第6話: 旅立ちの日
この世界に来てから一ヶ月以上が経過していた。
依然として元の世界へ戻る方法は見つかっていないが、この世界で生きる術を学び、それなりに強くなったという自覚がある。
この世界で暮らすのも悪くないなと俺自身思い始めていた。しかし元の世界に未練がないわけでない。急ぐ必要はないが、どうせ異世界に来たんだしこの世界を旅して、この世界の事をもっと知りたい。その過程でこの世界に連れて来られた理由と元の世界に戻る方法を探せればいいかなと思っている。
ドラゴン退治の帰路で先生にこの思いを告げていた。一週間後にはここを出て、世界を旅して周りたいと。
先生はただ頷くばかりだった。
朝になり、ベッドから抜け出る。
ミリーは既に起きていたが、エスナ先生の姿はなかった。どうやら、街のギルドにドラゴン退治の報告に行ったそうだ。昼には戻るだろう。
俺はミリーに昨夜エスナ先生にした話をする。
「そっかぁ、もうすぐ行っちゃうんだね」
「ああ、この世界を巡ってこの世界の事をもっと知りたいからな」
「またここに戻ってくる？」
「勿論。俺の先生はエスナ先生だけだしな、それに可愛い姉弟子もいるしね」
ミリーはどこかホッとした顔をしている。心なしかちょっとだけ顔が赤い気がする。可愛い奴だよ。
いつものように頭を撫でる。頭を撫でられながら、徐に何処か遠くを見るようにミリーが自分の生い立ちについて語り出した。
ミリーは、ここよりもずっとずっと西に行った所にある獣人族の集落で生まれた。五十人程の小さな集落だったのだが、今ではもう地図にも実際に存在すらしていない。
ミリーがまだ十歳だった頃、人族の奴隷商人が護衛を連れてミリー達獣人族の集落を訪れた。
抵抗も虚しく男達は全員殺され、女子供は奴隷にする為に捕獲されてしまった。
護衛は金で雇われたそこそこ腕の立つ冒険者で、
馬車に乗せられ、街へ戻る道中に今度はその馬車が盗賊に襲われてしまった。その混乱に乗じてミリーは命からがらその場から逃げる事に成功したのだそうだ。
しかし途中で力尽きて意識を失ってしまった。その時、ミリーは死を覚悟した。
しかし、次に気がついた時には暖かいベッドの上だった。
ミリーは酷く震えていた。
人族にヒドイ目にあわされたのだから無理もない。ミリーは自分をここまで運んでくれた人物を探したが、この小屋の中には誰も居なかった。怖くなったミリーはこの小屋から出て行こうとドアを開けた瞬間、ちょうどそのタイミングで、この小屋の主である先生が戻って来た。
それが、ミリーと先生との最初の出会いだった。
「目が覚めたようじゃの。どこへ行く気じゃ？」
先生もミリーにヒドイ事をした人族である事に変わりはない。ミリーは恐怖しても仕方がないのだが、先生の外見を見た途端その恐怖心は次第に薄れていった。見た目は、どうみても変な格好をした少女にしか見えないのだからそれも頷ける。
「お姉ちゃんが⋯あたしを⋯助けてくれた⋯の？」
エスナは頷く。
「すぐそこで倒れていたからの。怪我もしていたようじゃったから手当ても兼ねてここまで運んだのじゃ」
それを聞いてミリーは安心したのかその場でまた気を失ってしまった。
次に目を覚ました時、辺りはすっかり暗くなっていた。
目の前にはベッドの横でイスに座ったまま眠っているエスナの姿が見えた。
看病してくれていたのだろう。
ミリーはエスナの手を握る。
「暖かい⋯暖かいよぉ」
するとミリーは突然泣き出してしまった。自分の身に起きた出来事が、恐怖が、今となって、実感が湧いてきたのだ。まだ十歳そこらの少女だ。無理もない。自然とエスナはミリーを抱きしめていた。
「悲しい時は泣けばよい。しかしお前に酷い事をする輩はここにはいない。安心するんじゃ」
ミリーは泣きながら頷きエスナの胸元で泣き続けた。
一頻り泣いた後、泣き疲れたのか、そのまま眠ってしまった。
そして、目が覚めたミリーは行く当てもないという事でエスナと一緒に暮らす事になった。
魔術師の弟子として⋯
「ミリーもいろいろと大変だったんだな」
