第10話:氷の魔女
廃神殿から戻り、三日が経過していた。
俺達は今馬車の中で揺られていた。
目の前には、なんとも強そうなフルプレートの騎士が二人に魔術師、聖職者、狩人がそれぞれ一人づつ。そして隣には盗賊職のユイがいる。まるでどこかに討伐に向かうパーティーのようなメンツだった。
遡る事、三時間程前。
俺たちは盗賊ギルドを訪れていた。
と言うのもユイに新しい依頼を受けさせようと思ったからなのだが⋯
その際一つの依頼票が目に留まった。
魔女退治という名目の各ギルド合同の依頼だった。上級者限定の依頼だったのだが、ユイは獣人という事で条件クリア。俺は穏便(・・)に交渉してお互い無事に依頼を受ける事が出来た。
交渉と言っても、魔術を一発撃っただけなんだけどね。実に簡単だ。
それはそうと俺は不安だった。魔女って先生の事じゃないだろうかと。
その真意を確かめるべく、この依頼を無理してでも受ける必要があったのだ。
そして今まさに目的地へ向かう為、馬車に揺られている。
今回のギルド合同依頼に集まったのは、俺を含めて二十一人だ。
七人で一チームに分かれ、別々に目的地へ向かっていた。
他の二チームは早朝に出発していた。俺達は先発隊から遅れること二時間経って出発した。
なぜ遅れたのかと言うと、騎士の一人が寝坊したのだ。
まぁ、俺の元いた世界でも寝坊で遅刻なんてざらなんだが、こっちの世界でもそうなのだろうか。
依頼を受ける際に聞いた話だと、なんでもプラーク王国から二日ほど離れた場所にある離島の古城に一ヶ月前から魔女が住み着いたそうな。
その魔女は氷の魔女と呼ばれており、その古城が今では一面氷に覆われた城になっていた。
城下町も二十四時間吹雪の被害を受けており、生活するのもままならない状態で、今回ギルドに依頼を出したという成り行きだ。
この話を聞く限りでは、今回の魔女と先生とは同一人物ではないだろう。
しかし、魔女に興味があったので、関係ないとは思いつつも今回の任務を受ける事を最終的に決断した。
丸一日馬車に揺られながら、目的地へと向かっていた道中に何度かモンスターに襲われたが、全部ユイが片付けてしまった。
最初出会った時は、皆そっけない態度だったが、今ではだいぶ打ち解けている。多人数と言うのも案外悪くないかもしれない。
冒険者の仲間というのは俺自身初めてだった。ユイも可愛がってもらってるしね。
パーティーのメンバーを紹介しておく。
◎フルプレート剣士:ナッツ(Lv25)とバーチェ(Lv27)
◎魔術師:ミルキー(Lv29)
◎聖職者:サーシャ(Lv27)
◎狩人:ゲイン(Lv33)
パーティー戦になる為、道中皆で相談し、陣形等打ち合わせを行った。
基本的な索敵陣形は、まず前衛は剣士の二人。中衛にもう一人の魔術師と聖職者が陣取り、その後ろに俺と狩人が並ぶ。
で最後尾にユイだ。一本道ではないので、後ろにも注意を置く意味で一番察知能力の高いユイが後衛だ。
俺には範囲探索(エリアサーチ)があるから不意打ちの心配はないのだが、そんなレアスキルを持ってるなんて知れれば注目は必至だ。
道中、山賊と思われる連中の死体が街道沿いに放置されていた。
切り傷からみて、恐らく死因は剣での惨殺だろう。
俺達は、この切り傷を負わした人物を知っている。
それは、先発隊で俺達と同じ魔女討伐隊のメンバーの一人だ。出発前の広場で少しいざこざがあったので、皆覚えていた。
特に目立ったのは、異様な程に長い長剣だ。しかも剣先がフォークのように三又に分かれている。
鑑定結果によれば、三又の槍グリュナスと言う★3レア度の逸品だった。
この山賊の死体の切り傷がまさに、その三又でつけられたような跡をしていたのだ。
恐らく、先発隊を襲った山賊が返り討ちにあったのだろう。
そのまま無視も出来ないという事で、穴を掘り土葬して供養する。
そしてまた馬車は走り出した。
