第51話: 亡国の騎士【後編】
誘拐されたサナを救出する事に成功した俺は、もう一度、亡国の騎士のアジトと思われる洞窟の前に足を運んでいた。
先程乗り込んでいた時の賊の数は、15人程度だったが、今入り口にはその半数ほどの集団がいる。
事態が把握出来ていないのか、混乱している感じのようだ。
最も安全な際奥に幽閉していた人質が突如消えたのだから、驚くのも無理はないんだけど。
集団の中に怪しげな仮面を被った人物が一人見える。
恐らく、奴らが頭と呼んでいた人物に違いない。
話をするならリーダーにするのがベストだろう。下っ端に用はない。
ユイとクロにその場に居るように指示した後、リンと二人で奴らの元へと歩み寄る。
一応、正体がバレないように軽めの防御策をしておく。
俺は、黒フードを鼻元まで深く被った。
リンは、初めて出会った時のようなヘルムを被り、顔を覆っていた。
こちらに向かって近寄る俺達に気が付いたのか、連中は武器を手に取り、警戒態勢を取っていた。
リーダー格と思われる仮面の男のレベルが48で、他の連中は20〜30といった感じだ。
48といえば、リンには及ばないまでも英雄クラスと言われる領域だ。
仮に戦闘になった場合は、油断は出来ないだろう。
「止まれ!何者だ」
勿論正直に答えるつもりはない。
「ただの傭兵さ。ウォーターアミュレットを渡してもらおうか。素直に渡せば痛い目を見る必要もない」
「さては、水上都市の連中に雇われたのか。たが、相手が悪いぜ?痛い目を見るのはそっちだ。素直に引き下がれば、死なずに済むぜ」
奴らの一人が威勢のいい言葉を言っているが、彼のレベルは、この中では一番低い20だった。
どこの世界にも虚勢だけは一人前な奴はいるんだよな。
その言葉を皮切りにすぐに戦闘が始まった。
話し合いだけで穏便に解決するつもりだったのだが、一体どこで間違ってしまったのか。
戦うつもりは無かったのだが、相手がその気ならば仕方がない、応戦する事にする。
(ユウさんの挑発のせいだと思います⋯)
「ご主人様、仮面以外は私が蹴散らします」
「了解。油断はするなよ」
俺は、ゆっくりと仮面の人物の前まで歩み寄る。
その際、襲ってくる連中は、リンが全てシャットアウトしてくれた。
ベルグドさんから聞いていた、亡国の騎士のリーダーはSKと呼ばれているらしいので、どうやら目の前の人物はSKとは違うようだ。
俺と同じ魔術師の職業になっている。
「もしかして、大事な人質を連れ帰ってくれたのは貴方かしら?」
仮面を被っていたので、性別までは分からなかったが、仮面の下から発せられたのは、妙齢の女性の声だった。
しかし、ご丁寧に、はいそうです。と答えるつもりもない。
「さて、何の事だか」
俺は正体を隠す時は、声色も変えている。
普段の声は、そんなに低い方ではないのだが、声色はなるべく低くしていた。
「このタイミングの良さと言い、雇われたのが本当かどうかは置いておくとして、大事な一人娘よりも、秘宝の方を取り戻しに来るなんてありえないからねぇ」
至極、最もだ。
そして、俺に見せつけるように懐からウォーターアミュレットを取り出した。
「それに見たところ、凄腕の傭兵のようね。あっちの彼女も相当なものよ」
隠していたのだがリンの性別を当てられてしまったか。
それにしても、この状況下で冷静な分析だな。
俺らの実力を感じながら、未だに腰に下げている杖すら握っていない。
「ねえ、貴方たち、私らの仲間にならないかしら?今、とある計画を実行中で貴方たちのような強い人材が欲しいの」
まさか、勧誘されるとは思いもよらなかった。
金髪美女からのお誘いならいざ知らず、得体の知れない仮面女ではね、答えはNOだよ。
しかし、ある計画というのが気になるな。
捉えた上で吐かせる必要がある。
俺もこの世界に来てから染まってしまったのか、時々考えがダークサイドまがいになってしまう事がある。
はぁ⋯気を付けないとな。
「悪いが、あんたらと馴れ合うつもりはない。大人しくその手に持っているものを渡してくれないか」
「傭兵はお金でしか動かないのよね。それなら言い値を出すわ。いくら欲しいの?」
そういえば、自分で傭兵設定していたんだったな。
アクアリウムの騎士とでもしておけば良かったのだろうか。少し後悔したが、時既に遅し。
「ああ、そうだ」
「幾らなら満足する?それだけで不満ならば、私を抱いてもいいのよ」
なぜ、そうなるのかとツッコミを入れたいところだが、今は傭兵を演じきる事に徹する。
「確かに傭兵は金でしか動かない。しかし、一度依頼された内容は、死んでも守るのも俺ら傭兵の性分なんでね」
