/1 『いざ、倫敦へ!』


――ごとん、という貨物車両を揺らす衝撃に、追憶からディーは意識を現実へ引き戻された。


 車輪が止まり、線路に火花と悲鳴を撒き散らすのが聞こえる。


「何事だろう。整備不良かな、そ・れ・と・も~~?」


 浮かんだ興味に理知ひとみが輝く。



「ザザ、様子を見に行こう。オイルは注した? ああ、良い運指だね! じゃあ万端だ!」


「ザザザザザ」


「はいはい! 小言は後で聞くって! さあ、行こう!」


「ザザザザザザザザ、ザザザザザザ」


 けれど械人はノイズを走らせ、動こうとしない。



「……なんだよ、自分の身を案じてくれている? そうだね、ザザはいつでもそうだ! 父上の傑作。だけどだから、キミが居てくれるなら安心だろう! それとも、またやっぱりいつものアレか? 、ってやつか!」


 腰に手を当て、辟易した、というポーズを取るDに械人は答えない。



――なにより、彼女自身が解かっていた。この、一方通行の、会話とは名ばかりのやり取りに。


 本当はザザが何と言っているかなんて、解かる筈がない。

 それでも彼女には、それが全てだったのだ。


















「……わかってる。わかってるよザザ。こんな、口調ばかり男めかして強がったって、わたしはまだ十五の女の子だもん。それでも、決めたの。言ったでしょう、覚えている?」


――それは、近いものならつい先日。遠いものならあの、十年前。Dは事あるごとに口にしてきた。


 事の全てが終わり、すべてが始まったあの日。


 械人が野盗を全て斃し、大きく息を吐き出すように銀色の蒸気を吐き出した時。

 


 銃の廃莢のように、その胸から落ちた、ひとつの水晶。中に歯車を閉じ込めた、人工と天然が奇妙に同居する、彼の輝きを喪った【心】。




――悲鳴と銃声が、車両の外から聞こえてくる。






 歯車水晶それを胸に下げ、この時もやはり、Dは機械の瞳を真っ直ぐ見ながら誓いを立てる。



。必ず貴方のギアスクォーツを修復する。

 さぁ、扉を開けてちょうだい。見に行きましょう。そして、わたしたちを乗せた鉄馬車を襲うってことがどういうことか、教えてあげましょう。それから、うまくいけば謝礼も貰えるかもね!」



 幼き日のように、少女は鉄の巨人の右の腕と肩とくとうせきに座る。能率低下を訴えるノイズを無視して、上機嫌に扉が開くのを待った。













 風圧に靡く髪と、ドレスハットのバンドと、めくれそうになるドレスの裾を押さえて、笑って言い放つ。





「やあやあ! 励むじゃあないか、野盗諸君! から失礼するよ! 自分はD=オータムバイン! 略称だが構わないだろう? 気軽にディーと呼んでくれ給え! 誰も君達みたいな野蛮な連中に、本名も愛称も呼ばれたくはないからな! あぁ、紹介しよう。この大男はザザ。自分の連れ合いだ。貨物車両に入っていたのは別に、隠れていたわけじゃあないんだ。一等客室には彼の座れる席がないとのことだった。あぁ、そこにいる君はあの時の車掌だね。葡萄水ジュース、御馳走様! どうぞそのまま、その両手は上げたままで結構結構! 今は恐怖で震えているが、次には歓喜に奮え喝采するだろう! 下げた腕をもう一度上げるのは億劫というものだ。こう見えてこのオータムバインとザザ、こういった荒事には覚えがある。拝聴まことに感謝する! 


 ではザザ! 野盗狩りワイルドハントを始めよう! 嵐の夜ワイルドハントの名に羞じぬ働きを魅せておくれ!」






第一話『いざ、倫敦ロンドンへ!』 終幕

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