第48話: 喧嘩の仲裁

無事に目的地であるガゼッタ王国へと到着した俺達は、すぐに観光したい気持ちはあったが、入国審査で半日以上も待たされてしまい、辺りはすっかり日が沈んでいた。

妹達も眠そうにしているし、観光は明日の朝からだな。


宿を探しながら歩いていると、馬車が何台も停泊してある大きな宿が目に止まった。

探し回る元気も残っていなかった為、そこに即決する。

馬車から降り、宿屋の方へと進んでいた時だった。

イキナリ後ろから誰かが走ってきて、俺の腕を両手で掴む。


両手に何とも言えない柔らかな感触を感じる。


振り向いた先には、15,6歳くらいの女の子が上から目線ポーズを決め込んでいた。


「お兄さん、宿をお探しでないかい?」


どうやら、客引きのようだ。


「確かに探してる途中だけど」

「だったら、うちに泊まっていかない?」


別にどの宿屋でも良いんだけど、アクアリウムの時と同様に少し意地悪な質問をしてみるか。


「そうだね、他の宿にはない、特典や利点みたいなのはあるかい?」


彼女は、少し考えた後に答えた。


「うちの宿は貸切だよ!ば、馬車も停めれるスペースもあるし!すこし、お値段は張るんですけど、サービスはいっぱいしますから!」


言いながら、少し涙目になっているので、意地悪をしてしまった謝罪も兼ねて、彼女の宿屋に泊まる事に決めた。

しかし、よくよく考えてみると、貸し切りって⋯ほかに客はいないって事だよな?


彼女の名前はリリィと言う。母親と二人三脚で宿を経営しているそうだ。

しかし、貸切という言葉が気になってはいたが、到着してみると、案の定今にも潰れそうな、俗に言う、築100年は経過していそうな程のボロ宿といった感じだった。

しかし、一度泊まると決めた以上、今更考えを変えるつもりもない。


「古風な感じで良いね」


一応、当たり障りのない感想を述べておく。


「馬車はこの辺りに留めておいて下さい。夜間は警報の魔導具のスイッチを入れてますので、盗難の心配はありません」


へぇ、そんなのがあるんだね。


中に入ると、彼女の母親だろうか。30前半くらいの綺麗な女性がカウンターの中に立っていた。


「お母さん!お客様連れてきたよ!」


駆け寄ってくる我が子の頭を軽く撫でる。


「いらっしゃいませ、外はボロですが、中は清潔に管理していますので、どうぞごゆっくりして行って下さい」


頭を下げているので、俺も答えてから会釈する。


確かに中は割と広く、隅々まで掃除が行き届いているのだろう、塵一つ落ちていない感じだ。

宿の前でボロ宿と思った事を心の中で訂正し、謝罪しておく。


面白がって、ノアが念話で(許す)とか言っているが無視だ。


最初は俺が受け答えしていたのだが、部屋決めの段階になると「お兄ちゃんは、どいて!」と何故か、妹達に蚊帳の外にされてしまった。

リンもグルだ。


1人、カウンター横のベンチに座っていたら、セリアが出てきて、定位置である俺の右肩にチョコンと座る。


「主導権を握られちゃって、どっちが年上なんでしょうね」


と、クスクスと笑われてしまった。


母親のモアさんが、部屋まで案内してくれると言うので、皆と一緒に着いていく。


案内された部屋は、この宿一の広さの部屋だった。

ま、予想はしていたが、全員同じ部屋だ。


「すぐに、お食事を作りますので、次に鐘の音が鳴ったら、1階のカウンター横に食堂がございますので、お越し下さい」


次の鐘の音というと、おおよそ30分後かな。


皆、冒険時の装備から、ラフな軽装に着替える。

いつもの事なので、一緒に着替えるのにはもう慣れた。


「って、何故下着まで脱ぐんだよ!」

「え、だって汗掻いちゃったから」


ユイがふざけるので、電光石火のツッコミを入れて、ユイ、クロ、リンに洗浄クリーンウォッシュを使う。

リンは洗浄クリーンウォッシュを使えるはずなのだが、俺がいる時は何故だか自分では使わない。


食堂に降りると、ズラリとテーブルに並んだ料理に驚いた。いや、驚いたのは俺だけか?

