第8話: 狐人《ルナール》

 俺はある店屋の前にいた。


 それは、今一番気になっていた場所でもあった。

 ドーナツをほぼ一周して宿屋の近くにその店はあった。


 中に入ると客は誰もおらず店主が一人だけのようだ。何とも殺風景な所だな。

 店の中を見渡してみるが商品は見当たらない。だが俺にはこの店が何の店なのか分かっていた。


 店主に一言。


「商品を見せて貰っても?」


 通い慣れた客風に『いつもの』的なノリで言ってみたのだが、店主の表情は堅いまま。

 店主は目つきの鋭い小太りな男だった。


「今うちで扱っているのはこれだけだよ」


 店主は商品のリストを見せてくれた。


 一.遠視ズームフォルム:最大で一キロ先までを見渡すことが出来る。

  価格:金貨十枚

 

 二.フレイムヒート:触れている物を最大で百度まで温めることが出来る。

  価格:金貨十五枚


 三.魔力吸収エナジードレインLv1:モンスターを魔術で倒した時に一定の割合で魔力を回復する。

  価格:金貨五十枚


 四.フラッシング:眩い光を放つことが出来る。

  価格:金貨五枚


 五.スモークベルグ:自分を中心に白煙を発生させることが出来る。

  価格:金貨二十枚


 どれもパッとしないな。て言うか大した効果でないにしてもどれも金貨価格だ。やはり魔術書は相当に効果なものなんだろうか。

 魔術書というから攻撃系を想像していたが、どうやら非攻撃のものが多いみたいだな。それにしても手に入れても必ず覚えれるわけではない教科書のくせして高いな。


 まぁ、しょうがない。


魔力吸収エナジードレイン以外を売ってください」


 店主が驚いていた。

 そりゃね、無理もない。こんな冴えないパッとしない人物が払えるような額じゃないしね。


「あんた、どこかのお貴族様かい?」


 やっぱり衝動買いするような金額ではないようだ。


「まさか、しがない商人ですよ。魔術書を集めるのが趣味なだけです」


 俺は店主から魔術書を四冊購入し質問攻めにあう前に足早に店を出た。後でゆっくり試してみることにする。


 全てを見て回るには何日も必要だが、事前に聞いていた大凡の主要施設の場所の把握と、この国の構造を理解する事が出来た。


 気付けばいつの間にか昼になっていたので、近くの食堂に足を運ぶ。


 昼時だってのに人が殆どいないのは何故だ。

 人混みは得意な方ではないからラッキーっちゃ、ラッキーなんだけど、もしかしたら評判の悪い食堂という可能性もあるのか。


 相変わらずメニューの名前を見てもいまいちピンとこない為、いつもの手を使う。


「おすすめをお願いします!」


 うむ。便利な手段だな。


 暫く待って運ばれて来たのは、真っ黒い器な入った真っ白いシチューらしきものと焼き魚だった。シチューと焼き魚って、合うのか?

