第9話:廃神殿の精霊
「とりあえず、ユイの服でも買いに行くか。」
というのも、今ユイはボロボロの布きれを一枚羽織っているだけだった。ちなみに下着すらつけていない。
取り敢えず
ユイは『やったあ!』と喜んでいた。
どうやら服を買ってもらえるのが嬉しいらしい。
部屋を出ようとした時、ある考えが脳裏へと浮かぶ。
この王国はそもそも獣人族自体が少ない。見かけたとしても奴隷だ。もしかしたら中心部にはいるのかもしれないが、確かめる術はない。
ユイが出歩いて大丈夫だろうか? もしかしたら害をなしてくる輩もいるかもしれない。流石にいきなり攻撃してくるなんて事はないとは思うけど。
用心にこしたことはないので、昨日買ったブリックリングをユイに装備させておいた方がいいな。
「これは俺からユイへの初めてのプレゼントだ。肌身離さず持っているんだぞ」
「ほんとっ! わぁい! お兄ちゃんからのプレゼントだ! 大切にするね」
その場で装備するユイ。
まぁ、俺がすぐ横にいれば大丈夫だろう。それに周りから変な目で見られたとしても、いつまでもここに滞在する理由もないし、その時は別の場所に行けばいいだけだ。
ユイと手を繋ぎ宿屋を出る。
案の定、予想通りというか、やはり周りの通行人達の視線を一点に集めている。
俺としては、こんなに可愛い妹がいるんだぞ! と自慢したいくらいなんだけどね。
それは心の中で叫ぶだけに留めておく。
そんな周りの目を気にせず、雑貨屋に入る。
この店には二度訪れており、店主とは世間話をするくらいには仲良くなったつもりだ。
「いらっしゃい。お、兄ーちゃんまた来てくれたのか。ん、今日は一人じゃないんだな」
「はい、この子に似合う服を探してるんですけど、いくつか見繕ってくれませんか」
店主がユイを見て驚いていた。
そんな視線が怖いのかユイは俺の後ろに隠れてしまった。
「こいつは驚いた。まさか
やはり、ここの店主は話の分かるいい人だな。
数分後店主が戻ってくる。手には何着か服を持っていた。
「ユイ、欲しい物を選んでいいよ」
確かに欲しいのを選んでいいとは言った。
まさか全部欲しいと言うとは思わなかった。
妹に物を買ってあげる兄の気分は、きっとこんな感じなんだろうな⋯。
ユイは試着室で早速購入した服を着て、都度俺に見せ付けてくる。
『どお? お兄ちゃん似合う?』なんてセリフ付きだ。
店主が微笑ましい笑顔をこちらに向けてくる。勘違いされていなければいいんだけど。
ああ、似合うぞ。と返答して店主に礼を言った後、逃げるようにユイと一緒に店から出る。
何というか、その場にいるのが恥ずかしかった。
お金? 勿論払ってる。
五着で銀貨三枚だった。
結構高いけど、まぁ、ユイが喜んでるし良しとする。
店を出て少し早めの昼食にしよう。朝も食べてなかったのでお腹は空いている。ユイも連れ去られてから、何も食べていないようだしね。
人気のない食堂を選んだ。
そう、それは昨日も行った所だ。もう二度と来ることはないと思う程に味は微妙だったが、客がいないのだ。それに昨日食べたおすすめメニューがダメだっただけに違いない。と思いたい。
ユイと一緒に食堂へと入る。
中を見渡すが想定通り客はいなかった。
中へ入ろうとするなりカウンターのおじさんが何か喋っている。
「その嬢ちゃんは、あんたの奴隷かい? 奴隷の証である首輪が見えないようだが」
心ないその発言にユイが下を向いてションボリしてしまった。
獣人を見るなり、すぐ奴隷呼ばわりするはやめて欲しい。少し憤りを覚えたが、無視するわけにもいかないし喧嘩する気も少なくとも今はないので穏便に答える。
「奴隷じゃなくて、俺の妹です。謝って下さい」
兄らしいとこを見せないとね。
おじさんは、申し訳なさそうな顔をしていた。
「そいつは悪かったな嬢ちゃん。お詫びと言っちゃあなんだが、一食分サービスさせて貰うぜ」
ユイが俺の顔を見上げている。
「良かったなユイ」
ユイの頭を撫でてやる。
「うん、おじさん、ありがと」
前回はおすすめで一度失敗したからな。ユイにはおすすめ以外で好きなものを選ぶように促した。
さて、俺は何にしようか。
無難にキノコのシチューとハーブサラダと白飯にしよう。
料理はすぐに運ばれてきた。
隣のユイは、美味しそうに何かを食べている。
どれどれ⋯えっと、ガーゴイルの手羽先に、サイクロプスの目玉焼き、オーガのサイコロステーキって、ユイはゲテモノ好きなのか⋯
「美味しかった! こんな美味しいご馳走初めてかも~」
今回は中々に美味しかったな。やはり、本日のおすすめが駄目だったのだろう。ユイも満足してくれたみたいだし今後とも是非ともご贔屓にさせてもらおう。
俺はおじさんに礼を言い、食堂を後にする。またユイと一緒に街をブラブラ散策する。
俺には一つの思惑がある。それは獣人=奴隷と決めつけているこの世界の思想を壊してやる事だ。だから見せ付けてやる。俺とユイすなわち、人族と獣人族とが本当の兄弟みたいに過ごしているこの姿を!