馬車での旅もいいものだな。馬の手綱を握るのは面倒だけど、いつかこんな旅もしてみたいと俺は思っている。
次の日、俺達は目的地である氷の城へと続く湖の対岸へと辿り着いた。
見渡す限りの湖にその大きさが窺い知れる。
海と言っても過言ではないサイズに色々と妄想は膨らむ。水面を覗き込むが、覗き込んだこちらの顔が透けるほどに澄んでいた。もしかしたらこのまま飲料としても使えるかもしれない。
予定では先発隊がこの湖の港で待っているはずだったのだが、見渡す限り姿は見えない。
馬車は二台止まっている。恐らく待てずに先に行ったのだろう。
俺達も先発隊を追うべく、離島へと向かうことにした。何日で戻ってこれるか分からない為、馬には数日分はあろうかと言う干し草と水を入れたタライを与えて舟へと渡った。
停泊している小舟はギリギリ七人が乗れる程度のサイズで、余裕はなくかなり狭い。エンジン付きのモーターボートなんて代物があるはずもなく、オールによる完全人力だ。
ちなみにオールはフルプレート剣士の二人が担当してくれた。
一応俺は非力な魔術師ってことになっている。
離島までは岸から大体一時間程の場所だった。上陸する前から分かってはいたが、城下町は大雪で覆われている。
その先に立派な古城がそびえ立っていた。
かなり大きな城だ。
幸いにも今は吹雪いてはいないので視界は良好だった。
俺達は、先発隊の足跡を頼りに後を追う。
先程から城下町を進んで行くが、人の気配が全くない。範囲探索(エリアサーチ)で皆家の中に居るのは確認出来るが、外には誰も居ない。
俺以外の皆は、雪は初めてだと言う。
もっと標高の高い場所ならいざ知らずこの辺りでは普通雪は降らないのだそうだ。こんな広範囲に天候を変えてしまう程の力を持った魔女がいるとすれば、恐ろしいにも程がある。
仮に魔女と一戦交えるという事になった場合、俺達に勝算はあるのだろうか?
同じ魔女と言えば、俺の先生でもある樹海の魔女に仮に単身で挑んだとして勝てる気はしない。
今回の討伐隊二十一人で挑んでも結果は変わらないだろう。
もしも同レベルかそれ以上の相手だった場合、即時退散しか選択肢はない。
その場合は逃げる時間くらいは稼いでみせる。
上陸してから三十分は歩いただろうか。雪で余計に時間が掛かった感は否めないが、無事に古城の前まで辿り着いていた。
結局ここに来るまで先発隊に会うことはなかった。もうすでに中に入ってしまったのだろう。現に古城入口の大扉が開いてる。
俺達は事前に決めていた陣形で古城の中に入っていく。俺には先発隊の場所が分かっていた。範囲探索(エリアサーチ)に白い点が映っていたからだ。
しかし、おかしい。
数が合わない。
先発隊の人数は十四人のはずだ。しかし、反応があるのは八人しかいない。残りの六人は探知の届かない範囲にいるのだろうか? どちらにしても直接会って確かめるしかない。
敵対を示す赤い点もバッチり映っていた。範囲内だけで三十近くはあったのだが、どうやって伝えたものかと思っていると、ユイが察知したのか『近くにモンスターの気配がするよ』と皆に伝達してくれた。
ナイスだ。
取り敢えず先発隊の後を追うことになった。幸いにも足跡が古城内も残っているため、追うのは容易かった。
途中何度かモンスターが襲ってきた。どれもレベル二十前後のスノウオオカミだったが、俺達のパーティの前では敵ではない。
暫くして範囲探索(エリアサーチ)の白い点が八つある場所の前まで辿り着いた。この扉の先だろう。剣士のナッツが扉を開けて一緒に中へと入る。
まず視界に入ってきたのは、氷漬けにされた先発隊の姿だった。
これはヤバい。
すぐに外に出て一度扉を閉めた。
扉の先で見た光景が夢か幻か、やはり現実なのか皆混乱していた。何が起きたのか状況整理が必要だった。
人が一瞬で凍るってどういう事なんだ?
