ジュタ 3

 マザー破壊から3日後、月から来ていたお偉いさんがガドルを連れ帰った事で今、生き残った全ての改造人間が俺とスイの下にいる。

 俺達が命令する立場にある訳だが……正直どうして良いのかが分からないし、俺達の正体を明かすべきかもまだ検討中だったりする。

 こんな時リオンならどうするんだろう?

 「物資はタダで提供するって約束だけどさ、いつ打ち切られるか分からないから、食料を自分達でどうにかした方が良くない?」

 隣にいるスイからの提案があった。

 月からの物資が無料で提供される背景にはガドルの働きかけがあっての事だが、確かにいつ打ち切られても不思議は無い。

 だけど、今まで地球にいたガドルが月に帰った事で改造人間が俺達に対して不信感を抱き始めているのも確かで、そんな中、地球の開拓を。と声をあげた所でどれだけの人造人間が手を貸してくれるだろう?

 タイキとルルからの協力があればどうにかなりそうではあるというのに、ドクターとしての俺のインパクトは既に薄れ、2人は態々俺達に聞こえるように“ガドルはなんで月に帰ったんだ”的な事をかれこれ30分間言い続けた。

 このままじゃ近いうちに反乱が起きても不思議はない。

 そこで必要性が出てくる正体を明かす行為……俺がジュタだと知れば、タイキは協力してくれ……るかどうかは分からないが、それでも反乱が起きる可能性は低くなるだろう。

 「スイは正体を明かすのか?」

 考えがまとまらず、とりあえず椅子から立ち上がってみた俺を、スイはちょっとだけ困った表情で見上げてくる。

 どうしたんだ?

 「俺はどっちにしろ変わらない……ズット顔隠してないのに、誰も気付かないだろ?俺さ、実は友達とか1人もいないんだ。それに、イザって時の為に1人でも生身の人間がいるって思わせといた方が良いだろ?」

 ハハハと無理に笑ったスイは、その後背を向けた。

 確かに施設内に生身の人間が残っていると思われていた方が良いのかも知れないけどさ、ふぅん……友達いないんだ?

 なら、俺はなんなんだよ。

 明らかに友達で、ツイてる仲間。だろ?

 「他の誰がスイに気が付かなくても、俺にはスイの存在が嬉しいんだ」

 1度立ち上がった椅子に座り直し、スイと初めて会った時の事やリオンとやった作戦の事とか思いながら、心から思う。

 「嬉しい?」

 「うん。俺はスイとこれからも一緒にいたいと思う。だからもう友達がいないなんて言うなよ」

 そう言いながら顔を覗き込む俺に、スイは笑ってくれた。

 さてと、なんとなく組み立てた今後の計画を実行するためにタイキを呼びに行くとしよう。もちろん、ドクターとして。

 ガドルの部屋をそのまま使っているタイキを呼び出すべく廊下に出ると、丁度タイキも廊下に出てきたので、逃げられる前に呼び止めた。

 「えっと……なんの用?」

 ちょっと緊張したようなタイキを診察室に招待し、そこで今後の話し合いを始める。

 そこで新しく分かった事は、タイキは前線での功績が認められ、簡単にいえばリーダー的存在らしい。で、ルルと2人いれば大概の改造人間は言う事を聞いてくれるそうだ。

 ガドルに1番近い存在と言っても過言では無いのか……好都合だ。

 荒れ果てた大地を耕し、作物を育て、自分達の食料は自分達で賄えるようにしようとの計画を告げると、好印象を持ったらしいタイキは、

 「良い考えだと思う。前線だった場所の近くに大きな川があったんだ。あの辺りから始めよう!」

 と、かなり意欲的に話しを進めてくれた。

 施設内に半数程の改造人間を残し、畑予定地にやって来た俺達は武器ではなく桑を持って、月から植物の種が届いたと連絡がルルからあるまでの1週間もの間、硬く踏み固められた大地を耕した。

 それは畑作りに詳しかった改造人間が養分となる土作りを1から作った結果である。

 畑の土は触ると温かく、所々で湯気がたっているが、コレが良い状態らしい。

 1週間ぶりに施設に戻り、植物の種をスイから受け取ろうと診察室に行くと、部屋の前には数人の改造人間が立っていて、部屋にもこの前まではなかった筈の鍵が付けられていた。

 そこで始めて知った……俺がタイキと畑作りしている間、ルルはここで“スイ”として政府と交渉を続けていた事と、スイが今、イザという時の為の人質扱いされている事。

 ルルから種を受け取ったタイキはスグに畑に戻ろうと俺を誘ったが、俺はその場に留まり部屋の鍵を開けさせた……いや、タイキの命令がなかったら開けてはくれなかっただろうし、中にいた数人の改造人間達を追い出そうと声をかけたが、やっぱり俺の命令には全く耳を貸してはくれず、結局タイキが“持ち場に戻れ”と言った事により改造人間達は乱れた着衣を整える時間も惜しんで出て行った。

 空気の悪い部屋の中、天井をボンヤリ見ながらピクリとも動かないスイの手足は鎖で繋がれていて、体中に殴られたような痕が見て取れた。

 生身の人間だと思っている割に、改造人間達は随分と激しくスイを痛めつけたようだな。

 「……スイ……」

 恐る恐る近付くと、急に焦点があったらしいスイは訳の分からない言葉で絶叫しながら暴れ始めた。

 ガチャガチャと鎖が揺れ、それが当たって傷をつくっているにも構わず、ただ只管部屋に入って来たモノを拒絶し続けている。

 俺は馬鹿だ。

 人間に対して不信感しか抱いてない改造人間ばかりの場所で、人間の振りをしているスイを1人残して1週間も戻らなかったなんて……こんな拷問を受けているなんて全然知らなかった。想像すら出来なかった。マザーを壊した事で問題が全て終わったのだと勘違いしてたんだ。

