ジュタ 1

 5年前、生まれて初めての経験をした。

 それは万引き。

 お金が無かった訳じゃなく、ソレがとびっきり欲しかった訳でも無かった。ただ俺はここに自分というちっぽけな存在がいる事を誰かに気付いて欲しかったのかも知れない。

 この、崩壊した世界の中で。


 俺は地球戦闘部隊の見習い生、NO,BS1519のジュタ。

 地球ではかつて繁栄していた人間の時代は終わり、人間が作り出したロボットが支配し、その勢力を広めている。

 事の発端は21世紀始め。

 架空のロボット戦士を再現しようと研究され、競い合うかのように作られた精密ロボットにあったとされている。初代ロボットは人間の10倍の視力を持ち、10倍の処理スピードを誇っていたという。

 2代3代と進んでいくうち、ロボット達は自ら研究を始めた。より高い知能を求めた結果、ロボット達は人間を研究の材料として選んだらしい。

 そうやって人間は自分達で作り出したロボットによってここまでその数を減らす事となったのだ。と、歴史の授業で教わった。

 そこで生み出されたのが俺達改造人間。

 改造人間とはその体の半分以上を機械にとって換わられた、言わばロボットと戦う為だけに開発された人間の事。

 俺が改造人間にされたのは5年前。

 名誉ある事だと国から多額の報酬を受け取った母が、既に月に住んでいる兄貴を頼って月へ移住した事を知らされた時、俺に新しい名前がつけられた。それがNO,1519。

 ちなみに、名前の前についている“BS”とは、B級能力のSクラスって事。

 能力は、優れている者からA,B,Cに分けられ、クラスは優秀な生徒からS,A,B,C,Fに分類されている。つまり“AS”が1番優れていて、逆に“CF”は能力の低い役立たず。という訳だ。

 俺達を改造人間なんてモノにしておきながら、研究員は平気な顔をして“役立たず”と呼び、極々当たり前のように生身の人間の方が偉いのだと思っている。

 なんだか人間に攻撃を仕掛けた機械達の気持ちが分からない訳でも無いが、ここでそんな事を言えば間違い無くスクラップにされるのだろう。

 っと、話を戻そう。

 ASにランクアップ出来れば機械との戦闘が繰り広げられている場所への派遣が決まり、月にいる家族の所へ“ご褒美”として面会する事が許される。

 皆その面会の為だけに日々厳しいトレーニングに耐えているって言っても過言では無いだろう。ここの施設の研究員達だってそれは分かっている筈だ。だからなんでも家族で釣ろうとしている。

 家族に会いたいのなら歯向かうな。

 家族に会いたいのなら進級してASになれ……。

 実におかしな話だと思わないか?

 改造人間達がこぞって心の拠り所にしているその家族、心底会いたいと願っているその家族のせいでこんな目に遭ってるんじゃないのか?

 愛しの家族様は研究員にお前を売った張本人なんだぞ?

 違うか?

 少なくとも俺は家族なんかには会いたく無いし、心の拠り所でもない。

 だから試験だってAFに進級しないように手を抜いてやってる。

 ホラ、今日も月で育った子供が親に売られ、月からこの研究施設に輸送されて来た。

 改造人間にされる為だけに。

 そんな改造人間なりたての子供にここでの掟やらを教えるのはA級能力者の仕事で、B級能力者はほとんどなにもしなくて良い。

 これはB級に留まる理由の大きな1つになっている。

 毎日のトレーニングだけでもダルイっていうのに、ヤンチャなお子様の面倒なんて恐ろしく面倒くさい事なんかやる余裕なんか肉体的にも、精神的にも、これっぽっちもない。

 トレーニングは1日16時間。

 6時間毎にある2時間の飯時以外は特に自由時間さえ与えられない。

 睡眠時間でさえ睡眠学習とかいうモノをさせられて、寝不足の慢性化が改造人間病になっている。

 1ヶ月に1度進級テストがあり、ASはその後1日だけ家族に会いに行かされ、そのまま戦場へと向かう。

 新しくASになった奴は残りの1ヶ月間更に厳しいトレーニングを受ける。

 人類の為、家族の為。を合言葉に……。

 「1519、1523、1638、1699、来い」

 トレーニングを終えての飯時、白い服を着た研究員の1人が俺を含めて4人の改造人間を呼び付けた。

 この4人はBSを1年以上も続けている顔ぶれ、そろそろB級を維持する事への潮時が来たって訳か。なんといってもBSはB級能力者でいられる最後の砦……俺のように腐った奴が溜まって当たり前のクラスとなっている。