「まーね！ でもそのおかげで私は師匠に出会えたからね。悲しい事もあったけど、今の私はすっごく幸せだよ！」
ミリーの性格は、ドがつくほど前向きで明るい。とてもそんな過去があったなんて想像もしていなかった。俺はそんなことを考えながらミリーの頭をいつもより強めに撫でていた。
「でもなんで俺にそんな話を？」
「んーなんでだろー？」
おいおい疑問形かい。
「たぶん、ユウには知っておいて欲しかったんだと思う。外の世界にはそういう人達もいる。でも師匠みたいな人もちゃんといるんだよ～って。それとね、盗賊に襲われた時に生き別れちゃった妹がいたの」
生き別れの妹だって？
「すぐに師匠に探してもらったんだけどさ、結局見つからなくてさ」
「そうだったのか⋯ごめん、何か思い出させちゃったみたいだな」
ミリーは『ううんいいのいいの』と頭をフルフルしている。
「妹の名前は？」
どうせ外の世界に出るんだ。姉弟子の妹なら無関係じゃないしね。
「名前はクク。生きていれば私の三つ下かな」
「きっと生きてるさ」
俺は、つい何の根拠もなしに軽はずみな事を言ってしまい、途端に少し後悔した。
「うん、ありがと！ 私もそう思う！ だってね、ククは私と違って運動神経抜群で自慢の妹だったんだもん⋯」
ミリーがまた頭をフルフルしている。
「あーもー！ 終わり！ 私らしくないね、こんな辛気臭いのは終わりだよ！」
ミリーが会話を終わらせようとするので俺は素直にその流れに従った。
その後ミリーと今度は先生の事について話し合っていた。先生は魔術を教える時はすごく厳しくて怖いけどそうじゃない時はすごく優しいだとか、他愛もない話だ。
そうして暫くして先生が戻ってきた。
その手には何やら大きめの箱を抱えて⋯
「わーい！ おみやげだ～開けてもいーい？」
ミリーの反応は早かった。そんなミリーに先生は箱を手渡す。
「うむ。ギルドからの討伐報酬じゃ。いらんと言ったんじゃがな」
「何かな何かな～」
バリバリと袋を破り捨てる。そして中から杖のようなものが二本出てきた。
「お、杖かな？」
ミリーは出て来たその杖を両手に持ち、カッコよくポーズを取る。
「この世界が出来た時から存在していると言われている世界樹から作られた杖じゃ」
ん？ 世界樹とな！ これまた厨二心をくすぐられる名が出てきたな。
先生曰く、望みの報酬を与えるとかなんとか王様に言われたらしく、最初は断ったそうだが、断り切れずに最高級の杖をしかも二本要求したのだそうだ。
王様にそこまで言わせるなんて、先生ぱねぇ。
まぁ、今回の討伐対象が対象だけにそれ相応の報酬じゃないと割りに合わないとは思うけど。
「その杖は弟子であるお前達二人にプレゼントじゃ」
なんだって！
ミリーも少し表情を歪ませる。
「え、でも私はその討伐にも参加してないしそれにこんなすごい杖、勿体なさすぎるよ⋯」
「お前は儂の自慢の弟子じゃ。武器に釣り合わぬと思うのなら、釣り合う存在になれるように一層の努力をすればいい」
ミリーがうんうんと頷いている。良い杖というのは魔力効率が高いらしく少しの魔力で高威力の魔術を生み出すことが出来る。この世界樹の杖というのはその中でも最高品質に値するらしい。俗に言うレアってことなのだろうか。
名前:世界樹の杖
説明:神樹と言われる世界樹から作られた魔導杖。
特殊効果:消費魔力補正(大)、魔術ダメージ補正(大)、
さすがに最高品質なだけはあるな⋯。武器を装備するだけでスキルが使えるようだ。
「こんなに高そうなもの⋯ほんとに貰ってもいいんですか？」
「お前も儂の自慢の弟子じゃ。役立ててくれれば儂も嬉しいぞ」
「ありがとうございます」
早速新武器の効果を試してみたかったが、昨日の激戦もあったので、今日の修行は無しという事になった。
せっかくなので、俺はこの近場の街の情報を聞いた。
ここから南に二百キロ程行った先にプラーク王国というのがあるらしい。今回の討伐依頼もここからだったそうだが。
この樹海の森もプラーク王国の領土内だそうで、そこに住んでいる先生も形的にはプラーク王国の住人という扱いになっていた。