 「タイキ。さっきの奴ら全員集めろ……1匹ずつ壊してやる……」

 声をかけてスグに首を振る。

 違う、そんな事したってスイが正気に戻る訳じゃないし、元々はスイを1人にした俺の責任じゃないか。

 「悪い、忘れてくれ……診察料さえ払ってくれるなら診察に来てやる。それが仕事、だからな……」

 スイを手加減して殴って気絶させ、鎖を解きながら侘びを入れた後担ぎ上げ、部屋を出ようとした俺にタイキは持っていた種の少しを差し出してきた。

 「わかった」

 施設を後にする俺達を呼び止める者は誰もおらず、スイに対して謝罪を口にする者もおらず、全く足を止められる事無く歩き続け、半日かけてついた場所はアジトだ。

 アジトにつく頃には気を失っていたスイも目が覚めていて、幾分落ち着いたような表情を浮かべていたが、完全に俺の事まで記憶にないらしく、近付き過ぎると暴れた。

 言葉すら忘れてしまったかのように“あぁ”とか“うぅ”しか言わなくなったスイ。それでも眠っている時だけ“助けて”と魘される……。

 「ただいま」

 とか言いながら荷物を降ろし、裏手に作ったリオンの墓の前にスイを連れて行ったが、キョトンとされた。

 やっぱり……記憶がないのか。

 それとも思考回路をストップさせている?

 頭部の部品が破損しての事だったら猶予は無いけど……

 「あぁ!!」

 これだけ暴れられるんなら元気だな。

 しかし、手術室まで大人しくついて来てくれるかが問題だ……正確には、手術台の上に上がってくれるかどうか。

 拷問を受けた場所と同じ物の上。と考えれば、無理だよな……。

 「ゴメン!」

 俺は再び手加減してスイを殴って気絶させ、その間にメンテナンスを行った。

 体の彼方此方にダメージがあるのは……かなり腹が立つけど良いとして、スイに起きている異常は頭にあるメモリが破損している事によるバグが原因だろう。

 脳とメモリは別だから、どちらかに異常が出ても基本的な機能を維持する事はできる。で、今のスイはその“最低限の機能を維持した状態”に近い状況なのかな?と。

 とは言っても生身の部分でのダメージはそんな深刻な状況では無い。

 米神付近の内出血と、額にたんこぶ。頭蓋骨にも異常は見られないから、もしスイが本当に生身の人間だったとしても命の危険はなかっただろう。

 頭部だけに限れば、重要な故障箇所はメモリだけだな。

 それで何故こんな状態になるのかが分からない。

 もしかして、一切の知識がない“精神的”な事?

 とにかく、この壊れたメモリの復元をして様子を見ようじゃないか。一時的に脳みそにかかる負担が増えた事による錯乱状態なだけかもしれないし。

 アジトに戻って3日後の朝。

 裏にある広場の一部を耕して肥料を撒いた畑予定地の様子を見ていると、アジトの中から切羽詰ったようなスイの声が聞こえた。

 いつもの癇癪とは雰囲気が違っていて、慌てて中に戻れば、その途端安心したように息を吐いてベッドに戻った。

 さては、起きたら1人だったというのが不安だったんだな?

 子供か!

 「畑の調子が良いんだ。後3日位したら一緒に種撒こうな?」

 ニコリと笑いながら話しかけるのはちょっとした日課で、毎日独り言に終わる。

 あれから3日、いきなり叫びだすという症状は減ったものの、未だに言葉を話さないし、笑顔も見せてくれない。

 メモリの復元も解析も難航していて……思うように進んでいない。

 スイを刺激しないよう再び畑の様子を見ようと外に出た所で、ズット置物状態だった通信機が鳴った。

 番号を見れば施設からだから、きっとタイキからだろう。

 「よぉ。なんだ?」

 「悪いが来てくれ。明日政府の奴らが来るんだが、ドクターに会う事が物資引渡しの条件だって言われてさ……」

 俺を人間だと思っている政府の奴らは、改造人間の中で暮らしている俺がちゃんと五体満足でいられているのかが気になる様子とみえる。

 「分かった。ついでにメンテナンスもしよう」

 「助かる」

 電話を切って道具を鞄に詰め込んでいる様子を、遠くの方から不思議そうに眺めているスイ。

 さて……連れて行くべきか置いて行くべきか……。

 政府の奴に顔を見せるだけじゃなくメンテナンスも兼ねる訳だから、かなり短く見積もっても3~4日はかかるだろう。そんな長い間1人にしておくのは余りにも心配で、だからといってスイをこんなにした奴らのいる施設に連れて行くのも……。

 メンテナンスをするのは予備のメモリが残っていないか施設内を物色する良い口実だからしないって道は無い。

 しかし……。

 深く悩む所だというのに、考えてる時間がない。

 明日施設にいるようにするには、午前のうちに出発しなきゃ間に合わないのだ。

 「俺4日程留守にするけど、留守番できるよな?」

 道具を揃えた鞄を担ぎながら聞いてみるが、スイはベッドの中から出て来ようとする素振りも見せない。

 心配ではあるが、出て来ないのでは連れて行く事も出来ないし、仕方ない……。

 俺はアジト内に残っていた食料を分かるようにテーブルの上に置き、手を振って分かりやすく別れを伝えてから出発した。

 大丈夫、アジトに戻ってから今日まででスイの状態はかなり安定した。留守番位してくれる筈だ……。

 あ~~~さっさと行って速攻帰ろう!

 はやる気持ちを抑えきれずに足早に施設に向かって歩く事2時間ちょっと。

 1回目の休憩の為に荷物を下ろし、ボンヤリ遠くに見える崩壊したビルの残骸を眺めつつ、発展し過ぎた為に自ら作り出した機械によって月に追いやられた人間達の事を思う……地球を、また人間が住める場所にするのは本当に良い事なのだろうか?

