第11話:ダンジョン探索【魔族との遭遇】

 一日を費やし、王都へ戻って来た。


 討伐メンバーとは到着するなり解散となった。広い王都とはいえ、また何処かで会えるだろう。


 そしてもう一人の仲間と合流していた。


 精霊のセリアだ。


 合同任務を受ける際に、セリアはお暇の許可を俺に求めてきた。なぜ許可が必要なのか聞いてみたが、精霊にとって宿主は崇高な存在で、何をするにも宿主の許可が必要なのだそうだ。

 ご主人様みたいなものなのだろうか? とはいえご苦労な事だ。


 まずギルドへ向かい、氷の魔女依頼の報告と報酬を貰いにいく。


 報酬額がかなり多い。依頼を受ける際は、報酬の事よりも魔女の正体が気になっていたので、報酬の事は正直頭になかった。

 銀貨にしておよそ百枚だ。金貨一枚分に相当する。

 報酬を受け取り、ギルドを後にした。


 そろそろここを出て別の場所に拠点を移そうと考えていた。

 しかし、その前に最後に行っておきたい場所がある。


 そこは、街の南側に位置する場所で、大きな横穴が掘られている場所。

 そう、ダンジョンの入口だ。

 この世界にはどういう訳か、大きな街や都市にはダンジョンが存在しているらしい。一説によれば、ダンジョンがある所に後から国を建造したそうなのだが、このダンジョン自体、遥か昔からその場所に存在していた。


 ダンジョンには、各階層毎にモンスターが生息しており、下の階層に降りて行くほどにモンスターのレベルが上がっていく。

 冒険者がダンジョンに潜る理由は大きく分けて二つある。

 まず一つは、魔導具による一攫千金狙いだ。

 この世界に存在する魔導具のほとんどが、実はダンジョン産出品だったりする。魔導具は多数存在が確認されており、全く価値のない魔導具も存在すれば、とんでもない価値の魔導具も存在する。


 故に冒険者はダンジョンへ潜るのだ。


 もう一つはレベル上げだ。

 ダンジョンは各階層毎にレベル管理されたモンスターがいるのでレベル上げがやりやすい利点がある。

 これも一説には、ダンジョンとは神が与えたもうた冒険者育成場だと言われていた。

 本当かどうかは定かではない。それこそ『神のみぞ知る』だろう。


 じゃ、俺がダンジョンに潜る意味は?


 どちらでもないな。


 強いて言うならば、興味本位というやつだろうか。

 ダンジョンなんていう言葉だけで厨二心をくすぐられる。だが何度も言うが、俺は厨二病ではない。


 というのは置いておいて、本当の目的はユイのレベル上げだ。


 ユイは強い。だが、今回のシルの件やドラゴンの件もある。ユイのレベルをもっと上げておきたい。

 ダンジョンは低階層に潜れば、効率よく高レベルのモンスターを狩ることが出来る。俺がいるから、余程のことがない限りは大丈夫だろうが、モンスター以外にもう一つ注意する点があった。


 目立ち過ぎない事だ。


 周りからコイツ強すぎ。と思われたら駄目だ。先生も言っていたが、昔からこの世の中、圧倒的な力を持つ者は、政治に利用されるか、暗殺されるか勇者になるかのどれかしかない。


