第16話: マルベスの陰謀【後編】

 御者であるガラクよりも先に南門に到着していた。

 というのも、先に荷物を積み込んでおきたかったからなのだが。

 俺にはストレージがあるので、基本荷物は無いが、説明するのが面倒なので、ある程度の食料は馬車に積み込んでおこうと思っていた。

 その為、先に準備しておく必要があった。

 ストレージから食料の入った木箱を5箱取り出し、並べていく。ちょうど取り出し終わったところで、ガラクが馬車と護衛1人を連れてこちらへとやってくる姿が見えた。


「メンバーと荷物の準備は出来てますかい? ダンナ」

「ああ、丁度準備出来たところだよ。今日からよろしく頼むよ」

「お兄ちゃん、馬車旅楽しみだね!」

「そうだな。のんびり馬車旅と言うのも楽しみだな」


 荷物を積込み、馬車へと乗り込む。

 旅立ちの時だ。


 次はいつ戻って来れるか分からないけど、クラウさんにもまた会いたいし、せっかく中心街に入れるようになったんだから、またいつか戻ってこようと決意する。


 王国を出発してから早6時間が経過していた。旅は順調で、特に問題は無かった。一つを覗いて。


 その一つと言うのが⋯


 する事がなさ過ぎて暇すぎる。


 ユイも暇なのだろう。さっきから、馬車の揺れに合わせて、あっちへゴロゴロ、こっちへゴロゴロとリズミカルに動いている。


 エレナは、いつの間にか何処かから仕入れていた本を読んでいる。

 昨日、食料調達の際に入手していたそうだ。実に準備がいい。仕方がないので、ユイと馬車の中でできる遊びにトライしてみることにした。

 ベタだが、俺はユイにあっち向いてホイを教えていた。ジャンケンというのは、こっちの世界でも認知されていたので、ユイも知っていた。

 さすがにあっち向いてホイは知らなかったけどね。

 負けた方は頭をガードする。勝った方は相手の頭にチョップするという一般的なルールだ。

 反射神経が高いほうが有利な遊びだ。


 さて、やってみようか。


 ⋯⋯⋯。


 俺はユイを舐めていた。知っている遊びだった為、有利と思っていたのだが、10戦行って、ジャンケンの勝敗は五分五分だった。

 しかし、チョップの成功率は俺は0%、ユイは100%だった。


 この子反射神経ヤバくね?