行き交う人の俺達を見て驚く様が最初は気になっていたが、段々と気にならなくなっていった。
歩きながら
最初にユイを見た時から気になっていたのだが、ユイのレベルが高すぎる。
今ユイのレベルは十七だ。
十七というのは冒険者の中級レベルだ。ユイは十歳だと言っていたが、獣人の特性とユイの年を考慮しても今のユイでも冒険者の上級者とだって互角に戦えるかもしれない。それだけユイは強い。何が言いたいのかと言うと、俺と一緒にユイにも戦ってもらうつもりだ。もちろん本人の意思を尊重するけどね。
「この先、街から街への移動も必要になってくるけどユイも俺と一緒に戦えるか?」
ユイは驚いている。怖がらせてしまったようだ。
しかし、帰ってきた答えは予想とは違うものだった。
「お兄ちゃんは戦わなくていいよ? ユイがお兄ちゃんを守るからね。ユイね、とっても強いんだよー」
さすがにこういう返答が返ってくるとは予想してなかった。
取り敢えず、まだ何が起こるか分からないから俺の実力は今は伏せておくとして、当たり障りのない返答をしておく。
「兄が戦わないわけにはいかないだろう? でも当然ユイも頼りにしてるからな」
ユイが『えへへー』とくっついてきたので、いつものように頭を撫でる。
俺はユイにどこかのギルドに入って貰おうと思っていた。
もちろん必ず入る必要はないのだが、ギルドに入ることでその職種に合った恩恵をいくつか受けることが出来る。それにユイはレベルは高いが、まだスキルを何も覚えていないのだ。
恩恵と言うのは、例えば魔術師ギルドに入ると魔術、魔力系統の恩恵を受ける事が出来る。ここでいう恩恵というのは、魔術スキルの早熟であったり、魔力の回復量や威力も微量ながらUPする。
「ユイは戦う時は何か武器を使っていたのか?」
「んー、元々は短剣を使ってたよ。村には日常茶飯事でモンスターが襲ってきてたし、ユイも先頭で戦ってたよ」
なるほどな。もしかしたら、いや、もしかしなくても俺よりも実践経験豊富かもしれないな。
ならば短剣が活かせるのは、剣士か盗賊だろうか。迷っていても仕方がないからそれぞれのギルドに行って話を聴いてみる事にする。
ここから近いのは、盗賊ギルドかな。
俺達は盗賊ギルドへと足を運ぶ。
ギルドの中へ入ると魔術師ギルド同様に中は薄暗かった。通路には、不気味な武器の数々が展示されていた。
入ってすぐに受付のカウンターが見える。
盗賊ギルドというから受付は、きっとむさい男だと思っていたが、色っぽいお姉さんだった。
「初めて見る顔ね」
色気をたっぷり醸し出しているお姉さんは、うっとりした目でこちらに視線を送る。
平常心平常心。動揺したら喰われそうだ。
「ええ、今日はこの子をギルドに入れようかと思って来ました」
「へー可愛らしいお嬢ちゃんね。盗賊ギルドは貴女を歓迎するわよ」
「えっと、まだね、迷ってて⋯」
ユイが俺の顔をチラチラ見てくる。
「盗賊ギルドか剣士ギルドのどちらにしようか迷ってまして、取り敢えず両方のギルドで話を聞いてから決めようかと」
「剣士ギルドなんて糞よ! 入るならば絶対盗賊ギルドにすべきよ!」
ここへ来て妖艶な空気を醸し出していたお姉さんの態度が一変した。盗賊ギルドに入るとこんなに素晴らしい恩恵があるだとか、剣士スキルなんかよりも良いスキルがあるなど詳しく熱く説明してくれた。
要約すると、まず盗賊ギルドに入った場合の恩恵だが、戦闘には欠かせない敏捷性が上がるそうだ。他には、敵察知能力の向上と敵モンスターを倒した時の収集品獲得率の向上があるらしい。まるでゲームの世界みたいだな。
本当に盗賊なんだなと納得してしまった。
次に盗賊が覚えられるスキルは攻撃スキルは勿論の事、罠やトラップの類の察知と自身の敏捷性UPやモンスター相手から物を盗む
当然戦闘系のスキルもたくさんあり、火力頼りの剣士よりも盗賊は素早さで相手を翻弄しながら攻撃するスキルが豊富らしい。