 俺の場合は、剣が扱えない魔術だけの存在だから勇者にはなれないだろうな。なるつもりもないけど。

 どちらにしても良いことはない。

 従って、目立たないようにする必要があった。


 今日一日はダンジョン探索の準備にあて、探索は明日からやるつもりだ。

 俺はこの事をユイとセリアに話した。

 ユイは『ダンジョンわーい!』と呑気にはしゃいでいた。

 セリアは『分かりました』と一言だけ。


 ダンジョンには五階層毎に安全層という階層があり、安全層にはモンスターが生息していない。

 小休止目的で活用されたり、そこに寝泊まりする者さえいる。

 かく云う俺もそのつもりだった。俺の場合はストレージがあるから、食料や荷物は持ち運ぶ必要がなく、且つ無制限に持っていく事ができる。


 市場で食料や日用品を購入しては、ストレージにしまっていく。

 ユイは遠足にでも行く気分なのだろか。終始ルンルンだ。

 おやつはいくらまで? これはおやつに入る? と聞いてきそうな雰囲気だった。ちなみに精霊は飲食を必要としないらしい。それはセリアも例外ではない。


 ある程度の準備を終えた所で、日も暮れてきたので宿屋へ戻る。


 夜中ベッドで寝ていて何度かユイに起こされた。起こされたと言っても本人に自覚はない。


 ユイは超がつくほど寝相が悪かった。


 なぜ俺はユイと一緒に寝ているのかと言うと、ユイが譲らなかったからだ。同じ部屋はまだいいとして、せめてベッドは別々を考えていた。

 しかし、ユイは『兄妹は同じベッドで寝るの!』の一点張りで、結局俺の方が折れる羽目になった。


 次の日。少し寝不足だったが、ユイに悪気はない。


 外は晴れており、絶好のダンジョン日和だなんて考えながら朝食をとる。


「さて、腹も膨れたし、行こうか」

「うん! 楽しみ!」


 宿屋をチェックアウトする。何日も戻ってこれないだろうしね。ホリーさんに挨拶だけしておく。

 ココナの姿が見えなかったので、お世話になったと伝えてもらう事にした。


 そんなこんなでやって来ましたダンジョン入り口。

 宿からここまで時間にして一時間程度の距離だった。


 入り口の穴は直径三メートル程だろうか。槍を構えた門番がいる。

 どうやら中に入るには簡単な申請が必要なようだ。


 滞在時間も申告が必要なようで、この期間を過ぎると救援チームが派遣されるらしい。

 俺は数日篭る気でいたので、とりあえず一週間と答えた。


 門番は何故だか凄く驚いていた。

 日数にではなく、日数の割に荷物が少ない為だ。一応偽装工作として、カバンをそれぞれが肩に掛けてはいるが、それでも圧倒的に持ち物が少ないのだろう。

 そんな門番の疑問など知る由もなく、俺達はダンジョンの中へと入っていった。


 第一階層は、最弱クラスのモンスターがいるらしいのだが、果たしてどんなのが出てくるのか。最弱といえば、どうしてもスライムを安易に想像してしまう。


 隣にいるユイは相変わらず楽しそうだった。手を繋いでピクニック気分なのだろうか。


 ユイめ、楽しいのも今のうちだぞ。

 俺はここへ来た目的をまだユイに伝えていない。

 そう、鬼のようなスパルタがユイを待っているのだ。


 さて、目の前にモンスターがいるな。いや、ネズミがいる。

 ん? とうやらコイツはモンスターの類のようだ。

 レベルは一か。逆に小さすぎて攻撃が当てにくいんじゃないだろうか。

 と思ったが、ユイはなんの躊躇もなく、次々へと現れる小さなネズミを狩っていく。


 その後、ニ階層に続く階層にたどり着くまでに五十匹近くは倒していた。

 言うまでもないが、全てユイによる一撃必殺だ。


 気が付くと俺達は五階層の安全層まで降りていた。やはり下層へ降りるごとにモンスターのレベルが上がっていく。

 第四階層は大凡レベル七程度だった。

