マザー

 朝目覚めると、今日も部屋の中には俺1人だった。

 寝坊をしているとかそんなのでは決してない朝の9時起床だと言うのに、クイーンサイズのベッドで寝ていた俺の隣には誰もいない。

 戦いが終わった後、お偉い人間は俺の事を調べ上げ、そして俺が改造人である事と、偽造カードで買い物した事がバレた。

 その後、改造人間初出産を成功させたドクターとして有名になった俺を政府は処刑しにくかったのだろう、買い物をした金額と、多少の罰則金を返済した後、アジトでノンビリ地球の環境調査もしながらの改造人間修理工、ドクターとして暮らせる事になっている。

 アジト周りの森部分の拡大を図るために植林作業し、小屋に近かったアジトの建て直しも行ったので、ここは立派な隠れ家だ。

 とは言っても連絡があるまでは施設に戻らないーって生活ではなく、週に1回施設に出勤しなければならない。

 現在あの施設はガドルを代表とし「再び地球に人間を」をキャッチコピーとした研究施設になっていた。そこで俺は修理技術を一般の人間に教えるという意に反した授業をやらされているのだ。

 修理技術を教えるという事は、改造人間の作り方を教えてるようなもの。

 本来なら絶対にしなかっただろう授業を、週に1回1時間という、かなりスローペースで進めている。

 ドクターとして暮らしていた俺は、月に住む一般市民からなる支援団体の強烈な政府への抗議により偽造カードで買い物をした分の金と罰則金を支払うだけで罪が許された。多分ネットテレビで今までの改造人間に対する人間の扱いとか色々放送されたのが切欠だろうと思う。

 で、お偉い人間は次にスイの事を色々調べた。

 俺と同じく偽造カードで買い物をしていたスイも罪に問われる事になったのだが、他にも、月に住んでいた事で不法入国が加わり大罪とされた……。

 改造人間は月で生活をしてはならない。とかいう法律などないのにだ。

 スイの肩書きは改造人間開発チームの1人という設定だったが、実際にスイは改造人間を造っていない。それが戦争に貢献していないとして支援団体の講義もなかったらしい。

 お偉い人間はスイの有罪をネットテレビで報道し、それによってスイは指名手配された。

 捕まったら間違いなくスクラップにされる。

 それは俺でも、もちろんスイにだって分かっていたし、スイの母親だって分かっていたので、ロケットで迎えに行くとスムーズに地球へ連れ出す事が出来たんだ。

 後はもうアジトからは出ないつもりでいたから、捕まらなければ大丈夫。なんて軽く考えていた……。

 スイが指名手配されてから1ヶ月と少し。

 研究施設にいる改造人間達の定期メンテを数日前に終わらせていたにも関わらず、タイキから連絡が入った。

 急患の知らせだった。

 スイを留守番させやって来た施設で待っていたのは、急患でもタイキでもなく何人かの人間達で、スイの居所を俺に尋問した。どうやら急患が出たとタイキに嘘の報告をした奴がいたらしい。

 尋問を受けてから3日、俺の通信機にスイから連絡が来た。実際どんなやり取りがあったのかは詳しく知らされてはいないが、俺が大変な事になっている。とかいう内容だったと後に聞いた。

 施設に来てくれ。

 そう言われたスイは、捕まるかも知れない。という自分の心配よりも俺の身を案じて施設にまで来て捕らえられ、そのまま月に送られ収容された。

 スイが捕まったと知ったのはネットテレビで逮捕のニュースを見てから。

 お偉い人間がそのニュースを知った時の俺をニヤニヤ笑いながら見たあの顔は、今でもハッキリと思い出せる。

 「……はぁ……」

 朝、起きてスグに思い出す羽目になったお偉い人間の顔をどうにかしようとベッドから這い出してパソコン前に座る。そこには前日からまとめ作業中のメモが乱雑していて、昨日の残り物であるカップに残っていたコーヒーをグイッと一気に飲んでから作業の続きを始めた。

 今までの授業で教えたのはメンテナンスを始める前の器具の手入れの仕方と、メスの使い方だ。

次からの授業は、改造人間とロボットの戦いの様子と題した内容にするつもりでいる。うまくすればそれだけで1年近く時間が稼げるだろう。

 歴史のテストと題したテスト期間を設けても良いな。

 人間に修理技術を教えた後のスイの扱いなんてスクラップ以外になにがある?それでも1週間に1回授業をしなければならないんだから、なんだかんだと理由をつけて本題には触れない授業をしていくしかない。

 もう、二度と改造人間は作らせない。それは俺だけじゃなく、スイの思いでもあるし、リオンの思いでもあった。

 1枚のメモを手にとって眺める。

 それは、先日調査に行った場所に関するメモと写真。

 「アンタは、なにを思ってた?」

 写真に映るソレに声をかけ、溜息を吐く。

 人間を滅ぼそうと本気で考えていたのだろうか?

