第50話: 亡国の騎士【前編】

何者かに誘拐されてしまったサナを救出するべく、水上都市アクアリウム城を訪れていた。


身代金としてSKと名乗る奴らが要求してきたのは、この都市の秘宝ウォーターアミュレットだった。

しかし、誰もその秘宝の所在を知らず、やっとの事で探し出す事に成功したのは、サナが誘拐されてから実に4日が経過していた。


相手が指定した受け渡し期日は明日までだったからギリギリセーフなはずだ。

受渡人に指定されたのは、この都市の長でもあるベルグドさんだ。サナの父親でもある。


待ち合わせ場所に受渡人以外の者が来ていれば、人質は殺すと脅されていた。

俺は絶対にバレる事なく、必ず犯人を捕まえる事を約束し、なんとか透明化で同行する許可を取る事が出来た。


そして、待ち合わせに指定された場所でベルグドさんの近くで、俺は待機している。


しかし、約束の時間になれど、一向に相手は現れない。もしや、第三者がいる事がバレてしまったのだろうか?

いや、そんなはずはない。


今回はサナの命がかかっている。ここに辿り着くまでにも細心の注意を払って進んできた。

絶対に失敗は許されない。


変な緊張感が俺を襲っていた。


その時だった、範囲探索エリアサーチの片隅に反応が現れた。

しかし、反応は1人だ。

嫌な流れかもしれない。


この場でサナとの交換を期待していたが、反応が1人という事は、それはまずありえない。

後日解放するパターンかもしれない。


黒いマントフードを羽織った人物がベルグドさんの元に近寄ってきた。

どうやらコイツが取引相手で間違いないだろう。

絶対にバレないように息を殺して静観する。


「事前にお前1人で周りに誰もいない事は、遠くから確認させてもらった。さて、例のブツを見せてもらおうか」


ベルグドさんは、自分の手の中に握り締めた状態でウォーターアミュレットを黒フードの犯人に見せる。


「こちらは約束を守ったぞ!次はお前達の番だ!娘は⋯娘は無事なんだろうな!」


黒フードは、不敵な笑みを浮かべている。


「今はな。だが、これからのあなたの行動次第だ」

「娘はどこだ!直接交換じゃないと受け入れんぞ!」

「残念ながら、それが本物という確認が出来なければ、交換には応じられない」


やはりそう来たか。


そして、本物と確認出来次第サナを解放すると言ってはいるが、当然信用出来るはずもない。


(ノア、サナの反応はどうだ?)

(んーだめ。反応を感じないよ)


やはり、泳がして尾行するしかない。


ベルグドさんは今にも怒りを爆発しそうになっている。


しかし、こうなる事を想定して、事前にベルグドさんとは打ち合わせをしていた。

もし、後日交換となった場合は、俺が責任を持って犯人を尾行し、救出するからなるべく犯人を刺激しないように従って欲しいと。


気持ちは分かりますけど、お願いしますからどうか穏便にお願いします⋯


ベルグドさんは、焦る気持ちを抑え、渋々従っている感じだった。これが演技なら大したものだ。


犯人がベルグドさんと別れて歩き出す。

さて、尾行開始だ。


犯人は特に周りを警戒する訳でもなく、小走りで進んで行く。

てっきり、乗り物を近くに置いているのかと思いきや、すでに30分歩き通しだった。

俺は尾行しながら、移動方向、距離をリンに遠距離通信の出来る魔導具で逐一連絡する。


道中に邪魔になったのか、犯人がマントを脱ぎ捨てた。


!?


人族と思っていたその姿は、なんと狼人族ルーヴだったのだ。


そして、前屈みになると、4足獣の如く物凄いスピードで走り出した。


身体強化を自身に使用し、後を追った。


鑑定アナライズから分かった犯人のレベルは27だ。

名前は、クゥーザム。


流石に狼人族ルーヴだけあって、中々に速い。

音を出さずに走るって、難しいな、くそっ!