「そう⋯勿体ないけど、それなら仕方ないわね」
俺は彼女が攻撃してくるものと思っていたが、ウォーターアミュレットを俺に差し出してきたのだ。
「どういうつもりだ?」
「あら、分かっちゃった?」
どうやら、俺が受け取った瞬間に何か仕掛けるつもりだったらしい。
危ない危ない。
ウォーターアミュレットを懐にしまった彼女は、杖を手に取った。
何か攻撃を仕掛けるつもりだろうが、悪いけど動きを封じさせてもらう。
彼女が魔力をチャージするよりも速く、俺は捕縛の魔術を使用した。
一切行動不能の魔術だ。
これに掛かってしまうと、己の単純な力のみで振りほどくしか術がない。
効力は魔族で実験済みだ。
自分が一切動けなくなった事に驚いている様子だった。
「これは、してやられたわね⋯あなた魔術師だったのね。その腰からぶら下げている大層な剣はハリボテかしら?」
傭兵が剣を持っていないのは不自然なので、扱えもしない剣を腰から下げていたのだが、どうやらこれが目眩しになったみたいだな。
リンが全員を片付けて俺の所へ戻って来た。
「終わりました。コイツはどうしますか?私がやりますか?」
リン、物騒な事を言わないでくれ⋯
「彼女の懐にウォーターアミュレットが入っているから取ってきてくれ」
それと、仮面も剥いでくれ。
俺がやっても大丈夫な局面だとは思うが、一応ね。
ユイ達も遠くから見てるだろうし⋯
リンの手により、仮面が剥がされ、その素顔が白日の元に晒された。
赤髪ショートのやはり妙齢の女性だった。
そして、彼女の懐に手を伸ばした瞬間だった。
突如空から、数多の
リンは、持ち前の反射神経を活かし、見事にそれを躱していた。
「悪いけど、これを奪われると大事な計画の妨げになるの」
どうやら彼女の魔術らしい。
しかし、動けないのにどうやって発動させたのだろうか。
答えは簡単だった。
動けた時にすでに展開していたのだ。
後は何かの条件で発動するように仕向ければいい。
同じ魔術師でも彼女は俺の知らない魔術を幾つか持っている。
「
彼女が静かにそう囁く。
すると、どうだろか。俺の魔術によって、体の自由を奪われていたはずなのだが、普通に動いている様子を見るとどうやら捕縛を解いたようだ。
「貴方達とは、また何処かで会えそうな気がするわ」
そして、何かを唱えた瞬間、彼女の足元に魔法陣が展開され、目の前から消えてしまった。
逃げられてしまった。
その後、俺達からの連絡を受けたアクアリウムの騎士隊が到着し、アジト内の賊を全員捕縛し、連行していった。
一足先にアクアリウムに戻った俺達はサナにどうしてもと誘われ、断りきれずに城で開催される晩餐会に招待されてしまった。
もちろん、ベルグドさんも一緒だ。
豪華な食事や、数々の催しが行われ、あっという間に終わりの時間を迎えていた。
城内の客用の寝室を提供されたので、本日はそこで寝泊まりさせてもらう事になった。
もちろん、アルコール摂取は控えた為、いつかの間違いは起こらない。
しかし、奴らは一体何者だったのだろうか。
今までの賊とは、全く異質だった。
(仮面の女が最後に使った魔術ですけど、あれは
また、厨二チックな言葉が出てきたな。
(何処かへ飛んで行った転移の事か?)
(はい。あれは転移ではなく、転送と呼ばれる魔術です。任意の場所に飛べる転移と違い、決まった場所にしか飛べない魔術です。それと、魔術によって発生した効果を強制的に解いてしまう魔術。
(セリアは博識だな)
(ユウさんが、知らなさすぎるんです)
(はい、頼りにしてます)
それにしても、謎が深まってしまったな。
今はこの世界から失われし魔術を操る亡国の騎士とは、一体⋯。
彼女も言っていたが、また何処かで奴らと一戦交えなければならないような、そんな予感がしていた。
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一方その頃、俺達から逃れた仮面女は、ある場所へとやってきていた。
「申し訳ございません。人質を逃してしまいました」
仮面女の目の前にいるのは、これまた仮面を被った全身黒一色の人物だった。
「予定のものは手に入ったのだ。問題ない。それよりもお前の身が無事で良かった」
仮面女は、水上都市の秘宝であるウォーターアミュレットを黒仮面の人物へ手渡した。
「やっと一つか。残りも早急に集める必要がある。この世界が滅びる前にな⋯」
夜も静かに更けていく。
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