 だったら改造人間と戦わずに宇宙を越えて月にまで飛んでいけるロボットを作って直接人間を攻撃すれば良かったんじゃないか?

 アンタには、それが出来た筈だ。

 なのに、そうはしなかった……何故だ?

 月を攻撃するとマズイなにかがあった?

 もしそうだとしたなら、俺と良く似ているのかも知れない。

 お偉い人間の言う事が本当なら今、月の収容所にはスイがいる。俺が授業をし続ける限り身の保障はするらしいが、1回も面会出来ていないんだから信じるには値しない。それでも、もうスイがいないなんて……考えられないからどうしようもない。

 会わせろと言うのは簡単だ。それで会えるんなら今すぐにだって連絡をいれたい。でも、分かってる……俺がもしスイに会いたいと言えば、その分お偉い人間は、だったらあぁしろ、こうしろと次々とスイを生かす条件を増やしてくる。

 会えない状況が同じなら、授業をしているだけの今のままが良い。

 面倒だからとかじゃなくて、改造人間の作り方を人間に教えない為。

 「……アンタなら、どうするんだろうな?」

 再び写真に向かって声が出た。

 そろそろ定期メンテナンスの時期か、スイのメンテは誰がするんだろう?

 俺が直接担当させてもらえるのだろうか?

 それとも、生徒達がメンテナンス出来るようになるまでスイのメンテナンスは行われない?

 くそ、せめて一言だけでも良いから話しがしたい……無事なのかどうか、知りたい。

 写真に視線を送り、俺はそのままアジトを出た。

 授業は明日なのだから遠出をする事は控えた方が良いし、授業の準備もしなきゃならない。だけど、そんな事を考える余裕が頭には、ではなく、心になかったんだと思う。

 こうして俺は写真に写っていたモノの中に降り立っていた。

 前回調査した時ですら中には入らずに周囲状況を調べただけで終わらせていたから、中に入るのはあの日以来……。

 リオンが最後に座っていたモニター前の椅子に腰掛け、暗い空間を懐中電灯で照らす。

 今頃、本当なら授業をしている時間、か。

 勝手にボイコットし、その上通信機の電源もオフにしっぱなしにしてんだ、もしスイが無事だったんだとしても終わった……かな。スイを生かす条件が授業をする事だったんだから決定打だよな。

 「なぁ、あんたならどうする?」

 椅子に座ったまま電源ボタンを押してみる。しかし当然のように電源はつかない。

 リオンは一体どうやってコイツを壊したんだろう?

 ウィルスに感染させてから初期化と言っていたから、コイツ自身にそのウイルスデータは残っていないんだよな?だったら今動かないのは電力不足か?それとも起こされる事を待っている?もっと中枢にある電源を入れる必要があるんだな。それでもここにある電源にバッテリーを繋げば数分は動くんじゃないか?

 起こしてどうする?

 俺はなにを望む?

 スイを生かす為の新たなカードの確立……けど、コイツが俺の味方になるとは思えないし、今度こそ全人類を撲滅……すれば良いんじゃないか?

 スイがいないなら俺が存在する意味はないし、人間は改造人間が存在している事をよしとしていない。そして改造人間もお偉い人間を憎んでいる。

 あの施設にいる人間達は、改造人間にも人権を。とは言っているが、そもそも改造人間は元々人間だ。なにを勝手に家畜扱いしてんだ?

 結局、誰もイラナイんじゃないか?