 経験やレベルなんて関係なかった。俺が言うのも何だが、チートレベルだろこれ。ユイがさっきからドヤ顔を決めてくる。


「お兄ちゃん、まだまだだね!」

「ユイ、手加減してくれてもいいんだぞ?」

「だめだよ〜」


 くそぅ⋯兄としての威厳丸潰れだ⋯。


 そんな事をしていると、範囲探索エリアサーチがモンスターの姿を捉えた。

 俺が言う前にユイも察知したようだ。


「何かが近くにいるよ!」


 それまでもモンスターの反応は何度かあったけど、馬車からは遠い位置であり、無視してもいい距離だったのだが、今回は明らかに進行方向上にいる為、戦いは避けられない。


 ガラクに姿が視認出来るところまで進んでもらい、そこで馬車を止めてもらうように指示する。

 この馬車には、こういう時のために護衛が乗っている。


 名前:バロウ・ザントス

 レベル33

 種族:人族

 職種:剣士

 スキル:ポールスマッシャーLv3、一閃Lv2、旋風乱れ突きLv1、居合Lv1、集中Lv1、身体能力向上Lv1


 ほどなくして馬車が止まる。


 名前:ブラックスパイダー

 レベル21

 種族:蜘蛛

 弱点属性:火

 スキル:毒散布Lv2、糸散布Lv1、消化液Lv2


 雑魚ではないけど、Lvは20を超えている。

 ユイなら瞬殺だけど、ここはバロウさんの実力も把握しておきたいので、バロウさんに任せる事になった。

 事前に知り得た情報をアドバイスしておく。


 バロウさんが敵と対峙する。


 なんというか終わってみると一方的な戦いだった。レベル差もあったけど、バロウさんの手並みはなかなかのものだった。これなら、十分に戦力になるだろう。


 その後も何度かモンスターと遭遇したが、俺の出番はなく、バロウさんとユイが瞬殺していた。

 そしていつの間にか夜になっていた。

 夜は街道といえど、照明などの設備はない為、馬車も路肩に止めて朝まで停車するスタイルが一般的となっている。

 馬にも休息が必要だ。


 範囲探索エリアサーチの派生機能で範囲内の50m圏内にモンスターを感知すると頭の中にアラームが鳴るように設定しておいた。

 これで、寝込みを襲われても察知することが出来る。


 朝日が眩しい⋯


 結局アラームが鳴ることなく、朝を迎えていた。

 早朝から、馬車は出発している。

 なるべく時間を短縮させたいので食事は、馬車の中で済ませた。本当は景色の良い外で、御座でも引いてみんなで食事したいところなんだけど、それはまた別の機会にとっておく。


 お昼過ぎまでぶっ通しで馬車を走らせていたので、さすがに馬達がツラそうだったこともあり、少し休憩する事となった。


 ユイやクロも外に出て、伸び伸びしている。

 近くにモンスターの気配もないので、好きにさせて大丈夫だろう。ユイが走った後をクロが追いかけている。鬼ごっこだろうか。中々のスピードだ。


 暫くして、リフレッシュしたユイとクロが戻ってきたので、出発することにした。


 エレナは相変わらず本を読んでいる。

 ユイとクロは、先ほどの追いかけっこで疲れたのか、今は寝ている。クロを抱いて寝ている姿がなんとも微笑ましいな。

 俺は特にする事もなかったので、錬金術師ギルドで貰った本を読んで勉強でもするかな。

 まずは簡単なものから作ってみるか。


 ストレージから、すり鉢、すりこ木、錬金釜、ビーカーを取り出す。

 続いて、材料である赤ハーブと白ハーブ、そして合成液を取り出した。手順はそんなに難しくなさそうだった。

 すり鉢の中に赤ハーブと白ハーブを5枚ずつ放り込む。そしてそれを、すりこ木もとい混ぜ混ぜ棒を使い、潰して混ぜ混ぜしていく。ある程度混ざった事を確認し、次の段階に入る準備をする。


 一連の作業工程をいつの間にか隣にいたエレナが見て目をキラキラさせていた。


「ユウ様は魔術だけではなく、錬金にも才があるのですね」


 才というか、成り立てのレベル1の新人なんですけどね。ちょっとだけ調子に乗ってみる。


「少しだけね」


 さて、言った手前失敗したらカッコ悪い。集中しよう集中だ。


 錬金釜に合成液を注いでいく。

 そして、先程すり潰して混ぜ混ぜしたすり鉢に入っているハーブズを錬金釜に入れて蓋をする。

 最後に呪文を唱える。

 当然暗記なんてしていないので、手引きを見ながら、唱えていく。


「⋯マール、エル、サラミーク、セン」


 意味はさっぱり分からなかったが、どうやら成功したようだ。

 錬金釜の中が紅く淡く光っている。蓋の隙間から僅かに光が漏れているのが確認できた。

 そして、俺はストレージから空のポーション管を取り出した。

 錬金釜の蓋をあけて、中の液体をビーカーですくっていく。零さないように慎重に空のポーション管に入れる。1回の製作でポーション管10本分も作れてしまった。


 どれどれ出来栄えの程は⋯


 名前:HP回復ポーション(小) 良品

 説明:ごく少量のHPを回復する事が出来る。

 特殊効果:良品補正 回復量10%UP

 相場:銅貨10枚

 希少度:★☆☆☆☆☆


 おっ、良品になってるな。

 初めてだし、大成功なんじゃないだろうか?