最終的に恐らく魔女の仕業だろうという結論に至った。一瞬にして周りの全てが凍ってしまったような惨状だった。
相当高レベルなやつの仕業だと言う。
「先発隊の人数は俺達の倍いたんだぞ! それが全滅ってことは、俺達がどうこうできる相手じゃない」
ナッツが震えながら喋る。皆同意見だったが、サーシャが口を開く。
「生存者がいるかもしれません」
確かにそうだが、というか俺には生存者が見えている。氷漬けにされたメンバーの中に白い点のマーカーが確認出来る為、まだ生きている可能性がある。
「仮に生存者がいたとして、どうやって助け出すんだ?」
怪訝な顔をしたミルキーが答える。
「火系の魔法で時間を掛ければ凍った体を元に戻すことが出来るかもしれないが⋯危険すぎます」
確かに可能ではあるけど、コントロールが難しい上にそもそも攻撃系の魔術にそんな繊細な事は難しい。
「無理だ。中には魔女がいて、俺達が入ってくるのを手ぐすね引いて待っているかもしれないんだぞ」
ナッツが声を荒げた。
俺は購入した魔術書を思い出していた。たしか、最大で百度まで温める事の出来る魔術があったな。
こっそりとストレージからフレイムヒートの魔術書を取り出し、中を読む。
すると本を開いた途端に視界にメッセージが現れる。
”フレイムヒートを獲得しました”
え、何これ。
まだ魔術書を開き最初の文字を読んだだけで覚えてしまった。
しかし、今の状態だと逆に助かった。これならば、安全に解凍する事が可能だろう。
俺はフレイムヒートを使える事を皆に告げた。
話の方向は、やはり助ける方へ進んでいたからだ。
陣形は索敵陣形のままだった。意を決して全員で扉の中に入る。
近くにモンスターの反応はない。視野でも問題ない事を確認し、一人ずつ解凍していく。解凍に要する時間は一人三分程必要だった。
今この広場には氷漬けにされた仲間が十一人いる。しかし、白い反応は八人だ。残りの三人は、恐らく⋯いや、既に亡くなっているのだろう。
だがそれは、俺にしか判別がつかないため、俺が先導し生存者八名を優先して助けていた。解凍した仲間をサーシャが次々に癒していく。
すると、範囲探索(エリアサーチ)に赤い反応が現れた。
物凄いスピードでこちらに近付いてくる。
とっさに俺は叫んだ。
「何か来るぞっ! 正面だ!」
辺りに緊張が走る。
奇妙なのは、範囲探索(エリアサーチ)に白と赤の点が重なっている事だ。それがどう言った訳か一緒に近付いて来ている。
索敵陣形のまま迎え撃つ。
直後、反応していた主が現れた。
なんだあれは⋯⋯
その場にいる全員の視線を釘付けにした。同時にその圧倒的な存在感に膝を地面につけ、絶望すら感じる者もいた。
今、眼前には氷の魔女の姿と一体のモンスターがあった。
先生は黒装束の魔女だったが、今目の前にいる魔女は白装束だ。背格好は先生と変わらない。
だが皆が怯えているのは、その魔女ではなく魔女の足元にいる生物だった。
氷の魔女は、ドラゴンの背に乗っていたのだ。体長はおよそ十メートル程度だろうか。
ドラゴンと言うのはこの世界ではモンスターの頂点に君臨する生物だと聞いていた。皆が怯えるのも無理はなかった。
名前:アイスドラゴン
レベル:42
種族:竜
弱点属性:火
スキル:氷息(アイスブレス)Lv3、氷嵐(アイスストーム)Lv3、氷槍(アイスランス)Lv3、突進Lv4、旋風波Lv2
俺はドラゴンにはトラウマがあった。
何せ死にかけたしね。だけどレベル四十二か。思ったよりは弱いが、このパーティー単騎なら危なかった。
