第17話: エルフの里≪プラメル≫

現在俺達は、エルフの軍勢に取り囲まれ、槍を向けられていた。

全員に手は出さないように伝えてある。


マルベスは今は気を失っているが、そういえばさっき何か言っていた気もする。


エルフの大群が来るとか来ないとか。

俺のすぐ隣には、ユイとクロがいた。

エレナは、どこかへ連れて行かれてしまった。


「誤解を解いてきます!」とだけ言い残して。


どうやら、この場にエレナの父親もとい王様も来ているようだ。

実の娘が何日も行方不明になっていたのが見つかったのだから、当たり前といえば当たり前か。

エレナが戻ってくるまでは、この状態で待つしかない。


それにしても、見渡す限りエルフしかいない。

エルフの兵といっても、人族のように鎧などを着ている訳ではないので、エルフご自慢の耳も良く見えている。

エルフ萌の人間だったら、もだえ苦しんでいただろう。

生憎あいにく俺には、そういう趣味はないので、何ら問題ないんだけどね。


暫く待っていると、エレナと1人の男が俺達の前に戻ってきた。

その途端、取り囲んでいたエルフの兵士が槍を収めていく。

その様子から恐らくその人物こそ王様なのだろう。


「我が名はロイド。此度は、我が娘を幾度となく窮地きゅうちから救って頂き、誠に感謝する」


なんとも渋い声だった。


ユイの頭を押さえて、俺も一緒に頭を下げる。

王様だから無礼のないようにしないとな。


「よもやマルベスがそんな事を企てていたとは、身近に居ながら、その策略に気付けなかった事、真にお恥ずかしい限りだ。娘にいろいろと聞いたが、ユウ殿とやら、ソナタは頭もきれ、そして何より魔術の才に秀でておるとか」


王様がべた褒めするので、若干むず痒くなってくる。


「もったいないお言葉。私1人の力ではなく、仲間がいて初めて可能だった事です」


頭を上げた俺は再び頭を下げていた。

王様は、何かお礼がしたいと俺をエルフの里へ案内してくれると言う。

断る理由もないので、その申し出を受ける事にした。元々エルフの国に興味があったので、願ったり叶ったりだ。


胸が躍る。念願のエルフの国に行けるのだ。

俺の異世界でやりたい事の一つが早くも成し遂げれられるとは。



今、俺達はエルフの里に向かう馬車に揺られていた。

勿論エレナも一緒だ。

ここから半日程度掛かるらしい。

しかし、エルフの里の場所を人族に知られてはいけないようで、馬車の中から出ることは固く禁じられていた。


まぁ、しょうがないだろう。いくら娘の命の恩人とはいえ、俺は聖人君子ではないし、人族にエルフの里の場所が知られれば、敵対している人族が攻めてくる可能性だってある。


道中、エルフの里について色々とエレナに話を聞いていた。


まず、エルフの里の名前はプラメルという。

人口は2000人程度だ。里と聞いていたので、もっと小規模だとは思っていたのだが、中々に多い。

基本的には人族の街と変わらないようだが、エルフ族は精霊を崇拝しているそうで、至る所に教会やら、銅像やらが立っているそうだ。


精霊であるセリアをからかってみる。


「セリア、エルフの里に行ったら、モテモテに慣れるそうだぞ」


その言葉に反応して、セリアがヒョコッと姿を見せて、俺の肩に座る。そして、こちらを振り向き、笑みを浮かべる。


「安心して下さい。私はご主人様のものです。ご主人様以外に興味を持つことはありませんから」


何それ怖い。というか照れるじゃないか。

まぁ、冗談でもそんなことを言われて嫌な男はいない。

隣でユイが俺に抱きつく。


「だめだよ!お兄ちゃんは私のだよ!」


反対側では俺の服の袖をエレナが引っ張る。しかも頬を赤く染めている。


おいおい、なんだこの展開は⋯。

セリアをからかったからバチが当たったのか?