 それでも、まだまだ俺達の相手にもならない。


 ここまでで特に変わった事はなく、道中何チームかの冒険者とすれ違う程度だった。


 ダンジョンに入った時から気になることがあった。

 それは、洞窟と言うのは光源がなければ本来真っ暗なはずなのだが、中は以外と明るい。外にいる時と何ら変わらない。まるで天井に照明でもあるかのようだった。


 ダンジョンに潜り、早三時間程が経過しただろうか、いつの間にか十二階層まで降りていた。

 十一階層以降は洞窟は格段に広くなった。フィールドと言っても過言ではない。天井なんて遥か先で霞んでいる。

 どんな構造になっているのか非常に気になったが、調べる術もないので諦める。


 この階層のモンスターのレベルは二十前後。

 攻撃は全てユイに任せて、危険な時は俺が手助けする。ユイのレベルよりモンスター共のレベルは上なのだが、五匹に囲まれてもユイは余裕そうだった。


 そのまま危なげなく十五階層まで降りて来た。


「少し休憩しようか」


 ここまで四時間弱ブッ通しで進んで来た為、さすがのユイも疲れているようだ。

 洞窟というだけあり、若干肌寒い。

 ストレージから、暖かいスープとスモールベアの串焼きを取り出した。

 もちろん焼き立てだ。


 安全層には、本当にモンスターが沸かないらしく、テントを張り、野営している冒険者がチラホラ見える。どのパーティーも最低五人以上いて、こちらが二人しかいない事を不思議な眼差しで見ていた。目立ちたくなかったが、充分目立っているようだ。


 休憩を終え、十六階層へと降りていく。

 モンスターのレベルがついに三十を超え出していた。数体までならユイでも倒せるが、四体以上同時に来られるとさすがにキツそうだったので安全を見て二体以上は、俺が受け持つ事にした。


 簡単な仕事だ。

 雷撃ライトニングボルトで溢れた敵を一掃していくだけだ。


 ふと思い付いた事がある。

 同じ階層にいるモンスターの弱点属性は同じなのだ。上の階層もモンスターは何種類といたが、全て同じ属性だった。

 この階層のモンスターの弱点属性は水だ。という事は、魔術付与エンチャントが有効という事だ。

 得意属性の場合の攻撃力は二倍になる恩恵がある。


 早速ユイに使ってみよう。それと、速度増強アジリティアップがあるのを思い出したため、同時に使用した。


「お兄ちゃん! 何かね、体が軽い! 強くなった気がするよ!」


 ユイが騒いでいる。


 いくらなんでもそんな簡単に強くなれるはずが⋯なれるはずが⋯⋯なれているな。

 ただでさえ素早かったユイが、一層速さを増している。魔術付与エンチャントによる攻撃力アップも加わってバッタバッタと敵をなぎ倒していた。


「これは、もうこの階層には俺の出番はないな」


 名前:ユイ・ハートロック

 レベル:28

 種族:獣人族(狐人≪ルナール≫)

 職種:盗賊

 スキル:盗作スティールLv2、殴打スマッシュLv2、反撃打カウンタークロスLv1、連撃斬Lv3


 レベル上がりすぎ⋯それに新しいスキルを覚えている。

 たしかこのダンジョンに潜る前に確認した時は、レベル二十だったはずだ。

 半日足らずでこの成長速度とは⋯。


 実際、道中のパーティーを見ていても多人数で一匹を狩るのに時間を掛けていたし、こんなにサクッと、しかも一人で倒せるはずがないんだよね。


「そりゃ、レベル上がるの早いわ」


 ユイが『どうかしたの?』という顔をしていた。

 振り向いたユイは、モンスターを倒した時に浴びた血飛沫にまみれていた。


 すぐに洗浄クリーンウォッシュを使う。


「いろいろとスキルを覚えているみたいだけど、使わないのか?」


 戦闘でまったくスキルを使っていなかったので、疑問に思っただけなのだが、何か理由でもあるのだろうか?