 元の世界でもあまり食べた事ない組み合わせだ。

 まぁ、見た目そう見えるだけで、実は全く想像と違う味なのかもしれない。


 早速食べてみる⋯。


 うん、なんというか、あれだね。シチューも大凡想像通りの味だし、そんな事よりも冷めている。シチューは熱々が基本でしょ。ありえない。

 焼き魚は、川魚なのか、焼きを入れてる割に生臭さが際立っている。思わず鼻をつまみたくなるレベルだった。こんなのが本日のおすすめとか、これはないわぁ⋯。

 この世界に来て初めて美味しくないと思ってしまったかもしれない。取り敢えず腹が膨れたので良しとするが、次からはここ以外にしようと強く心に決心した。


 一旦宿屋に戻り、服を着替えた。カバンを腰から下げた商人スタイルから、杖を手に下げた戦闘スタイルだ。

 もちろん昨日買った魔導服を着ている。

 目的地は魔導師ギルドだった。


 程なくして目的地へ辿り着いた俺は、受付嬢に依頼を受けたいと告げると掲示板から俺に見繕った何枚かの依頼票を持って来てくれた。


 冒険者にはランクと言うものがあり、A〜Fに定義されている。

 俺みたいな駆け出し冒険者は当然の事ながらFランクだ。

 故に依頼も最底辺のランクしか選べない決まりとなっている。


「あなたのレベルだとこの辺りかしら」


 どれどれ⋯


 内容は、モンスター討伐から薬草採取、はたまた森林伐採や荷物運搬なんてものまであった。

 中々に幅広い分野だな。その中から適当にモンスター討伐と薬草採取を選択した。

 受付嬢は追加で奥の方から任務の詳細が書かれた用紙を持って来る。

 モンスター討伐はモンスター名称、生息地域、討伐数が記載されていた。薬草採取の方は薬草の種類と採取場所と数量が記載されている。

 基本目標数量を達成したとしてもオーバー分まで換金してくれるそうだ。同じような依頼はいくらでもあるからとの事。


 薬草に関しては全て持ち帰る必要があるが、モンスターに関しては昨日作成した身分証兼ギルドカードに任務を受けた時点で対象モンスターの討伐数を表示させる事が可能なようだ。

 てっきりモンスターは全て持ち帰るものだと思っていた。

 普通の人には無理だろうけど俺には可能だ。

 依頼も受けたし、ギルドを後にする。

 偶然だがモンスターの生息地域も薬草の採取場所も近い所にあった。


 南門から出て三十分程歩いただろうか。そこが目的地周辺だった。


 ちなみに、このプラーク王国は外と繋がっている東西南北の四つの出口がある。それ以外は高い城壁に覆われている。高さ三十メートルはあるだろうか?


 早速範囲探索エリアサーチを頼りに対象を探す。この範囲探索エリアサーチは更に便利な使い方があった。

 対象を探したいと思うと、目当ての対象が検知圏内にあれば反応するというチート機能だ。

 しかし、予め知りえているものでないと反応してくれない。

 つまり、自力で最初の一つは見つけないと使えない。

 下を見ながら注意深く観察していくと、薬草のような植物を発見した。


 赤いハーブのような形をしている。


 名前:レッドセペリ

 説明:HP回復ポーションの材料の一つ。


 どうやら、お目当ての薬草みたいだな。サクッと採取しストレージにしまう。


 この情報を元にして範囲探索エリアサーチの反応を頼りに乱獲していくだけだ。


 どこに咲いているか分かるのは、チート以外の何物でもない。ものの数分しない間に目標数量が採取出来た。

 まだこの場所へ到着してから十分も経過していない。


 さて、次は討伐の方か。先程と同じように自力で一匹は探す必要がある。受付嬢に教えてもらった討伐対象を思い出しながらひたすら走って探す。

 道中、色々なモンスターと出会うが、お目当ての奴がいない。何処にもいない!


 依頼に示されていた場所は、ここで正しいはずなんだけどな。


 仕方がない、違う場所を探してみるか。

 場所を変えて数分も経たない内に、一匹の影を発見した。


 お、あれか!


 受付嬢に聞いていたものと酷似したモンスターが俺の目の前に現れた。

 こちらの事など気にも止めていない様子だ。


 まずは、油断せずに鑑定アナライズからだな。


 名前:ポイズンベム

 レベル:7

 種族:茸

 弱点属性:火

 スキル:毒散布Lv1


 レベル七か、まぁ俺の偽りのレベルにあった任務だしね。

 強い奴が出てきたらそれはそれで逆におかしい。


 モンスターの形状は、まんま動くキノコだった。

 サクッと火撃ファイアーボルトで丸焼きする。もちろん威力は最小限に抑えている。それでも原形を留めないほど黒いススの塊と化してしまった。もっと抑えないと駄目なのか⋯。