魔女の方も確認しておく。
名前:シル・ベラトーニ
レベル:49
種族:人族
職種:魔術師
スキル:魔力注入(マジックインジェクト)、氷撃(アイスボルト)Lv3、吹雪(ブリザード)Lv3、氷石(アイスストーン)Lv3、氷壁(アイスウォール)Lv2、白煙(ホワイトスモッグ)Lv1、治癒(ヒール)Lv2、氷結世界(フリージングワールド)Lv2
称号:氷の魔女、ドラゴン使い
レベルは俺よりも下だが、今まで出会った中では圧倒的にレベルは高い。油断は出来ない。この中で相手が出来そうなのは俺だけだ。恐らくユイでも厳しいだろう。
それに氷結世界(フリージングワールド)というスキルが気になる。先発隊を凍らしたスキルか?
などと考えていると、魔女の口が開く。
「不法侵入者め、貴方達も私を退治しに来たのね。裁きを受けるといいわ」
皆、怯えきっており、すでに戦意を喪失している。
まだ戦意を喪失していないのはユイと狩人のゲインだけだった。
俺はそれを横目で確認しながら相手を威嚇しないよう話しかける。
「キミが氷の魔女だね。俺達は争いをしに来た訳じゃない。キミと対話をしに来た。杖を下げてはくれないだろうか」
元々俺は、ただ相手が討伐対象と言うだけで一方的に退治してしまうというのはどうかと思っていた。噂だけに翻弄されるのではなく、自分の目で見た事で相手を判断したい。
先発隊に攻撃したのも、何か理由があったのかもしれない。
俺の言葉に氷の魔女の動きが一瞬止まる。
しかしアイスドラゴンが、口を大きく開けている。
「ヤバい! 何か来るぞ!」
氷の魔女がアイスラゴンを否そうとするが間に合わなかった。
次の瞬間、轟音と共に冷気のブレスが俺達を襲う。
「グオオオオォー」
ユイが俺の前に立つ。
どうやら俺を庇うつもりらしい。
心配しなくても大丈夫だぞ。俺はユイの頭を優しく撫でた。
氷壁(アイスウォール)を正面に展開する。
轟音をたてながら氷息(アイスブレス)が氷壁(アイスウォール)に遮断されていた。
暫くして氷息(アイスブレス)が止んだ。漏れ出す冷気だけでも凍えそうだったんだが⋯どうやら凌ぎきったようだ。
尚もアイスドラゴンは、口を開けてブレス体制に入っていた。
しかし、今度は氷の魔女の静止が間に合ったようだ。
俺はそれを確認し氷壁(アイスウォール)を解除した。
隣に目をやるとゲインが弓に矢をつがえ、攻撃体制に入っている。
先程まで絶望に伏していた他のメンバーも武器を手に臨戦態勢に入っている。
切り替えの早さは、さすがは上級者だ。
「みんな待ってくれ」
俺は静止を促す。
皆なぜ止める?という顔をしていた。
俺にはどうしても思えなかった。意味もなく魔女が人を攻撃するなど。というのも前に先生に聞いたことがあった。
魔女はこの世界の人々に忌み嫌われる存在なのか?と質問した時だった。
先生の答えはこうだった。
『半々じゃな』と。元々魔女という存在は人間離れした力の持ち主であり、力を持つ者は常人からは妬みや嫉妬の対象となってしまうのだと。
俺の元いた世界でも確かにそうだ。実力のある者は、そうじゃない者から嫉妬の目を向けられる。それは至極当然な事だった。
先生はこうも言っていた。
『他の魔女はどう思っているのか知らんが、魔女という存在は清い心がないとなれないものじゃと思っている。少なくとも魔女の称号を持っている者に悪い奴はいないとワシは信じておる』とね。
俺はその時の先生の言葉を思い出していた。
「先生の言葉を信じる」
