第52話: 意外な訪問者

時は同じ頃、ユウも良く知っているある場所に、珍客が訪れていた。


「きゃーーー!寝坊したよーー!!」


階段を慌ただしく、ドタドタと降りる音が聞こえてくる。


階段を降りた先には、どうみても魔女っ子にしか見えないコスプレをした美少女がいた。


「ミリー、お主は朝から元気じゃの」

「あ、師匠おはようございます!」


ユウがこの世界に来て、初めて出会った人物が、狐人族ルナールのミリーだ。

そして、ミリーの師匠でもあり、ユウに魔術の手ほどきを教えてくれた樹海の魔女エスナ。


「朝ご飯は、ワシが作っておいたから、冷めないうちに食べるんじゃ」

「師匠ごめんなさい、今日は私の当番だったのに⋯」

「叩き起こしても良かったんじゃが、昨日の修行はちと厳しかったからの。じゃが、次は叩き起こすからの」


ミリーは、ビシッとおでこの前で敬礼する。


朝食は、ここでは珍しくないいつものキノコ料理フルコースだった。


「うん、キノコ最高!」


2人が朝食を食べている最中、エスナが何かに反応した。


「どうやら誰かが来たようじゃな」

「え?もひかひて、ううがひたほ?」

「ミリーよ、しゃべる時は口の中を空にせぬか。それに、もっと珍しい客のようじゃ」


今の暗号にしか聞こえないミリーの声が、エスナには分かったようだ。


コンッコンッ。

ドアを叩く音だった。


「師、、エスナ殿は、いらっしゃいますか?」


「む?なんだ、ユウじゃないのかぁ。でも私の知らない人の声だよ?」

「うむ。ミリーは知らんじゃろうな。ドアを開けて来てくれるか」


師匠に言われ、ミリーはドアへと向かう。

そして、ゆっくりとドアを開けた。

ドアの隙間から見えたのは、人族のおじさん?いや、おじさまというのが正しいかもしれない。


「やあ、はじめまして。君が噂のミリーちゃんだね」


知らない人が自分の名前を知っていたので、ミリーは、少し驚いて後ずさってしまった。

もしかしてストーカー?なんて事は、陽気なミリーは微塵も思っていないだろう。

実際違うのでそれは正しい。


「ああ、すまんな。驚かすつもりはなかった。私の名前は、クラウディルだ。親しみを込めてクラウと呼んでくれ」

「あ、えっと、私はミリーです。今後ともよろしくお願いします」


ペコリと頭を下げるミリー。意味深な返しにクラウが少し表情を変えた。


「今後とも?⋯まぁ、いいか」


すると小屋の中から声が聞こえてくる。


「いつまでそんな所にいるんじゃ。はよう入れ。折角のスープが冷めてしまうじゃろ」


この来訪者は、ユウとミリーを除けば、エスナの唯一の弟子だった。

一番弟子と言っても過言ではない。


エスナの顔を見るや否や、クラウは床に片膝を付けた姿勢をとった。


「お久しぶりです、エスナ師匠。お元気そうで何よりです」

「うむ。お主もな。ちょうど朝食を食べていた所なんじゃが、食べて行くか?」

「では、ご馳走になります。おお!懐かしいなぁ、このキノコ料理。ここで修行していた時以来ですね」

「そんなに慌てずとも、いっぱいある。ゆっくり食べんか」


3人で朝食の続きを堪能中にミリーが疑問に思った事を聞いていた。


「クラウおじさんは、師匠の弟子だったんですか?」

「ああ、そうだよ。エスナ師匠から聞いてないかい?」

「聞いてないです!師匠は弟子を取らないと聞いてたから、弟子は私と少し前までいた、ユウだけだと思ってました!」


その後のやり取りで、クラウおじさんが、師匠の一番弟子である事。60年前まで、この小屋で師匠と一緒に住んでいた事。拾い子だったクラウおじさんを師匠が10歳になるまで親の代わりをした事。その後、師匠に会うのは60年振りだって事を理解したミリー。