暫くの間、沈黙となんとも気まずい雰囲気が辺りを立ち込めていた。


滞在期間中は、家を一軒提供してもらえるそうだ。

というのもエルフの里には、宿屋なんてものは存在しない。

基本的に他の種族が里を訪れることがないからだ。同族が訪れることはあるが、その際は知人や親族の家に泊まるらしい。


ということもあり、家を一軒提供してもらえる。もちろん滞在期間中だけだけどね。


暫くして馬車が止まった。

何やら外が賑やかだった。恐らくエルフの里に着いたのだろう。

扉が開き、陽の光が入り込んでくる。

俺は眩しさのあまり、右手で目を覆ったまま、馬車を降りた。


そして、右手を退ける。


「おぉ⋯圧巻だな⋯」


すごい光景だった。

視界の先には、まさにファンタジーと呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。


360度何処を見渡してもエルフがおり、妖精のような存在が宙を舞っていた。

端整な顔立ちに金髪碧眼のチャーミングな尖った耳!

間違いない、俺は今エルフの国に来ているんだ!


里の中央には小川が流れており、すごく清潔な印象を受ける。

俺に続いて降りてきたユイも同じ印象を受けたようだ。

俺の袖を掴み目をキラキラさせている。


何故だが、セリアが姿を見せ、俺の肩に座っている。

理由を聞いたが、「気分転換です」としか答えてくれない。


王は、別件があるそうで一足先に王宮へ戻っていった。

俺達はエレナと一緒に里を歩いている。


里の人々がエレナに声を掛けている。


「エレナ様、ご無事で何よりです」「心配しましたよ」「お帰りなさい!」


そのまま進んでいると、今度は子供達がエレナの前に集まってきた。


「エレナさま!おかえりなさい!また一緒に遊んで下さいね!」 「わーいエレナさまだ!」


中々の人気ぶりである。

普段、エルフの里に人族など訪れないと思うのだが、行き交う人も俺達の方をジロジロ見たり、驚く人もいないのは何故なのだろうか。


後で、エレナに聞いたことだが、基本的にエルフは他種族に対して差別的な偏見を持ち合わせていないという。

そして、事前に王女様を救ってくれた人族を歓迎するという告知が里中に広まっていたらしい。


マルベスのような連中が特別ってことだね。

俺は少しホッとしていた。


中には「エレナ様を救って下さってありがとうございました」と言ってくれる人もいた。

悪い気はしないのだが、正直照れくさい。


王様が直々に王宮で晩餐会を催してくれるらしいのだが、少し時間があるので、里を案内するようにエレナは言われているそうだ。

まさか、そこまでしてくれるとは思っていなかったが、好意は甘んじて受けようと思う。


さて、エルフの里観光だ!