 そうだ、最終確認をしよう。それから結論を出したって遅くはない。

 椅子に座ったまま通信機の電源を入れ、施設に連絡を入れてみた。

 出たのは現在あの施設のトップに君臨しているガドルで、俺が授業に来ない事をかなり心配しているようだ。

 「今日の授業は間に合いそうもないですので、自習と知らせておいてください。それと、今から月にいるお偉いさんと話をさせろ」

 分かった。そう返事があって5分程でお偉い人間が通信機越しに話しかけてきた。

 「どーなさいましたかぁ?先生。授業しないんですかねぇ?」

 最終確認の時間だ。

 「スイの安否すら知らされない状況で、授業だけしろと言う方針に疑問を抱きましてね。それに今日は授業をしないのではなく、自習ですから」

 もし、今日スイの安否が分からないまま通信を切られたら、その時はコイツを修理して月に連れて行く。月から高みの見物だけしておきながら改造人間を人間よりも下にしか見ない人間達に……俺達がどんなモノと戦っていたのかってのを、見せてやるよ。

 「授業さえして頂ければ身の保障はすると言う約束でしたよね?」

 こんな頭の悪い奴がお偉い人間様か。クソだな。

 「授業のある日に声を聞かせる、位の事が出来ないんですか?配慮がなっていませんね」

 いくら大声を張り上げたくても、スイの声が聞きたいと叫びたくても冷静さを失えば付け込まれる。だから極力相手を刺激しないようにしてきた。

 けど、こうして最後のカードを目の前にしてるんだから、そんな気を使わなくても良いのかも知れない。

 最善の方法ではないが、スイを奪われたのだとしたらコイツを月に送り込むだけでは俺の気は済まない……。

 「……ジュタ……ごめん……」

 不意に通信機の向こうから恐ろしくノイズに塗れたスイの声が聞こえた。そして空かさずお偉い人間の声。

 「今日は自習と言う事なので、一言だけです」

 なんで……いや、そんな……待て。最後に、もう1回だけ確認させてくれ!

 「今のはスイがそこで喋ったんですか?今日の、今の声なんですか?」

 もう何日も収容されている筈なのに声がしっかりしていたとか、どうして俺に謝ってるのかとか、そんなのはどうだって良い。今の言葉がもし本当に今の声だと言うのなら……。

 「私の隣にいますよ。来週も自習なんて事にはしませんよねぇ?先生」

 そうか……今の声、なんだな。いや!本当に本当に最後にもう1回……。

 スグ近くで機械音がして、ボンヤリと空間が照らされる。

 慌ててモニターに視線を送ると、そこには通信機を片手に喋るお偉い人間を頭上から見下ろしている風な映像が映し出された。

 これは……なんだ……?

 「もう1度……代わってください」

 モニターに視線を向けたまま喋ると、画面に映し出されているお偉い人間は面倒臭そうに頭をかき、そして、

 「今日はここまでと言っているでしょう?来週、ちゃんと授業をして頂けたら、その時にまた」

 と、通信機からだけじゃなく、モニターからもそう聞こえた。

 これは、今現在の月の様子……なのか?だとしたらこの画面の何処にもスイがいないのはやっぱりそういう事なんだな。

 通信機から聞こえた声はスイの声で間違いはないが、明らかに再生された独特なノイズ音が混じっていた。そしてゴメンと謝った後にぷつっと再生を切る音も……。

 こういう時、改造人間になって良くなった聴覚は便利だよな、全く……。けど、だけどスイがもういないって証拠にはまだ弱いよな?拷問を受けているから今喋れない状態だから仕方なく録音の……なんでそんな音源を用意してんだよ!!

 「スイのメンテナンスに近々月に行きます」

 そう言って通信機を切ると、モニターに映し出されているお偉い人間は雑に通信機を切ると何処かに向けて移動を開始させたのだが、モニターはその姿を追うように画面を切り替えてくれた。そして立ち止まったのは1枚のドアの前。

 歩いて来た道中の景色からここが収容所の一室である事は明らかだ。

 「メンテと言われてもな……」

 そんな独り言を呟いたお偉い人間は、部屋の中を覗き込みながら溜息を吐いた。そしてパッと画面が切り替わり……。

 細い手足から部品が飛び出し、身動き1つしない改造人間がボォっとした目でこっちを見ていた。

 なんでだよ、なんで……どうして顔だけそんな綺麗に残ってんだよ!!もっと、識別不可能なレベルまでになってりゃ、もしかしたら……この映し出されたものが人違いじゃないかって、思えるのに……。

 「スイ……ッ!」

 モニターを前に俺はただ俯く事しか出来ない。だってそうだろ?スイを助ける事が出来なかったんだ。

 「おい!ジュタは何処だよ!」

 モニターからスイの怒鳴り声が聞こえて、慌てて顔を上げると2人の人間によって部屋に連れ込まれているスイが映っていた。

 え……?