「って、えええ!クラウおじさんって、何歳なの!」

「ん?今年で70歳だが」

「ひえええ〜!!どうみても40そこらだよ!」

「魔力が高いと、その分肉体年齢を若く保てるからな」

「ミリーちゃんも、中々の魔力を持ってるようだから、普通の人よりは長く男と遊べるよ」

「わ、わわわ、私そんなの別に興味ないし、遊ばないもん!」


ミリーの顔が薄っすらと紅く染まっていた。


「あんまりワシの弟子をからかってくれるな。それよりもそろそろここに来た理由を話したらどうじゃ」

「そうですね」


クラウはエスナの方へ向き直った。


「エスナ師匠の手をお借りしたい」


エスナはクラウの真剣な表情と、発言に少しばかりの重苦しさを感じていた。


「話せ」


彼は知り合いから、ある極秘依頼を受けたそうだ。

しかし、彼1人では厳しいからとエスナに頼みに来ていた。


元々クラウ自体、大魔術師として国の上層部に知られている存在であり、時々こんな形で表には出ない極秘裏な依頼を請け負っていたのだ。

今回請け負った依頼は、盗賊に奪われた秘宝を取り戻して欲しいというものだった。

訳あって、冒険者への依頼は出来ないと説明されたらしい。


「ふむ。内容は分かったが、お主1人で遂行出来んという事は、相手はあやつらか?」

「はい、亡国の騎士と名乗る連中です」


エスナの顔付きが鋭くなる。


「他でもない⋯あやつらには、なるべく関わらない方がいいのじゃがな⋯」


クラウも最初は断ったそうだが、事態は一刻を争うと言うので、渋々了承したのだそうだ。

エスナも弟子の頼みでなければ、すぐに断っていただろう。


クラウには遠視の魔導具があるので、奪われた秘宝の所在は分かっているはずだった。

しかし、亡国の騎士というのが厄介だった。

奴らは謎に包まれた集団で、元勇者や魔女までいるのだ。クラウ1人では足踏みするのも頷ける。


「早速出発したい」


クラウは奪われた宝石が、奴らのアジトに届けられる前に抑えるつもりだった。

アジトには、亡国の騎士のリーダーがいると思われている。

リーダーの噂は多々あり、レベルに至っては、80以上とさえ言われていた。


「ミリー、悪いが2、3日留守番を頼むぞ」

「おっけー!でも、危ない事しちゃだめだよ!私には師匠しかいないんだからね」


エスナは、ミリーの頭を撫でる。


側から見れば、幼女に撫でられる少女と言うのも滑稽なものだ。


エスナが小屋の奥へと行き、すぐに戦闘スタイルに着替えて戻ってくる。

ユウと一緒に龍王討伐に行った時も着ていた装束なのだが、エスナが本気の時に着る服でもあった。


樹海の小屋を出て、全速力で目的地へと向かう。


「さすがエスナ師匠、俺はこれで全速力ですが、まだ余裕がありそうですね」

「ん、伊達に魔女は名乗っとらんわ」


宝石を奪った奴らは馬車で、東に向かっているそうだ。

時々立ち止まり、遠視の魔導具で確認していた。


「その魔導具、使用にはかなりの魔力を消費するようじゃな」

「はい、なのであまり多用はしたくないんですけどね。このままのペースで行けば、明日の正午には追いつけます。なんとか間に合いそうですね」


2人は夜通し走り続けたおかげで問題の馬車まで追いついていた。

動向を警戒しつつ、エスナが、クラウを治癒ヒール状態回復リフレッシュで回復させる。

ここまで辿り着く道中、何度かモンスターと交戦中に怪我をしてしまったのだ。


「助かりました」

「奴らの人数は分かるか?」

「恐らく20人前後です」

「大所帯じゃな。強者が居なければ良いのじゃが」


エスナはそう発言した後、幻影系の魔術を使用する。


「これは、変装用ですか?」

「うむ。ミリーもいる手前、正体がバレるのは御免被りたいのじゃ。今のワシらの姿はデタラメな姿になっているはずじゃ」


さて準備は整った。作戦開始だ。


馬車の走る街道を挟む形で、両サイドに別れて、馬車に並走する。

馬車の数は3台。