 「今から特別テストを行う」

 やっぱりそう来たか。

 なんとしてでも俺達をA級能力者にしたいようだ。

 こういう場合、奴らは必ず言うんだ。“出来なければ家族に会えなくしてやる”か“スクラップにしてやる”だ。

 まぁ、俺達は前回の特別テストで、合格しないなら家族に会えなくしてやるからな!って言われて手を抜いて落ちたクチだから、今度はスクラップにすると言われるのだろう。

 「今度のテストに合格しなければスクラップにするぞ」

 ほらな、言う事分かってんだよ。

 けど、流石にそれは嫌だから……仕方ない。

 「なんだ、おまえら雑魚でもやれば出来るんじゃないか」

 研究員はニタリと嫌味な笑顔を向けてくると、人の事をかなり馬鹿にした風な口調で言ってきた。

 雑魚だなんて分かり易く煽られたけど、それに乗っかる事はイコール破棄処分に繋がってしまう。

 まぁ、実際こんな簡単なテストに落ち続けていれば誰の目から見ても雑魚なんだけどさ。

 それは兎も角、こんな子供じみた煽りに乗っかる奴なんて、同じく精神年齢が子供の研究員達の間でしか通用しないんだけど……改造人間になりたての子供はまだ人間的な感覚のままだからなのか、単純に子供だからなのか、いちいち腹を立てるんだよ……。

 だからこそ子供の教育係にはC級能力者ではなく、A級能力者がやるルールになったんだ。素早く子供を制して生存率を上げるために。

 「1519、お前ならもっと上に行けるんじゃねぇ?」

 テストを終え、新しいクラスへの移動中、さっき一緒にテストを受けた1人の改造人間が話し掛けて来た。

 コイツは俺の幼馴染でもあって、同じ時期に改造人間にされて、同じように進級して来た、言わば親友ってやつだ。

 「今更数字で呼ぶのか?タイキ」

 「ちょっとした挨拶だって。そうとんがんなよジュタ」

 ニカリと人の良い笑顔を見せるタイキは、孤児院出身。

 その孤児院はここに改造人間の材料となる人間を送る強制施設で、その説明を孤児達にはしないっていうとんでもない施設だった。

 普通の家庭から売られた俺と違って、なんの説明もなしにここへ送られて来たタイキは、改造人間にされた後かなり激しく暴れたっけ。

 まぁ、よく立ち直れたよな。

 移動してきた新しいクラスの中に、俺達の顔見知りは1人もいなかった。もう皆戦場に行ってしまったらしい……って、そりゃそうか。

 「取り残された気分」

 取り残されたんじゃない。見送ったんだ。

 「それで良いんだって」

 A級ではB級にやっていた剣術体術に加え、実弾を使用した銃の授業も行われていたが、かなり惜しい事に、銃の授業の時研究員の奴らは防弾ガラスの向こう側にいる。

 普通の人間ならこんなデカイ銃なんか扱えないだろ?ってくらいの銃を構え、1秒に5枚現れる的に撃ち込んで行く。

 味方の絵が描かれた的まであったりするから、ただ撃ちゃ良いってもんでもないんだけど……白い服着た研究員の絵が描かれている的には3発程いれてやるのが俺なりのマナーである。

 当然“間違った的”を撃てばマイナスポイントになるんだけど、知った事ではない。

 今更改造人間にされた事を嘆いても仕方はない。だけど、これからどう生きるのか……そんな選択肢さえ与えないここの研究員のやり方には頭キテんだ。

 何故俺達が機械にされて機械と戦わなきゃならないんだよ。

 何故こんな扱いを受けてまで人間の為に戦わされなきゃならないんだよ。

 何故架空のロボットを実現させようとした?

 そんなのアホが考えても人間じゃ太刀打ちできない事になるって想像出来ただろ?

 それとも、弱い人間をロボットが助けて守るとでも本気で考えたのだろうか?