罠が察知出来るのは旅をする上でかなり有効だよな。
そんな事を考えていると、説明を聞いているユイが俺の袖を引っ張ってきた。
「ユイ盗賊がいい!」
「ん、でもまだ剣士ギルドの説明を受けてないけどいいのか?」
ユイは『これでいい! 盗賊でいい!』と連呼してくるのでユイの自由にさせてやる。元々そのつもりだった。
また、ギルドは一度入っても抜ける事が出来る事を事前に確認しておいた。
ギルドに正式に入る際にギルドカードを作ってもらえる。それが身分証にもなるので一石二鳥だ。
作成時にユイのレベルは正直に十七と答えている。
その数値を聞いてお姉さんは驚きを隠せない感じだった。やはり見た目に反して高いのだろう。
こうしてユイは晴れて盗賊となった。基本的にギルドに入らないとその職種になる事は出来ない。しかし、俺はギルドに入る前から魔術師になっていた。
どういうことか疑問に思い、魔術師ギルドに入る際に聞いた事があったのだが、ギルドに変わるもの例えばその職種に就いている者の弟子になる事でギルドに入らずとも、その職種に就く事が出来るのだそうだ。俺の場合は言うまでもないか。
俺たちは盗賊ギルドを後にした。
ユイのステータスを確認する。
名前:ユイ・ハートロック
レベル:17
種族:
職種:盗賊
スキル:
ちゃんと反映されている。しかもスキルを二個取得している。普通は鍛錬を積んで会得出来るはずなのだが、やはりユイは優秀なのだろう。
さて、次の目的地はユイの装備だな。この足で武具屋へと向かう。
店の中に入るとユイの目がキラキラ輝いていた。
店主が呟く。
「獣人族のお客さんとは珍しいな」
俺は聞こえなかったフリをした。
ユイは気にしていないと言うか聞こえてないなこれは。
「盗賊用の装備をいくつか見せて欲しいんだけど」
店主が重そうな腰を上げて武器が置いてある所へ案内してくれた。
もちろん選ぶのはユイだ。
ユイがまたしても目をキラキラさせながら短剣を眺めている。
この店には短剣だけで三十数本近くあったのだが、それを一本一本凝視していたユイが、その中の一つの短剣の前で足を止めた。
えっと、どれどれ。
名前:クリスタルダガー
説明:第5硬度のクリスタルで作られた短剣。殺傷力と耐久性に優れている。重量も軽い。
特殊効果:敏捷性向上(中)、殺傷力向上(中)
相場:金貨二十五枚
希少度:★★★☆☆☆
この世界では硬さの単位を硬度で表している。第一から始まり第十二まであるそうだ。数字がおおきくなるに連れて硬さを増していく。
周りを見渡したが、どうやらこの短剣が一番高価みたいだな。
俺には
ユイが潤んだ瞳で上目遣いしてくる。
「分かった分かった、それにしよう」
俺はクリスタルダガーを購入した。しかも二本だ。
どうやらユイのスタイルは両手に持つ二刀流らしい。
一緒に防具も購入した。盗賊は素早さが命なので、なるべく身軽そうで、それでもそれなりな耐久値のある防具を選んだ。必然的に値段もそれなりにしたが、命を守る物をケチる程馬鹿じゃない。
次に向かうのは魔術師ギルドだ。
昨日の任務の報告に行くのだ。その魔術師ギルドに向かう道中で
程なくして遠くの方で声が聞こえてきた。
「泥棒ー泥棒だよー! 誰か捕まえとくれー」
泥棒と思われる輩がこちらに向かって走って来ているのが視界に入った。
まっすぐこちらに向かってくる。『そこをどけ!』と言いながら通行人を突き飛ばして進んでいた。
中々に素早い奴のようだ。
俺がストレージから小石を出そうとした時だった。
ユイがおもむろに俺の前に立ち塞がる。
そして泥棒に向かって突進していく。
ユイは早かった。素早い動きだと思っていた泥棒なんて目じゃないくらいに。
ユイはサッとその泥棒の足元に潜り込み後ろへとすり抜け、飛び上がり背後から首に手刀による一撃をお見舞いする。
まさに電光石火の如くとはこの事だ。
ヤバいな、カッコイイ。
