ジュタ 2

 リオンは僅か3日で偵察用の小さなロボットに独自に通信機能をつけ、遠隔操作出来るように改造してから施設に偵察へ行かせた。

 小さなロボットの目にはカメラまでもが付けられていて、ロボットが見た景色は全てリオンのパソコンへデータとして残る仕組みとなっている。

 その結果、俺達は施設内部の構造やデータなどを盗み出す事が出来た。

 改造人間に関してのデータを施設内のコンピューターから直接コピーしている間にも偵察は続き、あまり興味のなかった研究員達が暮らしているエリアの様子までもがありありと……そして改造に失敗された元人間達の扱われ方も。

 こんな拷問が当たり前のように行われているなんて思ってもみなかった。

 スイは改造人間にされる過程で不具合があって廃棄処分になっている。って事は、本格的に動けなくなって故障するまでこんな拷問を受け続けていたのか?

 なんて、聞ける筈ないし、改造に成功されながらも5年間も腐っていた俺の過去なんてのも言える訳がない。

 本当に、俺は運が良かったのだ。

 コピーが完了し、色んな場所を回った小型ロボットは、自分の体を2つに分離させ、それぞれ移動を開始させた。

 その行動はリオンの意図した事とは違っているらしく、不思議そうに、だけど慌てた風に遠隔操作が出来る筈のコントローラーを操作している。

 しかし、コントロールできているようには見えない。

 やがて1つは改造人間のデータが詰まったコンピュータールームの中で動きを止め、もう1つは施設のトップの部屋の中で動きを止め、その日の夜中に大爆発を起こした。

 真夜中で、トップの人間達は皆自室で寛いでいるような時間帯に、小型ロボットはいきまり3からカウントダウンを始めた。だから、その部屋にいたのが例え改造人間だったとしても無傷で爆発を逃れるのは難しい。

 何故……このタイミングなんだろう?

 何故、今殺す必要があった?

 これじゃあ施設側はロボットが襲撃に来たと思い、余計に戦いが終わらなくなるだけだ。

 この爆発はリオンの作戦には無かったし、実際小型ロボットが分裂してからはなんとか制御しようとして焦っていた。

 単なる誤作動にしては的確な場所、的確な時間に爆発を起こしているのが不自然。

 そうなると考えられる事は1つしかない。

 マザーからの直接命令だ。

 マザーは俺達に手を貸すつもりなんて始めからなかったんだろう、そうでなければアジトからロボット達が姿を消している事の説明が付かない。

 アジトを爆破されなかっただけマシだと思えば良いのか?

 モニターに映し出された映像が本物なのかを確かめるためにネットテレビをつけて見ると、どのチャンネルも報道特別番組で、施設で起きた爆発の事を言っている。

 ただ、小型ロボットの目撃情報はなく、ロボット達は追加で施設を襲撃しなかった事もあり、単なる爆発事故とされているようだ。

 「月に行こう。施設の次の行動は、改造人間に詳しい人物を集める事だろう。だから月に先回りして、そーいった人物に成り済ますんだ」

 そう言ったリオンは何故か楽しそうに作業を始めた。

 なにをしているのかは全く分からないが、とりあえず邪魔はしないようにスイと2人でネットニュースを見て情報収集する。

 どれ位の時間が経ったのか、ネットニュースで同じような事が繰り返し報道されるようになった頃だから、1時間か2時間程度だとは思うが、リオンが立ち上がって満足そうな笑みを浮かべた。

 なにかの作業が終わったらしい。

 「覚えてね。ジュタは今日から改造人間修理工を営む変わり者で、スイは改造人間の研究者って事にしたから」

 ニコニコと笑うリオンが物凄く胡散臭い。

 それにしても、今日から修理工って事にしたって急に言われても……いや、修理工の事は全く分からないけど、俺とスイを普通の人間のように細工したんだって事は分かる。

 どんな手を使ったのかは、分からないけど。

 本当に、どうやったんだ?

 月のシステムってかなり緩いのか?それともリオンが物凄く機械とかプログラムとかに詳し……あぁ、そうか。俺達にはついさっきまで機械の親分であるマザーが味方についてたんだった。

 マザーにプログラムとかセキュリティーとかのイロハを教えられている可能性があるな。そうでなければマザーの用意したロボットを改造する事だって出来ないだろうし……遠隔操作とか……データのコピーもそうだ。

 ニコニコ顔のままリオンが差し出してきたのは、改造人間についての膨大なデータ。

 改造人間である俺の記憶力は良い方にはいるのだろうし、1度目にしたものはメモリにしっかりと残されるので“物忘れ”もない。なので特に覚えようと気合を入れなくても、しっかりと読み込めばそれで覚える事は出来るんだけど……膨大だな……。

 そしてスイに渡されたデータとの差はなんだ?

 「ちょっと俺にだけ厳しくないか?」

 思わず文句が出てしまったよ。

 「あぁ、スイは改造人間の研究者だから機械部分だけの研究資料だけを覚えてもらいたくて、ジュタは改造人間にとってのお医者さんだからね、しっかりと生身の部分の勉強も必要なんだよ。人間がかかる病気の知識、薬の知識、症状別の診断基準と、妊娠についてもね」

 改造人間でも生殖機能はあるのか。

 「わ、分かった。覚えるよ」

 俺はメモリ機能があるから良いけど、人間の医者ってのはメモリもなくて良くこんなにも膨大な知識が脳の中に入れられるものだな……物凄いほんのちょっとだけ“凄い”って思ってしまった。

 改造人間のデータを手渡され、月に行く準備を始めたリオンに背を向けてただただ暗記する。

 「覚えた……」

 データを返却するとリオンはその場で破棄してしまったので、今となっては改造人間を1から作り出せるのは俺とスイとリオンだけという大変恐ろしい事になってしまった。

 いや、改造手術を手がけていた研究員ならばデータがなくても普通に作ってしまえるのか。それなら「変わり者の改造人間修理工」を施設に招こうとは思わないのでは?