 「彼は今から君の命と引換えに改造人間の作り方を我々に教える事になる」

 1人の人間がそう言うと、

 「はぁ!?そんなのジュタがする訳ないだろ!離せっ!」

 そう暴れるスイは2人の人間を殴り付けると部屋を飛び出して行った。すると場面は廊下に移り、そこにはお偉い人間と……ガドルが、いた。

 「罪を償って、早く帰ってあげて欲しい……お願いだから、大人しくして。出来る限りの事はするから……」

 ガドルはスイにそう静かに呼びかけ、スイは自分から部屋に戻り、中に設置されているベッドの上にドカリと寝転んでカメラに気付いたんだろう、こっちを見ている。

 なんだこれ?

 今にも聞こえそうなスイの声に視界が歪む。

 これは過去の映像なんだな、ここからどういう目に遭ってスイがあんな姿にされたのかを見せようと言うのか?

 俺がのうのうと生きて授業をしている間、スイの身に起きた事をそのまま俺に見せようというのか!?

 動きがない時は映像はスキップされ、なにか起きれば再生されるから……なにが起きたのか全て見る事が出来ている。

 改造人間を直接拷問にかけられなかった人間達は、まず始めにスイに与える食事の量を減らした。

 体力を奪われて動く気力もなくなった所で拷問が始まり、殴る、蹴る。そうやって日々を重ねているうち頭や顔をガードしていた両腕は腫れ上がり、捲れ、部品が飛び出した。

 改造人間だといっても人間にあるリミッターを利かないようにして、弱い間接や骨の部分を補強して、聴覚とか視覚を鋭くする為に脳をちょっと刺激して……だけど、これだけ傷付けば人間と同じ痛みを感じる筈だ。なのに、スイは痛みに顔を歪める事すらせずに殴られ続けていた。

 「そろそろ彼が君に会わせろと言って来る頃だろうね」

 もうあまりスイが動かなくなった所でお偉い人間が部屋にやってきて、ニタニタと笑いながらそう言った。

 「ジュ……タ……?」

 ボォっとしていた目に少しの光が戻ったようにスイは声を上げたが、お偉い人間は会わせるつもりがない事を告げてからなにかを取り出した。

 「直接話しをさせる事は出来ないが、君の声を彼に届ける事は出来る」

 小さな機械を受け取ろうとしたスイだが、腕が上がらなくなっていて……お偉い人間の傍まで這っていくと口で咥えて受け取った。

 「ジュタ……ごめん……。俺のせいで、嫌な事……させられてんだよな?なぁ、畑……そろそろ収穫出来る、から……ちゃんと食うんだぞ?ジュタ、俺がいないと……飯、食わねーから……心配だよ……なんで、会えないの?どうして……俺っ……ジュタに会いたいよ…………」

 スイ……。

 冒頭で謝ったスイの声は、さっき通信機で聞かされた音源と同じもの。お偉いさんはこの音源を使ってたんだな。

 なにが声を届けるだ!俺にはなにも……なにも!

 少し、落ち着こう。もしかしたらこの映像はただコイツが都合の良いように俺に見せているだけなのかも知れない。

 良く考えてみろ、スイがいるのは月だぞ?そこにある監視カメラの映像を、初期化された状態のコイツがハック出来ている時点で可笑しいじゃないか。

 流れていた涙を拭い、大急ぎでアジトに戻ってスイのメンテナンスに向けた準備を始める。もし、本当にあのモニターに映し出された姿が今のスイの姿だったんなら一刻の猶予もない。なのに修理にはどれだけの工具が必要になるのかも詳しくは分からないんだ、準備はし過ぎている位で丁度良いだろう。

 手遅れなんて……考えただけで可笑しくなりそうだ。

 こうして2時間後、ロケットに乗り込んで月に向かい、人間達の静止も聞かずに収容所に向かった。

 「助手のメンテに来た。入れてもらおう」

 しかし中々通してもらえず、止む無くお偉い人間に連絡を入れた。

 「まさか、今日来るとは思いませんでしたよ」

 奥から出て来たお偉い人間は、俺を追い返す為の言葉を捜しているようだ。けど、もうどうだって良い……こんな所で時間を費やしている場合じゃない。

 「それでは、入りますよ」

 鉄格子を思いっきり掴んで広げて廊下を歩くと、見た事のある景色が広がっていた。

 この廊下の模様、床に描かれた線、壁の凹みやシミ、モニターで見た景色そのままだ。なら、スイのいる部屋はこっち……。

 長時間モニターで見続けた部屋のドア。間違いない、ここだ。

 ドアノブに手をかけるが当然鍵は締まっていて開かない。後ろを付いてきたお偉い人間も開ける気がないのか、帰れ、的な事を言っている。肩を掴まれ、押し出されるように部屋から遠ざけられ。

 冗談じゃない、ここまで来て帰れる訳がない。スイを連れて帰る。それが今の俺に出来る唯一の事なんだ!

 人間を押し退け、力いっぱいドアノブを引いて無理矢理に入った部屋の中、そこにはモニターで見せられた姿そのままのスイが……。

 「スイ!」

 スイに駆け寄り痛々しい腕に触れて抱き起こすと、少しだけ視線がこっちを向いた。完全に無表情、それで感情もないのか……これだけの大怪我をしているというのに呼吸も落ち着いている。

 取り外した筈のスイッチが入っている状態か?それとも精神的なモノか……。

 どっちでも良い。痛みを感じなくなったお陰でスイはショック状態に陥る事もなくこうして生きて……生きてる……。

 けど、モタモタしてる時間はない。飛び出た部品の消毒に、歪んだ部品交換とやる事は山程ある。しかし、なによりも先にしなければならないのは、部屋の中に設置されているカメラの破壊だ。こんな大規模な修理を記録されたら改造人間を作る最大のヒントになってしまう。

 カメラを破壊し、ドアを閉めてから部屋の中にテントを張る。抗菌素材で、しかも中の温度は10度前後にまで下げられる高性能テント。その中にスイを寝かせて麻酔を吸引させ、眠らせてから両手足を切り開いて部品の交換や消毒をしつつ人間の部分を治療する。切れて出血している血管を焼いて塞ぎ、傷付いた神経を繋げ、折れた骨を固定して。ウイルスに感染しないようにと消毒はたっぷりとした。

 目に見える所の処置は終わり、両手足の傷を縫って塞ぎ、スイの麻酔が切れるのを待つ。

 もう、絶対に1人で留守番なんかさせないから……だから耐えてくれ。

 「ちょっと待っててくれな?」

 目覚めないスイの頭を撫ぜてテントを出て、ドアを出た所で俺達を見張っていた人間にお偉い人間を呼んでくるようにと頼んだ。

 数分でやって来たお偉い人間の隣にはガドルと、ネット中継の撮影隊の姿がある。

 なにが、出来る限りの事はする。だ……スイがこんな状態になっても俺になに1つ連絡してくれなかった癖に……なにをコイツはしてくれたってんだよ!

 落ち着け。スイが起きるまでにゴタゴタを解決させなきゃならないんだ、こんなネット中継のカメラがある状況で感情的になったら負けだ。

 「……改造人間に関する授業をすれば助手の身の安全は保障されていた筈です。確かに彼は身分を偽っていた。しかし、あのような拷問を受ける程の事とは思えません……貴方達は助手の命を危険に晒しただけではなく、助手の身を保障すると言う私との約束も破った。貴方達に協力するギリはもう何処にもありません……今、生中継ですか?」

 カメラマンに尋ねると、カメラの後ろにいたリポーターらしき人間が頷いた。

 そうか、生放送中か……好都合だ。

 「助手は今重度の怪我をしています。最善を尽くしましたがまだ意識は戻っていません。私が代金を支払った所で彼の罪が許される事はないのでしょう。しかし、彼はもう充分に罪を……償った。そうでしょう?私に授業をさせる為の人質となり、1ヶ月もの間っ……」

 駄目だった。

 最後までドクターとして訴えかけようと思っていたのに、途中で涙が溢れて止まらなくなって、喋り続ける事が出来なくなってしまった。

 生中継なのに、もっとちゃんとスイが住みやすいようにしてやりたいのに……。

 「っ……くっ……ぅぅ……」

 声が、出ない。

 「貴方の助手はどうされたのですか?」

 リポーターが泣き崩れてしまっている俺の口元にマイクを差し出してきたが、それでもしばらくは泣く事しか出来なかった。そして必死になって声を絞り出した。

 「生身の人間ならショック死しているレベルの拷問を受けていたんですよ……1ヶ月間、ズット……なのに俺はっ!身の保障はするって言葉を信じて……」

 バカだよな、こんな奴らの話を信じてしまったんだから……もっと早くにこうして無理矢理にでも来ていれば良かったんだ。

 スイが目覚めなかったら俺のせいだ。俺がバカだったせいで……スイが……。

 「今の話しは本当なんですか!?」

 これ以上話せないと判断したのだろう、リポーターはお偉い人間にマイクを向けている。

 「そっ、そんな筈ないでしょう!?全部この男の作り話だ!!」

 声を荒げたお偉い人間は俺を指差し、更に大嘘付きだの、演技が上手いだのと散々騒ぎ始め、今の俺の話をただの狂言にしようとしていた。

 本当に俺の夢なら、こんなに嬉しい事はない。

 「これ……なんの音だ?」

 マイクを持っていた人間がなにか可笑しな音を拾ったのか、ヘッドフォンに集中した。俺も息を止めて耳を済ませると、微かに呻き声のような音が……っ!