俺にあんな動きが出来るだろうか? 無理だな。泥棒は口から泡を出し、その場に倒れ伏してしまった。
って、この泥棒さんレベルが二十三もあるじゃないか。それをいとも簡単に倒してしまうのだからやはりユイは強いのだ。
先ほどの声の主がこちらに向かって走ってくる。
息を切らして、こちらに目を向ける。
「はぁ⋯はぁ⋯、あんたたちかい、こいつをやつけてくれたのは?」
「犯人を止めたのは、この子ですよ」
「まぁ、お嬢ちゃんだったのかい。ありがとよー助かったよ」
恥ずかしそうにしていたユイの頭を撫でる。
やがて、街の警備の人だろうか? 気を失っている泥棒の手を縛り、どこかへ連行して行った。
その際、表彰したいと言われたが、ユイが嫌がっていたのと時間が掛かりそうだったので、辞退させてもらった。
俺達もその場を後にし、魔術師ギルドの前までやって来た。
中へ入り、受付嬢の前まで行く。ちなみに名前を教えてもらっていた。呼び方に困るしね。
受付嬢の名前はラクシャータさんと言うらしい。
「ラクシャータさん、任務の報告に来ました」
「ラクスでいいわよ。皆そう呼んでるからね」
薬草採取は二十枚の依頼に対して七十八枚も採取していた。
「ずいぶんとたくさん集めたわね」
ラクスさんは驚いていた。
報酬は銀貨三枚だったが、溢れた分は一枚十銅貨で買取してくれた。
この世界では薬草一枚で宿屋に二泊泊まれる計算になる。それだけ外の世界というのは危険な所で、外でしか採取できない素材の価値は高いのだそうだ。
続いて、モンスター討伐の方も報告する。報告は簡単だ。ギルドカードを見せるだけなのだ。
受付嬢はカードに記載してある討伐数を確認する。俺が倒した数は二十体。任務の達成条件は二十体だったため、ジャストだ。
達成報酬の銀貨十枚を受け取り、魔術師ギルドを後にする。
さて、ちょっと狩りでもしてくるかな。
街を歩いている時に妙な噂を聞いていた。
街の東門を出てまっすぐ行った先に廃神殿があるという。何でも三十年程前に内部で反乱が起こり、大量の死者が出たそうな。それ以降誰も近寄らなくなり、廃墟となっている。冒険者の間ではいわゆる肝試し的なスポットとなっているのだが、最近妙なものを見たという噂が広がっていた。
なんでも光り輝く絶世の美女がいるのだと言う。しかしその姿を見たものは皆魂を抜かれたような状態となり、帰ってきても心ここに在らずの状態なんだとか。
絶世の美女と聞いては、男としてはその姿を是非見に行く⋯ではなく、そのような状態となった原因の追求と出来る事ならば解決しないといけないという使命感に苛まれる。
断じて私利私欲のためではない。
しかし、夜しか出てこないということなので、それまでは近くで狩りしつつ頃合いを見て廃神殿に向かう事になった。
ユイにこの事を告げると怯えていた。どうやらお化けの類は苦手なようだ。でも『私がお兄ちゃんを守るからね』と強がっている所がなんとも微笑ましい。
目的の場所までは歩いて三十分程だった。そう遠くない。
俺達は近場でモンスターを相手に戦っていた。
近場という事もあり、モンスターはどれもレベル十以下だった。俺はもちろんの事、ユイの敵でもない。
それにしても、ユイの動きは身軽でなんというか忍者を彷彿とさせるようだ。
結局何匹に取り囲まれようが俺の出番は訪れなかった。そして辺りが段々と暗くなってきたので、俺達は目的地の場所へと向かう事になった。
暫く進むと情報通り廃神殿が見えてきた。外壁は破壊されており、もはやどこが入り口かすら分からない。その名の通り、至る所が朽ちている。
雰囲気は出てるな。お化けの一匹やニ匹いてもおかしくない。
隣のユイを見ると僅かながら震えていた。
今のところ
そのまま辺りを警戒しながら、中へと入る。
廃神殿内部は、かなり入り組んだ迷路のようになっていた。帰り道が分からなくならないよう所々に壁に印を残しておく。
暫く進むと、
人か? はたまた絶世の美女か?