 ギルドカードを確認してみると、ちゃんと討伐数が反映されていた。


 目標数を狩り終えた為、急ぎ街へ戻る事にした。というのも雲行きが怪しかったからだ。今にも雨が降りそうになっている。


 案の定、ちょうど宿屋に戻ってきた時点で雨が降ってきた。


 ギリギリだったな。まぁ洗浄クリーンウォッシュを使えば濡れてもすぐに乾かせるんだけどね。でも濡れるっていうのは何か抵抗あるし。


 その後はずっと雨だった。

 もう、ずっと雨。ほんと雨。


 ウトウトしていると、いつしか眠ってしまった。


 気が付くと辺りは真っ暗になっている。

 なんだ、もう夜か⋯。

 せっかくなので、夜の街を散歩でもして見ようかな。


 街は真っ暗で静まり返っていた。


 所々疎らに街灯が灯っているだけで、開いている店などは見つける事が出来なかった。

 さすがに二十四時間営業のお店はないようだな。コンビニでもあれば良かったんだけど。


 これといって何もない為、宿屋に戻ろうかと思ったその時、範囲探索エリアサーチに動く複数人の反応があった。普通の反応ならば別に気にも止めなかっただろう。


 一言で言うなら怪しい。動きがコソコソしていて、怪しさ全開だった。


 気になったので、気配を殺して反応があった方へ向かう。

 暗くてよく見えないが、どうやら三人の男が走っている。一人は肩に大きな荷物を抱えているようだ。


 あれ? おかしいな。

 範囲探索エリアサーチの反応は四人なんだけど⋯

 もしかしたらあの肩に担いでいる荷の中に人がいるのか?

 より一層怪しく思えてきた彼らをこっそりと尾行する。


 彼らはどこかの建物の中に入っていった。

 俺は壁に耳を当て聞き耳を立てる。しかし、よく聞こえない。なんて思っていると視界の端にメッセージが現れた。


 ”聞き耳を獲得しました”


 案の定スキルを獲得してからは筒抜けのようによく聞こえる。これはプライバシーなんてあったもんじゃない。防音壁なんて、なんのその。暫く聞いていて、分かった情報は⋯


 どこかから獣人族を攫って来た。中にいる人数は五人。護衛付きの奴隷商人がもうすぐ来るので、引き渡しまで待っている。と言った内容だった。


 うーん。どうするか。

 最初に見た三人は、職種は盗賊でレベルは十五前後だった。

 俺は別に正義の味方でも獣人の味方でもないのだが、この状況を見てしまったからには、どうにかしないとと思ってしまう。


 ストレージから服を取り出す。

 まさに怪しさ満点のフード付きの黒いローブ。昨日購入しておいたんだよね。主に姿を隠したい時に使用する為に。まさかこんなに早く使う事になるとは思わなかったけど。


 奴隷商人が来るまで時間がない。


 意を決して中へと踏み込む。相手の居場所は範囲探索エリアサーチで手に取るように分かっていたので、そっと歩み寄り、背後から一撃で相手を気絶させる。なるべく物音を立てないように。


 恐らくコイツは見張り役だったのだろう。

 残りの四人は一ヵ所に集まっていた。

 ストレージからソッと小石を四つ取り出す。

 

 俺は今扉の前で踏み込むチャンスを伺っていた。相手はこの中にいる。心臓の鼓動がバクバクと音を立てて大合唱を奏でている。


 何か緊張するなぁ⋯。駄目だ、落ち着かないと。深呼吸深呼吸。何回かスーハースーハーして、落ち着くのを待つ。


 よし、これで大丈夫だ。覚悟を決めよう。


 扉を勢い良く開け放つ。


 目に入ってきたのは四人の盗賊達が酒を酌み交わしていた姿だった。

 彼らが驚いた表情でこちらを振り返る。

 待ったなしに小石を彼らの腹に命中するように投げた。もちろん威力を最小限に抑えてある。

 小石は見事狙い通りに命中し、男達はバタバタとその場に倒れていった。


 そうして眼前に一つの大きな袋が目に入った。その袋を開けようと近付いた時、範囲探索エリアサーチにこの建屋に近付いてくる新たな三人の反応があった。

 恐らく奴隷商人とその護衛だろう。


 仕方がないので袋のまま担いでその場を後にする。手頃な場所がなかったので、近くに人がいない事を確認し、宿屋の自分の部屋まで戻って来た。

こんな姿を誰かに見られようものなら、どっちが盗人か分かったもんじゃない。


 恐る恐る袋を開けてみる。


 その中にいたのは、やはり獣人族のしかも女の子だった。この宿の女将さんの子供であるココナくらいの年齢だろうか?


 唯一違うのは、耳と尻尾があることだ。

 黄色だから狐かな?