 「設定は“買い足しに月に戻って来た”って事だから、適当に買い物しちゃって。支払いはこのカードを使ってね。施設の奴らに声をかけられるまでフラフラしてるんだよ。後、何かあったらシャトル前に集合」

 軽い打ち合わせが終わり、シャトルに乗り込んで月に到着すると、俺達は会話もせずに夫々打ち上げ場から出た。

 さてと、政府の奴らから声がかかるかどうかは別にして、リオンの助言通りに買い物を始めるとしよう。

 ガドルの施設があるエリアを避けつつ、声をかけられやすいように人の多いエリアの中を歩く。

 えっと、買い足しに来たって設定だから薬とか買っとくか。後は食料、ガスボンベに燃料……あ、修理工なんだから工具も必要か。

 こうして一通り買い物を済ませた後、ジュースなどを飲みながら公園でゆっくりと休憩してるんだけど、誰も声をかけて来ない。

 だからといって誰からも目を付けられていない訳でもなく、買い物途中から俺を監視するようについてくる男はいるんだ。

 きっとあの男がスカウトマンなのだろうが……何故声をかけて来ない?

 俺が改造人間だって事がばれたのか?

 胡散臭いこのカードの事がバレたのか……。

 「あの……」

 男が意を決した風に話しかけてきたのは、公園に来てから1時間程度たってからの事だった。

 「なんですか?」

 少し緊張しながら返事をすれば、男は地球にある施設の爆発事故の説明をオブラートに包みながら丁寧に時間をかけて話し始めたので、正体がバレている訳でなかったらしい。

 適当な相槌を繰り返していると、最後に男は“説明会があるので話しだけでも”と頭を深々と下げてきた。

 得体の知れない俺に頭を下げる程なんだから、改造人間の作り方を暗記している研究員は生き残らなかったのか。

 こうしてやって来た説明会があるという会場……えっと、なにか顔を隠せるものはないか?

 よぉ~く考えてみたらガドルが説明会に呼ばれているなんて容易に想像は出来た筈なのに、月での買い物って初体験の緊張があったのか、思い浮かびもしなかった。

 とりあえずメガネをかけて地味過ぎる変装をしておこう。

 まぁ、ガドルは子供の頃の俺しか知らない訳だからメガネだけでも大丈夫だろうし、俺は改造人間修理工としてここに呼ばれている。

 名前はジュタのままだけど……そんなに珍しい名前でもないから大丈夫、かな?

 フゥと息を吐いてから会場内を見渡してみると、少し離れた所に緊張した風にピシッと綺麗に座ってるスイがいて、物凄く不自然な笑顔をこっちに向けながら小さく手を振ってきた。

 そのあまりの可笑しさに笑いそうになるのを堪え、小さく手を振り返した所で何処となく偉そうな人間が前に出てきた。

 「ご存知かと思われますが……」

 と、挨拶もなく始まった説明会は、時間にして30分もなかっただろう。

 かい摘んで言うと「重役は皆死んだから代わりに地球にいってくれ」って感じ。で「俺達に死ねと言うのか」って誰かの怒声には「貴方達が行かないなら人類が滅びる」と正論を述べた。で、最後に「協力するかしないかは各自で決めて下さい」だって。

 その結果は、

 「冗談じゃない!」

 と、帰って行く人間多数。

 会場に残ったのは俺とスイと、もう1人……ガドルだけ。

 なんでガドルまで残ってるんだ?自分の施設があるんだから帰れっての!

 それとも俺の正体に気が付いたから……?

 いや、まさかな。

 もう1度俺達の意思を確認した偉そうな人間は、俺達の気が変わらないうちにと早速シャトルに乗せ、その日の内に半壊状態にされた施設に連れて来た。

 シャトルから降りると、なにかの資料を手に持った1人の研究員が出迎えてくれて、

 「えぇっと……これからよろしくお願いします」

 と、深々と頭を下げてから簡単な自己紹介をした。

 どうやら、生き残った研究員は改造手術に関わった事のない監視役だけらしい。

 「説明は受けています。早く研究室に案内して」

 役になりきっているスイは、キリッとした顔でハキハキと喋っているのだが、その真剣な雰囲気が普段と違い過ぎて……ちょっと、笑いそ……。

 「スイさん……ですね?えっと、改造人間開発をして頂きますので、えっと……」

 研究員は何度も資料を捲りながら俺達の確認作業をしているようだ。

 という事は、俺も名前の確認をされるのかも?

 ジュタなんて珍しくない名前ではあるけど、ガドルの前では出来るだけ呼ばれたくないしな……。

 「俺は改造人間にとっての医者だ。これからはドクターと呼べ」

 メガネを中指で押し上げてフンッと鼻を鳴らしながら言うと、スイは密かに顔を伏せて笑っていた。

 「最後にガドルさん。改造人間からの信頼が厚い貴方には、ここの責任者になって頂きたい。人類を勝利へと導いてください!」

 ふうん。

 改造人間からの信頼が厚いのか。

 あのルルって奴みたいに、熱狂的信者が他にもわんさかといるってのか?

 施設に人間を売る為の保護施設の創立者だぞ?

 そりゃ……確かにタイキは俺よりもガドルについた訳だから、改造人間にとっては物凄く良い人間なのかも知れないが……。

 研究員は俺とスイを研究室に案内した後、「後の事はお任せします」と頭を下げて行ってしまった。

 さて、ここからどうするか……取り敢えずリオンに連絡しよう。

 「聞こえるか?」

 上着に付けていた小型マイクのスイッチを入れて呼びかけると、

 「2人共上手く行ったようだね」

 と、既に状況を把握している風な返事が小さなスピーカーから聞こえてきた。

 何処かにカメラも仕込まれてた?

 まぁ、細かい説明をする時間が省けたんだから別に良いけど。

 「あぁ、早く来いよ。それと、俺の事はドクターって呼んでくれねぇか?ちょっと知り合いがいてさ、名前呼ばれるとマズイんだ」

 「OK、OK。10分もあれば着くから」

 ブツッと切れた通信。

 それから本当に10分程してノック音が聞こえたから、てっきりリオンだと思ってなんの確認もなくドアを開けたのに、そこに立っていたのはリオンではなく、ガドル。

 部屋の中には入って来ず、なにも喋らず、改造手術に使用する拘束器具を、思い詰めた顔をして眺めているだけ。

 手術台を見に来た?