ほどなくして白い点の正体が俺達の目の前へと現れた。どうやら近場の街の住人のようだ。
倒れていたので焦ったが、どうやら気絶しているだけのようで、外傷はなかった。
ユイが何やら反応している。
「何かが近くにいるよ!」
ユイが叫ぶが、
すると何処からともなく声が聞こえてくる。
「人族と獣人族が一緒にいるなんて珍しいわね」
男とも女とも取れるどこか中性的な声色の正体が俺達の前に現れた。
その姿はまるで背面に後光を背負っているかのように黄金に光輝いていた。腰あたりまで伸びた金色の髪にまるで人形のような非常に整った顔立ち。白いワンピースを羽織った噂通りの絶世の美女が俺たちの前に現れた。
いかんいかん、見とれている場合じゃないな。
俺はユイに武器を降ろすように伝えた。
「俺はユウ。こっちは妹のユイだ。あんたは何者だ?」
すると美女は急に笑い出してしまった。どうして笑っているのか俺には分からない。
徐に美女が話し出す。
「人族と獣人族の兄弟ですって? そんなの聞いた事もないですね」
そう言い、また笑い出してしまった。
何故だか、無性に腹が立ってきた。美女じゃなければ頭にゲンコツを落としていたかもしれない。
「ユウは私のお兄ちゃんです!」
ユイが声を荒げてプンスカしている。
その声に驚いたのか、笑いを止め、今度は一転して謝罪の言葉を語る。
以外と素直な奴のようだ。
「いやいや、申し訳ありません。怒らすつもりはないのです。それに自己紹介がまだでしたね」
この美女ことセリアはお化けではなく、なんと精霊だった。
この世界における精霊というのは、人々に崇められるような存在では無く、むしろその存在すらあまり知られていない。
簡単に言うと神様の劣化版のような存在らしい。力の面も含めて。精霊は宿主がいないと存在していられない。ここでいう宿主とは生き物でも良いし、建造物でも形ある物ならでも良いらしい。
ちなみにセリアはこの神殿を宿主としていた。セリアは浄化を得意とする風の精霊で何十年もかけてこの神殿を浄化してきたのだという。
そしてつい最近まで掛かって浄化のほとんどが終わったらしい。
しかし、残った最後の怨霊に完全浄化を阻まれていた。
セリアの力を持ってしても浄化出来ないらしく、その怨霊を倒してくれる人を探していたのだそうだ。危険を伴う為、本来ならば絶対ありえない人々の前に姿を晒してまで。
「で、俺達にその怨霊を倒して欲しいと?」
「ええ、見た所あなたも、この子もかなり実力がありそうですね。それに私自身お二人に少し興味がわいたの」
「助けてあげよ?」
まぁ、悪い子ではなさそうだし手助けするのはやぶさかではない。ユイもやる気のようだし。
俺は承諾し、セリアと一緒に更に奥へと進んでいく。街の住人はグッスリと眠っていたのでそのままにしておいた。モンスターの気配もないし大丈夫だろう。
なぜ眠ってしまったのかをセリアに聞くと、どうもセリアと会話した人は皆眠ってしまうそうだ。
ん? なんで俺達は眠らないんだろうと疑問に思ったが、それは今は置いておく。
取り敢えず悪霊退治が先決だ。
それに、さっきから
ん、ちょっと待てよ。
「怨霊ってことは幽霊の類だよな? 物理攻撃は当たらないんじゃないか?」
セリアは不思議そうな顔をしている。
「貴方は魔術師なのではないのですか? ならば武器に
何それ?