 ユイは少し考えた後に返事をする。


「そーいえば、そんなのあったっけね! 私スキルなんて生まれてから一度も使ったことなかったから、存在自体忘れてた!」


 あ、そーですか。なるほど。なるほど。


 その後の戦闘では、ユイはスキルを使い、その威力に他ならぬ自分が驚いていた。

 時々俺も戦闘に参加する。

 参加すると言っても、魔術で一撃という簡単で簡単な作業なんだけども。


 さて、あれから更に下層へと降りてきた。

 次第にすれ違う人も減り、この二階層くらいは誰とも会っていない。


 俺達はついに二十階層まで降りていた。


「今日はここで寝泊まりしようか」

「はーい!」


 ユイが元気よく返事を返す。


 こういう仕草は、本当に妹って感じなんだけど、戦闘中はまったく雰囲気が違う。獲物を仕留める獣のような雰囲気になるのだ。


 ストレージからテントを取り出す。テントはわざわざ張らずとも、張ったままの状態でストレージに入れていたので、出したらそのまま使える。実に便利だ。

 続けて食事を取り出し、ユイと食べながら考えていた。

 このペースで降りて行っても、モンスターのレベルも上がり、ユイでは勝てない相手も出てくる。

 この二十階層を拠点として、ユイのレベルを少しずつ上げていくことにするか。

 レベルの上がりは良いようだから、最低でも四十にはしたいな。そしたら二十五階層を目指そう。


 そんな事を考えていると、隣のユイがコックリコックリしていた。

 さすがに丸一日戦闘しっぱなしだったのだから、疲れていても無理はない。


「もう寝るぞ」

「⋯むにゃぁ」


 ユイは声にならない返事を返す。


 戦闘はほとんどユイがこなしていたため、正直俺自身は疲れていなかったのだが、自然と横になると眠ってしまった。



「⋯私⋯願い⋯け⋯。私の⋯界を⋯⋯守⋯。願⋯」


 何かが俺に囁きかける。


 ハッと起きたとき、すでに朝になっていた。


 なぜ俺にはこの陽の光の届かないダンジョンの中で時間が分かるのか。

 それは、ダンジョンに潜る前に、魔導具屋で一つの魔導具を購入していた。


 それは、クロックウォーカーという名前の置物だ。


 置物には一本の針のようなものが付いている。

 この針が一時間に一回ずつ動いていくのだ。

 そう、つまり時計だ。


 俺はその置物に数字を書いていた。

 今の時間が正確とまではいかないが、だいたいの精度で把握できる代物だった。

 これで、鐘の音が聞こえない場所でも大凡の時間を把握する事が出来る。


 当面の間は二十一階層で狩りを行う事にしよう。

 さっき確認した感じ、ここのモンスターの弱点属性は水だな。


 俺はユイに水の魔術付与エンチャントを施す。

 手助けする必要はないのだが、いくつか魔術の試し打ちをしていた。俺自身多数の魔術を会得しているが、使った事のないものが大半だった。

 一つ一つ魔術の特製を確かめながら撃ち放っていく。練習しておかないと、いざって時に使えないしね。


 今試しているのは、無属性魔術の重力グラビティだ。

 対象エリアに重力場を発生させる事ができる。

 試して見た所、レベル三十六のモンスターが簡単にグシャリと潰れてしまった。

 かなり強い魔術のようだから使い所に注意する必要がありそうだな。


 範囲探索エリアサーチに白い反応が一つ現れた。この階層で初めて出会う冒険者だ。


 その動きを暫く観察していたが、何やら動きがおかしいな。


 右に左に、まるで何かから逃げているようだった。

 気になるので、ユイと一緒に反応が指し示す場所へと向かう。


 道中のモンスターを瞬殺し、現場へ急行する。


「居たぞ! あそこだ!」


 やはりモンスターに囲まれている。しかも今にも殺されそうになっている。


 ユイに指示し、全速力で取り囲んでいるモンスターを一匹残らず駆逐していく。

 囲まれていたのは狩人の青年のようだ。


 酷くダメージを負っていたので、治癒ヒールで傷を癒す。


「あ、ありがとうございます、助かりました⋯」


 青年は酷く動揺していた。まだ身体も震えている。

 無理もない。先程まで命の危機に瀕していたのだ。


「な、仲間たちが、この奥に取り囲まれてるんです。助けて下さい⋯」


 どうやら他に仲間がいるようだ。普通に考えたら当たり前か。俺達でさえ二人で来ているのにソロでこんな階層まで来る訳がない。