 だからって無言は可笑しいだろ。

 「用がないなら、失礼する」

 パタンと部屋のドアを閉めて鍵をかけ、耳を済ませてしばらくすると、ドアの前から遠ざかって行く足音が聞こえた。

 本当に部屋の様子を見学しに来ただけだったのか……。

 「ね、どう言う関係?」

 緊張の糸が切れた所で、俺のメガネをグイッと下ろしたスイがイタズラっぽく笑った。だから余程の質問ではない限り答えたいのだが……生憎、余程の事だから答えない。

 「別にどーでも良いだろ?」

 本当にどうだって良いと思ってたんだけど、やっぱり姿を見ると駄目だな。沸々と怒りとか情けなさとかが出てくるんだ。

 けど、俺を売った金で施設を建てたって事自体に怒りはない。寧ろ、改造人間にとって数少ない「良い人間」になる為にあの施設が必要だったんだろうから……まぁ、嬉しい。かな?

 じゃあなにに対して怒ってるのかって言うと、ガドルを見てると5年間腐ってた自分を思い出すからなのかな?って。

 タイキがどんな気持ちで一緒にいてくれたのかさえ気付かなかった自分が嫌で、情けなくなるからかな。って……。

 な?

 答えられるような内容じゃない。

 「ガドルっていえばかなりの有名人だよ?ね、どーいう関係なのさ」

 地球ではそこまで有名じゃなかったと思うんだけど、そうか、スイは月出身だったっけ。にしたって、有名人だったのか……。だとしたら、リオンもスイと同じような質問をしてくるかも知れない。

 「リオンが来てからな」

 10分程で来ると言ってたし、そろそろ来たって可笑しくない時間だけど……爆発事故があったばかりだから警備が厳しくなっていても可笑しくないか。だとしたら追い返されてる可能性も?

 正面入り口まで迎えに出た方が良いのだろうか?

 いや、なにかあれば連絡が来るだろう。

 コンコン。

 ノックの音が聞こえる。

 部屋の外からは人の気配が多数あるけど、ガドルが人を連れてきたって事も考えられるから用心にこした事は無い。

 とか言った所で、変装用のメガネをかける事しか出来ないんだけど。

 メガネをかけ直して、少々小難しそうな表情を作ってからドアを開けると、2人の研究員によって拘束されたリオンがいた。

 「この者がドクターの助手だと言って聞かないのですが……」

 ドクターって誰だっけ?

 実際にそう呼ばれると違和感が凄過ぎてポカンとしてしまうものなんだな。

 「あぁ、間違いない」

 返事をしてすぐに開放されたリオンは、

 「遅くなってゴメンね~。でもぉ~、この人達が足止めしてきたんだから、しょうがないよねぇ?」

 とかなんとか言いながら研究員を舐めるように見つめ、それによって研究員は慌てた様子で頭を下げながらドアを閉めて足早に去ってしまった。

 あのさ……なんでそんなブリッコキャラなんだ?

 「リオンも着た事だし。なぁ、ガドルとどんな関係なんだよ」

 早速その話し?

 身を乗り出してくる様子から、スイにとってこの質問は単なる好奇心からではないらしく、

 「まぁね、ガドルっていえば有名人。その有名人と知り合いって言うんだから気にはなるよね」

 そう言ってリオンも俺に注目した。

 改造人間からも、多分人間からの信頼も厚いだろうガドルの知り合いが破棄寸前の改造人間ってのも不自然な所なのかも知れな……ガドルの施設からきた奴は漏れなく全員ガドルの知り合いじゃねーか。

 だったら俺も施設出身って事に……いや、こんなくだらない所で嘘をついてどうするんだよ。

 「アイツは俺の兄貴なんだ」

 何故だろう……本当の事を言ってるのに物凄く嘘っぽい。

 「兄弟なら顔でバレるんじゃない?」

 あれ?

 信じてくれるのか?

 「アイツはガキん時の俺しか知らない。でも多少の変装はしようと思ってんだけど」

 うん。

 なんかもう、本当に細かく説明すればする程嘘臭い。

 「あー、だからメガネしてるんだね。似合ってるよ」

 え?

 スイだけじゃなくてリオンまで信じてくれるのか?

 それだけ信用されてるって事なのだろうか?

 だとしたら、嘘を言って適当に誤魔化さなくて良かった。

 満足げに笑ったリオンは、持ってきていた大きな鞄の中からアジトにあった機器を取り出して設置しはじめたから、その間に俺とスイは2人で破棄場に向かう事にした。

 能力的に処分される予定の改造人間や、反抗的な態度ってだけで破棄される事が決められた改造人間の救出はもちろん、制御装置の不具合で動けないまま破棄される事になった改造人間の修理をする為に。

 俺を改造人間の修理工だと信じさせるミニイベントでもあるが、1人でも助けられる命があるのなら死力を尽くしたい。

 こうして制御装置の不具合で破棄されかけていた5人を救う事が出来た俺は施設の中での立場を確保する事に成功し、同じくスイもリオンも信頼される事となった。

 これで第一関門突破、だな。

 俺達の立場が確立するまでに費やした時間は2日。

 そろそろマザーがなにか仕掛けてくる事だろうから、俺達もそれに備えて行動を起こした方が良いんじゃないだろうか……。

 そう声に出そうかと思っていた矢先。

 「そうだ。前線に出ていた改造人間達の半数を呼び戻したから……夕方には戻って来ると思うよ」

 と、突然リオンから告げられた。

 前線で戦っている改造人間を半数も呼び戻した?

 「そんな事したら。前線の戦力が……」

 「大丈夫、Aクラスの改造人間を20人派遣して、その子達に半数戻るようにって伝言を頼んでおいたんだよ」

 あぁ、そういう事か。

 にしたって、前線の戦力は下がるだろ?

 いや、待てよ?

 修理が必要な改造人間をそのまま戦わせているよりも遥かに戦えるな。

 それに、新しく派遣された20人は施設に俺達修理工がいる事を知っているから、故障を恐れて守りに入る必要がない。

 でも……タイキが戻ってくるって事はない……よな?