 はぁ、止めた。

 折角の休憩時間なんだから、もっと楽しい事を考えようじゃないか。

 「知るか!消えろ!」

 あぁ、またか。

 食堂での飯休憩時に怒鳴り声が聞こえて来るのは、案外日常茶飯事だったりする。

 研究員と改造人間が声を荒げて言い合う事は決してないが、研究員への鬱憤を、他の改造人間へ向けて八つ当たりする事はしょっちゅうあるからだ。

 なので、

 「うるさい!あっちに行け!!」

 と、大きな声が聞こえてきた所で気にもならず、悠々と食事を続ける事が出来る筈なのだが……

 「そんな名前知らない、他を当たれ」

 「うるさい!」

 「黙れ」

 拒否の声が段々近付いてきたとなれば流石に気にはなるもので、何気なく視線を向けてみたその先には、改造人間になったばかりと思われるF級能力者がいた。

 月出身者特有のほっそりとした、物凄く弱そうなガキが1人1人になにかを尋ね回っているのだ。

 「落ち着いてんな」

 俺の隣で飯を食らっていたタイキも近付いてくる拒否の声が気になったのだろう、いつもなら絶対に食事を中断しないというのに、ガキの方を見ながらそう言った。

 まぁ、口いっぱいに飯は頬張ってるけど。

 「お前に比べれば誰だって落ち着いて見えるわ」

 そう毒づいてみたが、確かにそのガキの落ち着きには引っかかるものがある。

 まるで自分が改造人間になる事などズット昔から知っていたかのような……それに、怒鳴られているというのに平然と次の奴に質問を繰り返す姿は、ガキとは思えない程の雰囲気を持っていた。

 なにを聞き回っているのかは良くは聞き取れないが、それを気にする必要はない。何故なら、そのガキは今、俺とタイキの前にまでやってきたからだ。

 皆があれ程まであからさまに拒否する程の質問、なにか余程の事を言っていたに違いない。

 よし、心の準備は出来た……さぁ、言ってみろ。

 「貴方達はいつから改造人間としてここにいるんですか?」

 あぁー、成る程。

 「他行け」

 こんな人の古傷を突付いて、更に抉るような事を淡々とした態度と表情で聞いて回っていたのでは、激しく拒否されるのは当たり前だな。

 俺だって、初対面のこんなヤツに教える義理もなにもないし、第一喋りたくもない上に思い出したくもない。

 とは思うものの、この時代家族に売られるなんて珍しくもなんともない話しではあるか。

 「他は皆当たった。後は貴方達だけだ」

 俺達は1番端に座ってる訳だからそうなるんだけど、こういう場合の“他行け”が意味する所は、普通に考えたら“失せろ”だとは理解出来ないか?

 ガキの癖に肝が据わり過ぎてるだろ。それとも単なる天然か?

 どっちにしたって手遅れだ。タイキはこういう真っ直ぐに視線を向けてくるようなガキを放っておけない性質をもっている……。

 ホラ、意味もなく笑顔だよコイツ。

 「5年前」

 その上質問にも答えてやんの。

 誰よりも改造人間になった事のトラウマがキツイ癖に、それを上回る程の子供好きとは知らなかったぞ?

 今までは変に世話を任されるからって避けてたみたいだが……A級になったばかりだけど、ルール上も問題ない訳だし、このガキの世話係はタイキで決まりか。

 ガキはガキで妙にタイキを気に入ったらしく、さっきまでの表情から一転して笑顔だ。

 はぁ、勝手にしてくれ。

 「じゃあ、じゃあ、ジュタって人知ってるよね?」

 ガタッ ガシャーン!

 半場はしゃぎながら発せられたガキの言葉に、俺は力加減を過ってテーブル1つを大破させてしまった。

 なんでこのガキが俺の名前を知ってんだ?俺はこのガキを今日始めて見たんだぞ?

 「ジュタの知り合い?」

 不思議そうに俺を指差すタイキ。

 「な訳あるか」

 「じゃー貴方がジュタ?」

 なんだよ、そのガッカリした表情は!

 「分かった、弟かなにかだったり?」

 俺に弟がいるんなら、親友のお前も知ってる筈だろ?なにが分かったーだよ。

 「知らねぇって」

 「まさか隠し子?」

 ……ハァ。

 今年成人したばかりの俺に、どうして15くらいの子供がいるってんだよ。良く考えて発言しろよ、疲れるから。

 「お前はなんてーの?」

 「俺はルル」

 自分の名前が知られてるのに、こいつの名前を知らない事がどうも気に入らなくて名前を聞いてはみたが……ガキに対しての興味なんか微塵にも沸いて来ないわな。

 「で、そのルルさんが俺にどんな用事だ?」

 壊れたテーブルの片付けを始めたタイキを尻目に、ズット俺を凝視していたガキに聞く。一体何処で俺の名前を知ったのかも気になる所ではあるが……まぁ、なんとなくの予想は付いてる。

 「ジュタ……ガドルの事……恨んでる?」

 はい、思った通りー。

 あいつを知ってるんなら、俺の話題が出ても可笑しくはない。

 「アイツの回し者か」

 「違っ!」

 ガキは俺が睨んでやると今までの落ち着いた雰囲気や楽しげに微笑みを一切消し、怯えたように目を逸らした。

 まだまだか弱いガキ相手に少々大人気ないのかも知れないが、仕方ない……何故なら俺はガドルなんてこの世で1番不快な名前を耳にしてしまったのだから。

 「ガドルは俺の恩人なんだ!お願いだから恨まないで!」

 だからなんだ?

 あいつがお前を助けた事と、俺がアイツを許す事とは全くの別物。その上で許せって言ってるのか?

 ハハハッ、笑える。

 「失せろ」

 お前に俺達のなにが分かる?

 なにを知ってる?

 ある程度ならアイツから聞いたのかも知れないが、それがなに?

 なにになる?

 「ガドルは今適性テストに落ちて月に戻され、強制施設から逃げ出し路上生活している子供を保護する施設を経営してるんだ」

 そんな事は、知ってる。

 保護した子供をここに送るだけの強制施設だろ?

 「だから?」

 今のアイツがどんなに善人だったとしても、俺には全く関係がない。

 アイツに対する恨みの気持ちは消えないし、消そうとも思わない。

 「俺はガドルに……」

 まだ言うのか。

 「黙れ」

 これ以上アイツの名前を出すな……不快だ。

 とにかく目の前からガキの姿を消したくて、俺はガキの胸倉を掴みあげて投げ飛ばしていた。

 俺達がいる食堂の端から反対方向へと勢い良く飛んだガキは、受身もなにも取れずに壁に埋まり、その結果、食堂の壁に大きな穴が開いてしまった。

 改造人間なのだからこの程度ではなんの攻撃にもなっていないが……そうか、壁には悪い事をしてしまったな……。

 だけど、アイツの名前を出し続けるあのガキの顔を見たくなかったんだ。

 「タイキ、ちょっと片付け頼む」

 テーブルの片付けに続いて壁の後処理まで押し付けてごめん……。

 「任せとけ」

 人間だった頃からの親友であるタイキは、俺とアイツの問題も良く知っていた。だから俺が今回多少力加減を間違えてしまった事も“仕方ない”といった風に手を振りながら快く片付けを引き受けてくれた。

 「あんたなんかっ!ガドルとは大違いだ!!」

 トレーニングルームへ向かう俺の後ろ姿にガキは再びその名前を発したが、いちいち攻撃しに戻るのも嫌になり、そのまま食堂を後にした。

 俺がアイツとは大違いだ?

 とても良い事じゃないか。

 俺はあんな偽善者でいたくない。

 A級での訓練中ならあのガキとの接点もなく過ごせるんだが、ガキは休憩時には決まって俺達の所に来た。

 俺に会いに来ているのではなく、タイキにだ。

 完全に懐かれてしまったタイキは、想像していた通りガキの教育を任されていた。それを本人も嬉しそうに教育してるもんだから、ガキに対して嫌な顔も向け辛い……。 

 隣でタイキが色々と基本的な事を教えていて、ガキも懸命にメモをとりながら覚えているようだが、アイツの所から来たガキの面倒なんか見たくない俺としたら休憩時間でさえ休めないっていうか……。

 気になるんだよ。

 アイツはなんの為にガキを送り込んできたんだ?

 俺の様子を探らせようとしてるにしても、なんの為に?

 この施設での俺は、廃棄処分目前の出来損ないでしかない。

 そんな俺のなにを知りたい?

 こんなガキを改造人間にしてしまう程の価値は俺にはないし、ガキを改造人間にする権利はアイツにない。

 食堂での居心地の悪い食事を終え、俺は今日も1人で渡り廊下に向かった。

 渡り廊下の中央で立ち止まって2階を見上げると、改造人間の材料となる人間が適正テストを受ける為の部屋の入り口が見える。

 テストは数人ずつ行われるから、順番待ちの列が部屋の前に出来るんだ。

 受からない方が難しいレベルの簡単なテスト……だから、落ちるヤツってのは意図的に自分から落ちてるんだと思う。

 テストに落ち続けていれば改造人間にされずに済むのだろうか?

 それは、1回目で合格してしまった俺には分からない事だな……。

 まぁ、なんにせよ並んでいる人間達の殆どが合格してそのまま奥の部屋に連れて行かれて改造手術を受ける事になる。

 あの廊下に立って順番を待っている姿が人間である最後なんだって思うと……どうしても見ておいてやりたいなって思ってさ……。

 単なる冷やかしに見られるかも知れないけど、そうじゃなくて……人間だった頃の姿を知ってる奴が1人でも多い方が良いんじゃないかな?って。

 それだけなんだけどさ、ここで2階を見上げるのは日課なんだよ。

 最後の1人が部屋に入って行くのを見送って、それでもまだ見上げているとパタパタと足音が聞こえてきた。

 この軽やかな感じは、タイキか。

 どうしたのだろうか?と視線を向けると、ちょっとビックリしたような表情をしているから、声をかけてないのに振り向いたーとかなんとか思ってるんだろうな。

 あんな足音立てて走ってきたら、誰だって気が付くわ!

 「なぁジュタ。ルルの奴もうB級いったんだってよ」

 タイキは表情を改めると、そう嬉しそうに報告してきた。

 ここへ来てからまだ2ヵ月だってのにB級?

 あぁ、CFかCCからの飛び級か。

 能力が高ければ飛び級もある。って話は聞いてたが、本当にする奴がいるとは。

 「へぇ。エリートだったんだ、あのガキ」

 俺達と言えば、また手を抜いてテストに落ちてAFに留まったんだから、またいつものように後輩に先を越されるのだろう。

 まぁ、慣れてるし、そもそもそれが狙いだし。

 「なぁジュタ……ルルって俺の初めての後輩っていうか……えっと……」

 言い辛そうに俺から視線を外したタイキはキョロキョロと落ち着きがなく、距離がいつもより遠い。

 普段はウザイくらいにグイグイと引っ付いて来るってのに、今は3歩程離れた所から動かない。

 「ハッキリ言えよ」

 なんとなく、分かってるんだけど……ちゃんと聞かせて欲しい。

 「俺、ルルがA級に上がって来たら手加減せずにテスト受けようと思うんだ」

 随分と時間を費やして言う気になったタイキは、急に顔を上げると真っ直ぐに俺の目を見ながらハッキリとした言葉で自分の考えを伝えて来た。

 タイキは昔からなにをするにしても慎重に事を運ぶ奴だったから、この言葉を発するまでに相当悩んだのだろう。

 実際、かなり長い時間待ったし。

 だったらさ、俺が今更なにを言っても聞かないだろ?それに、自分が受け持ったガキを最後まで面倒見たいんだろ?

 そーいう奴だよお前は。

 「あぁ、頑張れよ。俺が前線に出るって事になるまでには戦争終わらせてくれよ?」

 ここで戦争が終わる気がしないとか、前線に出たって無駄だとか……そんなネガティブな事を言うのは間違ってると思ったから、単なる励ましの言葉を伝えた。

 だけど、それはきっと親友としての正解だと思う。

 多分……。

 「おぅ!前線で待ってるから、気が向いたら来てくれよ」

 俺が行かないって事を分かってる癖に、そう言って笑うんだな。

 だけど、この場の会話としては、正解なんだろうと思う。

 多分な。

 久しぶりに笑った気がしたその日から僅か2ヶ月後の事、ルルはタイキの読んだ通りA級に上がって来た。

 そのせいで訓練中も休憩中も延々とガキと顔を合わせる羽目になってしまった。おまけに俺にまでタメ口で話すようになる始末だ。

 ガキ曰く、同じクラスになったのだから同級生。先輩でもないんだから遠慮するのは止めたんだそうだ。

 俺の思い違いだろうか?ガキは始めから遠慮なんかなかった気がする。

 「ジュタ。俺の話し、10分で良いから聞いてくれよ」

 休憩時間が終わってトレーニングルームに移動を始めた俺の腕を掴んだガキが、そう言いながら俺を壁に押しやった。

 かなり不快に思ったから突き飛ばしてやろうかとも思ったのだが……ガキの後ろに立っているタイキが「10分位は良いだろ?」なんて菩薩みたいな顔で笑ってるから、そのままにしておくしかない。

 だけど、キッカリ10分だけだからな!

