第53話: エレナのピンチ

プラーク王国の秘宝を亡国の騎士と名乗る賊に奪われてしまい、奪還の依頼を受けたクラウを手伝うべく、エスナはクラウと一緒に亡国の騎士相手に戦闘を繰り広げていた。


クラウは、賊の1人の懐を漁っていた。

そう、火の涙の回収だ。


「これで目的は達成じゃな」


クラウは、遠視の魔導具で何やら覗いている。


「マズいですね。すぐに奴らの追っ手が来ます」

「急ぎ、ここを離れるのじゃ」


襲撃したのがバレたのか、元々合流する予定だったのかは定かではないが、やけに対応が早い事にエスナは言い知れぬ不安を感じていた。


2人は、尾行に細心の注意を払いつつ、ミリーの待つ樹海の小屋へと戻ろうとしていた。


その道中、クラウは追っ手の動向を度々探っていた。


「どうやら、襲撃は予期していなかったようですね。俺らを血眼になってあの辺り一体を捜しているようです」


あの場所から、ここまでは相当な距離がある。

問題ないとは思うが、相手が相手なだけに油断は禁物だとエスナは自分に言い聞かせた。


「クラウよ、その火の涙がどういう物かお主は知っておるか?」

「私も王立図書館の文献で読んだ程度ですが、この世界が誕生した際に一緒に生まれたと聞いてます。総称、エレメンタルストーンと呼ばれている石の一つで、この火の涙は別名ファイアーストーンに分類されているようです」

「うむ。ワシも似たようなものじゃがな。もう一つ馬鹿げた伝承があるのじゃ。全ての石が一箇所に集まる時、何かが起こるという伝説じゃ。今回亡国の騎士がなぜ今更になってエレメンタルストーンを欲しているのかは分からんが、気になる所じゃな」

「その件に関しては別口で調べさせていますので、分かり次第連絡するようにしますよ」

「相手が相手じゃからな。あまり深追いはするなよ」

「はい、肝に命じておきます」


帰る道中の話題は、ユウの事だった。


「そうか、ユウと会ったのか」

「はい、少しだけしか接していませんが、彼はいい眼をしてましたよ」

「そうか」


エスナの表情は終始変わらなかったが、なんとなくエスナが嬉しそうにしているような、そんな感じをクラウは感じ取っていた。


クラウとは、ここでお別れだった。

このまま依頼主が待つプラーク王国に向かうそうだ。


「今回はありがとうございました。お礼はまた後日伺います」

「気にするな。それよりも、用がなくとも少しは顔を見せにきてもバチは当たらんぞ?」

「はははっ、そうですね。あーそうだ。非常に高級な酒が手に入ったんですよ。今度持っていきますのでお相手願いますよ」

「ほぉ、そいつは楽しみじゃな」


クラウは、一礼し足早にその場を去った。


エスナはミリーの待つ樹海の小屋へと戻った。


その際、いつもより余分に結界を張る事を忘れない。

こちらに大義名分があったとしても、襲撃した事実に変わりないのだ。

報復される可能性だってある。


エスナはあの場に居合わせた者を再起不能にはしたが、命までは奪わなかった。

しかし、念には念を入れ記憶操作を行っていた。


「あ、師匠!お帰りなさい!」

「ただいまじゃ」


エスナと別れたクラウは、そのままプラーク王国へと赴いていた。


「おお、見事奪い返してくれたか!」

「今回の件、くれぐれも内密にしてくれ。それと、なぜ亡国の騎士が、この石を狙っているのか理由を教えてくれないか?」

「理由は分からん」

「依頼料の金は、後日届ける」


取引相手はクラウから火の石を受け取ると足早にその場を去った。


何かが腑に落ちない。

クラウに依頼してきたのは、プラーク王国の王宮執政官だった。


「何かを隠している気がするな」


クラウはポツリと呟いた。



時を同じくして、古めかしい城内の中でも一際ひときわ薄暗い場所に2人の人物がいた。


「海斗様(⋯)。申し訳ございません」


薄暗い空間に椅子に座っている1人の仮面の男と、その仮面の男の前にひざまづいている女が1人。


「火の石の回収に向かっていたメンバーから、先程連絡があり、どうやら奪い返されてしまったようで⋯」

「ふむ。確かそのメンバーには元勇者くんも居たよね」

「⋯はい」

「彼がいて奪われたって事は、相手も中々の強者という事なのかな。距離が離れているから恐らく別口だとは思うけど。水も奪い返されそうになってたらしいしね」


仮面の男は、椅子から立ち上がった。


「シュラはいるかい」


仮面の男の呼び掛けに応じるように、何処からともなく現れた人物が、同じように跪く。


「御身の前に」

「悪いけど、火の石回収チームと合流してくれないかな。邪魔者は全員排除していい。火の石を必ず、この場に持ち帰って欲しい」

「はっ!仰せのままに」


シュラと呼ばれるその人物は、消えるようにその場を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それから数日が経過していた。