 リオンの言った通り、夕方には改造人間達がゾロゾロと施設に戻ってきた。

 道中にロボットが襲ってきたらしく、全員が無事という訳ではなく、怪我の酷い者から順に手当てと修理をする事になった。

 怪我のない者も念の為にメンテナンスをする事になり、大袈裟に大きなマスクと帽子、白衣にメガネをかけて治療を開始させた。

 制御装置もあわせて取り外したい所ではあるけど、それはしないようにとのリオン命令。

 しかしだ、大きなマスクのせいで少々視野が狭い……だったら取ってしまえば良いだけなんだろうケド、そうは出来ない理由があって……タイキがいるから。

 タイキ自身には目立った故障はなさそうで、今はルルと一緒にガドルの部屋にいるらしい。

 けど、手術中ってんだからマスクと帽子は必須装備品だな。

 「あんたみたいな医者、何故前線にはいない?俺達はロボット側にデータを盗まれる事を恐れて壊れた仲間を更に壊した……あんたになら、治せたかも知れない仲間を……」

 左腕を傷めていた改造人間の治療が終わろうとしていた時、ズット黙っていたソイツが不意にそう呟いた。

 俺は前線がどんな様子なのかを知らないが、今の言葉だけで壮絶なんだなって……前線に出た改造人間が1人も戻って来なかったんだから、そうだろうなとは思ってたけど、実際に壊れたり、動けなくなった改造人間は切り捨てられていたんだな。

 「負傷した仲間がいればいつでも連れて来い。それが俺の仕事だからな」

 それに、改造人間のデータなんかとっくにマザーに知られてる。

 仲間を壊す意味なんか少しもないんだ……とは、声に出さない方が良いか。

 「……有難うドクター」

 壊れたら修理する。

 こんな当たり前の事が、こんなにも感謝される事なのか?

 人間だって具合が悪けりゃ医者に行くだろう。それと同じ事を改造人間は今までに出来なかった……それが異常だ。

 今までの研究員達の態度は悪過ぎた。

 俺達が重役になったからには、絶対に今までのようなやり方には戻させない。

 で、絶対にこの戦いを終わらせよう!

 「これで全員終わったかな?あー疲れた」

 俺をサポートしてくれていたスイが手術室と待合室、廊下を見渡して、誰もいない事を確認した上で伸びながら言ったのだが、実はまだ全員終わってはないんだって言ったら脱力するだろうか?

 「ガドルの部屋にいる2人で最後だから、もう少しだけ頑張ろうな」

 タイキはただのメンテナンスで大丈夫だろうけど、問題はルルか……。

 「良く覚えてるな。まさか全員の顔を?」

 思った通り、スイは「えぇ~」と椅子に座り込み、少し間を置いてから気になったんだろう事柄を尋ねてきた。

 改造人間の記憶力が優れているとはいえ、いちいち全員の顔と名前を記憶してたらきりがないし、流石に全員覚えてたら人間じゃない事がバレそうだし。

 なので今後はドクターとして、ただの人間として違和感がでないように、よく怪我をする改造人間の顔と名前を覚えるだけに留めるつもりだ。

 「違う違う。その2人とは同級生だっただけ」

 訓練中に同じクラスになった全員が同級生ってカテゴリーになるのなら、まぁ、ほとんどの改造人間化同級生にはなりそうだな。

 少なくとも、今日前線から戻ってきた改造人間とは全員1度は同級生になった事がある筈だ。

 名前も、顔も、覚えてないけどな。

 「はぁ。呼んでくるから、その乱れたマスク直しときなよ?」

 こうしてスイに連れて来られたタイキとルルと……何故かガドルの3人は、揃って部屋の隅に立ち、誰も診察台に上がろうとはしない。

 凄まじい警戒心を見せてる所悪いんだけど、こっちも早く休みたいから容赦なくその体を切り刻ませてもらう。

 まずはルルに合図を出すと「心細い」とか「怖い」とか言ってメンテナンス中ガドルの手を握って離さなかった。

 ガドルは「邪魔ですよね、すいません」とかなんとか言いながら何度も頭を下げてきて、そんな様子を部屋の隅に立ったままのタイキが凝視。

 ガドルでも、ルルでもなく、ただ只管俺の手元だけ。

 きっと、変な事をしないように見張ってるつもりなんだろう。

 それ程までにタイキにとってルルは大事な存在なのか。

 それにしても……一体どんな戦い方をすればここまで体が傷むんだ?

 「腕、動かしてみろ」

 修理が終わってから声をかけると、ルルは恐る恐る腕を動かし、数回クルクルと回した後、パッと明るい表情を見せた。

 「痛くない。ガクンってならない!」

 その言葉を聞いたタイキはホッと息を吐き、安堵の表情を浮かべて……。

 あぁ、そうだった。

 前線では動けなくなった奴は壊されていたんだったな。

 きっとルルはズット腕が痛いのを我慢してなんでもないように振舞っていたんだろう。

 そして最後はいよいよタイキの番。

 タイキはルルを修理した俺を信用したらしく、なにも言わないうちに診察台に寝転んだ。

 見た限り何処にも怪我はないし、不調そうな箇所もないけど、念の為詳しく検査してみれば全体的に満遍なくガタはきていた。

 とはいえ、修理が必要になる程の事でもなく、緩んでいたボルトを締めるだけで終了。

 前線から戻って来た全ての改造人間のメンテナンスが終わった部屋の中には俺とスイの2人だけ。だからマスクやら帽子で顔を隠す必要もなくなったというのに、俺達はただただ無言のまま疲労感に支配されて項垂れていた。

 だから必然的に部屋の外の話し声なんかが聞こえてきて……結構声って響くんだな、これからは注意して喋らないと……。

 まさか、ここの斜め向かいがガドルの部屋だなんてな。

 「俺、ジュタを探してくる」

 タイキの声だ……。

 俺を探してなにをしようってんだろう。

 そもそもここにいるし、さっきまで一緒の空間にいたし、声まで聞いたくせに、それで気付かなかったのは何処のどちらさま?

 「ジュタは1度俺の施設に来たんだ……」

 今度はガドルの声。

 俺が施設に忍び込んだ事を知っている?

 確かに上着はガドルの部屋に捨ててきたけど、アレで俺だと特定出来る筈もない。

 上着を見たタイキが俺の物だと言った?

 それとも防犯カメラ?

