第49話: 誘拐事件

ガゼッタ王国の商業区を散策中に獣人同士が喧嘩をしている局面に遭遇していた。


俺は、あまり目立ちたくないという心情もあり、近寄るつもりも無かったのだが、あろうことか、リンが喧嘩の仲裁をしてしまったのだ。

2人を地面に突っ伏した状態にするという、半ば強引な方法でだ。


「姉ちゃん、つええな」

「ここまで簡単にやられると逆に晴れ晴れしい。先のイザコザなど、もうどうでも良い」


あれ、俺はてっきり逆上して2人がリンに襲いかかってくる事を想定して杖を構えていたんだけど、杞憂きゆうに終わったようだ。


外野がリンを褒めまくっていた。

リンの端正な顔立ちと容姿も相まって、ファンクラブでも出来そうな勢いだった。

俺の中のリンのイメージは、誰もが知ってる100年戦争の英雄ジャンヌダルクなんだよね。


その場から離れた俺たちだったが、2人の男が後をついてきていた。

先程のような物売りではない。

リンが打ちのめした喧嘩していた本人だった。

すると、その2人は前へ回り込んで、道端に頭をついて懇願してきた。


「姉さん、俺らは姉さんに感服いたしやした。是非とも弟子にして下せい!」

「強くなりたいんです!お願いします!」


リンが2人の前まで歩に寄る。


「頭を上げて下さい。お気持ちはありがたいですが、我が剣は既に主に捧げております故、弟子を取るなどという所業は叶いません。どうかお引き取りを」


そして、俺たちの方へ歩み寄り、俺の肩を押すようにその場を離れる。

2人は諦めたのか、道端に座り込んだままだった。


「リン、所で主って誰の事だ?」

「もちろんご主人様の事です」


あ、やっぱりね⋯。


そして武具屋を見つけたので入ってみる。

品揃えは、中々多いようだが、ダンジョン産や神器クラスと比べると、どうしても性能的に劣ってしまうようだ。


「少しは期待していたんだけどね⋯」

「お客さん、普通の武器以外をご所望かい?」


俺がポツリと呟いたことに反応されてしまったようだ。

店主が店の奥から怪しげな箱を持ってきた。


「とある冒険者から高く買い取ったんだがよ、鑑定士でも鑑定できない代物で、売り手がつかないんだわ。安くしとくから、買ってやってはくれねえか?」


本来武具に至っては、全てにおいて鑑定しなければ、効果を知る術がない。

俺のように鑑定アナライズがあれば別なんだけど、普通の人には見えない。

即出の物ならば、わざわざ鑑定アナライズは不要なのだが、例えば魔剣や聖剣の類など、広く知れ渡っていれば問題ないが、そうでない物に関しては、鑑定された物でなければ、武具本来の性能を発揮する事が出来ない。

武器を持つだけで使えるようになるスキルもある。

鑑定アナライズされていない状態でも使用する事が可能だが、実質損をしている事にもなり兼ねない。


そして店主が差し出してきたのは、短剣だった。

特徴的なのは、刀身が漆黒を帯びており、まるで生きているかのようにその身をギラリ俺たちに見せつけていた。

少々禍々しいオーラを発しているような気さえしてきた。


名前:ダークエッジ

説明:魔剣ダークシリーズの1つ。刀身に魔炎を纏う事が出来る。

特殊効果:一定確率で即死効果、敏捷性アップ(超大)、スキル:魔炎使用可。

相場:金貨400枚

希少度:★★★★☆☆


魔剣とはまた、厨二チックな武器だな。

確かに凄い逸品なのは間違いないようだ。

是非ともユイに持たせたい所だが、扱えるだろうか?