 慌てて部屋に戻りテントの中に入ると、苦しいのか空を掻きながら必死に息を吸っているスイがいた。

 そうか、神経を繋げたせいで痛みが……けど、まだ麻酔が効いてる筈で……とにかく麻酔だ!でなきゃ痛みでスイが壊れちまう!!

 「ゆっくり、深く吸え!」

 麻酔を吸引し、再び意識を失ったスイ。用意してきた麻酔は後1回分しかないが、この調子だと麻酔を切らせる訳には行かないし、抗菌仕様とはいえ衛生的ではないテントでいつまでも寝かせているのも良くない。

 もっとちゃんとした所で治療を受けさせたいのだが、改造人間を診られる場所なんて地球にある施設かアジトしかない。麻酔が効いている間に移動させるか、それとももう少し容態が安定するまでここにいるか……いや、麻酔が残り1回分しかないんだから急いで移動はしなきゃならない。

 テントを出るとスグ傍にカメラマンが立っていて、中の様子を映そうとしていた。

 どうせ映せても放送事故扱いされるだろうスイを何故撮ろうとしているんだろう。

 でも、俺の狂言かどうかを検証するにはスイを見るのが1番手っ取り早いのかも知れないな。なら、カメラで映すのは流石に許可できないが、リポーターの男だけなら。

 「私の狂言だと思うなら、どうぞ……」

 そう言って少しテントの入り口を開けてやると、リポーターは中を覗き込み、ほんの数秒で口元を押さえながら後退りした。その顔からは血の気が引き、カタカタと小刻みに震えている。その様子を見たカメラマンは、カメラを置いてテントの中を覗き込み、同じように口元を押さえた。

 「あれで生きてんのか?」

 小声で呟くカメラマンにリポーターは、

 「それを声に出す必要があるのか!?」

 と、酷く震える声で怒鳴った。

 「改造人間も人間と同じように痛みを感じるんです……曲がり、折れた部品を、体を切り開いて取り出し、交換し、繋げ……想像できますか?」

 早く、連れて帰ろう。

 もっとちゃんとした場所で治療してやろう。

 目覚めた時、スイの視界に1番に入って安心させてやりたい。

 リポーターとカメラマンが数秒しか見る事が出来なかったスイの体を抗菌シートで包み、出来るだけ揺らさないように注意して運ぶ。途中何度も人間達に呼び止められたが、生放送の中だったという事もあって攻撃も受けずに地球に向けて出発する事が出来た。

 スイ、俺が責任もって治してやるからな!

 無理だった場合は……俺も逝くから心配すんな。

 スイが偽造カードで買い物した分の代金を店に振り込み、1軒1軒メールして許しをもらい、着々とスイにとって住みやすい環境が整ってきた頃、施設から通信が入った。相手はタイキからで、授業とメンテナンスはどうする?という内容だった。