 名前:ユイ・ハートロック

 レベル:17

 種族:獣人族(狐人ルナール)

 職種:なし

 スキル:なし

 状態:喉麻痺、催眠


 狐人ルナールで名前はユイか。状態が催眠となっている。恐らく睡眠薬か何かで眠らされているのだろう。喉麻痺はなんだろうか。誘拐犯になにかされたのだろうか。


 彼女をソッとベッドに寝かせた。

 イスの背もたれにアゴを置く形で座り、彼女が起きるのを待った。無理に起こすのも良くないしね。


 そうして気が付けばいつの間にか外はすっかり朝になっていた。

 またしても、ウトウトしながら眠ってしまったようだ。


 目を開けると至近距離に顔が見える。一瞬誰だか分からなかったが、どうやら彼女が気が付いたみたいだ。にしても顔が近くないか?

 俺と彼女の距離は拳一個分あるかないかだ。


 一瞬ドキっとしてしまったじゃないか。

 落ち着くんだ。深呼吸だ深呼吸。普通だったら驚いて後ろに下がるのだろうが、動揺しているのを隠す為ポーカーフェイスを心掛ける。


 彼女は俺の目をジッと見つめて離さない。なぜ何も喋らないのだろう。流石に堪えきれなくなったので、こっちから話し掛ける。


「おはよう。よく寝れたかい?」


 暫く待ったが彼女からの返事はない。

 まだ警戒しているのだろうか。


 沈黙の時間が流れる。待てども一向に返事が返ってくる素振りがない。


 あーもう! 無理だ! にらめっこも飽きた。


 俺はイスと一緒に後ろに一歩下がる。

 とりあえず、この状況を説明した方がいいか。


「俺の名前はユウ。昨日の夜に君が不審者に連れ去られているのを偶然目撃したから、隙を見て助けたんだ」


 彼女は依然として俺の目を見つめたまま喋らない。

 少しの沈黙があった後、彼女が口をモゴモゴさせている。何か喋りたいのだろうか。


 表情から察するに必死に何か伝えたそうにしている。


「もしかして声が出ないのか?」


  彼女はコクリコクリと頷いた。


 おっと、これは想定してなかったな。さてどうするか。あの盗賊達にやられたのか? それとも呪い的な何か?

 再度彼女のステータスを確認した。


 名前:ユイ・ハートロック

 レベル:17

 種族:獣人族(狐人ルナール)

 職種:なし

 スキル:なし

 状態:喉麻痺


 これか。

 状態異常の喉麻痺ってことは、治癒ヒールで治せるのだろうか。

 ええい、駄目元だ。


 《治癒ヒール


 彼女の全身が薄い緑色の光に包まれる。その状況に驚いた表情を見せたが、依然口をモゴモゴさせている。

 すぐにステータスを確認した。


 やはり治ってない。うーん、治癒ヒールが効かないのか。

 いや、待てよ。ああ、そうか。治癒ヒールLvかな?