手に持っていた杖を地面に置き、氷の魔女の方へゆっくりと歩み寄る。
ユイが俺を止めようと袖をグイッと引っ張った。
俺は、大丈夫だからとユイに頷きを送る。
「氷の魔女よ。俺達に戦意はない。ここで氷漬けにされている仲間を救いたいだけだ。それにキミと話がしたい」
いつの間にか彼女はドラゴンの背から降りていた。
何やらドラゴンと会話をしている。
すると、ドラゴンが後ろを向き、奥へと去ってしまった。
彼女は俺の前へ歩み寄ってくる。
「さぁ、何を話すのかしら」
意外とアッサリ思い通りに事が運んだので少し拍子抜けしてしまったが、ここは礼を言っておく。
改めて氷の魔女を見ると、やはり容姿が若い。先生の例もあるし魔女は年をとらないのだろうか?
もしかしたら、この世界の魔女というのはロリッ子魔法使いばかりなんじゃないだろうか?
って、へんな妄想をしている場合じゃなかった。
「ありがとう。でも先に手当させてくれないか」
氷漬けされている者達を次々に解凍していく。
「サーシャ、ユイ、手伝ってくれ」
二人に手伝ってもらい、三十分程で全員を救出する事が出来た。
やはり十一人中三人は既に息がなかった。助かったのは八人だけだ。
助かった者も治癒(ヒール)によってHP自体は全回復したが、状態:睡眠となっていた。
治癒(ヒール)で傷は癒せても失った体力は回復しない。
「待たせてしまって悪かった。まず、聞きたい。なぜ氷漬けにされていたんだ?」
氷の魔女は、鋭い眼光をこちらに向ける。
「先に攻撃してきたのはアイツらの方よ。私を退治すると言って一方的に襲ってきた。自衛の為に凍ってもらっただけ」
氷漬けの原因は、アイスの氷息(アイスブレス)を喰らった為との答えだった。
ちなみにアイスというのは、アイスドラゴンの名前だそうだ。
「その事に対しては、まず謝らせてくれ。すまなかった」
そして、次に今回の俺達の任務の内容を説明した。
「急にこの古城に現れた氷の魔女が天候を操作し、毎日のように城下町に雪を降らせ、そこに住む人が迷惑を被っている。その元凶を倒して欲しい。という内容だ」
すると、彼女が反論した。
「このお城はもともと私の所有物よ。でも城下町に雪を降らす事で迷惑をかけているとは思っていなかった。それは謝ります。ごめんなさい」
なんだ、意外と素直で良い子じゃないか。やはり俺の見立て通りだな。いや、違うか。先生の言葉通りか。
「雪を降らしていたのは、キミなのかい?」
「ちがうわ。アイスよ。理由は聞いていないわ」
またアイスか。いよいよもって、あのドラゴンが怪しいな。
シルとアイスとの出会いは今から一ヶ月前だという。
別大陸にある氷の世界で修行を行っていたシルの元に突如言葉を話すドラゴンが現れた。そして仲良くなり、一緒にシルの故郷であったこの離島の古城に帰って来たのだそうだ。
というか、あのドラゴンは何処に行ったのだろうか? すでに俺の探索範囲外だった。
するとどこからともなく声がしてきた。
「シルよ。邪魔者は全員排除すると言ったではないか。すぐにその者達を殺せ」
ドスの効いた低い声。聞いた事のない声だったが、恐らくあのドラゴンだろうとその場にいる者はすぐに理解した。
ユイ達は辺りをキョロキョロ声の出所を探している。
氷の魔女が口を開く。
「この者達は敵ではないわ。だから戦う理由がない」
そう答えた直後だった。突如城内にドラゴンのものと思われる咆哮が響き渡る。
「グオオオオオオオオォー」
地響きすら発せる程の咆哮に、何人かがブルブルと震えていた。