 同じ事を繰り返すだけじゃないのか?

 地球環境が人間にとって良くなった時、改造人間達の扱いはどうなる?

 「……はぁ、行くか」

 時間にして10分程度の休憩の後出発しようとして、何気なくアジトのある方角に視線を送って見えたのは、テーブルに置いて来た食料全てを両手に抱えて走って来るスイの姿。

 必死な顔して走って来る姿はなんと言うか……可笑しかった。今にも“待てよジュタ!”なんて叫びそうじゃん?

 スイが追い着くまでその場に立ち止まっていた俺だが、5mの距離を残して歩き始めた。

 例えスイの方から寄って来たとしても、俺から近付けば癇癪起こす。との学習結果だ。素っ気無くしてるのが1番落ち着いた関係でいられる。

 「思ったより早かったな……それにしても大荷物だな」

 夕方を少し過ぎた頃に施設に着いた俺は自分の鞄とスイ、スイの持って来た食料を担いだ姿でタイキの前にいた。

 「途中までは自分で歩いてたのに……」

 立ち話を始めかけた俺は慌てて口を閉じて診察室に入り、即効でタイキのメンテナンスを始めた。

 「異常なし」

 以前リオンが作った全改造人間名簿の“タイキ”の所に印を付け、今度はルルを呼んでメンテナンスを開始した。

 うん、前に外れていた腕の調子も良いようだし、問題なし。

 2人のメンテナンスが終わった所で早々に退出してもらい、スイのメモリ解析作業をしながら自分自身のメンテナンスも済ませた後、タイキに頼んで1体ずつ他の改造人間を呼び出してもらい、片っ端からメンテナンスした。

 明日にはアジトに戻りたい……とかいう無茶過ぎる目標の為に。

 日がドップリと沈み、再び東の空が薄っすらと明るくなる頃には半数以上のメンテナンスは完了していて、政府のロケットも後数時間以内には来るとタイキが教えてくれた。

 スイはまだ目覚める様子がなく、昨日には無理だと思っていた目標も夢ではないんじゃないかと思った矢先、仮眠室から叫び声が聞こえて来た。

 「ドクターは仕事を続けてくれ。スイは俺が見とくから」

 丁度手が離せない状況だった俺はこのタイキの言葉に甘え、まだ半数分も残っているメンテナンス作業に没頭し、そのまま政府が来たとの報告を受け、ロケット打ち上げ場に向かった。

 「久しぶりですねぇドクター」

 ヤラシイ笑みをたたえた政府の奴は隣にガドルを従えた姿で現れ、しっかり肩を抱いて立っていた。

 改造人間に絶大なる信頼を受けているガドルを近くに置く事で身を守ろうとした結果だろうが、それはかなりの効果をもたらしているようで、誰も攻撃しようとせずにただ悔しそうに唇を噛んでいた。

 特に隣にいるルルは。

 「私を指名して下さったとか?指名料を請求してもよろしいかな?なんと言ってもここから離れた場所を調査していた所、昨日1日で飛んで帰って来たのですから」

 「それはそれは。研究の邪魔をした訳ですね?では次回の物資は少し多めに持って来るとしましょう」

 多めに物資を持って来られたとしても俺には回って来ないんだからどうでも良い。むしろ減らせば良いとまで思う。

 「では次回呼び戻されない事を願いますよ。どうしても私の無事が気になるなら個人的な番号を教えましょうか?」

 「結構です」

 以上が胡散臭い笑顔を絶やす事無く交わされた言葉の全文。

 こっちに政府に対する不信感があるのと同じ位政府も俺の事を良く思ってないらしい。もしかしたらリオンが施した偽の人間登録証が見破られたのかも知れないが……それならもっと強気に出てくるか。

 笑顔で別れの挨拶を簡単に済ませて診察室に戻れば、スイのメモリの復元が完了していた。

 新しく手に入れたメモリにデータをコピーしている間にメンテナンス作業の再開……と言ってもタイキが声をかけない限りは誰1人としてここには来ないか。

 軽い嫌気と共にスイとタイキがいる休憩室の扉をノックしてから開けると、中ではグッタリとしているタイキと、鎖やロープでグルグル巻きに拘束され、挙句口に布を突っ込まれた姿のスイがいた。

 暴れるスイを必死に抑えようとした苦労が一目で分かる。

 「よ、よぉ……お前こんなのとよく一緒に暮らせてんな……」

 倒れたまま起き上がる気力すら残ってないらしいタイキには酷だが、休憩はもう少し先だ。

 「メンテナンスを再開させる。残りを連れて来てくれ」

 連れてくると言い残して立ち去っていくタイキの足音が廊下に出た所でスイに近付いて、少しでも落ち着くようにとの願いを込めて頭を撫でてみた。

 「うぅ……」

 俺の事は敵じゃないと認識してくれてるのだろうか?

 「もう少しでメモリのコピーも終わるし、メンテも終わるし、今日中には帰れるから、もうちょっとだけ我慢してくれな?」

 理解してくれたのか、それともただ疲れていたのか、スイはゴロンとベッドの上に寝転がると、大人しくしてくれた。

 それから間もなく再開したメンテナンスは、特に手を抜いた訳でもなく数時間のうちには終わり、そこから更に1時間ほどでコピーが完了した。

 メモリに直接データを入れる手法はかなり力技で成功例が無いらしいが、俺にはもうこの方法しか思いつかなかったんだ。

 失敗してスイの記憶?精神年齢?が戻らなかったとしても、メモリ機能はそのまま使用できるから、これから新しい事を記憶すれば……時間はかかるけど知識の量だけでいうなら数日で人間を上回れる。

 グルグル巻きにされたままのスイを担ぎ上げて手術台の上に乗せ、それによって唸り声を上げ始めたスイの頭にメモリをセットした。

 これで……どうだ?