 そして、その瞬間目の前が点滅した。

 久し振りの感覚だった。レベルアップだろう。

 今の製薬で錬金術師のレベルがなんと4になっている。

 エレナが拍手をしていた。何だか少し気恥ずかしい。


 製薬に必要な材料を覚えるのも大変だけど、製薬で商売とかもしてみたいな。その為には仕入値や相場も抑えておかなければならないけどね。

 まぁ、時間はたっぷりあるので少しずつ覚えていく事にする。


 とりあえず満足したので、錬金セットをストレージにしまう。


 今日も平和に終わりそうだった。

 日も暮れ始めていたので、ガラクは路肩に停車できる場所を探していた。


 その時だった。

 複数の赤い点の反応が現れた。



 暫く様子を伺っていたが、動きが不自然だ。


「みんな、気を付けて。モンスターの大群が来るぞ」


 そう言えば、先ほど街道沿いに洞窟があったのを思い出した俺は、ガラクに指示をしてUターンしてもらった。

 まず、本当に俺たちを狙っているのかどうか確認する必要がある。

 そして、四方八方から狙われない為でもある。


 5分程だろうか。

 元来た道を戻り、洞窟の中に馬車を隠すちょうど良い深さだった。

 用心のため、石壁ロックウォールを洞窟の四方に使い、補強をしておいた。


 さぁ、来るなら来い。


 エレナとクロは、馬車の中に避難させている。

 ガラクさんは、万が一の為に何時でも動かせるように御者台にて待機してもらう。


 馬車の前には、俺とユイ、バロウさんが構えている。

 来るとすれば、前から以外はありえないから奇襲に対応しやすい。


 範囲探索エリアサーチを確認する。ゆっくりだが、やはり俺達を狙っているようだ。

 本来、モンスターが群れで襲ってくるなどありえない。何かに誘導される、もしくは統率者がいれば、別だが。


 もうすぐ日が暮れる。そしたら辺りは暗闇に包まれてしまう。俺には暗視があるから問題はないけど、俺1人だと何かあった時に対応出来ないかもしれない。

 どちらにしても暗くなる前にケリをつけないとヤバいな。


 モンスターが視認出来る距離まで近付いてきた。

 かなりの数だ。

 俺は喰い入るようにモンスターのレベルを確認する。


 見渡す限りでは、10〜20が大半だが、中には30を超える個体もいた。

 数は100〜200匹くらいだろうか。


 高火力魔術で殲滅してもいいんだけど、何となくこちらの実力を見せない方が良い気がする。

 というのも、このモンスターの進軍は、エレナを敵対している奴らの仕業である可能性が高い。


 それならば、きっと何処かで見ているに違いない。

 ならば尚更、こちらの手の内を見せてやる必要はない。

 多少時間が掛かるが各個撃破していくしかない。


 俺は2人に速度増強アジリティアップを付与する。

 基本2人が前衛で殲滅を担当し、俺は回復兼前衛が討ち漏らした敵の駆除を担当する。


 さぁ、殺戮の開始だ。

 前衛の2人が前に出て、敵をバッタバッタとなぎ払っていく。レベルが30を超える奴は、俺がこっそりと全力投球の投石を行う。もちろん2人にはバレていない。


 1時間程経過しただろうか。

 ヒヤリとする場面は何度かあったけど、何とか全ての敵を排除する事に成功した。


「やっと終わった⋯」


 流石のユイも疲れたのか、疲労困憊と言った顔で俺の元に駆け寄ってくる。


「よく頑張ってくれたな」


 俺は労いの意味も込めてユイの頭を撫でる。


「ユイは撫でられるの好きだよな」

「うん、お兄ちゃんに撫でられるの好き」


 俺的には、ユイの頭と一緒に柔らかな狐耳を無茶苦茶に出来るので、うれしい限りなんだけどね。


 撫で撫でされるを満喫したユイは何故だか元気を取り戻していたが、流石にバロウさんはキツそうだった。息を切らしてゼェゼェしている。

 傷はこまめに治癒ヒールをしていたけど体力までは回復しない為、休憩が必要だった。

 2人には馬車の中で休んでもらい、俺は外で1人見張役を担当する。


 モンスター自体は2人の活躍で撃退できたのだが、結局今回の襲撃の原因が分からないままだった。

 何かしらの要因があるのは分かるのだが、それが気にしているエレナ絡みなのかどうかが、結局の所分からず仕舞いだった。


範囲探索エリアサーチに何か映ればと期待していたんだけどね」


 小声で呟く。


 ひとまず今夜はこのまま動かずに朝を迎えるしかないだろうな。


 夜道の移動は危険だ。


 交代で見張りをしながら、朝を迎えた。俺はモンスター近接アラームを常時つけていたので、寝ていても大丈夫なんだけど、説明出来る訳もなく。


 夜襲はなかった。というかモンスターの1匹も反応する事はなかった。

 ここらのモンスターは昨晩ですべて狩り尽してしまったのだろうか?