 俺の治癒ヒールはレベル三。MAXレベルは確か五だったはずだ。

 すぐに治癒ヒールのレベルを五まで振り、祈るように唱える。


治癒ヒール


 気のせいだろうか。先ほどよりも眩い光に包まれてたような。

 鑑定アナライズで確認すると状態欄の喉麻痺が消えていた。どうやら今度は成功したようだな。


 彼女に喋ってみるように促す。


 まだ半信半疑と言った感じだが、彼女は恐る恐る口を開く。


「あ⋯あー⋯は、話せ⋯る⋯! 話せる⋯よぉ⋯」

「良かった。治ったみたいだね」


 すると、急に彼女は顔を真っ赤にして両手で顔を塞ぎ大泣きしてしまった。


 え、なんで⋯。


 なぜ彼女が急に泣き出してしまったのか、この時は分からなかった。

 俺には妹はいないし、こんな経験はない。どう対応して良いか分からなかった。

 いつもミリーにしていたように、優しく頭を撫でてみる。

 すると、俺の胸元に飛びついてきて更に大泣きしてしまった。困ったなこの状況⋯さてどうしたものか。


 どれくらい時間が経ったのだろう。俺はその状態のまま一歩も動けずにいた。

 彼女はしばらく俺の胸に顔を埋めて泣いていたのだが、今は泣き止んでいる。

 しかし依然として顔を埋めたままだ。とりあえず声を掛けてみる。


「大丈夫か?」


 呼び掛けてから暫くして、彼女がやっと顔を離してくれた。

 目は泣いていたせいだろう、赤く充血している。


「う、うん」


 コクリと頷いた。


「あ、あの⋯えっと、ありがと。お兄ちゃん。私の声⋯治してくれて」


 彼女は若干頬を染めながら上目遣いでお礼を言ってきた。


「いや、お礼を言われる事はしてないよ。それに、ごめんな」


 俺は謝った。

 彼女は謝られた事に少し驚いている。


「俺達人族が君に辛い思いをさせてしまって、だから、ごめんな」


  素直な気持ちだった。こんな幼い少女を拉致して奴隷にするなんて、到底許せる話じゃない。こっちの世界ではそれが普通なのかもしれないが、到底そんな事許せるはずもない。


「お兄ちゃんは悪くないよ! 私を助けてくれた私の王子様だもん!」


 んっと、王子様? 擁護してくれたのは嬉しいけど。王子様とはこれいかに⋯。


「改めて自己紹介しようか。俺の名前はユウ。冒険者で魔術師をしている」


 彼女がやっとニコリと笑ってくれた。


「私は狐人ルナールのユイです。ヨロシクお兄ちゃん!」

「辛いことを思い出すかもしれないけど、何があったのか教えてくれるか?」


 彼女を元の場所に送り届けるためにも聞かなければならなかった。


 ユイは徐に話し始めた。


「うん⋯。私はね、ミザールという狐人ルナールの村で暮らしていたの。でも急にモンスターの大群が襲ってきて、みんなやられちゃった⋯。私は一人ぼっちになって、途方に暮れて歩いていたら、首元がチクッとして急に眠たくなっちゃって」


 そのままユイは下を向いてしまった。


 そうだったのか。しかしモンスターが襲ってきたのは、はたして偶然だったのか? 作為的な何かを考えてしまう。でも困ったな、これだとユイを送り届ける先がないぞ。


「お兄ちゃん! お願いがあるの!」


 何故だか目をキラキラさせている。

 ユイは恥ずかしそうにモジモジしながら、またしても上目遣いで俺を見上げる。


「えっと、えっとね、私の⋯その、お兄ちゃんになってほしいの!」


 なんだと⋯。


「お兄ちゃんは私を危険から救ってくれたし、それに、ずっと昔に無くしちゃった声まで取り戻してくれたの」


 え、ずっと昔に無くした?

 てっきり、盗賊にやられたのかと思っていたが、ずっと前からだったのか。


「えっと、ユイを助けたのは、そもそも俺達人族がユイに酷い事をしちゃったからで、当然の事なんだ。むしろお礼を言われる筋合いなんてないんだ」

「いやっ!」


 ユイは俺に抱き着く。


「いやっ! いやっ!」


 頭をフリフリさせている。振り払おうとするが、ユイはガッチリしがみついて離れない。


 さて、どうしたものか⋯。


 かつて竜王にやられそうになった時よりも俺自身動揺しているのが分かる。

 今の俺には、ユイを納得させて離れさせる方法が思い付かない。それにこのまま見放して、また同じような奴らに捕まっても後味が悪い。


「はぁ⋯分かったよ。俺がお兄ちゃんになってあげる」

「ほんとっ! やったぁ!」


 ユイは飛び上がって喜ぶ。


「だけど、あくまで送り届けるってのが条件だからな? 俺は世界を旅してる途中だ。もしその道中にユイと同じ種族の集落があったら、そこでお別れだからな」


 ユイは頬を膨らませて『むすぅー』と言っている。


「分かった! でもいいよー、その頃にはどうせお兄ちゃんが私と離れたくなくなってると思うからさ!」


 そんなことはないよ。と声に出して言えない自分が情けない。そりゃ、こんなに可愛い妹がいたら、兄としては誇らしいし、元の世界で一人っ子だった俺としては妹という存在に多少なりとも憧れた時期はあった。それは認める。さっきの返答にNo!と答えられなかった。それも認める。


「まぁ、じゃ改めて自己紹介だな。俺の名前はユウ。これからもよろしくな、ユイ」

「私はユイ。よろしくお願いします! お兄ちゃんっ」


 お兄ちゃんと言われることに慣れていないので、いちいちドキッとしてしまう。慣れないとな⋯

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