 もちろん授業をする理由がないから施設にはもう二度と足を踏み入れる事はないだろうが、改造人間のメンテナンスとなると話は変わる。

 そもそもメンテナンスをしない事には稼ぎがない。

 でも、その問題も解決済み。

 施設とアジトの中間に位置している集落跡地に、まだ建物として充分に使える診療所を見付けたんだ。メンテナンスはそこでする。

 施設から診療所までの地図を送りつけてあるし、後は道具を持ってそこに行くだけ。

 「ちょっと行って来るからなー」

 治療室のドアを少し開け、中にいるスイに向かって声をかける。

 「もう絶対に留守番させないんじゃなかったのかよ。俺も連れてけ」

 中からはそんな声が聞こえてきた。

 まだ動けもしないくせに言う事だけは一人前なのだが、声が聞けているだけでも俺は幸せだ。

 「分かった。けどテントの中だぞ」

 ボォっと俺を見上げて来るスイは、連れて行く事で満足したのかそのまま黙っている。

 シートに包んだままスイを丁寧に車の後部座席に寝かせ、極力振動させないようにゆっくりと運転し、診療所の中に入るとなによりも先にテントを張った。

 車に戻ってスイを抱き上げ、大量のドライアイスを詰め込んだテントの中に寝かせて入り口を閉めると、中から寒いとか暢気な声が聞こえた。

 「アジトにいる時と一緒だって」

 いや、どっちかと言うとアジトの治療室の方が気温は低い筈だ。

 早くメンテナンスを終わらせて帰らないとな……。

 数時間後、診療所に続々と改造人間がやって来て、忙しなくメンテナンスが始まった。

 皆は部屋の中にあるテントを不思議そうに見ていたが、誰も触れて来なかった。1人を除いて。

 「あのテント、なんだよ」

 最後まで診療所に残っていたのはタイキだ。

 「なにって……助手だけど?」

 メンテナンスが始まってから一切声が聞こえて来ないから寝てるんだろうと思う。それともやっぱり他の改造人間がいる所では息を潜めてんのかな?

 「……スイ?」

 ん?

 「他に誰が?」

 リオン?

 けど、リオンがマザーを停止させた時に死んだ事は知ってるんだよな?

 「そうなんだけど……前にさ、ネット中継見てて……ちょっとだけスイ映ってたんだけど、それで思ったのは……その……」

 タイキの悪い癖だ。

 言い難い事でも伝えようとする姿勢は良い事だと思うんだけど、言葉を選び過ぎるから話が無駄に長くなる。

 真面目な奴だからそれを言おうとしてメンテナンス時間中ズット悩んでたんだろうが、こっちにもあまり時間がない。

 用意したドライアイスが尽きそうなんだ。

 「スイを治療室に戻したいから、言葉が決まったら連絡くれ」

 一旦話しを打ち切ってテントを開けて中に入ると、テント内の温度は危険なレベルにまで上がっていた。

 くそっ!急いで戻らないと!

 「あ、その、悪い……次のメンテは……っ!?おい!!」

 俺を追うようにテントの中に顔を入れてきたタイキは、テント内を見るや大声を上げた。

 「んだよ」

 「しっかりしろ!」

 スイを抱き上げて車に戻ろうとした俺をタイキは思いっきり殴ってきた。両腕が塞がっていた俺は避ける事が出来ずにタイキの攻撃を食らって診療所の床に叩きつけられる。そして、スグ隣で、グシャっと……なにかが壊れるような音。

 「いってぇ、なにすんだよ!」

 聞こえて来るのは機嫌悪そうなスイの声。きっと、今頃は物騒な表情で睨みを利かせている事だろう。

 確認したいのに、俺の首はピクリとも動かない。

 早く、冷やしてやらねーと……そうだ!早く冷やしてやんないと駄目なんだ!

 「また連絡する、今日はもう帰るからな!」

 立ち上がって隣に倒れているスイを抱き上げた所で腕に痛みが走った。きっとまた部品が飛び出してきて、それが俺の腕に刺さったんだろう。

 待ってろよ、帰ったらスグに治してやるからな!

 「良く見ろ!!良く見てくれよ……頼むから、しっかりしてくれよ……」

 俺の腕を掴むタイキは泣き出し、頭を無理矢理下げさせてスイの方に向かせた。

 良く見ろと言われなくても危険な状態である事は分かりきってる事、開いたままの目に目薬もさしてやんねーと駄目だし、それよりもまずは冷やして温度を下げないと……それに、飛び出た部品を修理してやんねーと。

 「離せ。俺は早く帰……」

 「ソイツはもう死んでる!!」

 は?

 なに言ってんだよ。

 冗談にしては悪趣味過ぎる。そんな事を言う為だけに散々足止めしてたのか?そもそもスイはさっきも喋ってた。確かに体はまだ全然動かないけど、それでもちゃんと生きてる。

 「ドクター、暑い」

 スイの声がする。そうだな、ゴメン。

 「暑いってんだろ?喋る死体なんかあるかよ、馬鹿馬鹿しい」

 よし、次こそはなにを言われようとも帰ろう。また殴りかかって来るようなら反撃してでも帰るんだ。

 「誰が喋ってるって?」

 鼻をすすりながらタイキは俺から視線を逸らさない。

 「だから、スイが暑いって。聞こえなかったのかよ」

 え?と信じられないモノを見るような目で俺を見るタイキの顔色は悪い。

 「いいか?死体は喋らない!」

 でしょうね!なにを分かりきった事を怒鳴ってんだよこいつは!