「ちなみに幾らですか?」

「金貨120枚でどうだ!恐らく、もっと高いはずだぜ!」


相場は400枚なので、確かに格安だな。

しかし、買い手がつかないと言っていたので、少し値引き交渉にチャレンジしてみよう。


「あいにく、手持ちが金貨100枚しかないんだ。確かに良い逸品だと思うが、残念だな」


店主が腕を組んで唸っている。


「んー分かった!金貨100枚で売った!」

あっさりと値引きが成功してしまった。

実に張り合いがない。もう少し駆け引きをしてみたかったんだけど、結果安く手に入ったので文句は言わないでおく。

相場が分かっているので、少し申し訳ない気に苛まれるが、店主は知らないので良しとしよう。


他には、敏捷性が大幅に向上するウイングブーツをユイとクロ用に購入した。


昼食を適当に済ませて、商業区の散策を継続する。

商業区だけで、一体どれだけの広さがあるのだろうか。全てを見て回るにはとても1日では不可能だ。


それにしても、魔導具や魔術書を取り扱っている店が見当たらない。

まさか売っていない訳はないだろうが、楽しみにしていた分、少しガッカリだった。

当面ここに滞在する予定なので、別の日にでも根気よく探してみようと思う。


時折、錬金屋を見かけては、商品のチェックと相場確認も忘れない。

全体的に俺に見えている相場よりも実際に王国で売られている相場の方が若干高い。

一概に見えている相場だけを鵜呑みにするのは危険かもしれない。


途中本屋を見つけた。

折角なので錬金術に関する本を買っておく。

本と言っても教科書の類ではなく、レシピ本だ。

まだまだ俺の知らない薬品類が山程あるのだ。

やり甲斐があるってものだ。


日も暮れてきたので、今日の所は引き上げる事にする。

宿に戻った俺たちは、夕食までの時間を部屋で適当に過ごしていた。

リンは、宿の裏手が空き地になっていたので、日課の素振りをしていた。

いつも朝一、まだみんなが寝ている時にしているそうだ。


夕食を終え、みんなが寝静まった深夜に突然セリアに叩き起こされた。


「ユウさん、起きて下さい!」


俺は、目を擦りながら、応える。


「どうしたセリア、こんな時間に」

「大変なんです!」


どうやら、水上都市アクアリウムにいる精霊のアクティナから念話によるメッセージが届いたらしい。

そんな事が出来るとは知らなかったが、そんな事は今は置いておく。


サナが何者かに攫われたというのだ。

サナは、水の精霊アクティナの宿主で、俺とは滞在中に知り合い、仲良くなったのだ。

しかも攫われてから既に4日が経過している。

今はまだ無事なようだが、犯人の狙いがわからない以上、一刻も早く救出しなければならない。

まずは、情報収集が必要だ。


俺は、眠っている全員を起こして、状況の説明をする。

幸いにも水上都市アクアリウムは、ポータルリングにメモっていた為、一瞬にして移動する事が可能だった。

もちろん全員連れて行くつもりだ。

しかし、いつ戻って来れるか分からない。こっちには、馬車もあるし、グリムだっている。

馬車は、最悪ストレージに収納すればいいが、どちらにしてもグリムの世話だけは誰かにお願いする必要がある。

申し訳ないとは思いつつも1階の宿屋のモアさんを起こして、すぐに旅立つ旨を伝える。しかし、また必ず戻ってくる事も。戻ってくるまでの間、馬車の見張りと、グリムの世話をお願いした。

もちろん、必要経費と依頼料は多めに支払った。




俺たちは今、アクアリウム城のベルグドさんの元を訪れていた。

まだ、外は暗く、突然の訪問だったが、サナの件と言ったらすぐに門番も通してくれた。


「詳しくサナさんが攫われた件を教えて下さい」


今から4日前、俺たちがソシャールの街に向かっていた頃に、何者かが直接寝室からサナを誘拐していったそうだ。

その時に置手紙を残しており、この都市の秘宝を身代金として要求している。

だったら、そんな物すぐにでも渡してしまえばいいと思うのだが、事態はそんなに簡単では無かった。

犯人の要求している、秘宝ウォーターアミュレットは、別名アクアストーンのお守りとも言われている。


アクアストーン、どこかで聞いた名だな。


(先日の魔族が探していた物です)


そうだった。

ソシャールの街を占拠していた魔族が要求していた物が、エレメンタルストーンだった。エレメンタルストーンは、ファイア、アクア、サンダー、ウインドの4つのストーンの総称だ。

という事は、またしても魔族が絡んでいるのか。


「しかし、置手紙のSKという意味が分かりませんね」


俺の問いに対して聞こえていないのか、ベルグドさんは終始頭を抱え込み、俯いている。

そして、徐に応えてくれた。


「亡国の騎士と呼ばれている奴らの事です。そいつらのリーダーの名前のスペルが確かSKだったと思います」


リンが亡国の騎士という名を聞いて驚いていた。


「知ってるのか?」

「はい、亡国の騎士、有名な賊の名称です。その名の由来通り、滅びた国に仕えていた名のある騎士達が結成して生まれたと言われてします。一説によれば、堕ちた勇者や魔女なんかもメンバーにいるとか」

「賊というからには、行っている所業は犯罪まがいな事ばかりなのか?」

「私が知っているのは、普通の人でも知っている一般的なものですが、半々だと思います。根っからの悪という訳ではなく、彼等はあくまでも自分達が正義だと思った事を実行しているようです。時には、誰が見ても正義だと思える行いや、誰が見ても暴挙と思える行いをしています」


ややこしいが、自分達が正義だと思った行いなら、なんでも正当化するというのは良くある話だ。

だが、一つはっきりしている事は、どんな理由があるにしろ、サナを誘拐した事は、許せない。

絶対に探し出して相応の報いを受けてもらう。


ベルグドさんは、都市中の兵を使い、ウォーターアミュレットを捜索中だという。

見つかり次第、渡してサナを取り返す事が出来ただろうが、まさか、所在が分からないとは思わなかった。


水の精霊のアクティナだけがその所在を知っているそうだ。


(セリア、アクティナに聞く事は出来ないか?)


本来、精霊同士といえど、すぐ近くにいるならともかく、念話で話す事は出来ないそうだ。アクティナがどんな方法で自分達の窮地きゅうちをセリアに知らせてきたのかは、セリア自身も方法は不明のようだ。


困ったな。


(そうだ、ノアなら探せないか?いつだかの商人夫婦を探したときのように)

(そう言うと思ってさっきから探しているんだけど、どこにも反応がないんだよね。もしかしたら、私の力が及ばない特別な場所にいるのかもね)

(いつまでも同じ場所にいるとも限らないから、ノアは引き続き探知を頼む)

(了解)


取り敢えず、捕らえられている場所が分からない以上、要求の物を持って受け渡し場所に行くのがセオリーだろう。


俺たちとベルグドさんのいる応接間に1人の男が入ってきた。


「ベルグド様!ウォーターアミュレットが見つかりました!!」


塞ぎ込んでいたベルグドさんが勢いよく立ち上がった。


「それは本当か!」

「はい、この城の宝物庫に隠し扉がありました。その際奥の台座の上にありました」

「でかしたぞ、すぐにここへ持ってくるんだ」


暫く待ち、俺たちの元にウォーターアミュレットが運び込まれた。


なんて美しいのだろうか。拳サイズ程の青く輝くその水晶は、見る人の目を釘付けにしてしまうような妖艶な輝きを放っていた。

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