「失望したぞ! そんな人族の言葉に騙されおって。せっかくこの大地を氷の焦土と化し、あのお方を迎え入れる手はずだったのだが。こうなれば仕方がない。ワシ自らシルもろとも排除してくれる」
おいおい、おっかない事を言ったな。
すぐに俺達は警戒体制をとった。
氷の魔女ことシルは、現状を理解出来ていないようだ。豹変したアイスに戸惑っていた。
「アイスは私の友達なのに、どうしてそんな事を言うの?」
その場に呆然と立ち尽くしている。
すると突然アイスが俺達の前に現れた。
アイスの口が大きく開かれた。そして両の翼をバタつかせている。先程よりも強い魔力が集まっている。
大技がくる。
ゲインが火矢を、ミルキーが火撃(ファイアーボルト)をアイスへ向かって放つ。
俺はストレージから取り出した小石を魔力注入(マジックインジェクト)で強化し、バレないように全力でアイスの口目がけて投石した。
どうやら小石が貫通したようだ。アイスが苦しんでいた。
俺はシルの傍に歩み寄り、頭の上に手を置く。
「シル。きみはどうやら騙されていたようだ。辛いだろうけど、アイスを倒すのに力を貸してくれないか?」
シルは視線をアイスと俺を数回往復させた後、少し考えたのち、コクリと頷いた。
そして杖を構えた。
苦しみながらもアイスは氷嵐(アイスストーム)を放つ。
俺とシルは、氷壁(アイスウォール)で攻撃を防ぐ。
氷壁(アイスウォール)の両サイドから、フルプレート剣士のナッツとバーチェがアイスに向かって突進していく。
ミルキーは火嵐(ファイアーストーム)を放ち、ゲイルは秒間三発はあろうかと言う速さで火矢を連射している。
アイスは徐々にだが、確実にHPを削られていく。
飛ばれないように、足を狙う。
「シル! 俺と一緒に吹雪(ブリザード)だ! 出来るか?」
「出来る」
スキルを所持しているのは知っていたのだが、知っているのもおかしいのであえて確認した。
「アイスの足元を狙ってくれ!」
シルは頷く。
二人でアイスの足元を目掛けて吹雪(ブリザード)を使用した。
二人分の魔術の相乗効果もあり、まるで猛吹雪だ。
目論見通りアイスの足が凍って動くことが出来なくなっていた。
ユイが颯爽とアイスに飛びかかる。口元を滅多斬りにしていた。
アイスが逃げようと羽をばたつかせる。しかし、足が凍っていてピクリとも浮き上がらない。
俺とミルキーは火撃(ファイアーボルト)をアイスへ打ち込む。
「グヌヌ⋯おのれぇ人族風情がっ! この恨み、必ずや我が主が晴らしてくれようぞ⋯」
アイスの断末魔の叫びだった。
やがて、アイスは動かなくなった。
どうやら終わったようだ。
皆、息を切らしながら見事に強敵を倒し自分達が助かった事を実感していた。その場に倒れこむ者までいた。
サーシャが怪我人の手当をしている。
アイスを倒したことが引き金になったのか、元凶だったアイスが倒されたことによってなのか、城内、城下町を覆っていた雪がキレイさっぱり溶けてなくなっていた。
俺はシルの所へ行き声をかける。
「よくやったな。シルはこの街のみんなを守ったんだぞ」
俺は、ついいつもの調子で頭を撫でてしまった。
『しまった!』と思いすぐに手を放そうとしたが、シルは嫌そうな顔をしていなかったので、そのまま続けていた。
なんていうか、俺は悪くない。先生にしてもミリーにしてもユイにしてもシルにしても、撫でやすい位置に頭があるのが悪いんだと、自らを肯定しておく。
範囲探索(エリアサーチ)で城内を確認したが、モンスターの反応はなくなっていた。