 「スイ、もう1回喋ってやれよ、アホって言ってやれアホって」

 良いのか?と前置きしたスイは遠慮なくタイキに向かってアホと連呼し始めた。なのに目の前にいるタイキはスイではなく俺を真っ直ぐに見てくるだけだ。

 聞こえない振りをしているのか?

 いや、タイキは嘘を付くのが苦手でスグに顔に出るタイプだ。

 なら本当に聞こえてない?

 そんな馬鹿な話しがあってたまるか。スイはこんなにもハッキリとアホと言ってるじゃないか。

 「……見ろよ、こいつの口、動いてるか?」

 え?

 タイキから目を逸らして抱き上げているスイの顔を見ると、ボォっと目を開けたまま無表情のスイがいた。確かにアホと聞こえて来るのに、その口は……動いていない。

 「なぁ!コレでも聞こえてくるのかよ!?」

 そう怒鳴りながら俺の耳を手で塞いでくるタイキ。

 怒鳴っている最中に塞いで来るから、途中から声はかなり小さく聞こえた。なのに、スイのアホと言う声だけはハッキリと聞こえている。

 耳から……聞こえていない?

 どうなって……?なに?なんだよ、コレ……なんなんだよ……。

 訳が分からない。

 なにが起きてる?

 スイ、スイ?

 「……俺を見ろよ……」

 視線を落として呟くが、スイの眼球は少しも動かない。

 「ちゃんと口動かして喋れって……」

 口が動く事もない。

 どうなってんだよ……。

 「コイツは死んでるんだ!」

 答えを無理矢理ねじ込まれた。

 けど、もしそうだとしたらこの聞こえる声はなんだ?

 ちゃんとスイの声をしてるこれは、なんなんだよ!

 モタモタしている間にスイの温度が上がり、少しずつスイの体が俺の腕からズレ墜ちていく。普通ならばありえない程背骨が反り返っていく。

 コイツは死んでいる。

 スイが死んでいる?

 スイが……いなくなった?

 受け入れ難い現実が目の前にある。

 その余りの恐ろしさに俺はそのまま診療所を飛び出すと車を走らせていた。助手席にはスイ。

 「何処行くんだ?」

 確かに聞こえて来る声。

 それなのにスイの口は少しも動いていないし、車の振動に耐え切れずに椅子からズレ落ちて助手席の足元に入り込んでしまった。それでもまるで耳元で話しかけられているかのようにハッキリと聞こえる声。

 改造人間の脳には、教えられた事を即座に覚えられるようにメモリが組み込まれている。普通ならそれは戦闘技術とかなんだろうが、俺の場合は改造人間の仕組みについての膨大なデータが入っている。それとは別に、スイの声も入ってたんだな……それを無意識に再生する事でスイがいなくなった現実を拒否し続けていたんだ。

 「な、何処に行くんだよ」

 楽しげな声に目を閉じると、脳裏に満面の笑顔のスイが見えた。

 「お前んトコ」

 車のアクセルを最大まで踏み込み正面に見えるビルの残骸にぶつかる予定だ。シートベルトもしてないし、衝突の衝撃でフロントガラスに頭から突っ込んで外に放り出されるだろう。

 頭部を激しく損傷していれば俺の遺体からデータを取られる心配もないし、万が一にも生き残る可能性もない。

 「怖い?」

 「いいや」

 「俺は怖い……手ぇ、繋いでくれる?」

 そう言われて助手席の下に手を伸ばして手を掴んでみると、完全に解凍されてしまっていたスイの体からズルリと皮膚が剥がれてしまった。

 歪な肉の塊、これがスイの手なんだ。

 「次、もし生まれ変われたらカメになろうな」

 「えぇ!?普通そこは鳥とか猫じゃねーの?」

 「長く一緒にいるには長生き出来るモンじゃねーと駄目だろ」

 「じゃあ、人間で良いんじゃないかな?」

 「人間か……」

 「あ、そうだ。待ち合わせ場所きめとこっか、どこが良い?」

 「マザーの前?」

 「難易度高っ!」

 聞こえて来るスイの笑い声と、スグそこにまで迫ったビルの壁。もうなにも感じる事はない……それなのに急に心がざわつき始めた。

 なにか忘れている?

 なにか……。

 あぁ、そうだった。

「START UP A MOTHER」

 スイを殺した連中に、俺からのささやかなプレゼントだ。

 ……キュィィィィ……。

 ビルにぶつかる瞬間、マザーの鼓動が聞こえた。

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改造人間(仮) SIN @kiva

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