「おはよう、お兄ちゃん」

「わん!」

「おはよう」


 いつものようにユイとクロの頭を撫でる。


 さて出発だ。

 まだまだ警戒を解くわけにはいかない為、俺もガラクと一緒に御者台に座る。

 しかし、その警戒も無駄に終わり、結局その日1日は何も起こらなかった。

 まぁ、平和に越したことはないのだが、少し気味が悪い。考えすぎだろうか?


 ガラクの話では、思ったよりも順調に進んでいるらしく、この調子ならば目的地のエラム高原まであと2日もあれば到着するとの事だ。

 このまま平和に行けば良いのだが。


 次の日の朝を迎えていた。


 ん? 何だ?


 何か様子がおかしい。

 俺は周りの騒がしさで目を覚ましていた。


 昨晩も今も範囲探索エリアサーチに反応は無かった。一体何が起こった?

 寝起きの頭をフル回転させる。


 あれ?

 エレナがいない?


「私が起きた時にはいなかったよ⋯」


 力が抜けたように耳をしゅんとしながらユイが答える。

 どういう事だろうか。誰かが攫っていったとでも言うのか?

 俺はモンスターだけではなく、この4人と1匹以外で反応すれば即座にアラームが鳴るように設定していたのだ。


 ガラクもバロウさんも何も見ていないそうだ。

 なんて事だ⋯


 ひとまず、範囲探索エリアサーチを頼りに俺が辺りを探すことになった。もしかしたら、戻ってくるかも知れないので、その他の者は馬車にて待機していてもらう。

 勿論セリアにも手伝って貰っている。


 しかし、どこにもいない⋯


 2人で馬車を中心に半径10kmは捜索したにも関わらずだ。手がかりを掴めぬまま馬車へと戻る。


 くそっ、やはり戻って来てないか。

 嫌な予感が脳裏を過る。


 例えば俺が持っているポータルリングのような魔導具が他にも存在していれば、離れた所からエレナを連れ去ることも可能だ。

 もしかしたら、似たような魔術もあるのかもしれない。

 俺は2人きりの時にセリアに確認したが、セリアも分からないそうだ。だが、一瞬にして移動してしまう魔術は過去には存在していたらしい。

 この魔術を失われた魔術ロストマジック扱いに指定されていて、500年以上も前に失われているようだ。

 ちなみに魔族は転移なるものが使えるらしい。


 どちらにしてもこのままではラチが明かない。クラウさんに頼るしかない。ユイ以外にはバラしたく無かったが、状況が状況なだけに止む終えない。ユイには留守番してもらい、俺1人でポータルリングを使い、クラウさんに会いに行く。


「クラウさん居ますか!」


 焦っていた。

 今こうしている間にもエレナに命の危機が迫っているかも知れないからだ。


「開いているから入ってくれ」


 ドアを開けて中へと入る。


「ただ事ではないのだろう?」


 相変わらず、察しが良くて助かる。


「馬車の中に一緒に居たはずなんですが、朝起きたらエレナがいなくなってたんです」


 クラウさんは何か考えているようだ。


「ひとまず、見てみよう」


 そう言い、クラウさんはおなじみの水晶を取り出した。

 そして水晶が映像を映し出す。


 !?


 そこには、エレナが映っていた。

 今見ているのは現在進行形らしいので、エレナはまだ無事だった。

 俺は全身の力が抜け、その場に座り込む。


「無事で良かった⋯」


 クラウさんは、私が確認しておくので休んでいるように気を使ってくれた。

 お言葉に甘えようと思ったが、映像のどこに居所のヒントが隠されていか分からないため、一緒に確認することにした。

 どうやら何処かの建物の中らしい。

 水晶は衛星からの映像でも、監視カメラの映像でもないため、自由なアングルで見ることが出来ない。

 何でもいい、何か手掛かりがあれば⋯何か⋯


 俺は喰い入るように水晶に映し出されている映像を眺める。


 何だあれは⋯


 エレナの側の地面に何か書いたような後が見える。


「ザルム⋯バーン?」


 何の事だろうか?