至る所に、フェレットのようなモンスターがいる。

どうやら、精霊術で呼び出した精霊らしい。

エルフの半数は精霊術師ということだ。

意外だな。てっきりエルフは、弓職の狩人が多いと思っていたのだが、どうやら現実と想像とは違うらしい。

それは、エルフが古くから自然と共に生きてきた種族であり、精霊との信仰もあつかったエルフならではなのだが、俺は一度ここで精霊術師についておさらいしておくとする。


精霊術師が呼び出せる精霊は、セリアみたいな本物の精霊ではない。

言うなれば、精霊の子供達、下級精霊と呼ばれる存在だ。

呼び寄せる事が可能な種類は、現在確認出来ているだけで25匹いる。

精霊は術者のレベルが2上がる毎に出現し、その精霊の試練を見事突破すると精霊として召喚する事が出来る。

一番低い精霊でレベルは2。

確認出来ている限りで一番高いレベルは50だそうだ。

精霊のレベルも冒険者やモンスターのレベルと同等の扱いだ。

モンスターと直接戦うタイプの精霊もいれば、支援サポートの精霊もいる。


それと大事なことがもう一つ。


そう、ペット扱いだ。

見た目の可愛らしい精霊をペットとして常に傍に置いている人が多いそうだ。

プラーク王国でも精霊術師は見たことがあったが、精霊を連れている人は見なかった。恐らくそういう風習自体がないのだろう。

俺的には可愛いから、非常にありだとは思うけど。

是非広めて欲しいものだ。


さっきから、ユイが精霊とすれ違うたびに物欲しそうな目をしている。手を繋いでいないとどこかへ行ってしまいそうな勢いだ。

ユイも俺と一緒で可愛い物好きだしね、仕方ない。


女性に一番人気の精霊は、レベル10で召喚出来るフェレットに良く似たモルファンだ。なんとも愛くるしい。

まぁ、ユイには勝てないけどね。うん。

男性に一番人気は、レベル22の鷲のような姿形でレヤックという。一言で言うならカッコいい。


召喚されたモンスターは、術者からは一定距離までしか離れることが出来ないのだが、このレヤックは、最も術者と距離を離すことが出来る精霊で、目が術者と繋がっているため、攻撃目的ではなく、偵察や索敵目的で利用されている。


さて、俺達は今カフェのようなお店の中にいる。

エレナが、この里一番の美味しいラミルと呼ばれる食べ物があるので、是非食べて貰いたいと言うのだ。

流石にこの里一番と言うだけあり、行列だったのだが、並んでいる人々がエレナに先を譲ってくれた。

何か申し訳ない。


しかし、譲ってくれたのはエレナが王女だからというだけではない。エレナの人柄の良さがあったからだろう。

その姿は、王女と一般市民という間柄ではなく、もっとフレンドリーで、そう、友達と話している感じだった。

普通、王族というのは下々との交友はあまりない。エルフ族が特別なのか、エレナが特別なのかは分からないが、俺的には後者だと思う。

そう、だってエレナは誰に対しても優しい。身分の違いなどで人を差別するような子ではないと思っている。


そして、目の前にラミアが運ばれてきた。

見た目はカステラのようだった。

俺が食べようとしていたら、隣のユイが頬を押さえて叫んでいる。


「あまーーい!」


さて、俺も一口食べようとフォークに一欠片乗せて口に運ぼうと思った瞬間、俺の頭の上にクロがよじ登ってきた。

頭の上で魔力をチューチューしている。

このタイミングかよ!とツッコミを入れながらも仕切り直して食べようと思ったら、フォークの上のラミアが消えてしまった。


「あれ?」


俺が本気で探していると、肩に乗っていたセリアが口をモグモグしている。


「お前か⋯」


しかし、妙だ。ラミアの欠片はセリアのサイズの半分くらいの大きさのはずなのに。


バカなことを考えるのは止めよう。

俺は、残りのラミアを素早く食べた。

邪魔されまいと忙しなく食べたせいもあってか、あまり味を堪能することが出来なかった。


また今度食べに来ようと心に強く誓う。


まだ晩餐会まで少し時間があったので、もう一つ案内したい場所があるというエレナに俺は引っ張られている。


そこは、ドーム型の建物だった。大きさは縦横15mほどだ。

中に入ると、ドーナツ型に座席が広がっており、中央に巨大な水晶玉が置いてある簡素な作りだった。

一体何が始まるのだろう。

エレナに尋ねるが、「見てからのお楽しみ」ということで、教えてくれない。


5分くらい経過しただろうか、1人の女性が水晶玉の前に立っている。

ものすごい美人だ。

金髪碧眼もさる事ながら、出るところは出て、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる。

俺が見惚れていると、右隣にいるユイが冷たい視線を送ってくる。何故だか、左隣にいるエレナまでが冷たい視線を送ってくる。


ゴメンなさい。俺だって男の子なんです。


そして、場内の明かりが消え、真っ暗になる。

中央の水晶玉が眩い光を放っていた。

そしてその光が宙を舞い、ドームの天井一面へと広がっていく。


おぉ⋯


俺は思わず声を出しそうになっていた。

その瞬間、天井一面が満天の夜空を彷彿とさせるかのように星空が広がっていたのだ。

凄くキレイだった。

そう、プラネタリウムのような感じだろうか。

今思えば、こっちの世界の夜空は星が一切見えなかった。そう真っ暗なのだ。

俺としては、それでもキレイな夜空なのだが、他の人からすれば、空想の夜空なのだ。


後から聞いた話だが、あの水晶玉も魔導具の一種らしい。

空想で作ったとは思えない為、あの魔導具が作られた頃は、夜空には星々が輝いていたのだろうか?