 「けど、前線にはいなかった」

 ルルの声。

 隣から聞こえて来る話しは重苦しく、そして俺の話しだった。

 スイまで俺の方を複雑な表情で見ている事もあいまって、物凄く居心地が悪くなってしまった。

 タイキが俺を探して施設内をウロウロしている。

 と、戻って来たリオンから聞いたのはタイキのメンテナンスが終わってから2時間後の事だった。

 リオンは今まで全ての改造人間の情報を確認していたようで、それを資料にまとめて見せてくれた。

 能力順に分けられた見やすい資料には、番号や名前、メンテナンスをしたか否かが書かれている。

 今日看たのは前線から戻ってきた改造人間だけだったから、改造人間全員をメンテナンスするとなれば大変だろうな……なんて思ってた訳だけど、こうして資料にまとめられてしまうと全体の3分の1すらメンテナンス出来ていないって事実を突きつけられ……溜息しか出ない。

 「無理させると思うけど、メンテは早く終わらせて欲しいんだ」

 はいはい。

 統計かなにかをとってるんだよな?

 それを元に今後の事も考えたいんだろ?

 だからメンテナンスが終わらない限り先に進めない……。

 「ちょっと休憩入れたら再開する。A級の奴から連れて来て」

 疲れたなんて言ってる場合じゃない。

 俺は改造人間のドクター。

 命をこれ以上無駄にしない為ここに来たんだ。

 月にいるお偉い人間からしてみれば、俺のしようとしている事は不本意だろうな。

 改造人間を使い捨てにして、常に改造人間の材料不足でなければならないんだろ?

 本気でこの戦いを終わらせる気なんかないんだよな?

 そうでなければ、気に食わない態度だから。って理由だけで破棄なんかにはしない筈だ。

 前線に出た改造人間を修理せず、使い捨てになんなんかしない筈だ。

 「連れて来たよ」

 よし、ゴチャゴチャ考えるのは後回しだ!

 A級とB級能力者のメンテナンスが終了したのは、それから3日後の事だった。

 休憩を挟みつつやっていたとは言っても、極度の睡眠不足。

 それなのに集中力をかなり使う作業を延々と3日……頑張った。

 俺もスイも、もちろん別行動をとっているリオンも。

 リオンは改造人間全員の情報をまとめるばかりではなく、その個々にあった訓練メニューや食事、加えて研究員達に改造人間との接し方と題したセミナーまで開いたりしていた。

 「スイ、生きてるかぁ~?」

 「なんとか……ドクターはぁ~?」

 俺達がメンテナンスで忙しかった間、ガドルの部屋からは相変わらずタイキ達の話し声がしていて、だからスイは部屋に2人きりになっても俺をドクターと呼んでくれている。

 「なんとか。次C級能力者だけど、いけるか?」

 俺は少し仮眠を取りたいんだが……

 「3時間位寝たい」

 意見が一致した。

 3時間と言わずに明日になるまで眠りたい所ではあるが、メンテナンスを急げって言われてるし……いや、こうして考えてる時間が勿体無い。

 俺達はまるでゾンビのようにノソリノソリと仮眠室まで移動し、倒れ込むようにしてベッドに横になると、そのまま眠ってしまった。

 ピピピッ、ピピピッ。

 「ん……」

 重たい瞼を無理矢理にこじ開けた時、俺の横で目覚まし時計が鳴っていた。

 隣にはまだ気持ち良さそうに眠っているスイがいたので慌てて目覚ましを消し、眠気覚ましに大きく伸びながら診察室に出ると、そこには作業中のリオンがいた。

 「おはよう。残りはC級能力者だね、もう少し時間空ける?もういけそう?」

 相当急いでるんだな。

 スイはもう少し休ませてやりたいけど……まぁ、修理ならともかくメンテナンスなら俺1人でも大丈夫だろう。

 それに、C級能力者は30人程度しかいない上にC級の訓練は体が傷む程激しいものではない。だから多分後1日もあれば全ての……まだ前線に残っているA級能力者を省いた全員のメンテナンスが終わる。

 リオンによって呼び出されたC級能力者を1人ずつ看る事5時間。

 あまりにもスイが起きて来ないから心配になって様子を見に行ってみると、幸せそうな顔して眠ってて……何故だかそれで疲れが吹き飛んだというか、幸せな気分になったというか……なので、起こさずにそっと仮眠室のドアを閉めた。

 「ゴメンッ!がっつり寝てた。大変だった?マジでゴメン!」 

 スイが起きてきたのは10人目のメンテナンスが終わってからだから、時間にして大体7時間程経ってからで、申し訳なさそうに俯く顔色は物凄く良くなっている。

 「気にすんなって」

 無理して倒れるよりよっぽど良いんだから。って、これ「倒れないように気をつけろ」とか言い返されそうだから言わないでおこう……。

 約20時間かけてC級能力者全員のメンテナンスが終わり、その達成感を声にする事も、共に戦ったスイと喜びを分かち合う事も、パソコン前に座ってなにかの作業をしているリオンに挨拶する事もせず、俺は仮眠室に足を向けた。

 パタンと仮眠室のドアを閉め、ズット付けっ放しで蒸れていた気持ち悪いマスクを顔から剥ぎ取り、上着だけを脱いでベッドに潜り込む。

 コンコン。

 診察室の方でノックする音が聞こえた。

 誰が来たのだろう?

 いいや、誰が来たとしても俺は仮眠室の中にいるんだから関係ない。

 もし、タイキだったら?

 押し入って来たら?

 マスクだけはしていた方が良いのかも知れ……あれ?マスク何処だ?

 ガチャ。

 診察室ではなく仮眠室のドアが開く音がして、見るとそこにはスイがいて、キョロキョロとした後ベッドに入ってきた。

 「俺の知り合いかも知れないし」

 あぁ、なるほど。

 ダブルサイズのベッドの中は2人で眠るには少々狭いが、マスクもない状況でバレるかも知れない。という恐怖感があると全く気にならない。それ所か、身を寄せ合ってお互いの顔をお互いの体で隠している状態で頭から布団を被っていた。

 「はい。どうしました?急患ですか?」

 リオンがドアを開けて訪問者に声をかけている。

 「じゃなくって……先生に俺まだちゃんと御礼言ってなかったから……」

 聞こえて来たのはルルの声。

 「先生、いねぇの?」

 タイキまでいるようだ。

 「ドクターはお休み中です」

 まるで受付嬢のような話し口調のリオンが可笑しくて、思わずスイと顔を見合わせて笑ってしまった。

 そんな些細な声に敏感に反応したらしいルルは、

 「先生起きてるよ?」

 なんて指摘し、

 「起きてんだったら会わせて……」

 と、タイキが無理矢理に入ってきたのだろう、ガチャリと仮眠室のドアが開く音がして、無言。

 そして少ししてからゆっくりとドアが閉まった。

 なんだろう、なにかとんでもない勘違いをされた気がする……。

 「分かった?ドクター達は“お休み中”なの」

 リオンもタイキがしたであろう勘違いを助長するような物言いしてさ、もしかして楽しんでる?

 くそっ。

 でも、その勘違いのお陰でバレずに済んだんだから良いとして……良いのか?

 部屋に戻ったタイキとルルは、妙なテンションでガドルに勘違いしたままの情報を伝え、ガドルはガドルで、

 「確かにあの2人は仲が良いもんなぁ」

 とか言ってさ!

 そりゃー俺とスイの仲は良いよ!

 ツイてる者同士だし!

 反乱軍仲間だし!

 第一俺達改造人間にはそーいう浮ついた感情の部分は不必要だって事で排除されてる筈だろ?

 多分……生殖機能はあるけど……。

 じゃなくて!

 なにを考えてんだ俺は……。

 あれだな、きっと寝不足で頭が混乱してるんだな、うん。寝よう。

 「ねぇ2人共、俺がいない間なにがあったの?」

 ガドルの言葉で新たな勘違い野郎が1人……。

 なにもないわ!

 しいて言うなら、反乱軍としての活動の度にスイと2人きりになる口実を色々言っただけだし!

 全然怪しくないし!

 そう言って抗議する為に身を乗り出して触れた肩。隣には俺を見ているスイがいて、同じように身を乗り出していた。

 2人同時に抗議をしようとした。たったそれだけの理由で触れた肩が、何故だか恥ずかしくて言葉に詰まり、スイは顔を赤くして俯いてしまった。

 可笑しい。

 さっきから俺は何故こんなにも必死なんだ?

 こんな感情の起伏なんかもうないと思ってたのに……なんだよ、これ。

 あ、そうだ。俺は寝不足で、疲れてて、頭が変なんだ。

 そうそう、寝れば治るし。

 「ちょっと寝る……」

 クスリと笑うリオンになにか言おうと思ったけど、それより先に意識が遠のいていく。

 ピピピッ、ピピピッ。

 目覚まし時計の音で目を覚まし診察室に出ると、机の上に見慣れた地図が広げられていて、その地図には既に赤ペンで俺達のアジトの丸印は罰点に書き換えられていた。

 しばらく無言で地図を眺めていると、戸締りを確認したスイと、パソコンに向かっていたリオンも地図の前に集合し、これからの事を話し合う準備が整った。

 「この施設は俺達のアジトと考えて良いだろう。で、ロボット達は前線に向けていた戦力をマザーの守りに向けた。一気にここを攻める気でいるんだろうね。もしかしたら偵察用のロボットが既に来ているかも知れない。それで……」

 机から離れたリオンはパソコンを操作すると、モニターを俺達に見せてきたのだが、それはなんの変哲もない今後の予定表。

 物資が届く日程は知ってるんだけど?

 あぁ、そうか。

 ロボット達は俺達の動きをハッキングするか、盗撮するかして襲撃しやすい時を狙ってくるだろう。そこを迎え撃つんだな?

 この施設内にはアジトみたいな強力なシールドもないのに堂々とパソコン作業をしていた意味が分かったよ。

 データを盗ませる為だったんだな?

 「戦場がこの施設に移るなら、生身の人間は避難させた方が良いね」

 状況を把握したスイが的確な意見を述べた。

 人間の身なんか案じた所でなんにもならない上に、研究員なら守る価値すらないとは思ってるんだけど……スイがそう思うんならそうなんだろう。

 「そ、そう……。なんだけど……それには2、3問題があるんだよねー……」

 腕を組みつつ赤ペンを口に咥えていたリオンはその赤ペンを左手で持つと、トントンと数回地図上を叩き、

 「生身の人間が皆月に避難する中で俺達がここに残る言い訳は?俺達がここに残り、かつ怪しまれずに月への避難を納得させたとしよう。で、どうやって月まで行く?シャトルの打ち上げなんて、ロボット達にとっては丁度良い襲撃機会だと思わない?」

 と、かなりわざとらしい溜息を吐いた。

 恐らくだけど、リオンも俺と同じで人間を助けるって概念がなかったんじゃないか?それなのにスイが極々当たり前のように“人間を非難させた方が良い”とか言うから、急ピッチでそっち方面で作戦を考え直している感じ。

 もちろん、俺だって急遽そっち方面に頭を切り替えた所だし。

 で、なんだっけ?

 戦いの場がこの施設に移った場合における人間の避難と経路だな。

 既に今後の予定をロボット側に知られているかも知れない中で堂々とシャトルを打ち上げるのは、危険が大きい。

 って事は、生身の人間は既に袋のネズミか?

 けど、シャトルの打ち上げがビッグイベントなら、物資の補給で月から来るシャトルの受け入れもビッグイベントって事にならないか?

 狙われないと考える方が不自然だ。

 「物資の補給は10日後……その時に襲われる可能性は高いな」

 改造人間のメンテナンスは全員分終わってるし、C級能力者を鍛えての底上げも行なってるし、出来るだけの準備は整ったと思う。

 だからもう、人間は施設の奥で匿えば良いんじゃないか?

 「どうしたら良いのかな……今、月に連絡したって盗聴されてる可能性があるから下手に連絡も出来ないし……」

 月に避難させるのが難しいんだろ?

 だったらこうして人間を助ける為だけに悩んでる時間そのものがもったいない無い……なんて言ったらスイは怒るだろうか?

 けどさ、押して駄目なら引いてみろって言葉があるけど、引けない場合は押すしかないじゃないか。それとも横にスライドするか?

 スライドする方法が思いつかないんだけども……。

 「10日後に物資が届くんだから、それまでにこっちから仕掛けるのはどうかな?」

 スイはどうやら好戦的な思考をしているようだ。

 ともあれ、ようやく出た案だ、これ以上人間の為に費やす時間も惜しい事だし、それで勧めたいんだけど、リオンはどう考えてるんだろう?