 隣のクラウさんが驚いている。


「どうやらエルフ嬢は、厄介な連中に捕まっているようだ」

「厄介な連中?」


 クラウさんが詳しく説明してくれた。


 ザルムバーンとは、お金さえ支払えばどんな汚い仕事でも請け負う最低最悪集団で、その中でもTOP3に入るほどの大手が、ザルムバーンと言う集団らしい。

 早い話、元の世界で言うヤクザみたいなものか。

 しかし、彼らのアジトはこの世界に無数に存在しており、エレナがいる場所を特定するのは不可能に近かった。


 他に何か手がかりになるものはないか。


 再び2人で映像を睨みつけていると水晶にある人物の影が過る。


 そこにはエレナと一緒に見覚えのある男が映っている。

 そう、マルベスだ。確かマルベスは俺たちよりもエルフの里へ1日早く先行していたはずだ。

 マルベスが映っているという事は、エルフの里に近い所にいるのだろうか。そうだとしても、絶対そうだという確約が欲しい。もし間違っていたら、今度こそ本当に手遅れになってしまうかもしれない。

 俺の範囲探索エリアサーチを使えば、圏内に入ってくれば察知することが可能だが、100m以内にいることが条件だ。

 俺は悩んでいた⋯答えを出せずにいた⋯


「どうすればいいんだ⋯」


 気が付けば、水晶が窓の外を映し出している。


「エラム高原だっ!」


 突如クラウさんが叫んだ。

 ふさぎ込んでいた俺は顔を上げる。


 そこに映っていたのは、エラム高原のしかも限定的にしか咲かないフランの花が咲いていた。

 フランの花は、ダンジョンに咲いていたモンスターを引き寄せない、サーキュレイトフラワーと同じ効果を持っているらしい。性能はずっと劣るらしいけど。


 クラウさん曰く、この花が咲くのはエラム高原の西寄りの地域にしか咲かないということだ。


 奥から世界地図を持って来てくれた。


「今の君たちが居る辺りが恐らく⋯このへんだ。そして、このままいくとエラム高原の南側に出ることになる。それまでは、ずっと荒野のような街道を進むことになるから、エラム高原は緑豊かな場所だ。到着するとすぐに分かるだろう」


 そして、エラム高原に入ると、西を目指すように教えてくれた。

 俺は、ユイの元へ戻り、全速力で目的地であるエラム高原へと向かった。

 クラウさんには、礼を言いすぐにこっちへ戻って来た。

 ポータルは1日2回だから、今日の分はもう使い切ってしまった。


 自体は一刻を争う。俺はこまめに馬達に治癒ヒール状態回復リフレッシュを使った。


 それが幸いしたのか、俺の気持ちを汲んでか、朝から走っているのに馬達が一向に音を上げる素振りがない。

 現在時刻は夜になっていた。俺は魔導書専門店で購入して会得した光源フラッシュを使っていたおかげで夜なのだが、かなりの広範囲を眩い光が照らし出している。

 夜間ぶっ通しで走り続けていた。


 どこまで差を縮めれたのだろうか。

 エラム高原まで残り2日だった距離が、あと僅かのところまで来ていた。


 今馬車は停車している。

 さすがに休憩を挟んでいた。みんなも寝ていないのだ。


 しかし、俺は呑気に寝ている事なんて出来なかった。

 どうやってエレナを救出するか作戦を考える。


 恐らく、ヤクザの連中を相手にする事になるだろう。どの程度のレベルや人数なのかも定かではない。それに一瞬にしてエレナを攫った魔導具か魔術か不明たが、それにも注意しないといけない。

 こうしている今にも、いきなり背後からグサリなんてことになるかもしれないからだ。


 3時間ほど休憩し、再び馬車は走り出していた。

 クラウさんの言った通り、今は荒野のようなところを走っている。

 そのまま暫く進むと、道が緑豊かな高原に変わっていた。


「ダンナ、目的地のエラム高原に入りやしたぜ」


 西に向かって欲しいとガラクに頼む。

 そして1時間程進んでいると、駐屯地のような物が視界に入ってきた。

 そこから先ら馬車で行くと危険なので、俺が1人で偵察に行くことになった。


 すると、範囲探索エリアサーチの端にマルベスとエレナの反応を発見した。


 よしっ!