なんでも武器に触れて魔術を流すだけでその刀身が魔力を帯び、その魔力の属性に合わせて武器の属性が変化するのだそうだ。
よく分からないが物は試しだやってみよう。
ユイの短剣に触れ、魔力注入をイメージして刀身に魔力を流す。
”
すると刀身が赤くぼんやりと光り始めた。どうやら成功したようだ。
事前準備も終わったし、行こうか。
そして俺達は怨霊と相対した。
名前:サキュラ
レベル:31
種族:ゴースト
弱点属性:火
スキル:
名前:サベリナ
レベル:20
種族:ゴースト
弱点属性:火
スキル:
一番レベルの高い真ん中にいる奴が本体のようだ。両隣りにサベリナというゴーストがいる。
こいつらの情報をユイに話しておく。
「俺が真ん中の奴をやるから、ユイは周りの二匹を頼む」
「了解! でも危なくなったら、すぐに下がってね!」
おっと、俺が先に言おうと思ったんだが、言われてしまったようだ。サクッと全部一掃してもいいのだが、ものには順序というものがある。
俺はサキュラに魔力を帯びた投石を行う。当然最小限に威力を抑えて。
小石はすり抜けることなく、命中したようだ。
ダメージを追ったのか、サキュラは苦しんでいる。
チラリと横に目を向ける。ユイも戦闘を開始したようだな。二刀短剣を振り回して二匹のゴーストを翻弄している。
その姿を横目で確認しながら、大丈夫そうだなと安心する。
さて、こっちもさっさとケリをつけるかな。
俺は杖をサキュラに向けて、
サッカーボール台の火の玉の連打がサキュラに命中した。黒い煙が辺りを立ち込める。
しかし、サキュラは、ケロッとしていた。
おかしいな、手加減し過ぎだろうか?
サキュラは虹色の光に包まれていた。
そういえば、さっき確認した時にあったスキルか。
魔術ダメージ軽減ならば納得はいく。無効なんて効果だったら、どうしようもないが。
俺はそれを確かめるべく、今度は
すると今度はサキュラが燃え盛る炎で苦しんでいる。
どうやら無効ではなかったようだ。
サキュラは跡形もなく消滅した。
ちょうどユイも二匹を相手に勝利した所だった。
苦戦もしていなかったようだ。さすが俺の妹だな。
ユイが俺に近付いてくる。
「お兄ちゃん強ーい! あの魔術カッコよかった!」
ユイもすごかったぞと頭を撫でて労う。
「すごいですね。私はあえてあの怨霊に魔術耐性がある事を黙っていました。それをも貫通する魔術。さぞや名の知れた方なのでしょう。それにユイちゃんの実力も相当なものですね。この若さであの身のこなし、凄いです」
「ユイはともかく、俺は平凡な魔術師さ」
ユイがサキュラを倒したドロップ品を持ってきた。
形からするにペンダントだろうか?
名前:ホーリー・サンクチュアリ
説明:装備者を中心に半径二メートルの範囲に絶対たる結界を展開する事が出来る。
殊殊効果:スキル
相場:金貨五百枚
希少度:★★★★★☆
とんでもない逸品じゃないかこれは!
セリアが言うには、昔ここは神々を奉る神殿だったのだが、自分が神になろうなどと言う一人の反逆者がいた。それがさっき倒したサキュラなんだが、なんでも悪魔と契約して神なろうとしたのだとか。
セリア自身も詳しいことは知らないらしく、単純にこの神殿が怨念の巣窟となっていたので、何十年もかけて浄化を試みていたという。なんとも心優しき素晴らしい精霊のようだ。
このペンダントもこの神殿に保管してあった宝具ではないかと言う。
今更落とし主が名乗り出るわけもないので、とりあえずストレージに大事にしまっておく事にする。
「お二方とも、本当にありがとうございました。これで私も安心してここを離れられます」
お、成仏するのかななどと安易な考えをしていると、
「今、成仏するって思ったのでは?」
ばれてたか。笑ってごまかす。
「生憎と私は、幽霊でも生き霊でもありませんので、ご心配なさりませんように」
「俺達も人助けが出来たようでよかったよ。セリアも達者でな」
ユイがぺこっとお辞儀をする。
するとセリアが急に光りだした。元々光ってはいたのだが、より一層目が開けられない程度にだ。そして光が収まった時、目の前には何もいなかった。
ほんとに成仏したみたいだな。なんて思っていると、下の方から声が聞こえてきた。
「どこ見てるんですか? 私はここです」
えっ? と俺とユイは下を見る。
確かに何かいる。身の丈20cm程度だろうか。背中に羽が生えている。
元の世界でいう、妖精とかピクシーの類だろうか?