 攻めて行くのは守る時の3倍の兵力が必要になるっていうし、相手はロボット。どんな攻撃をしてくるのか分からない。

 「物資の補給が1週間早まった。そう嘘の予定を盗ませてみるよ。人間の避難は施設の地下って事にはなるけどね」

 うん。人間の避難場所は、どう考えた所でそうなるよな。

 「10日から7日早めるって事は、後……3日か」

 その3日の間に負傷した改造人間をいち早く修理出来るよう準備しておかないとな。

 なら破棄場に行って使えそうな部品を集めに行こう。

 「終に大詰めだね……単純な話、死ぬかもしれないね。で、お二人さん。正体、明かさないままで良いの?」

 どこか諭したような口調のリオンは、俺達の顔を穏やかな表情で見据えていて……でも、明かしたくないと思った。

 ここの責任者という立場のガドルにどう振舞って良いかも分からないし、タイキに対してどんな顔をしたら良いのかも分からないんだ。

 俺は最後までドクターでいようと思う。

 それが1番楽だし……生き残れば正体を明かす切欠なんかいくらでもあるんだろうから、こんな土壇場で言うような事じゃないと思うし。

 「俺は言わなくて良い」

 「俺も、別に良い」

 俺とスイがほぼ同時にした返事に、リオンは苦笑いを浮かべていた。

 それから3日経った夜明け、全体の半数の改造人間はリオンとスイの指揮の元にマザーがいる円形状の建物へ進軍を始めた。

 そして俺は施設の中でドクターとして残りの半数に守られる立場となっている……。

 イザって時は俺も戦おうとは思ったのだが、そうすると修理する存在がいなくなるからって止められてしまった。

 そりゃそうだ……。

 俺の所に最初の患者が運び込まれたのは、リオン達が出発して数時間後の事。

 その患者はリオン達と共にマザーの所へ行った改造人間ではなく、施設の見張り役。

 全く実感はないが、終にロボット達が攻めて来て戦闘が始まったようだ。

 「ガドルさんとドクターはなにがなんでも守るんだ!!」

 部屋の前では何人もの改造人間が俺とガドルを守る為に配置していて、遠くの方からは戦闘に相応しい爆発音が地鳴りと共に響いている。

 俺は……本当にこのままで良いのだろうか?

 リオンの作戦通り事は進んでる筈だが、俺は守られるべき人物ではない。

 確かに、改造人間に関する全てのデータを記憶する唯一の人物ではあるが、それでも改造人間。戦わずにこんな所で隠れてて良いのか?

 「ドクター!怪我人です!!」

 次の患者が運ばれ、それを切っ掛けに次々と怪我人が運ばれて来た。

 正直、1人では対応に追われて辛いが、外ではもっと辛い目に合っている改造人間達がいるのだろうと考えたら、弱音なんか吐いてる暇なんかない。

 あぁ、俺に託された戦場はここなんだな……怪我人をいち早く治療し、前線に出す事が俺の仕事。

 始めから分かってた筈なのに、なにを今更……戦場に出る事だけが戦う事だと思ってたんだろうな。そう研究員に教え込まれたんだから、しょうがないって事にしておこう。

 ロボット達の攻撃の手が少し和らいだのは戦争が始まってから僅か1日後の事で、リオンやスイ達がマザーの所について攻撃を始めたからだろうと想像がついた。

 リオンの作戦内容は、マザーにコンピュータウイルスを流しシステムをクラッシュさせる。その後フォーマットし、全てのロボットの停止命令を出してからマザーを物理的に処分して終わり。

 リオンはこの作戦は完璧だと胸を張っていたから、きっと成功するのだろう。

 なのに、なんだろうこの胸騒ぎは……。

 そこから更に1日が経った頃、ロボット達の動きは完全にストップした。

 戦う手を止めたとかそんな事ではなくて、機能停止。

 敷地内には攻撃態勢のまま停止したロボット達が彼方此方にあるので、万が一それらが動いてしまうと大惨事になってしまう。だから休む間もなく今度はそれらの解体作業で忙しくなった。

 作戦が成功したんだとなれば、後は皆が帰って来るのを待つだけだな……どんな武勇伝が聞けるのか楽しみだ。

 それに、どうやってマザーにウイルスを流したのか、その方法を教えてもらおう。後は、あの円形状の建物の屋上部分にある入り口までどうやって行ったのか……その入り口からどうやって中に入ったのかも。

 ロボットは邪魔しに来なかったのか?

 ウイルスを流してフォーマットするのにかかった時間は……。

 あれ?

 なんだろう、俺達の作戦なのに分からない事ばかりだ。

 「ドクター。施設の中にもこんなのがあったぞ」

 そう言って俺にネズミ程の大きさしかないロボットを持って来たのはタイキで、その隣にはルルがピッタリとくっついている。

 このロボットには覚えがある……あの爆破した偵察専用のちっこいのだ。今は機能停止しているが動き出すと厄介だな。

 「何処にあった?」

 「ガドルの部屋」

 またトップ狙いか……これだけ外で派手に攻撃していたのは囮か?

 なら、施設内にまだコレが残っている可能性がある。

 「これは小型だが爆弾になっている。他にもないか調べてくれ」

 大きなマスクとメガネ姿の俺の正体を見抜けないでいるタイキ達は、そのまま施設の中へ入って行った。

 俺を俺だと気が付かないのは制御装置がないからだろう。だから多分、似た人間。位にしか思ってないかも知れない。なら顔を隠す必要はなかった……いや、声が同じな上に瓜二つの他人ってのは無理があるか。

 さて、戦争も終わったし、いつ正体を明かそう?

 待てよ?

 月のお偉い人間達が改造人間の材料と称して月の人間に体を提供させる事はなくならないだろう。

 物価上昇で得た税金の極一部を、材料提供者の家族に支払えば良いだけの美味しいシステムを誰が止める?