 俺は小さくガッツポーズする。

 ここで間違いないようだ。


 俺は馬車へ引き返した。

 元々ガラクには、エラム高原までと言っていたので、ガラク達とはここで別れる事となった。

 食料はだいぶ余っていたけど危険な目に合わせてしまった駄賃として全てプレゼントした。

 まだ、ストレージに大量に入っているから問題はない。


 どうやらこの場所は村や町ではなく、駐屯地のようだった。範囲はだいたい50m。

 周りの反応は20人前後だろうか。


 果たして、このまま何の作戦もなしで、突っ込んでいって大丈夫だろうか?

 こっちにはユイとクロもいる。

 ユイは戦力になるが、クロは申し訳ないが、足手まといだった。いや、足手まといのハズだった。


「ワタシ⋯モ⋯タタカ⋯ウ⋯」


 ?


 ユイにしては片言で幼い声だった。

 ユイも俺の顔を見ている。

 ん、誰の声だ?


「ワタシモタタカウ」


 再び聞こえた声のする方に視線を送ると、そこにいたのはクロだった。


 そう、喋っていたのはクロだったのだ。

 成長して喋れるようになったのだろうか?


 名前:クロ

 レベル:30

 種族:魔族

 スキル:怪音波Lv1


 レベルが高い!


 出会った頃は1だったのにいつの間にか今は30になっている。確かにレベルだけで見るならば、冒険者でいうところの上級者クラスだ。

 どのみち、こんなところにおいていく訳にもいかなかった。


「分かった。だけど、無理はしないでくれ。危険になったら、物陰に隠れているんだ。いいな?」


 クロはコクリと頷く。


 偵察に向かっていたセリアが戻ってきた。現状エレナは無事なようだが、様子がおかしかったと言う。

 マルベスも先程ここへ到着したようで「また会えるとは思っていませんでした」と言った会話をしていたらしい。


 ヤクザ連中のレベルは20~42だった。

 中々に高い。モンスターならば最大レベルの魔術をズドンと一発落とすだけで終わるのだが、相手は人だ。

 それにエレナもいる。


 ヤクザ連中は、全員再起不能にし、マルベスだけは拘束する。現在半数はテントの中に入っている。

 俺の投石の射程距離は約50mだ。


 今回の作戦はこうだ。

 まずは射程距離ギリギリから狙い撃ちし、その後、無人のテントを雷撃ライトニングボルトで丸焦げにする。

 そこに驚いて出てきたヤクザ連中を遠距離投石で倒していく作戦だ。

 なるべく近接戦闘は避ける方向でいく。

 ユイは少し不満そうだったが、大事なユイやクロが怪我をしても困る。

 セリアには、姿を隠したままエレナの傍についてもらっている。

 しかし、マルベスに察知される危険があるので、姿は見せないように言っている。


 今、俺たちはホフク前進でゆっくりと進んでいる。


 そして、狙い撃ちできる距離になった。

 起き上がり、以前購入した魔術書で会得したズームフォルムを駆使しつつ正確にヤクザ連中の腹部に小石を次々と命中させていく。

 そして、あっという間に10人全員を倒すことに成功した。

 俺は間髪いれずに雷撃ライトニングボルトを放つ。

 凄まじい轟音と共にテントが火ダルマになっている。何人かがテントから出てきたので、全員戦闘不能にする。


 残りの人数は⋯3人か。その中には当然マルベスも含まれている。気がかりなのは、ヤクザ連中と思われる中で一番レベルの高い42の人物もまだ残っている。

 しかし、行くしかない。


「ユイ、クロ、行くぞ!」


 俺達は走り出した。


 すると、テントの中から3人とエレナが出てきたのが見えた。

 こちらを見ている。

 マルベスが驚くことなく、不敵な笑みを浮かべていた。解せない。

 襲撃がバレていたのか?

 嫌な予感がする。


「まさかこんなところまで追いかけてくるとは、貴殿らは一体何者なんだい?」


 こちらの登場に驚いていないのが腑に落ちない。

 それに素直に答えてやるつもりもない。


「観念するんだな。エレナを返してもらうぞ!」


 突如マルベスが笑いだした。


「何がおかしい!」


 俺は隣にいるエレナがなぜ何も喋らないのか不安だった。

 するとマルベスが俺の気を知ってか、唐突に語り出す。


「エレナ様は、ご自分の意思で今ここにおられるのだ。返せとは些か滑稽だな」


 !?


 マルベスの言っている意味が分からない。

 するとエレナが口を開く。


「ユウ様、お帰り下さい」


 再びマルベスが笑っている。

 まさか、エレナの口からそんな言葉が発せられるとは思っていなかった為、面食らってしまった。


 俺の脳裏にある憶測が思い浮かぶ。


「精神操作か⋯」


 エレナを鑑定アナライズで確認する。

 そこには、確かに洗脳の文字が書かれていた。

 恐らく、さっきからエレナの隣にいるあの緑ローブの男だろう。


 マルベスが答える。


「ご名答。しかし、どうするのだ? 我々を倒してもこの精神操作を解く術はないぞ。それこそ大神官レベルが使える治癒ヒールでもない限りはな!」


 ん? 治癒ヒールだと?


 大神官レベルというのがどのレベルか分からないが、俺の治癒ヒールレベルはMAXだ。

 なんだ、治癒ヒールで治るのか。驚いて損したな。

 しかし、相手に悟られてはならない。

 俺は強張った表情を崩さないようにする。


「エレナをどうするつもりだ!」


 すぐに殺すつもりなら、とっくにそうしているだろう。


「お前達が一度ならず二度までも私の邪魔をしてくれたおかげで、計画が大幅に狂ってしまったのだよ。従って、方法を変えることにした」


 マルベスは得意げにベラベラと計画を話してくる。


「この精神操作を使い、人族に酷い目に遭わされた事を自供させるのだ」


 なるほど、そういう事か、今度はエルフの里で一芝居打つってことか。皆まで言わなくても奴の考えている下衆な作戦が分かった。

 しかし、なぜマルベスは敵である俺に作戦を打ち明けたのだろうか。


 その時だった。俺は考えに耽っていて、決定的な油断をしていた。

 いきなり背後に緑ローブの男が現れ、ナイフで俺の胸を一突きしたのだ。


 俺は避けることが出来なかった。

 というより、避けなかった。


 実は、これは作戦通りだったりする。


 コイツらが転移系の技を使ってくることは容易に想像できた。使うとすれば、もっとも厄介な相手に使ってくるだろう事も読めていた。


 事前にクロとユイにも説明していた。

 もし仮に俺に何が起ころうとも、取り乱して行動しないこと。俺は刺されたくらいじゃ死なないからと。

 逆に相手を油断させて、その隙を叩くことになっていた。


 ナイフが刺さったはずなのだが、まったく痛くない。恐らくレベル差からくるものだろうが、少し拍子抜けだった。


 一応、俺はやられたフリをしないといけない。

 緑ローブの男は俺を一突きした後、すぐにまた元の位置に戻っている。

 どうやら、相手には手応えがあったらしい。

 僅かだが、口元が緩んでいる。


「な、なにが起こった⋯」


 一応、わざとらしく演技しないとな。

 幸いにも血が出ていたので、これを利用しない手はない。

 マルベスが笑っている。


「油断したな! 彼はな、1日に2回だけ転移が使える魔導具を持っているのだ!」


 なるほどな。それにしても、マルベスは俺の欲しい情報を次から次へと提供してくれるいい人だな。

 そうかそうか。1日2回しか使えないのか。

 魔術ではなく、魔導具で助かった。

 恐らく、あの指輪がそうだろう。


 ユイとクロは俺の合図を待っている。

 ユイはマルベスを、クロは、残っているヤクザの1人を、俺は緑ローブを狙う算段だった。


 俺は気が付かれないようにストレージから小石を取り出す。

 そして、一瞬のうちに、緑ローブの男を倒した。

 それを合図にユイとクロも突進していた。

 ユイはもちろんだが、クロも速いし、強い。

 体当たりだけで、ヤクザの1人を倒してしまった。

 ユイはマルべスの喉元に短剣を突き出している。

 これには流石にマルベスも驚いているようだ。

 それは、2人の強さというよりは、俺がピンピンして歩いているからであろう。


「な、なぜ貴様が動けるのだっ! なぜ死んでいない!」


 さて、仕返しの時間だな。

 俺はマルベスに向けてお返しとばかりに不適な笑みを向けた。


「あのナイフには、かすっただけでも致命傷になるように猛毒が塗られていたはずだ」


 え? 何それ怖い。


 俺は即座に傷口に治癒ヒールをしていたので、まったく気が付かなかった。


「まぁ、それは企業秘密って事で」


 マルベスは、何を言っているか分からないという顔をしている。マルベスは俺に散々有用情報を提供してくれたが、俺は情報を一切与えるつもりはない。


 エレナの元へ向かう。

 やはり術者を倒しても精神操作が治ることはなさそうだ。

 エレナは魂が抜けたような目をしていた。

 マルベスが苦し紛れに発言する。


「無駄だ⋯精神操作は絶対に解けない! それに、直にここへエルフ族の軍勢が押し寄せる! そうすれば、貴様など簡単に⋯」

「黙れ!」


 威圧を込めた目で睨みをきかせる。


 マルベスが驚き、口を紡ぐ。

 それにはユイとクロも驚いていた。


 俺は怒っていた。

 マルベスにというより、俺自身に。

 エレナのことは、恐らく治癒ヒールで直せるとは思うが、今のエレナの姿を見ていると、俺自身の不甲斐なさを感じてしまう。

 絶対に守り抜くと誓ったのに。

 俺はエレナに誤る。何度も何度も。

 そしていつの間にかエレナを抱きしめていた。

 俺はその状態で治癒ヒールを唱える。


「え⋯あれ⋯私? ⋯って、ユウ様!?」


 彼女を助けるのは何度目だろうか⋯

 それも俺がちゃんと守っていなかったからに過ぎないのだけど。今回ばかりは、さすがにもうダメかと思った。エレナの顔が赤くなっていく。

 どうやらこの状況が読めないようだった。無理もない、エレナには洗脳されてからの記憶が全くないようだ。

 何かを言いたそうだが、口ごもっている。


 マルベスが絶句していた。


「な、なぜだ⋯なぜ精神操作が解けているのだ⋯ありえない⋯一体貴様は何者なんだ!」


 マルベスなんて無視だ無視。


 俺は抱きしめていた手を優しく放す。

 そして、エレナを顔を見る。

 彼女は頬を赤らめていて俺の目を直視出来ないでいた。


「エレナ、どこまで覚えている?」


 確認しておく必要があった。


 少しの間があり、エレナが口を開く。


「た、確かいつものように馬車の中で寝ていたはずなのですけど⋯あ、思い出しました! 何者かに連れてこられたの。そして、監禁されていたのだけど、緑のローブの男に何かを言われてからの記憶がない⋯わ⋯」


 俺に居場所を教えようと何か手掛かりがないか、地面に文字を掘ってみたりしていたらしい。

 確かにそれのおかげで居場所を見つけるきっかけになった。


 俺はエレナの頭を撫でる。


 そして立ち上がり、マルベスの元へと向かう。

 依然としてユイに喉元に短剣を突き出されている状態である。

 俺はストレージからロープを取り出し、彼を縛り上げた。

 途中騒ぎ立て暴れていたので今は静かにしてもらっている。

 そしてその他の気絶しているヤクザ連中も縄で縛っておく。

 その際、緑ローブの男から転移の指輪を抜き取っておく事を忘れない。


 そして俺が知っていることをエレナに話しておく。

 全てを知ったエレナは、何度も何度もお礼を言ってくる。

 さすがに今回で3度目の救出劇だったのだが、人族の首謀者もエルフ族の首謀者もこれで捉えたことになるので、さすがにこれでもう終わりだろう。


 遠くの方で、多数の馬の足音が聞こえてきた。

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