「これが私の精霊の本来の姿です」
「小さいんだな」
俺は率直な感想を述べる。
ユイがしゃがんで、マジマジとセリアを観察している。
「私、精霊って初めてだよ」
「精霊と言ってもその姿形は様々です。私のような小さなサイズであったり、人族の倍もある精霊もいますよ」
ふむ。倍もあるとか恐ろしすぎるだろ。精霊というより、巨人族だ。
「それでは、お二方ともこれからどうぞ宜しくお願いしますね」
セリアは、頭を下げてお辞儀をする。
はい?
俺には彼女の言っている意味が分からなかった。
「ですから、私の役目は終わりましたので、新たな宿主を探す必要があります」
「それで?」
「私の新しい宿主をユウさんに決めました」
「意味が良く分からないんですけど?」
「最初にも申し上げましたが、お二人に興味がわきました。お邪魔にはなりませんので私も貴方たちに同行させて下さい」
「断る!」
セリアは『何ででしょうか?』という顔をしていた。
「第一に俺はなるべく平穏な暮らしがしたいんだ。セリアが珍しい存在なら目立って仕方がない。第二に俺達は、モンスターと戦う危ない旅をしている。セリアを危険な目に合わせてしまう」
それを言い終えた直後にセリアが反論する。
「では今挙げた条件がクリアされれば同行の許可を頂きます」
ぐっ⋯喰い下がらなかったか。しつこい精霊だな。正直面倒ごとはゴメンなんだけどな。
でも言ってしまったからには断れない。
「あ、ああ」
「私は別にいいよ。お兄ちゃんの妹は私だけだけどね!」
そういう問題じゃないんだが⋯。
セリアが背中の羽を羽ばたかせ俺の目線の高さまで飛んでいた。
そして次の瞬間、消えてしまった。
すると声が聞こえてきた。
「私は消える前の所にそのままいますよ」
その場所に目をやる。しかし何も見えない。
姿を消せるって事か。というより普段精霊は目に見えないようだ。
「私は精霊の加護が使えます。宿主であればその効果は絶大ですよ」
後で聞いたのだが、この加護というのが、チート級に凄いものだった。
1.自然治癒力向上
2.任意ステータス上昇(一種)
3.他の精霊を見る事ができ、会話が可能
「それと、私は実体化していない限りはモンスターの類に攻撃されることはありませんので危険はないです」
う⋯。
再び姿を見せたセリアが、俺にドヤ顔をしてくる。
はぁ⋯。まぁ、メリットはあるし、約束してしまったからね。
精霊の加護は俺の意思で俺の周りにいる者になら分け与えられるようなので、ユイにも使える。
「負けたよ。これから宜しく頼む」
ユイも『よろしく~』と言っている。
「ありがとうございます。早速ですが、精霊の契約を結んで頂きます」
セリアはそう言い、おれの顔の前まで飛んできた。
何かを唱えた後、セリアは俺に口づけをしてきた。
「え、ちょっ⋯いきなり何をするんだ⋯」
セリアはニコッとしている。
ユイが口を開けて呆然としている⋯。『私だってまだお兄ちゃんとしたことないのに』とか言ったのが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。ていうか兄弟でそんなことしないだろ。
「これで精霊契約の儀は終わりです。感じますか? 精霊の加護を」
身体をポンポンと触ってみるが、特に変わった感じはしない。自分のステータスを確認した。
名前:ユウ
レベル:80
種族:人族
職種:魔術師
スキル:
称号:異世界人、竜王を討伐せし者、精霊の宿主
特殊効果:精霊の加護
たしかに加護の文字が見えるな。ん、いつの間にか
まぁ、とりあえずいつまでもこんな所にいる理由もない、当初の目的も果たしたしね。
俺は寝ていた街の住人を担ぎ上げ、街まで戻った。もちろんセリアも一緒だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます