不思議そうにしていた。


あーもう、じれったい!

俺は、透明化を使い、ウィランに近付き、耳元で彼だけに聞こえるように囁く。


「男なら、勇気を出してみろ!」


肩を軽くポンっと押す。


ウィランは、その様に驚き、キョロキョロと辺りを見回した。


そして意を決したように、話し出す。


「シルキーさん、えと、修道院の仕事が終わってからでいいので、今度一緒に食事に行きません⋯か⋯?」


恥ずかしいのか、下を向いたまま、チラチラとシルキーの顔を見ながらの誘いだった。


よく言った。

しかし、なぜ俺はキューピット役なんてしているんだろうか。

ウィランは確かに悪い事をした。

しかし、裏を返せば、それだけ彼女を愛していたという事。

それに、シルキーも満更ではない気がするんだよね。

ウィランは悔しいがイケメンなんだ。

ま、俺が関与するのはここまで、後は若者同士、頑張ってくれ。


「仕事が終わってからで良ければ、喜んで」


頑張れ!


さてと、無事にタタル少年のお願いも達成出来たし、戻ろうか。


ウィランが去った後に、俺達も修道院を後にする。

その際、子供達全員から感謝されたのは、言うまでもない。


「ユウさん、それに皆さん、この度は本当にありがとうございました」

「いえいえ、これからも修道院のお仕事頑張って下さい」


ユイ、クロは、別れが辛いのか、名残惜しそうにしている。


「ユイ、俺らはまだ当面はこの国に滞在するから、また来ればいいさ」

「ほんと!?」


さっきまで別れを惜しんでいたユイだったが、今度は手を取り喜び合っている。


「是非また遊びに来て下さいね」


その時、姿が見えないと思っていた老シスターが走ってきた。


「シルキー、大変です!」

「どうしたのですか?」


どうやら、この孤児院に巨額の資金の援助があったらしいのだ。

しかも2件もだ。


ほぉ、同じ事を考えていたとは。やるじゃないか。

両方匿名希望らしいが、俺以外にそんな事をするのは一人しかいないだろう。


「さ、みんな帰るぞ」


昨日は修道院に泊めてもらったので、宿に帰るのは2日振りだった。

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