プラネタリウムと俺は呼ぶことにした。

時間にして15分位だろうか。


外に出てたところでエレナが俺の顔を覗き込む。


「どうでした?」

「うん、実にキレイだったよ」


エレナが、え?それだけ?という表情をしているが、口には出していない。


「やっぱし男の人には分からないのかな⋯」


小声でブツブツ言っていたが、聞き耳スキルがばっちり発動していた。

確かにお客は女性が大半を占めていた気がするけど。


そろそろ時間ということなので、王宮に向かうことにした。


その道中で、地面に座り込んでいる女性がいた。


「どうかしましたか?」


エレナが不安そうに尋ねている。

エレナの顔を見た女性がビックリしている。


そりゃ、いきなり王女が現れればね。そうなる。


話を聞くにどうやら、元々足が悪くて杖を突いて歩いていたらしいのだが、段差に躓いて転んでしまったらしい。その際、もう片方の足首を捻ったらしく歩けないでいた。

外見年齢は20歳前後だろうか。実年齢は不明だ。


ユイが俺の袖をグイグイと引っ張る。


「お兄ちゃん、治してあげて」


そんなに悲しそうな顔をしなくてもちゃんと治すよ。

頷き返し、ユイの頭を撫でる。


「俺で良ければ傷を治しますよ」


彼女が、少し驚いた素振りを見せてから「お願いします」とお辞儀した。

加減が分からなかったので最大レベルで治癒ヒールを使った。

緑色の淡い光が周りを包み込む。


徐に彼女が立ち上がるので、どうやら無事に治ったようだ。良かった良かったと思っていたら、彼女が驚いている。

捻挫を治しただけでそんなに驚くことなのだろうか?

俺達が不思議がっていると彼女が歩き出す。

しかも杖を突いていない。


「歩ける⋯私歩いてるっ!」


一瞬、某有名な童話の名シーンが脳裏をよぎった。

どうやら、さっきの治癒ヒールで捻挫だけではなく、歩けない病まで治してしまっていたらしい。

エレナが、「さすがユウ様ですね」と言っている。

喜びに浸っていた彼女だったが、急に頬を赤く染めて、俺のところにやってきた。


「あ、あの、私の足を治して頂きありがとうございました」


どうやら、嬉しさのあまり、周りに王女や俺達がいることを忘れてはしゃいでしまったようだ。


彼女の名前は、ラキというらしい。

10年程前に怪我をして以降、歩けなくなってしまったのだ。

この里にも怪我の治療をしてくれる聖職者はいるのだが、怪我自体は治すことが出来ても歩けなくなってしまった原因はついに取り除くことが出来なかったようだ。


「ユウ様と言うのですね」


彼女が再び頬を赤く染めて、上目使いで俺を見てくる。


少し恐怖し、俺は一歩後ろに下がる。


「きっとあなた様は、名の知れた聖職者様なのでしょう。ぜひお礼をさせて下さい」


そう言って、俺の腕に抱き着いてくる。


ヤバい。


彼女の豊かな双丘が俺の腕を十二分に包み込んでいる。

その時、またしても冷たい視線を感じていた。

しかも2人分だ。

俺は彼女の腕からソッと離れた。


この沈黙はマズいぞ。何か言わないと⋯

俺自身あまりこういう事に慣れていないため、少し同様していた。


「俺は当然の事をしたまでですので、お礼されるほどのことではありません。お気持ちとお言葉だけで十分ですよ」


よし、大丈夫なはずだ。チラッと横目で2人を見てみた。

依然として、冷たい視線を送ってくる。


ユイさん、エレナさん、勘弁して下さい!


それでもラキさんは、食い下がってきたので、エレナが助け舟を出してくれた。


「私達は、この後の王宮の晩餐会に呼ばれています。遅れてしまいますので、すみませんがこれで失礼しますね」


ラキさんは「そういう事であればしょうがないですね」と諦めてくれた。

そのまま逃げるようにこの場を後にする。


助かった。後でエレナにお礼を言わないとね。

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