しかし、明らかに量が多い。

テーブルは一つしかなく、椅子も人数分しかないので、他の客用とも思えない。

しかし、ユイなら一人でたえらげるかもしれない。


「さっきね、カウンターで、ご飯いっぱい食べます!って言っておいたの!」


ユイが笑顔で白状するので、俺は一人呆れていた。


テーブルいっぱいに並べられた料理も気が付けば、食べ終わる頃には、全て無くなっていた。

ほぼ、ユイ1人でたえらげていたが、リンも中々に食べていた気もする。


「腹も膨れた事だし、部屋に戻って明日の打ち合わせをして、すぐに寝るか」



窓から光が差し込んでいる。


どうやら、いつの間にか朝になっていたようだ。

ご飯を食べ終えて、部屋に戻った後、ユイとクロがベッドがフカフカだというので、試しに一緒に横になってみた所、余りの気持ちよさに、そのまま眠ってしまったようだ。


大きく伸びをして、ベッドから降りる。

既にリンは起きていた。


「おはよう」

「おはようございます、ご主人様」


結局、リンの俺に対する位置付けは、ご主人様で定着してしまったようだ。


暫くして、ユイとクロもベッドから這い出てくる。


「朝食を食べたら、そのまま出掛けるから、着替えと準備をね」


2人はアイアイサーのポーズをとっている。


さて、王国観光の始まりだ。


人口が多いだけあり、朝方だというのに通りを歩く人の数もかなりの人数だった。

はぐれて迷子にならないように、俺はユイと、リンはクロと手を繋いで歩いている。

万が一でも、はぐれてしまったら、宿に戻るように言っている。


この王国は、用途に応じてエリア分けがされており、今いるのは、居住区と呼ばれているエリアだ。

居住区に隣接する商業区に向かっている。

それにしても獣人族を普通に街中で姿を見るだけで、違和感を感じるのだが、同時に嬉しさも込み上げてくる。

自分が理想としている世界そのものなのだから。


俺は、この光景をしかと目に焼き付けておこうと思う。


15分程歩いただろうか。居住区を抜けた先は、店が所狭しと並んでいた商業区へと到着した。

迷わないように、所々に現在地を指し示す看板が立っている。

配慮があって実に素晴らしい。

当たり前の事かもしれないけど、今まで訪れた場所には、こういう配慮は無かった。

従って、自分で道を把握する必要があった。


いい匂いが辺りを立ち込めていた。

朝食を食べたばかりだったので、食べ物の誘惑には負けないと思っていたのだが、甘い物くらいなら大丈夫だろう。

ユイに急かされたのもあるが、結局短時間のうちに串団子とクレープのようなパイ生地に包まれた、甘いハチミツのような物が中に入ったサンクルというデザートを購入し、ペロリと平らげてしまった。

甘いものは別腹とはよく言ったものだよな。


買い食いはこのくらいにしておこう。


(ユウさん、さっきから誰かが後ろからついてきています)

(うん、セリアありがとう)


気が付いてはいたのだが、あえて振り向かずにいた。


徐に立ち止まり、後ろを振り返ると、猫耳の少年がすぐ後ろにいた。

急に振り向いたので、少し驚かせてしまったようだ。


「あ、、えっと、その⋯これ、買って下さい!」


そう言い、差し出してきたのは、綺麗な花だった。

バスケットに色取り取りの花々が敷き詰められている。


着ている服から察するに、あまり裕福な生活を送っていないようだ。


「一本いくら?」

「えと、一本、1⋯銅貨です」

「じゃ、10本買うよ。色は選んでくれるかい?」


まさか10本も買ってくれるとは思っていなかったのか、一瞬思考回路が停止していた。


少年の頭を撫でる。

決して、猫耳を堪能したかった訳ではないとだけ言っておく。

花を受け取り、代金の銀貨1枚を渡した。


「お兄ちゃん、ありがと!」


少年はぺこりと頭を下げ、走ってその場を去っていった。


(恐らく孤児院の子でしょうね。さっきから伺っていると、同じような子供は皆胸に同じ刺繍ししゅうをつけています。さっきの子もそうでした)

(良く見てるな)

(情報は武器になりますからね。まして新天地だと尚更ですよ。注意力のないご主人様を持つ精霊は苦労します)

(はいはい、いつも頼りにしてますよセリアさん。あと、ご主人様じゃないからな!)


だが、孤児院があるのか。

少し興味があるので王国滞在中に寄ってみよう。


「ねえ、お兄ちゃん!お魚が空飛んでるよ!」


ユイがおかしな事を言っている。


「いいかユイ。魚はな、空を飛ばないんだぞ」


俺は呆れた顔をしつつ、ユイが指差した方向を見る。


「な、なん⋯」


巨大な魚いや、巨大戦艦が王国上空を飛んでいるじゃないか。

某天空の城に出てくる巨大戦艦を彷彿とさせている。


「この大陸に存在している最大級の空艦くうかんです。確か、名前はオリンポス」


俺達の中では、唯一リンだけが知っていた。


何処かで聞いたことがある名前だが、それはいいとして、この世界に空飛ぶ船なんてあったんだな。

是非とも乗ってみたい。いや乗りたい!

しかし、どういう原理で飛行しているのだろうか。


空艦オリンポスは、この大陸にある東西南北の4つの王国を行き来しているらしい。

最初に立ち寄った、プラーク王国にも行くとか。

俺とした事が、全く気が付かなかったな。


暫く歩いていると、前方に人集りが出来ていた。

外野の声を聞く限り、どうやら獣人族同士で喧嘩しているようだ。

外野が煽っている。


「もっとやれー!」「いいぞ、そこだ!」


興味もないので俺が離れようと思っていたら、リンが人混みを抜けて、喧嘩をしている両者の前に立ちはだかってしまったではないか。


俺達もリンの後を追う。


喧嘩していたのは、狼人族ルーヴ虎人族ティーグルだった。

すぐにレベルを確認したが、前者が32で後者が34だった。

リンなら万が一にも大丈夫だろう。


「皆の迷惑になります。喧嘩を止めないと、私が強制的に終わらせますよ?」


リン、カッコイイな。


「姉ちゃん、止めときな、獣人同士の喧嘩なんだ、人族が割って入れる訳がねえ」

「そうだ、黙ってみてろ、コイツは今ここで殴らないと俺の気が収まらない」


リンが大きく溜息をつく。


「止めませんか。そうですか。では仕方ありません」


リンが呟いてから、喧嘩をしていた2人が気絶するまで、僅か数秒の出来事だった。

騒ぎ立てていた外野連中も、皆口を開けて硬直している。


皆が驚くのも無理はない。今のは確かにリンが速かったのだから。

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