第41話: 帰還
リーシャたちの両親を見つけるべく、俺達は盗賊団のアジトを訪れていた。
殆どの盗賊団員は、すでに再起不能にする事に成功していたのだが、奴らの用心棒として現れた女性と対峙していた。
さっきから、ユイと互角以上の勝負を繰り広げている。
2刀短剣使いのユイに対して、彼女は長刀両手スタイルだ。
レベル差はもちろんあるのだが、ユイには獣人としての身体能力と俺が施したブーストの効果がある。
しかし、彼女の方が若干の余裕があるように見える。
この隙に俺はリーダー格以外の残りの盗賊共に投石を命中させ、全員気絶させておく。
俺がリーダー格の男に近付こうとした時、彼女は俺に対して牽制して来た。
ユイと戦いながらも周りにも意識を向ける余裕があるという事か。
何処から取り出したのか、短剣を俺の足元目掛けて投げ放ってきたのだ。
直接狙おうと思えば狙えたはずにも関わらず牽制に留めた理由は分からない。
先に彼女の動きを封じる必要があるな。
高速で動き回っている2人に魔術を当てるのは難しい。ユイに当たる恐れだってある。
「ユイ、離れてくれ!」
ユイが指示通り離れた事を確認すると、威力を絞った
10⋯20⋯と彼女の頭上から数多の雷が降り注いていく。なんとも凄まじい光景だ。
だが、彼女はその全てを紙一重で躱している。
紙一重というのもギリギリ躱せている感じではなく、無駄な体力の消費を減らす為の最低限の動作。見事な足捌きだ。
っと、敵さんに関心している場合じゃないな。
《
重力魔術の一つで、対象エリアの重力を1倍から最大100倍までの範囲で操作する事が可能なスキルだ。
俺は現在の彼女を中心として、半径10mのエリアの重力を10倍に操作した。
素早い彼女だったが、ノーモーション、ノーキャストから繰り出される魔術に抗う術はなく、結果、術中にハマっている。
その状態のまま
少し卑怯な感は否めないが、威力も半減させているので、彼女のレベルなら恐らく死ぬ事はないだろう。
暫くして、彼女の姿が映る。
当初していた黒いマスクが無くなっており、ヘルムは何処かに飛ばされたのか被っていなかった。
彼女のキレイな赤色の長髪が風になびいている。
やはり女性か。
容姿は思っていたよりも若い。10代後半か20代前半位だろうか。俺が言うのもなんだが、その若さでそのレベルは、チートな気がする。
手加減したとはいえ、倒れて気絶していてもおかしくないダメージのはずなのだが、彼女はその場に立ち、俺を睨んでいる。
仕方がない。
「まだやるなら、次は本気でやるよ」
もちろん嘘だ。あくまで威嚇のつもりだった。
「⋯降参します。悔しいですが、貴方が手加減してした事は察知していました。本気を出せば、私など一溜まりもないでしょう」
彼女はそう言い放ち、両手を天に向かって上げた。
潔いな。普通ならば、騙し討ちまがいの不意打ちなんて事を警戒する必要もあるのだろうが、少なくとも彼女はそんな事はしないだろう。
目を見れば分かる事だ。
拘束する必要もないだろう。
「ユイ、あのリーダー格の男を拘束してくれ」
既に俺が行動不能にしていた。
後は両親を救出するだけだな。
俺には既にアジト内に4人の反応がある事は分かっていたのだが、敢えて尋ねてみる。
「商人の2組の夫婦を探しに来た。中にいるんだろう?」
「⋯・」
どうやら、答えるつもりはないようだ。
まぁいい、アジトの中に入って確認するまでだ。
「ユイ、悪いがコイツを見張っててくれ」
「おっけー」
意識だけは残しているが、ロープで縛っているので大丈夫だろう。
俺はすぐにアジトの中で、牢屋の中に囚われている4人を発見した。
「初めまして、私はユウと言います。リーシャさんとシルさんのご両親で間違いないですか?」
突然現れた俺を見た時は、驚いた表情一つ見せなかった4人だったが、俺の発言に対して4人全員が面食らったような表情をしている。
「は、はい、確かにそうですが、なぜそれを?」
牢屋の鍵を壊して扉を開ける。
「娘さん達に頼まれました。2人は無事ですよ」
その言葉を聞いた途端だった。
両親が泣き崩れる。
アジトの外へと出てきた俺はユイと合流した。
クロにアジトまでリーシャとシルを連れて来てもらうように、遠距離通信の魔導具テレコンイヤリングで連絡する。
暫く待ち、クロが2人を連れて現れた。
その瞬間だった。
俺は致命的な油断をしてしまったのだ。
縄で縛られていたはずのリーダー格の男が一瞬の隙を突いて縄をとき、ユイの拘束から逃れ、近くにいたリーシャを人質にしてしまったのだ。
ナイフを首元に当てている。
なんて事だ⋯。
ある程度ダメージは、与えていたつもりだったのだが、あまかったようだ。
「全員動くなよ!動いたら、この女を殺すからな!」
くそっ!
「用心棒!まず、コイツの動きを封じろ!」
俺を指差している。
さてと、どうしたものか。
用心棒がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
そして俺の前で静止した。
手に持っていた長刀を大きく振り被る。
もしかして絶対絶命という奴じゃないだろうか?