街と言うか、王国って国だよな？ 国と言うからにはめちゃくちゃ人がたくさんいるのだろうか。
俺が最初に行く目的地も恐らくここになるだろうから色々と聞いておいて損はないだろう。
プラーク王国は人口約十万人で、このグリニッジ大陸の中でも四番目に大きな国らしい。
基本的に街や都市には職種毎にギルドというものがあり、大多数の人間がギルドに所属している。
後は、宿屋、武具屋、雑貨屋、魔術屋、食堂、奴隷商会、大都市には図書館や娯楽施設なんて物もあるらしい。普通一般的なRPGと同じような感じなんだな。なんて思いながら説明を聞いていた。魔術屋というのはその名の通り魔術を売っているのだそうだ。
こっちの世界の人は魔術を覚えるのに絶え間ない苦労と努力が必要なのだと思っていたが、その魔術書を買えば誰でも覚えられるのだろうか。
「その魔術屋で買った魔術は誰でも簡単に覚えられるのですか？」
ミリーがそんなわけないでしょーという顔をしているのでどうやら違うらしい。
話を聞くに、どうも教科書のようなもので、取得するためのコツが書かれているのだとか。教科書があってもやはり相当努力しないと通常は覚えれないらしい。それに反してかなり高額だとか⋯。
先生がそんな事が出来るのはお前くらいじゃなんて事を言った気がしたが、きっと気のせいだろう。
次の日は、朝から土砂降りの雨が降っていた。こっちの世界に来て初めての雨だな。
後で聞いた話だが、こっちの世界でも雨や雪は普通に降るらしい。雪国もあるのだとか。
雪国か、行ってみたいな。俺は生まれも育ちも鳥取だった為、雪というのは見慣れてはいるのだが、なぜか雪が降ると気持ちが高ぶってきたりしない？まぁどうでもいいけど。
その日は雨で一歩も外に出る事はなかった。
先生から魔術を使わなくても修行出来る方法がある事を教えてもらった。
その方法というのは、目を閉じ魔力が体全身に巡るのをイメージする。その状態を繰り返すだけだった。
実際にやってみよう。
左手に込めた魔力を腕を伝って頭に、そして右肩、右手、右足、左足に魔力を巡らして最後に左手に戻る。その状態を繰り返す。なんと言うか身体全身がぬるま湯に浸かっているイメージに近いだろうか。悪い気分はしない。寒い時とかにもいいんじゃないだろうか。
ちなみにこれを魔力循環法と言うらしい。効果としては自身の最大魔力量を向上する事ができるのだとか。魔力量が目に見えて分からないため、いまいち実感が分からない所が辛いところだ。
こっちの世界の住人はそれが一般的なんだろうけどね。
俺は一日中ダラダラしながら、教えてもらった魔力循環法をしながら過ごしていた。
日付が変わり、昨日と打って変わって今日は晴天だ。
絶好の修行日和だな。なんて思いながら本日の修行を開始する。
ミリーに合わせての修行のため、モンスターのレベルが二十前後だ。俺としては物足りないのだが、新武器の効果を確認しながら、モンスターを駆除していく。
今ではミリーも出会った時と比べてレベルが四上がっており、十六になっている。
前々から疑問に思っていた事を二人に尋ねる。
それは、この世界でのレベルの標準値だ。
二人の答えを整理するとこうだ。
非戦闘職：レベル1～10
冒険者≪ビギナー≫：10～15
冒険者≪中級者≫：15～25
冒険者≪上級者≫：25～35
冒険者≪達人級≫：35～45
冒険者≪英雄級≫：45～60
先生や俺はすでに八十超えなんだが⋯最高ランクの英雄ってことは勇者の事だよね。つまりそれ以上の存在という事になるのか。
それ以上になると一部の者からは神クラスと呼ばれるのだとか⋯。
改めて自分のレベルの高さに驚愕する。
ミリーもすでにその年で中級者クラスだし、やっぱし優秀なんだな。
説明の時にエスナ先生から注意された。
「自身のレベルは絶対に口外せぬことじゃ。儂も誰にも言っておらぬしな」
やっぱり言わないほうがいいのか。納得だけど。
だけど、俺が持っている