 少なくとも、メモリに入っていた分のデータは戻ったし、生活するのに最低限の事も出来るようになった筈……つまりは、急に暴れたり大声をあけたりしなくなったと……。

 現にメモリをセットしてからは大人しいし。

 あ、でもこれは一気に情報が頭に流れてくる事による一種のフリーズ状態かも?だとしたら今の間に帰ろう 。

 アジトへの帰路についてから、いくら暴れている相手だからといってもこれはやり過ぎじゃないのか?と、若干モヤッとしながらスイに巻かれた鎖とロープを解き、口の中に押し込められていた布を取った。

 高確率で叫び出すと身構えていたが、予想に反してスイは叫び出さず、暴れ出しもせず、走り去りもしない。

 ただ……

 「ドクタァ……グク、タァ……」

 しゃくり上げながら何度も、何度も俺を“ドクター”と呼んだ。

 それは紛れもなくちゃんとした言葉を話せるようになった事を示しているというのに、その喜びは意外にも小さくて……俺をジュタと呼ばなかった事が異常に悲しかったんだ。

 アジトに戻って数日。

 「ドクター、種!種!出て来た!」

 メモリをセットして以降、スイは悠長に話すようになり、表情も大分豊かになってきた。

 精神年齢はかなり後退したようだが、行き成り暴れ出す事も完全になくなり、今では普通の生活が送れるまでに回復している。

 「ドクタァ起きる!!種!出た!」

 スイはさっきからそう叫びながら俺を起こそうと体を容赦なく揺すっている。

 種が出た。多分この前植えた種が芽を出したのだろう。

 俺をベッドから無理矢理起こし、そのまま畑に連れ出したスイは畑に小さく出た芽を得意げに見せ、

 「種出た!凄い凄い!」

 と、嬉しそうに水やりに使っている象さんジョーロを振り回した。

 うんうん、水やりをスイに任せて良かった。

 もし俺が水やり担当だったら、確実に枯らしていただろう。

 「凄いな、スイは。これからも水やり頼んだぞ?」

 「ガンバル!種、もっと出す!!」

 実際、スイの幼少期はこんな感じだったのだろうか?こう、なんと言うか……元気の塊みたいな……じゃない。

 「植えた時は種だっただろ?でも植えた後のコレは芽って言うんだ」

 「……メ?」

 「そう、それが葉になって茎が伸びて花が咲いて……これはジャガイモって植物だから葉が大きくなったら掘って収穫だ」

 首を傾げるスイだが、それでも“水やりを頑張ればもっと大きくなるぞ”と頭を撫ぜてやると元気良く象さんジョーロを振り回し、早速水やりを始めていた。

 それから分かるのは、スイはメモリの方で植物に関する事を覚えていたって事と、完全には復元出来なかった部分に物の名前などが入っていた事……だとすると不自然なんだよ。

 スイは改造人間になるまで月に済む一般的な人間だったんだ。だから物の名前なんてのはその間に覚えている筈なんだ。

 そしてもう1つ……スイは俺の事をドクターとしてでしか認識出来ていない。それなのに夜中……毎晩夢でうなされている時にだけ“ジュタ”と発言する。

 毎晩“ジュタ助けて”と訴えてくるんだ……実際でもスイは何度も何度も俺を呼んだに違いない。

 なのに俺はタイキと大地を耕す事ばかりで……。

 止めよう……。

 今考えたってどうにもならない事じゃないか。

 今の俺に出来る事は、使えそうな物と食料を探す為にアジト周辺の森の中を散策する事と、念の為に本当に地球を研究する事だ。

 なら、地上を長距離移動するのに便利な乗り物が欲しいなぁ……とボンヤリ考えながら、アジト近くにある川に向かった。

 今日はそこで魚を釣ろう。

 「ドクタァ~それなんだ?」

 岩の上に腰を下ろし、釣竿を持ってイザ!という時、俺の後をついて来ていたスイがそう言って釣竿を指差した。

 どうやら釣を知らないようだが、それは別に記憶がなくなったからとか関係なく、月で産まれ育った奴は釣を知らないだろう。

 月では魚は養殖場にしかおらず、そこでも商品が傷むとの理由で釣などさせない。だから月から来たスイが知らなくてもなんの不思議もない事だ。

 「これは釣竿。まぁ見てろよ」

 十数分後、ようやく当たりが来た。

 途端スイは興奮した風にハシャギだし、釣り上げた魚を興味深そうに突いていた。

 どうやら生きている魚が珍しいようだ。

 それからまた十数分、2匹目を釣り上げた所で早速火を起こし、シンプルに塩焼きにして食べた。

 何度も“ドクター凄いね”と笑うスイの笑顔を眺めつつ、そろそろアジトに戻ろうかと荷物をまとめていると、不意に通信機が鳴った。

 前のメンテナンスからまだ1ヶ月も経ってないというのに、タイキからのようだ。

 「よぉ。なにがあった?」

 「あ、あのさ……今ドコにいるのかなーって……それだけなんだけど……」

 電話に出て早速普段と様子の違うタイキに違和感……この間みたいに俺が行かなきゃ物資の受け渡しが出来ない訳ではなさそうだが、所在地確認だけの為にわざわざ連絡を?

 「心配不用、地球上にいる。それに今日芽が出た」

 「マジ?それなら安心……して良いんだよな?」

 心配性なタイキの言葉に、変わらないなーなんて思っていた時、急にスイが癇癪起こしてアジトの方に走り出してしまった。

 この頃はすっかり落ち着いていたというのに一体なにが起きた!?

 機械から声がしたのが驚きだった?

 それならもっと始めの方で取り乱していただろうから、声に反応したとは考え難い。

 だったらなんだ?

 この短い時間に間になにが起こった?

 もしかしたら……タイキ以外の声がした?

 俺には分からなかったがスイには聞こえて、そしてその声によって癇癪起こした……とするなら、スイをあんな状態に追いやった奴の1人と考えて間違いない筈だ。

 「今1人か?」

 耳を済ませてみても、なにも聞こえないな……。

 「今?ガドルの部屋でルルといるけど……それがどーかしたのか?」

 ルルと?

 ルルはタイキに続いて改造人間達に信頼されている。そんな奴がスイに対して“拷問しろ”とか命令すれば、従う改造人間がいても不思議は無い。

 部屋に鍵が作られていた時点で指示者がいた事には気付いていた。それで何故ルルと出て来なかったんだ?

 「……スイを追いかけないといけないので、これで失礼する」

 早々に通信を切って荷物を持ってアジトに戻ると、スイはベッドの中で頭から布団を被って丸くなっていた。

 良かった、アジトの中にいてくれて

 ベッドの端に座り、微かに震えるスイの背中を撫ぜていると、ルルに対する怒りが沸々と込み上げて来た。

 俺にとって奴はどうでも良い存在であり、スイは大事な仲間だ。確かにタイキは俺の元親友で、そのタイキにとってルルは大事な仲間なのだろうが、それでもやっぱり俺にとってのルルはどうでも良い存在。そんな奴がスイにした事を思うと……スグにでも叩きのめしに施設に飛んで行きたい衝動にさえ駆られる。

 「俺……なに?急に……」

 布団から顔だけ出したスイが困惑気味に声を発した。

 きっと、自分でも良く分からないうちにパニックに陥っていたのだろう。少なくとも今のスイにとってはルルでさえ知らない人なのだ。

 「大丈夫。大丈夫だ……」

 説得力がなくてごめん。

 「有難う……」

 安心したように微かに笑ったスイはそのまま眠りに落ちたが、毎晩魘されるスイの眠りは浅く、程なくして飛び起きた。

 それは眠ったと思ってから僅か30分後の出来事だった。

 スイは、悪夢の内容を起きてからも覚えているのだろうか?

 自分の身に起きた事だと認識しているのか?

 助けを求めている“ジュタ”が俺の事だと気が付いているのだろうか……。

 ピピピッ ピピピッ!

 セットした覚えの無いアラームの音で目が覚めたのは朝の9時の事。

 ここにきてまたスイの知識レベルがグンと上がったので、アラームのセット位なら教えなくても出来るようになっていても不思議は無い、か。

 大きな欠伸を1つ出してから無理矢理体を起こせば、毎朝の日課となった水汲みに川まで散歩だ。

 つい最近、畑の規模を広めたせいで水汲みが大変なんだよ。2人分の食料が取れれば良いのだから大きくする必要も無かっただろうに……まぁ、菜園が趣味になったのなら、それは良い事ではあるのか。

 川に行き、水をいっぱい汲んだ桶をアジトに運び終えて少し後、何故か畑の方から着信音がした。それに続いて、

 「おわぁ!」

 というスイの声も。

 また英知を求めて無断で機材を持ち出したのか……イタズラ好きの子供か?

 畑に行き、スイの頭を軽くコツいて電話に出てみれば、相手は予想していた通りタイキで、これまた予想していた通りメンテナンスの依頼だった。

 分かったと電話を切るとムクレっ面のスイが俺の前に立ち塞がった。

 タイキから連絡があった後は絶対機嫌が悪い。

 記憶はなくとも施設にいる奴は嫌なんだろうな。

 「今から仕事で出かける。帰りは~多分4~5日後だな。留守番頼んだ」

 スイの頭をガシガシと撫ぜ、準備の為にアジトの中に入るとスイもついて来た。

 そういえばスイがこの状態になってから2回目の診察だが、留守番を任せるのは初めてだな……最近では普通に生活してるし、大丈夫だろう。

 「4~5日も何処行くんだよ!」

 何処って……まさか施設の存在自体を忘れて?

 けどスイは自分が改造人間である事は知っている。施設の事だけを綺麗に忘れる事など出来るものなのか?