 範囲探索エリアサーチに反応が無いので、まだかなり奥なのだろう。


「ユイ、敵の数が多いかもしれない。油断するなよ」


 ユイはおでこに手を当ててラジャーのポーズを取る。


 青年と一緒に彼の仲間の元へと向かう。


 道中のモンスターをユイと一緒に排除しながら、先へ進むと、範囲探索エリアサーチに反応が現れた。


 数は⋯⋯六人だな。

 さり気無く青年に人数を聞いてみる。


「私を入れて七人です」


 良かった。取り敢えずは全員無事なようだ。今のところはだけど。


 目の前の敵を倒し、奥へと進む。

 青年も後ろから援護してくれていた。

 よく見ると、この青年なかなかにレベルが高い。

 まぁ、この二十一階層に来ると言うだけあって、それなりにレベルは高いのだろう。


 そして俺達は青年のパーティーの所まで辿り着いた。

 モンスターに囲まれて、苦戦しながらもなんとか攻撃に耐えている感じだ。

 そこにユイが疾風のごとく凄まじいスピードでモンスターを次から次へとなぎ倒していく。

 俺の出番はなさそうなので、六人を順々に治癒ヒールをかけていく。


 ユイが敵を全滅させ、俺の所に戻ってくる。

 頭を撫でて欲しいポーズをとっていたので、いつも以上に撫でモフを堪能した。


「よくやった、えらいぞ」


 青年がパーティーメンバーの元へ駆け寄り、抱き合って互いがまた生きて出会えた事を喜び合っていた。


 全員無事で何よりだ。


 全員上級者レベルでそれなりにこの階層で狩をしていたのだが、突如モンスターが大量に襲ってきたのだそうだ。


 モンスター達は、どこか統率が取れている感じで、緩急や連携を取りながら襲ってきた。

 また、奥の方に黒い球体のような物体を目撃したらしい。


 この異常な事態に、撤退する事にしたのだが、あまりに数が多く、青年が一人助けを求めて駆け出したのだと言う。そこに偶然にも俺達が登場したってわけだ。

 皆、感謝していた。と言っても、いつまでもこんな危ないところでトーク出来ないわけで、俺達はここに残り、青年のパーティーは一度地上に戻る事になった。ここでお別れだ。


「是非今度酒を奢らせてくれよな」


 お互い是非にと約束し、別れた。


 さて、どうしたものか。

 さっきの話に出てきた黒い球体というのが非常に気になるんだよな。危険かもしれないが、このレベル帯なら、大量沸きしてもまだ何とかなるだろう。

 しかし、油断は禁物だ。今まで以上に警戒しながら進む事にした。


 範囲探索エリアサーチに大量のモンスター反応が見える。

 数えるのも億劫になる程だった。

 恐らく百体以上はいるだろう。


 ユイを後ろに下がらせる。


「お兄ちゃん?」

「俺がまとめて相手する」


 ユイは何故だか目をキラキラと輝かせながら食い入るように俺の動きを眺めていた。

いや、見るのはこっちじゃなくて、モンスターの方をね。恥ずかしいから⋯


 杖に魔力を込め、雷嵐サンダーストームを最大レベルでチャージしておく。


 その状態のまま、大群の方へと足を運ぶ。

 次第にモンスターが視界に入ってきた。


 恐ろしい数だな。


 モンスターもこちらに気が付いたのか、一斉に俺達目がけて襲い掛かってくる。


 確かに動きが妙だ。


 モンスター同士が一斉に同じタイミングで襲い掛かってくるなんて、今までなかった。

 まぁ、その方が手間が掛からないから有難い。


 俺は杖をモンスターの大群の方へ向ける。


 《雷嵐サンダーストーム


 どういった原理かは不明だが、何もない上空から雷の嵐がモンスターの大群目がけて降り注がれる。


 すり抜けてこちらへ向かってくる奴は、単発で風刃ウィンドカッターで沈めていく。


 その間ユイは後ろでずっと目をキラキラさせている。


「お兄ちゃんヤバつよ」


 そういえば、ユイの前で本気で戦ったことはなかったな。


 そのまま数分もしない内に範囲探索エリアサーチに反応する赤い点が一つを残して全て消えていた。

 これだけの雷嵐サンダーストームを喰らって無事な奴がこの階層にいるのか。


 先程の青年たちの言葉が脳裏を過る。


 黒い球体か⋯。


 唯一残っている赤い点が、その黒い球体だったのだ。


 名前:????

 レベル:55

 種族:魔族

 弱点属性:聖

 スキル:????