 戦争が終わったら改造人間は必要ではなくなるけど、きっと地球を住めるようにする為の作業員とかなんとか理由をつけて材料提供を呼びかけ続けるだろう……そんな改造人間を造れる唯一の存在である俺……。

 改造人間だとバレたらデータの入った頭部のメモリを取られて終わってしまう。

 正体は明かさない。

 明かしてはいけない。

 そう心に決めた所で、

 「ジュタ~~~!」

 大音量で俺の正体を明かす者が1人……。

 向こうから人間とは思えない速さで走って来るのはスイで、俺は自分とスイの正体がバレないようにとスイの方に向かって走り出し、何故そんなに急いでいるのかを尋ねた。

 「リオンが大変なんだ!!」

 え?

 慌てて俺を呼びに来るくらいだ、単なる怪我とかじゃなくて、修理が必要になる程のダメージを受けたんだな?

 「怪我か?故障か?」

 作戦は成功してるんだから無事ではあるんだよな?

 「分からない……とにかく来て!」

 俺の手を引いて全力疾走するスイ。

 その横顔は真剣そのもので、リオンが置かれている状況が相当ヤバイのだと悟った。

 マザーのいる円形状の建物前に行くと、屋上までよじ登れるような突起が出ていて、それを上がると目の前に大きな扉がこじ開けられたように歪んで開いていた。

 そこから建物内部に入り、長い廊下を奥に向かって進んでいくと、何人かの改造人間が頑丈そうなドアの前で待機していた。

 「リオンは?」

 スイが声をかけると、手前にいた改造人間が軽く頭を下げてから、

 「まだ出ていていません」

 と、ハッキリとした口調で答えた。

 リオンは確かにマザーを停止させたが、いくら待っても出て来ない。だから怪我をしたのか故障したのかも分からない。

 そんな所か。

 この状態だ、呼びかけても返事は無いのだろう。

 何度も試されたのだろうが一応ドアをノックして、それから開けようとしてみたがドアはビクともしない。

 中からロックでもかけたとか?

 もしかしてマザーが開かないようにしてる?

 でも、マザーは停止してるし……。

 もう1度ノックしてみるが、やっぱり無反応。

 「ジュタ……どうしよう」

 スイは情けない声を上げて意見を求めてくる。

 リオンは一体なにをしてんだろう?

 意識はあるのか?

 気絶してるのか?

 無反応なんだからなんの手がかりもない。

 じゃあ、ドアを開けて中に入るしかないな。

 「皆は施設に戻ってマザーを破壊した事を知らせてくれ。俺達はここでリオンを待つ」

 とりあえず廊下に並んでいた改造人間に声をかけて退場してもらい、そこからしばらく黙ってリオンを待ってみた。

 出て来る事を期待しての行動じゃなくて、退場してもらった改造人間が充分にこの建物から離れるまでの時間稼ぎ。

 そろそろ、良いかな。

 「スイ、出来るだけ早く廊下を走れ。リオン!床に伏せてろよ!」

 2人に向かって声を上げ、タイキが持ってきた小さなロボットをドアに張り付け、手動で電源を入れてみた。

 「……3!」

 そうだった!これ3かいあらカウントダウンするんだった!

 「走れ!!」

 全力で走り、後ろから聞こえてきた爆音。

 出口までは間に合わないと早々に諦め、爆風から守るようにしてスイに覆いかぶさり、床に伏せた。

 背中に感じる衝撃がなくなり、辺りに静けさが戻ってから起き上がって、まず確認したのはスイの状態。

 「怪我とかないか?」

 色んな角度から眺めてみても特に異常は見られないが、足を捻ったとか、手首を捻ったとか……ない?

 「俺は平気……ジュタは?」

 あぁ、良かった。

 スイが無事ならそれで良い。

 走ってきた廊下をまた戻ってドアを見ると、分厚い鉄板は爆破の衝撃でグニャリと歪な形に歪み、ロックも外れていた。

 用心しつつ部屋に入ると、中は薄暗くて色んな機械があって、意外と狭い。

 そして1番大きなモニターの前にリオンはいた。

 「リオン!!」

 駆け寄って声をかけてみてもリオンからの反応は一切ない。

 キーボードでなにかを打ち込んでいる最中だった。そんな格好のままのリオンと、完全に電源の落ちたマザー。

 キーボード横のメモ帳には手書きされたメモが残されていた。

 座り込んだスイにリオンのメモを渡すと、スイはそれを1度黙読した後声に出してもう1度読んだ。

 「マザーが動かなくなったら俺も生きてはいないだろう。君達を巻き込んで御免ね。さようなら」

 イライラした風に読み終えたスイは怒りに任せたようにメモをグシャリと握り締めた。

 「使えそうな道具と明かりを……修理しよう!」

 本当に腹立たしいよな、なに勝手にいなくなろうとしてんだよ……御免って思うなら、さようなら。なんて言うなよ!

 「俺に手伝える事はある?」

 手伝いなんかいらない。

 ただ、隣にいてくれるだけで良い。

 他の望みなんかなんにもない。

 「……祈っててくれ」

 「うん……」

 リオンの頭部を切り開くと、部屋中にツンとくる臭いが充満した。

 腐っている。

 それが率直な感想だった訳だが、1番初めに目に入った脳部分に傷みを見て取れなかった。それ所かツヤツヤしていて……まさか?

 少し怖かったけど、脳にメスを入れてみた。

 生物を切っている感触はしない……。

 この、薄い金属を切っているような手応えは、間違いなく機械だ。

 リオンの制御装置はロボットが外した……その時にリオンはロボットに造りかえられていたんだな。

 そしてそれを知っていた……。

 でも納得いかない。

 マザーを壊せば自分が死ぬって分かっていて、何故こんな事を?

 「リオンを……アジトに連れて帰ろう」

 「……うん……」

 2人でリオンを、ちょっと荒れてしまったアジト内の中庭に運んで火葬し、焼け残った部品1つ残らず地中に埋めた。

 その地面をただ眺めていると、不思議な事に悲しみが徐々に薄れていく。

 改造人間ってのは心底便利な生き物だな……友をなくした悲しみも1日足らずで癒え、マザーに対する怒りすら沸いて来ないんだから。

 けど俺は……リオンを救えなかった自分が憎くてしょうがない。

 リオンが自殺まがいの作戦を立てている事に気付けなかった自分が……。

 「ジュタ……」

 「今日から、2人だな……」

 御免、リオン。

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