しかし、なぜだろう。まったくそんな気がしない。
元の世界なら、斬りつけられただけで、一貫の終わりだろうが、こっちの世界ではHPに依存するので、レベル差にもよるのだろうが、斬られただけで死ぬ事はまずない。
しかし、今回にそんな事は関係ない。
そう、彼女の眼だ。眼を見れば相手の考えが分かってしまった。もちろん俺自身そんなスキルや能力を持ち合わせている訳ではないのだが、目の前の相手が本気で俺の事を攻撃しようとしているかどうかくらいなら分かる。
殺気が全く感じられない。
チラリと横目でユイとクロを見るが、俺を護る為に今にも飛び出しそうになっていた。
すぐに2人にアイコンタクトをして、静止させた。
いつこんな状況が起きても良いように3人でアイコンタクトを決めていた。
彼女は、振りかぶった長刀を一瞬の早業で、リーダー格の男へ投げ放ったのだ。
その動作は刹那のタイミングで行われた為、さすがに反応出来ていない。
リーダー格の男の喉元に長刀が突き刺ささる。
膝をつき崩れ落ちた。
解放されたリーシャは、両親の元に駆け寄り抱き合っている。
シアも同様だった。
2人を入れて6人全員が泣いている。
恐怖による涙ではなく、お互いもう会えないと思っていた相手と、こうして生きて再会出来た事に対する嬉しさからだろう。
こっちまで貰い泣きしそうだった。
「私の負けのようです。敗者には潔い死を。情けをかけずに殺して下さい」
これが武士道精神というやつだろうか。
でも悪いけど、無駄な殺生はしたくない。
「そういえば、礼を言ってなかったな。さっきは助けてくれてありがとう」
「情けは無用です」
そう言い、自身の首を差し出してきたのだ。
しつこい。だから無駄な殺生はしないから。
「悪いけど、俺は貴女に危害を加えるつもりはない」
「ですが、私は勝負に負けました。敗者には死を」
彼女の頭にチョップをお見舞いした。
チラリと横を見ると、何故だかユイとクロが目を瞑り頭を手で押さえていた。
同じように俺にされた時の事でも思い出しているのだろうか。
「な、なにを⋯」
「あーもう!さっきから、敗者には死をだとか、殺してくれだとか、鬱陶しい!やらないと言っただろ!」
何故か彼女は涙目になっていた。
こっちの世界に来てから、女性を泣かせたのは一体何度目だろうか。
いや、今回も俺は悪くない。
さて、親子の感動の再会もそろそろ終わっただろうか。
「本当に貴方方にはなんとお礼を言ったら良いのか」
今度は一転、感謝の嵐だ。
これはこれで、鬱陶しい気がするのは、俺がひねくれているからじゃないよな?
さてと、無事に救出できた事だし、スーランに戻るとしますか。
徒歩で戻るしかないと思っていたのだが、盗賊共が使っていた物と思われる馬車が、アジトの裏手から見つかり、拝借する事になった。
盗賊共は、全員をロープで縛ってアジト内に戻してある。
スーランに戻ったら報告して捕らえてもらうつもりだ。
用心棒だったリンさんも馬車に乗っている。と言うより、乗せている。
目の届く位置に置いておかないと、自殺してしまいそうだったからだ。
「いいか、命はたった一つしかない大切なものなんだ。例えそれが自分のであったとしても邪険に扱っては駄目だぞ」
道中何度彼女を説得した事か⋯
2日後、俺達は無事に行商の街スーランに到着した。
リーシャ、シル一家とは、ここでお別れだ。
盗賊共の事情説明や通報も任せている。
これでやっと落ち着いてこの街の観光が出来るというものだ。
「ユウ様!お願いがあります!」
あっと、忘れていた。リンがいた事を。
さんをつけるのも面倒になり、途中から呼び捨てをしていた。
「ユウ様は各地を旅をして周っていると聞きました。私を旅の仲間に入れていただけないでしょうか?」
馬車の中で何度か聞いたセリフだった。
俺は名乗った訳ではないのだが、ユイが呼ぶので、名前がバレてしまった。
「断る!」
たしかに戦力としては申し分無い。現時点のユイやクロよりも強いのだ。
だが、生憎戦力は足りている。
それに、護るべきものが増えるのは、正直ツライ。
「如何してもですか?」
「どうしてもだ!」
素性が分からないのもあるが、理由があるとはいえ、盗賊の用心棒になっていたんだ。行動から判断するに、悪い人でないのは分かる。だけど、今一つ信用出来ない。
「お兄ちゃん!私ね、お姉ちゃんも欲しいかなって思うの」
ユイの言葉にクロも賛同した。
人の気も知らないで何を言ってるんだろうね、うちの妹達は⋯
「旅は危険が付き物なんだ。はい分かりましたと、そんなに簡単に決めれる訳もない」
「でもお姉ちゃん、私よりも強いよ?」
確かにまぁ、そうなんだけど、あの若さであの強さはきっと何か訳ありに違いないとは思う。
「取り敢えず、話だけでも聞いてみようよ、ね?」
そんな悲しい目で言われたら、断れないじゃないか⋯
「分かった。取り敢えず話だけは聞くよ。仲間にするかは、聞き終わった後に判断するからな」
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