 「スイにもメンテしたろ?他の奴らにもしに行くんだ」

 機材をカバンに詰めていると明らかに不満そうな唸り声が響いてくる。

 前までのスイなら“いってらっしゃーい”とか言いつつ雑誌でも見ているだろう筈なのに……本当に精神年齢後退してんだなぁって思い知らされる。

 用意が終わり、カバンを担ぐといよいよ本格的に拗ね出したスイは、

 「寂しいとか?」

 と、からかい口調の台詞にゆっくりと頷いた。

 素直だな……じゃあしょうがない。

 多用されると困るから隠してたんだが、スイの通信機を返しておくか。

 「コレ、返しとく」

 そう言って渡した通信機をスイは色んな角度からそれを眺め、なんのスイッチも押さずに“よぉ”と言った。

 多分俺がいつも出る時“よぉ”だから“もしもし”を間違って覚えてしまったのだろう。

 使い方は忘れているみたいだし、しばらくは受信専用機として使ってもらうか。

 「呼び出し音がしたらこのボタンを押す。それだけで良い。簡単だろ?」

 と、練習の為にかけると間もなく呼び出し音が鳴り、スイはさっき教えた通りボタンを押して“よぉ”と言った。

 「ん、それで良い。じゃー行くから、留守番頼んだぞ」

 新しい機械を手に入れたからなのか、それともいつでも俺と話せる事で安心したのか、スイは大人しく俺を見送ってくれたのだった。

 アジトを出発して半日。

 ようやく施設に着き、久しぶりとなる診察室に入った。

 そこにはタイキによって既に腕に不調を訴えている改造人間がいて、俺が準備を整える前には手術台の上に乗っていた。

 診断の結果、ソイツの腕にある3本のボルトが緩み、歪んだ骨が神経を圧迫していただけの話し。と簡単に言ってみたが、まぁまぁの大怪我だ。

 「極端に重い物でも持ち上げたか?」

 ボルトを締めながら聞いてもソイツは黙秘しようとしたが、隣にいたタイキが“話せ”と指示すると渋々、

 「瓦礫の清掃中……誰が1番多く移動させられるかって遊んでたんだ」

 と告白した。

 なんて遊びをするんだよ……。

 「誰とやった?一応全員見るからつれて来い」

 そう言ったのは俺だが、ソイツが行動を起こしたのは全く同じ台詞をタイキが言ってからだった。

 全く、すばらしい忠誠心ですこと。

 馬鹿な遊びをしていた仲間を呼びに行った奴は他に3人連れて戻って来た。

 皆大した事は無いがそれなりにダメージがあり……改造人間は銃器をも片手で操れる程頑丈に作られてる。それなのに僅かとはいえダメージがあるとは……どんな瓦礫の運び方をしたんだか。

 「良く聞いて覚えろ。生身の部分は自己治癒能力があるから治るが、機械の部分は勝手には治らん。緩んだボルトは放っておいても緩むだけで、歪んだ部品は他の部品まで歪ませる。いいな?己の限界を知れ」

 説教じみた事を言っても改造人間達は無反応で、俺はもう説得を諦めてメンテにうちこむ事にした。

 施設に到着して数時間、着々とメンテを進めていくが皆軽く傷んでいた為に思うように進まなかった。

 瓦礫を除去して植林地を広げているらしいが、その除去の仕方が問題あるようで、やっぱり無理をしてしまうらしい。

 全体の5分の1も終わらないうちに日が暮れ、タイキは“また明日”と診察室から出て行ってしまった。

 こうなったら後は俺がどんだけ“次の人”と言った所で誰1人として入って来ないだろう。となれば明日の為に寝るか。

 ベッドに寝そべり、今日1日の報告をとスイに電話をかける。

 「よぉ!」

 すると1コールもしないうちにスイが出た。

 きっと、遅い!とか言いながら穴が開くほど通信機を見てたんだろうなぁ。と想像すると、荒んでいた気持ちがスッと癒えてしまった。

 「ん、元気そうだな。変わった事はなかったか?」

 まぁ、1コールで出る位だから身体的にはなにもなさそうだ。

 「う~~~いつ帰って来るんだよ。4~5日って言ってたよな?」

 あー、そうだ。その説明をしないと。

 「恐らくもっと遅くなる。予想以上に患者が多くて……」

 「話しが違う!早く帰るって言った!ドクターの嘘付き!!」

 予想通り大声を上げられてしまった。

 「仕方ないだろ?これが俺の仕事なんだよ」

 そうでなければ俺だってこんな所、来たくもない。

 「うぅ~~~じゃぁ、毎日電話して来いよ?約束だぞ?」

 はいはいと返事を返し、その後しばらく話していると誰かが訪ねて来て、それで電話を切った。

 「今の……スイ?」

 俺の了解もなく入って来たのはルルで、その姿の傍にタイキはいない。

 丁度良かった、聞きたい事があるから質問させてもらおう。

 「お前がスイを襲わせたのか?」

 長話をする時間がもったいないので、率直に。

 「……ガドルは月に帰った。俺は改造人間だからもう会えないんだ……」

 あ、はい。

 え?

 率直に聞いてんだから、率直に回答してくれよ。俺はガドルの話しに何か1ミクロンの興味も無いぞ?そもそもガドルとお前との間になんでスイが絡むんだよ。

 「もう1度聞く。お前の仕業か?」

 無駄話はしてくれるなよ?

 「あんたの仕草や目がガドルに似てるから……その目をアイツにしか向けないから……羨ましかったんだ」

 おい、人の質問に応えろよ!

 仕草や目が似てる?

 こちとらメガネと大きなマスク姿だからな!?こんなん誰だって似るわ!

 え?こんな事でスイはあんな目に遭わされたのか?

 こんな勝手な嫉妬で?

 百歩譲ってお前が俺とガドルをダブらせて見ていたのは良いとして、そこでスイを巻き込んだのは許せるような事じゃない。

 金輪際お前の怪我は治さないから。

 「二度と俺に話しかけるな」

 強引にルルを追い出してベッドに横になってみるが眠れる訳も無く、少し散歩にでも行こうとして思い出した。

 ガチャガチャ。

 診察室のドアには頑丈な鍵が取り付けられていた事を。

 要するに、閉じ込められている。

 さっきルルが1人で来たから、鍵をかけたのは奴で間違いない。

 鍵の所有者がタイキではないのなら、メンテナンスを終わらせても帰してくれない可能性が出てきたな……。

 ガチャガチャと鍵の破壊を試みるが、ビクともしない。

 ふーん……じゃあイザと言う時は壁の方を破壊して帰るとしよう。

 ベッドに戻り、ようやくウトウトし始めた所でタイキがやって来て、かけられていた鍵の話題には触れられずにメンテナンスが始まった。

 「政府の奴らが明後日来るんだけど、会ってくか?」

 ちょっとした休憩時間、ズット後ろに立っていたタイキが尋ねてきた。

 明後日といえば余裕でメンテに追われてここにいるだろうから別に会っても良いなと思う。それに、会わせる為にメンテナンスをこんな風に少人数ずつにして時間を稼いでるんだよな?で、それでも駄目だった時のために鍵、だろ?