まだ少し余裕はあるが、油断すれば置いていかれる。


犯人の後方20m近辺を維持するように尾行を続ける。


2時間程ぶっ通しで走った所で、狼人族ルーヴの足がピタリと止まった。


暫く様子を伺っていると、自然に出来たとは思えない、綺麗に整った直径3m程の穴の空いた洞窟の中へと入っていった。


ここまでの道のりと洞窟の存在をリンに説明しておく。


入り口は薄暗く、まさか中に誰かが潜んでいようとは誰も思わないだろう。

しかし、中に進むにつれて、照明設備の管理された、明らかに生活の痕跡がある坑内が広がっていた。


そして範囲探索エリアサーチにも反応が現れた。

ここが、奴らのアジトで間違いない。

俺が尾行してきた狼人族ルーヴが犯人グループと思われる連中と合流していた。


「例のブツが手に入った」

「本物か?」

「ああ、この輝きは間違いない」

「ハハッ、予定通りだな。だがまだ頭が戻って来てねえ。戻って来るまで俺らは待機するように命令を受けてんだ」


範囲探索エリアサーチで現在把握出来ている人数は、全部で5人だ。

にしても驚いたのは、人族と獣人族の混成部隊だった事だ。


亡国の騎士の連中は、共通の目的を持った、種族間の隔たりのない集まりなのかもしれない。

俺自身、種族間の隔たりがないという考えは大いに賛同出来るのだが、今回のような誘拐まがいな行為を行う連中には到底共感は出来ない。


まずサナの無事を確認する為に、範囲探索エリアサーチに反応がある場所へと移動する。


正直、かなり動揺していた。


サナの安否が未だに分からない事と、仮に無事だとしても、酷い目に遭わされていないだろうかと不安だった。


坑道はかなり広く、一本道かと思いきや、中はまるで蜘蛛の巣のように無数に枝分かれしていたのだ。


まだ範囲探索エリアサーチは、坑道内の全貌は把握出来ていない。

反応がある一人一人をしらみつぶしに探して行くしか方法はない。


次々に確認していくが、どの反応もサナではなかった。

枝分かれしている場所は、一旦戻るを繰り返し、やっとの事で、全ての反応があった場所を確認し終えた。


そして残りは、目の前の部屋の反応だけだった。

今まで見てきた部屋とは違い、この部屋には南京錠によって施錠されていた。

しかもこの洞窟の最深部となっている。

捉えておくなら最適かもしれない。


当たり前の事だが、透明化でも精霊のように物体をすり抜ける事は出来ない。

なるべく音を立てないように、南京錠を破壊した。

パキッという俺にしか聞こえない微かな音がなり、南京錠が砕け散る。

少し力を入れただけなのだが、俺の筋力はレベルに応じて相当に上がっているのだろう。


中は、牢獄というイメージを想定していたが、むしろ真反対と言った感じだった。

快適な一人暮らし空間と言うべきだろうか。


少し奥のソファーに俺を背にした状態で1人の女性が座っている。

透明化のマントを外し、姿を現してから小声で呼び掛ける。


「サナ」


俺の声に反応して彼女の身体がピクリと震える。

恐る恐るこちらへと振り向いた。


サナで間違いなかった。

その表情は、最初こそはいつもの凛とした表情だったが、俺を見るなり、いきなり泣き崩れて、俺の胸元へ飛び込んでくる。


「うぅ⋯っ、ユウさん、⋯助けに来てくれたんですね⋯」


俺にはそう聞こえだが、実際は鳴き声混じりで、ハッキリとは聞き取れなかった。


そっと抱き寄せ、頭を撫でる。

サナが泣き止むまでは、このままでいよう。


恐らく、ずっと恐怖を押し殺して我慢していたのだろう。

俺を見た途端、安堵したのか、押し殺していた我慢の糸がプツンと切れ、今まで抑えてきたものが一気になだれ込んできたのだと思う。


彼女に何と言って声をかければ良いのか分からず、暫く無言の時間が過ぎて行く。


「落ち着いたかい?」

「⋯はい、いきなりすみません」

「本当に無事で良かった⋯本当に⋯」


その後、落ち着きを取り戻したサナに詳しく話を聞く。

誘拐された日、皆が寝静まった深夜に、いきなり賊と思われる女がサナが寝ている寝室に入ってくるや否や、サナに催眠スリープを使用した。

そして、気が付いた時にはこの場所に幽閉されていたそうだ。


この場所での待遇は悪くなく、食事の配給もあり、何かあればと、侍女を部屋に置いてくれていたようだ。

最低の連中だと思っていたが、人質の扱いには心得ていたようだ。


「さて、みんなが心配しているから戻ろうか」


ポータルリングを取り出す。

今は、すぐにサナを送り届ける必要があるからこのまま黙って引き下がるが、また襲ってこないとも限らない。

後日この場を訪れて頭とやらに会ってみるつもりだった。

ウォーターアミュレットも取り戻す必要があるしね。


ポータルリングで水上都市アクアリウムに戻ってきた俺達は、ベルグドさんの元へと急ぎ向かう。


ベルグドさんは、サナの姿を見るや否や、駆け寄って抱き合っていた。


「良かった⋯サナ、本当に無事で良かった⋯お前にもしもの事があれば私は⋯」

「はい、心配をおかけして、すみません。怖かったですけど、乱暴される事はありませんでしたし、ユウさんが助けてくださいました」


ベルグドさんは、俺の方へ向き直り、両手を掴み何度も何度もお礼を述べていた。


(賊に動きがありました。恐らくサナさんがいなくなったのがバレたようです)

賊のアジトを見張ってくれていたリンからの通信だった。

(了解。俺もすぐにそっちへ戻る)


「サナを助けてくれて、その⋯あ、ありがとね」


水の精霊アクティナからの感謝だった。

いつもは、ツンツンしているアクティナしか俺は知らないのだが、初めてデレたな。


「そもそもアクティナからの連絡が無ければ、この場に駆けつける事も出来なかったからな。俺も礼を言うよ」

「あんたって、いつも上から目線よね!で、でも、今日だけは、文句は言わないでおくわ!」


何故アクティナは俺に対して好戦的なのだろうか⋯まぁ、恐らくセリアの主人だからだろうけどね。


いつの間にか俺の肩にセリアが腕を組んで座っている。アクティナを睨みつけている気がするが、きっと気のせいだろう。

心なしか、アクティナが下を向いて俯いている気がする。


サナ達と別れた俺は猛スピードでリンのいる亡国の騎士のアジトである洞窟の前へと向かった。


尾行しながらの時は、ここまで来るのに数時間掛かったが、ブーストや妖精の羽フェアリーウィングのおかげで15分程度で到着してしまった。

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