「おいおい、魔族ってなんだよ」


 俺の言葉にユイが反応する。


「マゾク?」

「ああ、種族が魔族になってるな。ユイは知らないか?」

「うん、分からない。普通のモンスターと違うの?」


 と言っても俺も詳しい事は知らないんだけどね。

 前に先生に聞いたことがあったが、たしか魔族は何十年も前から、なりを潜めているって聞いたことがあった。まさかこんなにすぐに会えるとは思っていなかった。というか、出来れば会いたくなかった。


 HPバーを見ると半分くらい削れていた。

 取り敢えず、相手のレベルとHPの減り具合を考えても、なんとか勝てそうな相手だが⋯。


 と、その時だった。

 パリパリっと突如黒い球体にヒビが入る。まるで卵の殻が割れるように。


 嫌な予感しかしない。中から魔族の王、魔王が現れました。なんてごめんだ。

 俺達と黒い球体との距離は約三十メートル。

 もしヤバいのが出てきたら、全速力で走って逃げるしかないな。

 石壁ロックウォールで妨害しながら進めばなんとかなるだろう⋯


 俺達が警戒していると、黒い球体の中から何かが出てきた。

 黒い犬のようだ。


 名前:ヘル・ハウンド

 レベル:55

 種族:魔族

 弱点属性:聖

 スキル:遠吠え、呪怨カースLv1、転移、ブラックホールLv1、黒焔弾ダークボールLv2


 先程は????だった名前や情報が見えるようになっていた。って、HPは全回復かよ!

 チート反対! とか思いながら、撤退するか考えていた。というのも、転移って何だよ。

 もし、俺の想像通りの技だったら⋯

 と思っていたら、黒犬が消えていきなり目の前に現れた。


 俺は驚いて杖を構えようとしたが、黒犬は待ってはくれないようだ。

 至近距離で黒炎を連射する。

 さすがに予想していなかった為、咄嗟にユイを抱きかかえ、背中にその全弾を受けた。


 ユイが『お兄ちゃん!』と叫んでいる。

 恐る恐る自分のHPを確認したが、十分の一くらい減っていた。少しばかり焦ったじゃないか。


 ユイの頭を撫でる。


「いいかユイ。ピンチの時は兄が妹を守るものなんだぞ」


 別に今ここで言うセリフでもなかったのだが、ユイがひどく動揺していたので、和ませる意味でもあった。


「さてと、反撃してやろうじゃないか。な、ユイ」


 ユイが反応する。


「お兄ちゃんに⋯攻撃するなんて⋯私、絶対許さない!」


 ん? ユイが、激おこモードになっている。

 次の瞬間、抱きかかえている俺の両腕からユイが消え、黒犬に一撃を浴びせていた。


 え? 今の動きは俺でも見えなかったぞ?


 名前:ユイ・ハートロック

 レベル35

 種族:獣人族狐人《ルナール

 職種:盗賊

 スキル:盗作スティールLv2、殴打スマッシュLv2、反撃打カウンタークロスLv2、連撃斬Lv3

 状態:バーサク


 状態がバーサクになっていた。

 ユイの体から僅かながら湯気のような物が立ち昇っていた。

 風呂に入った後に体全身から出てくる湯気をもうちょっと濃くしたような感じだ。


 今まで以上の速度で、黒犬をミンチにしていく。

 黒犬は全く動く事が出来ず、段々とHPがなくなっていく。

 そして二十秒もしない間に黒犬が煙となって消えてしまった。


 ユイ一人で倒してしまった。

 バーサクやばいな。というかユイを怒らせたらヤバいぞ⋯

 ユイが俺の方に駆け寄ってきた。


 近付いても大丈夫だよな?


 そして俺はユイに叱られた。


「お兄ちゃんを守るのは妹の私なんだからね! 私を守って死んじゃうなんて絶対やだからねっ!」


 気持ちはすごくありがたいのだが、逆の立場も考えて欲しいものだ。


「分かった。でもユイに守られなくてもいいくらいに俺は強くなるからな。ユイ、お前も俺に守られなくてもいいくらいに強くなってくれよ」


 ユイが抱き着いてくるので俺も抱きしめ返す。


 そして、二十階層の安全層まで戻ってきた。

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