 「会おう」

 そう返事すると満足そうに笑ったタイキは、その後は俺と、俺に診られている改造人間の監視作業に戻った。

 こうして昨日と同じ位の時間、診察時間は終わった。

 「明日もよろしくな」

 そうタイキは出て行き、カチャと鍵の閉まる音。

 ん?鍵の所有者はルルじゃなかったのか?あぁ、まぁ、タイキとルルって事で良いとして、とりあえず……今やるべき事は1つ。スイに電話だ。

 「よぉ!!」

 今日も1コール目で出たスイは、昨日ルルの登場でいきなり電話を切った事に対してなのか、かなりご立腹の様子で挨拶してきた。

 まぁ、俺もかけなおせば良かったなって後から反省したんだぞ?

 「よぉ、今日も元気そうだな。変わった事はなかったか?」

 「うぅ~~~」

 始めの勢いが嘘のようにスイは元気なさそうに唸りだした。

 恐らく、変わった事はなかったのだろう。そしたら電話が切られると昨日の事で学習してしまったのかもしれない。

 「出来るだけ早く帰るから。そしたら一緒に釣りしような?」

 「……っ!本当だな?約束だぞ?」

 早く寝たら早く明日になるからとかいう理論で今日の会話を打ち切りにしたスイは、早々にオヤスミと電話を切ってしまった。

 ……俺も寝るか。

 翌朝。

 昨日と同じ時間にタイキはやって来た。

 今日までで半数近くのメンテナンスを終了させているので、当初の予定4~5日で帰れそうか?

 タイキは今日も同じ時間に診察時間を終わらせるだろうから、ちょっとスピードアップしてみるか。

 幸いな事に目立った傷みのある奴は初日にしかいなかった。となると今日の患者も軽症なのばかりだろう。いちいちレントゲン撮るんじゃなく触って異状がないか見極めたって大丈夫……。

 はぁ、スイに会いたいからって唯一の仕事を手抜きにしてどーすんだよ。

 今のなし。

 タイキが出て行き診察時間が終わり、早速スイに電話すると、また“よぉ!”とご立腹な様子で1コール目に出てきた。

 「まだ終わんない?早く帰るって言ったぞ?早く会いたいよ……」

 まだ3日目だからな?あぁ、4~5日って言ってたから、そこからの早めなら3日!って計算なのか。

 俺が思ってたのは、4~5日から伸びて1週間位かーってなってからの早めだから、やっぱり4~5日なんだ。

 「大丈夫、永遠に会えないって訳じゃねーんだから……」

 ん?

 会えない?

 それってガドルとルルの事じゃないか。

 ルルはガドルが好きだった、それはそれは熱烈に。そんな意中の相手と会えないってなると……確かに辛いのか。

 スイに仕出かした事は許せないが、その気持ちだけは分かった。幸い明日奴に会う予定だし、手を打ってやっても良い。それにかこつけて診察室の鍵を外させよう。

 「ちゃんと帰るから、ちゃんと待っててくれよ?」

 なんとなく間延びして、受話器越しにスイの唸り声なんかが聞こえてきた為俺は慌てて言葉を発した。

 「おぅ!」

 毎日似たような会話しかしてないのに、電話の後は妙に癒されてる自分が不思議で、今日も俺は満たされた気分のまま眠りに落ちていた。

 翌朝。

 やっぱり同じ時間にタイキは来て診察が始まった。

 10人ちょっとしか残ってなかったメンテナンスは午前中に終わり、政府の奴が施設に来る頃には帰り支度まで整っていた。

 さてと、ゆっくり話しますか。

 ロケット打ち上げ場に行くと、そこには偉そうに立つ政府の奴と、その傍らに立っているガドルがいた。その2人と対峙するのは、大きなマスクをしている俺と、スイの振りをしたルル。

 「お久しぶりですね。隣のお守りさんも、お久しぶりです」

 「いやぁ、久しぶりですねぇ。まだ生きていたんですね」

 出会って早々軽い挨拶を交わし、俺は早速本題に入る事にした。

 「そうだ、貴方の月での施設は現在どんな活動をされているのです?」

 俺が直接ガドルに話すのが余程意外だったのか、さっきまで恋する乙女の瞳でガドルを見ていたルルが驚きの表情で俺を見上げた。が、無視。

 「そうですね……戦争が終わって子供を売る親がいなくなり、体を売って生活している子供もいなくなりました。今は保護している3人の子供を育てているだけです」

 遠慮がちに、でも現状を把握するのに足りる説明をしたガドルは次の言葉を待っているのかジッと俺を見ていた。

 「ならその3人と共にここへ来て下さい。今地球では植林作業が進み、畑作りにも精を出しています。畑を広げる為の瓦礫の除去作業、未開の地への調査、とにかく人手が足りません。月での役割がないならこちらに手を回して頂きたい」

 ガドル勧誘の台詞が終わらないうちから政府の奴は“断る”的な台詞をはいていたが、完全に無視して笑顔を崩さないでやると、ガドルはなにかを決心するように大きく頷き、

 「分かりました」

 と。

 政府の奴はよっぽどガドルを手放したくないらしく、若干取り乱した風に食い下がってきた。

 「そんなにガドルさんと一緒にいたいのなら貴方も月に来れば良い。さっきも言ったように人手は足りてませんからね。少々苛立った改造人間達を諌める事が出来るのなら、ですが。その点ガドルさんは申し分ない」

 うぅと唸る事しか出来なくなった政府の奴を畳み掛ける為、俺は隣にいたルルにタイキを呼んで来るように言い、スグ外で待っていたタイキは程なくして入って来た。もちろん気に入らない政府の奴を睨み付けながら。