恐らくアイスを倒したからだろう。竜王の時もそうだったし。
俺達は手分けして先発隊の生存者を街の宿屋へ運び入れた。
再び城内へと戻り、残りの三人の捜索に向かう。
範囲探索(エリアサーチ)に反応がない以上、しらみつぶしに探す他ない。恐らく生存はしていないだろうが⋯
手分けして散策を開始した。
広い城内だったが、三人はすぐに見つかった。やはり、氷漬けの状態だった。
シルは知らないと言っていたので、恐らくアイスが独断でやったのだろう。
俺はフレイムヒートで解凍し、仲間と協力して遺体を外へ運び出す。
三人の中には、あの三又槍の男がいた。
俺自身、人の死に慣れていないので、目を逸らしてしまったり、平静を保てない局面も多々あった。しかし、この世界では死は隣り合わせの存在であり、戦闘職である彼らに至っては、何時いかなる時でも死の覚悟は出来ている。
俺にも覚悟を持てと?
嫌だね。死の覚悟を持つくらいなら最後の一秒まで生にしがみついてやる。死ぬなんてごめんだね。
街の者達にも協力を仰ぎ、対岸に止めてある馬車にシートで包んだ遺体を運んでもらう。
その際、街の人に今回の騒動の説明をした。
今回の元凶は魔女ではなく、氷のドラゴンによるものだった事を。魔女に罪がないわけでないが、どうか彼女を許してあげて欲しいと。俺は頭を下げた。
街の住人は少し驚いていたが、快く納得してくれた。
そこに、シルが現れる。
「私はあの古城に住む、氷の魔女。シル・ベラトーニ。今回の大雪の件、街の皆に迷惑を掛けてしまいました。本当にすみませんでした」
シルが深々と頭を下げた。
最初は隣の人の顔色を伺うそぶりをし、キョロキョロしていた街の人々は、一人、また一人と拍手をしている。
良かった。
何故拍手なのかは取り敢えず置いておくとして、どうやら受け入れてもらえたようだ。
まぁ、シルは内面は立派な魔女なのだが、見た目が幼いので、悪く言う奴はいないだろうと思っていた。何と言っても可愛いしね。
可愛いは正義だ。
どちらにしても街の人達と和解が出来たのなら、この先シル一人でも大丈夫だろう。
俺も安心してここを去る事が出来る。
日も暮れてきたので、今日の所はここで一泊させて貰う事にした。
今夜は街の人々のご厚意で、大宴会を開いてくれるという事なので、討伐体メンバー全員参加した。
こっちの世界ではお酒を飲むのは初めてだった。元いた世界でもあまりお酒に強い方ではなかったが、こっちの世界では⋯やはり弱かった。
肉体レベルが上がっても酒耐性は上がらないようだ。
俺は早々に眠ってしまった。
俺の左隣でユイが介抱している。
右隣には、シルがいた。
二人は未成年なので当然お酒は飲めない。果実ジュースを飲んでいる。
俺を横目に二人は意気投合したようだ。
後で聞いたが、なんと夜通しで喋っていたようだ。
何の話で盛り上がったのか聞いたが、とうとう教えてくれなかった。二人だけの秘密らしい。
次の日、俺達は出発の準備をしていた。
そこにシルが出発前の挨拶に来てくれた。
「本当にありがとうございました。またどこかで会いましょう。⋯お兄さん」
ん?何か最後よく聞き取れなかったな。
「ああ、シルも元気でな。また会おう」
街の人達も何人か見送りに来てくれた。
お辞儀をし、舟に乗り込み離島を後にする。
その後何事もなく対岸に到着し、馬車に乗り込み王都へと帰還する。
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