エスナは杖に魔術を込める。


石壁ストーンウォール


馬車の正面に道を塞ぐ形で、石壁ストーンウォールを使用する。

そして、後方にも同じく石壁ストーンウォールを使用した。


これで退路は断った。


左右から挟み込む形でエスナとクラウが陣取る。


異変を感じた亡国の騎士達は、馬車からぞろぞろと降りてくる。


「なんだ盗賊か?」

「馬鹿が!相手が悪いぜ」


いやに強気だった。

どうみても下っ端のようだが、エスナは油断しない。そして、それはクラウも同様だった。


予め、エスナはクラウから奪われた宝石の場所を聞いていたので、わざわざ探すような手間は無かった。

余計な事を考えずに制圧のみに専念出来る。

当初20人いた亡国の騎士達の数は、いつの間にか半数まで減っていた。

しかし、余裕はなかった。少なくともクラウには。


騎士とはあくまでも名称で、実際は精霊術師や魔術師、モンスターテイマーなど、他職が勢揃いだったからだ。


「な、一体何者なんだ貴様らは!我らが亡国の騎士と知っての所行か!」


残った連中の1人が大声を発していた。


「プラーク王国から奪った火の涙を返してもらおう」


クラウが残兵に向かって言い放つ。


その時、馬車の中から1人の人物が出てきた。

全身鎧を纏っている。

異様な気配を放っている全身鎧フルプレートだ。


「これは、ちと厄介じゃな」


エスナが小声で呟いた。

馬車から降りるな否やクラウの事は見向きもせず、一直線にエスナに突進してきた。


「クー!コヤツは、ワシがやる!他の者は、お主がなんとかせえ!」


クーとは、クラウがエスナの元で修行していた頃の愛称だった。変装している手前、本名を言う訳にもいかず、咄嗟に出た呼び名だった。


魔術によって強化された杖と鎧騎士の大剣とがぶつかり合い、辺り一帯に甲高い金属音が鳴り響いた。


エスナは、戦いながら相手の実力を探っていた。


鎧騎士の剣が眩い光を浴び始めた。


聖なる十字架サンライトクロス


剣から放たれた十字の斬撃がエスナを襲う。

エスナは、避けるのは無理と判断し、守護結界セイフティードームを使用する。


これは、ユウが使用する障壁とは違い、一定のダメージまでしか防いでくれない全方位防御壁だ。


鎧騎士の攻撃に耐え切ったエスナは、お返しとばかりに風撃ウィンドカッターの嵐をお見舞いしていた。

しかし、鎧騎士は、華麗に全て剣撃で叩き落とす。


エスナは相手に話し掛ける。


「お主、勇者か?」


エスナは、過去に何人もの勇者を見て来たからこそ察知出来た。


「さっきの技は、勇者しか使えぬ技だろう」

「ほぉ、よく分かったな。そういう貴様も大した魔術師だ。その容姿と動きが不一致なのが気になるがな」


2人は戦いながら会話している。

エスナには、ユウのような鑑定アナライズはない。

しかし、今まで数限りない修羅場をくぐり抜けてきたせいもあり、対戦相手のレベルをほぼ正確に分析する事が出来ていた。

そのエスナの見立てでは、鎧騎士のレベルは、55前後と見ていた。


レベルでは圧倒的に優位なエスナであったが、必ずしもレベル高=勝者とは限らない。

遠距離戦闘に優れている魔術師と近接戦闘に優れている騎士。

どちらかの優位なスタイルに持ち込めば、レベル差10程度なら簡単に引っ繰り返せるだろう。


しかし、どちらにしても鎧騎士はエスナの敵ではなかった。

様子見を終えたエスナは、すぐに相手のHPを削り、そして気絶させるに至るまでに要した時間は、僅か1分足らずだった。


エスナは、クラウの方を確認する。

残る賊は、後2人だった。

クラウは手こずっていた。

しかし、すぐにエスナが参戦した事により、決着がついた。


「はぁ⋯はぁ⋯」


クラウは、かなり消耗していたようだったが、エスナに至っては、息一つ切らしてはいなかった。

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