先生に聞いてみたが、ビジョン系のスキルは確かに世の中に存在はするが、先生自身そのスキルを持っている人物は一人しか知らないそうだ。
よくある話、水晶に触れたらステータスが分かってしまうような魔導具があってもいいのだが、この世界にはそういった類のものは存在しないらしい。
ということは、自分の口から言わない限りはばれることはないという事。
あ、ちなみにモンスターのレベルもイコールなんだとか。レベル四十のモンスターを倒そうと思えばレベル四十の実力が必要という事だ。
いつぞやのドラゴンはレベル九十を超えてたよな⋯あんなの倒せる人っているのだろうか。
後で先生と二人っきりの時に教えてもらったのだが、この世界には先生と同等あるいはそれ以上の者も多数存在している。
あまり公の舞台には出てこないらしいが⋯これから旅をしていく以上注意するに越したことはない。
その人達全員が味方である可能性はないのだから。人であるかも分からないしね。
とりあえず納得したので、この話はここまでにする。
その後もモンスターを駆除しながら俺達は本日の修行を終える。
次の日も、そのまた次の日も三人で一緒に修行に明け暮れていた。
そしてとうとう俺の旅立つ日が来てしまった。
当日の朝、目を覚ますと、そこに二人の姿はなかった。
何処かへ出かけたのだろうか。小屋の中に二人の姿がなかったので、俺はドアを開け、その先の光景に少し驚いた。
何やらいい匂いが漂ってくると思ったら…
二人が外で作業をしている。どうやら俺の旅支度を整えてくれていたらしい。
大量の食糧や水が目に映る。
「あ、ユウおはよう！」
す
ミリーが元気に挨拶するので、俺もおはようと挨拶を返す。
「ユウが迷子になって空腹で死んじゃわないようにたくさん作ってあげたからね！」
今サラッと凄い事言ったぞ。
あ、ありがとう⋯と返事をしておく。
俺は作ってくれた食料の類を順にストレージに入れていき、自身の旅支度を整える。
「相変わらず良く入るよね～それ。一家に一台は欲しいよね」
どこの通販サイトだよ。と心の中でツッコミを入れておく事を忘れない。
旅支度を終え、いよいよ旅立ちの時である。
「ユウ、お前に渡しておくものがある」
おっと。先生の目が真剣だった。
先生は自分の首にかけているペンダントのような物を外して、俺に手渡してきた。
「この首飾りはワシの弟子だった証じゃ」
ヤバい、涙が出来てきそうになってきたのでグッとこらえる。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「うむ。肌身離さず持っておくのじゃ、それにある程度は身分証や通行証の証にもなるはずじゃ」
この首飾りを持つ物は樹海の魔女の信頼のおける人物という事になるらしい。
後々の事だが、この首飾りに何度も窮地を助けられる事を今の俺は知る由もなかった。
「絶対また戻ってきてね！」
ミリーが泣きそうな顔をしている。
「ああ、約束したしね。可愛い姉弟子に絶対会いに戻ってくるよ」
ミリーは嬉しそうだ。
俺は先生の前まで移動する。
「先生、本当にこの一ヶ月とちょっとの期間でしたが、大変お世話になりました。魔術だけではなく、この世界の事や生きていくためには欠かせない事もたくさん教わりました。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる。下げたまま少し固まっていた。
というのも、俺自身半分泣きそうになっていからだ。
「ユウよ。決して自分の力に奢ることなく、これからも魔術の修行に励むのじゃぞ。それと無理は禁物じゃぞ」
俺は、目をこすって涙をぬぐいながら「はい！とだけ返事をした。
先生もうっすらではあるが、表情が緩んで泣き出しそうな感じになっている。
ミリーなんてもう完全に泣いちゃってるし。
「それじゃ、行ってきます！」
「行ってらっしゃい！」
「元気でな」
三人と別れの挨拶を交わし、俺は小屋を後にする。
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