 「ガドルさんにはしょっちゅう会いに来れば良いんですよ。週に1回でも2回でも。まぁ、その時は物資というお土産は忘れないで下さいね?」

 完全勝利を収めた俺はガドルの引越し作業をタイキとルルに任せて帰る事にした。

 歩き始めて数時間、後ろにも前にも瓦礫の山しか見えなくなった所で休憩の為に腰を下ろし、スイに電話する。

 いつもとは違う時間帯だから3コール位はかかるだろうと思ってはいたのだが、スイは1コール目で出てきた。

 「よぉ!!」

 で、いつものようにご立腹だ。

 「どーしたんだよ。なにかあったのか?」

 「ある!ドクターが帰って来ない!!」

 あ、なんか、可愛い。

 ハァ……一気に子持ちの父親になった気分だ。絶対子供が出来たらこんなだろうな……。

 「安心しろよ。遅くても明日の昼には帰れる」

 「えぇ?本当か?じゃあ今日はもう寝る!起きたらドクターいるよな?な?」

 どうだろうな。と言うとスイは少し拗ねたが、それでもオヤスミと電話を切った。

 途中睡眠を兼ねた休憩を入れようと思っていたが……ノンストップで帰るか?そしたら早朝4時頃にはなんとか……いやいや、帰ったら絶対遊ぼうとせがまれるに違いないから、ちょっとでも眠ってから帰るのが上策だ。

 「うわぁ~~ドクターお帰り!お帰り!!」

 スイによる歓迎を受けつつアジトに戻ったのは昼11時。

 6時間程睡眠をとって戻って来た訳だが、戻るなり釣竿持って来たスイを見てると心底休んでて出よかったと苦笑いがにじみ出た。

 まぁ、元気でなにより……。

 早速川で釣りを始めた俺達。どっちが多く釣れるか、と嬉しそうに言ったスイは今少し離れた場所で釣竿を構えている。

 そんな微笑ましい光景をぼんやり眺めつつ、今後の事などを少々。

 アジトで生活を始めてから随分経った。

 タイキ達はきっと俺が未開発地の調査をしているんだと思っている事だろうが、俺は特になんの調査結果も出していない。それが政府の奴にバレた時にどんな事になるのか……施設にいる奴らはガドルがどうにかするんだろうから良いとして、問題は俺達。

 リオンが偽造身分証明を作ってくれたお陰で人間の振りは出来ているが、お咎めを受ける事になれば詳しい身元調査も行われる筈だ。そこで“ガドルの弟”だとバレるだけで製造番号まで正確に調べられる。

 そして廃棄処分になったという過去まで。

 そうならない為にも調査はした方が良い。

 それなりの事は出来るようにとリオンが残してくれた資料とパソコンはあるし、実際アジト周りの森については調査済みだ。

 この川の水が安全である事も俺達で証明済みだし、どんな魚がいるのかも確認済み。

 だが、それだけじゃ調査したうちには入らない上にアジト周りには誰であろうと近付けたくはない。となればアジトから離れた場所の調査が早急に必要となる訳だが……今日帰ってきたばかりで明日からの外出をスイが了承するかどうか……一緒に連れて行ければ良いんだが、何日留守にするかも分からない調査、畑の手入れを疎かには出来ないからスイは留守番決定なのだ。

 まぁ、しばらくは日帰りで行き来出来るような場所からやってくしかないか。

 「いやったぁ~、2匹目ゲットォ~♪」

 この生活の為にも、なによりスイの為にも頑張らなきゃな。

 深夜。

 スイが魘され始める時間帯に俺は起きていた。

 魘され、汗びっしょりかいて飛び起きたスイは、早くて浅い呼吸を整えてから水を飲みに外へ出て行った。

 ほんの数分前には“ジュタ助けて”と言っていたスイだが、後を追いかけるように外へ出た俺をドクターと呼ぶ。

 「……嫌な夢見てさ……」

 グッと水を飲み干したスイはいつもと変わらない顔で笑い、

 「起こしちゃったな、ゴメン」

 と、頭を下げた。

 嫌な夢を見た。と言う事は、どんな夢を見ているのかは覚えている……それが現実に起こった事だとは気付いて?

 「……」

 俺はこのまま腫れ物を触るような態度で良いのか?

 「夢はいつも同じ。どっか知らない場所に閉じ込められてんだ」

 思いがけずスイが夢の内容を語り始め、俺は頭が真っ白になって、相槌打つのも忘れてその話しに聞き入っていた。

 「結構広い部屋で……足枷とか手枷が壁際の棚に無造作に置かれてて……寝室?もあって、ダブルサイズのベッドが1個とパソコンデスクが2台……」

 スイが口にした間取りは間違いなく施設内の診察室に間違いない。でも、知らない部屋だと始めに言っていたから記憶にはないのか。

 「鍵の開く音がして……いつも逃げようって走るんだけど、廊下にいる奴らに捕まって部屋に戻されるんだ。それで、足枷とか手枷とかつけられて……動けない……」

 僅かにスイの声が震え、急激に我に返った俺は震えていたスイを抱えてアジト内に戻って椅子に座らせると、目の前に通信機を置いた。

 今にも泣き出しそうだったスイは突然の俺の行動の意味が分からないらしく目を大きく開けて注目した。

 「コレはスイの通信機。で、コレが俺のだ」

 「うん。知ってる。音が鳴ったらここを押して出るんだよ」

 目の前に置かれた通信機を手に取り、耳にあてたスイは興味深そうに身を乗り出して次の説明を待っているようだった。

 「それ、短縮1番押してみ」

 「どれ?」

 ゆっくり操作をして見せてから数秒、俺の通信機が鳴ったので“よぉ”と出る。

 「分かったか?」

 「待って……やってみる」

 と、今度はスイが1人で操作し、数秒後、再び俺の通信機が鳴った。

 「なんだぁ~俺からもかけられるんだな!」

 嬉しそうに笑うスイからはさっきまでの暗い影が消えていて、これで良かったのかも分からないのに、とにかくホッとした。

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