水上都市アクアリウムを離れ、俺達はガゼッタ王国へと戻って来た。


宿屋の女将のモアさんに留守中のグリムの世話のお礼をたっぷりとする。


サナを無事に救出し、本当ならばすぐに帰ってくるつもりだったのだが、サナを含めベルグドさんに引き止められてしまった。

晩餐会やら、祭典の催しに参加させられたりと、都市中を連れ回されてしまった。

アクアリウムで購入した甘菓子をモアさんと娘のリリィに渡しておく。


「水上都市の名物なんです。迷惑を掛けてしまいましたので、お詫びに召し上がって下さい」

「依頼料も受け取っていますので問題ありませんよ」


とは言ってくれたが、お土産も快く受け取ってくれた。


宿屋を後にする。

今日は図書館にでも行くかな。

それは調べたい事があったからだ。

ソシャールの魔族占拠の一件や、サナの件。そのどちらにも関わってきたエレメンタルストーンについてだった。


ユイ達を付き合わせるのは、さすがに暇だと思うので本日は別行動にする。

ユイ、クロ、リンは3人で露店散策をすると言うので、お金を渡しておく。


さてと、早速図書館に直行だ。

街中で1人で行動するのも久し振りな感覚だな。


(1人じゃありませんけどね)


精霊のセリアに「私達がいるよ!」と突っ込みを入れられてしまった。


図書館の前まで到着したが、この広い王国に一つしかない王立図書館だけあり、その規模は凄まじく大きかった。


外も大きければ、中ももちろん並みのサイズではない。水上都市アクアリウムの図書館も大きかったが、ここと比べると、まさに大人と子供だ。


しかし、どういう訳か、本が一冊も見当たらない。

席に座って本を読んでいる人は、其処彼処そこかしこにいるのだが、本来棚に並べられているはずの本が一切ないのだ。


俺が途方に暮れている所に1人の女性が声を掛けてきた。


「あの、何かお困りでしょうか?」


振り向きざまに服を確認した限りでは、恐らくこの王立図書館の司書か何かだろう。


「あ、えっと、ここに来るのは初めてなので、どこにどの本があるのかサッパリでして」


俺が答えるな否や、彼女はクスクスと笑っていた。


「あ、笑ってしまってごめんなさい。初めての方でしたら無理もありません。でしたら、ここのシステムが分からないのも仕方がないですね」

「システムですか?」

「はい。あそこに黒い端末がありますよね?あそこのモニターにタッチして、自分の読みたい本を選択して探していくのです。最終的に選択が完了したら、お目当の本がモニター下の引き出しから出て来ますよ」


な、なんて画期的なんだ⋯。

そんなシステム、元の世界でも聞いた事がない。

俺は礼を言い、早速やってみる事にする。


「えっと、エレメンタルストーンっと⋯」


!?


該当件数87冊だと⋯


とてもじゃないが、全てを閲覧すれば、日が暮れそうだ。

取り敢えず、87冊の中から適当に数冊を選び、出てきた本を取り出し、空いている机まで運ぶ。


俺は時間も忘れ、没頭するように本を読み漁る。

元の世界に居た時も読書は好きな方だったので、気が付けば夜なんて事はザラだった。


そして、気が付けば本当に夜になっていた。



エレメンタルストーンとは、この世界が誕生した約1万年前の同時に誕生した原始の石とも呼ばれていて、火、雷、水、風、無の5大属性の石である。

しかし、約1000年程前に無属性の石は消失してしまった。

一説によると、別次元に運ばれたのではないかと言われている。


現在では、大陸をすべる王自らが自国の秘宝として、大切に保管している。

また、無を含めた全ての石が集結する時に何かが起こると言われている。

しかし、その内容を知る者はおらず、一説では、世界の終わりに繋がるだったり、この世界の救世主となりうるだったり、突拍子も無いものが様々だった。


取り敢えず、重複している説明を省けば、分かった内容はこんなところだろう。

まだ全部読み終えた訳ではないけど恐らく似たような事が書かれているんだろうな。


しかしながら、気になっている単語がある。

そう、別次元すなわち、異世界だ。

エレメンタルストーンについて調べていると、所々に異世界という単語が登場するんだよな。

俺がこの世界に連れて来られた理由、もしくは、帰る糸口が意外なとこから見つかるかもしれない。


しかし、本は逃げないから続きはまた今度だな。

あんまりユイ達を待たせると怒られそうだ。


宿に急ぎ戻った。

てっきり待ちくたびれているものと思っていたのだが、部屋に戻ると誰も居なかったのだ。


リンと連絡を取り合ったが、どうやらまだ買い物を続けているそうだ。


「すぐに戻ります!」と言われたが、「ゆっくりでいいよ買い物を楽しんで」と答えておいた。


時間もあったので、近況報告も兼ねて、俺はエレナに会いに行く事にした。


エレナの寝室を訪れたが、そこにいつもいるエレナの姿は無かった。

さすがに寝室で密会している事が他の人にバレたらマズいので、この部屋から出る訳にはいかない。


暫く、エレナが戻ってこないか待っていると、寝室のドアが開いたのだ。


思わず声を発しようとしたが、明らかにエレナではない事に気が付き、咄嗟とっさにベッドの下に隠れてしまった。


しかし、王女の寝室に入ってくるなんて、一体どこのどいつだろうか。侍女なら分かるのだが、明らかに男だったのだ。

そして俺にはまったく見覚えのない人物だった。


「なんだ、まだ戻っていないのか⋯気配を感じた気がしたが、勘違いだったようだね」


危ない危ない。しかし、出るに出られなくなってしまった。


暫く待つが、部屋の片隅にたたずんだまま何やら独り言でボソボソ言っているが、聞き取れない。一体この人物は誰だろうか。一向に寝室から出る気配がない。


そして、この部屋の本当の主が戻ってきた。


「やっと戻ってきたかい、愛しの君よ」

「なんで貴方が私の寝室にいるのかしら?」

「別にいいじゃないか。許嫁同士、どうせもうすぐ一緒になるんじゃないか」


な、何!?

エレナは許嫁がいたのか⋯

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