 「……ガドルはジュタに謝ろうとして改造人間になろうとまでしたんだ。ガドルは今でも悔やんでんだ、アンタはそれでもガドルを恨むのかよ!!アンタを売ったのは母親だろ?ガドルのせいにすんなよ!!」

 ふぅん……俺達の事情に随分と詳しいな。

 で、それがなんだ?

 それにしても、とんだエリートがいたもんだ。

 こんなに感情をむき出しにするなんて……いや、こんな風に感情を表に出せるなんて、改造人間としてはまず向かない人間だ。それなのに何故ここまで頑張れる?

 路上生活をしていたとかいうお前には会いたいと思える家族なんかいないんだろ?

 じゃあ、アイツか?

 こんな風に必死になって庇うだけの価値がアイツにあるとでも言うのか?

 改造人間になってまで俺に会いに来て、説教する程?

 普通じゃねーな。

 「話しは終わりか?」

 壁にかかっている時計をチラリと確認すると、ムッとしているタイキの顔が目の端に映った、

 もっと真剣に話しを聞いてやれ。ってか?

 俺はこれでも真剣だ。ただ、話しの内容が心底どうだって良い事なだけ。

 「……俺に言いたい事ねーのかよ……前線に出る時俺はガドルに会いに行くんだ。言って欲しい事があったら伝えるけど?」

 さっきは感情を激しく出したくせに、今度はシレッと言ったガキ。

 やっぱり前線に出る前に会いに行くのか。

 でもな、折角言いたい事を伝えると申し出てくれた所悪いが……特になにもねぇんだわ。お前に言いたい事も、アイツに言いたい事も、もちろん母に言いたい事も、なにもない。

 俺はここで一生を暮らす。それでスクラップにされるってんなら、それも運命だ。

 改造人間にされてまで人の役に立とうなんて考え、悪いけど持ち合わせてないし、それでどうこう言われたってなにも思わない……ただ、ガドルって名前を聞くとムカついて仕方ない。けど、それを言葉にすると途端になにか違う気がする。

 だから、なにもないんだ。

 「……10分だ。じゃーな」

 丁度10分。

 俺はガキをふっ飛ばし、タイキをその場に残してトレーニングルームへ向かった。そんな俺の後ろからは、

 「言いたい事もないのかよ!」

 って、また感情むき出しで叫んでいる声が聞こえてきたが戻って聞いてやる気にもなれず、そのまま放っておく事にした。

 アイツには、お前から好きなように言えば良い……。

 ボンヤリと頭にそんな言葉が浮かんできたが、それを伝えに行く気にもなれなかった。

 「やっぱりジュタは手を抜いたんだな」

 色々考えた挙句結局手を抜いた進級テストの結果を見ていると、後ろからタイキに声をかけられた。

 俺はAFに留まったので今から休憩時間に入るのだが……ACに進級したタイキはこれから訓練が始まる筈だ。

 「いや、本気でやったさ」

 テストに合格した他の連中は訓練に遅れないようにと慌しく荷物をまとめて移動を開始させているというのに、コイツはなにを穏やかに微笑んだまま突っ立ってんだ?

 ほら、お前の教え子も呆れた顔していっちまったぞ?

 「嘘バレバレだっての」

 笑ってる場合か?とか思うものの、やっぱり手を抜いたかどうかなんてのは見てりゃ分かるもんなんだなー。なんて、なんか当たり前な事をしみじみと考えてしまい、思わず俺まで笑ってしまった。

 これからは訓練のメニューも違ってくるから会う機会も減るんだろう……。

 だけど、会えないってだけで俺達が親友じゃなくなるのか?

 違うよな?

 だから、そんな無理して笑顔なんか作らなくて良い。

 「じゃーな。俺は今から休憩だから」

 大袈裟に大きく手を振ると、

 「そっか、俺達は今日から新しい訓練追加だから」

 と、小さく手を振り返してきたタイキを残し、俺は食堂まで歩いた。

 背中に視線を感じながら、振り返りもせずに真っ直ぐ。

 そうやって俺から離れてやらないと、タイキはいつまでも俺と話していたに違いないし、あの場から動けずに立ち止まったままだろうから。

 俺はさ、別に急に1人にされたからって寂しいとか、悲しいとかは感じないから平気だ。だからタイキは自分と、教え子の事だけ考えてろ。

 間違ってもロボットに倒されるなんてダッサイ事はしないでくれよ?

 頼んだからな。

 なぁんてな……そりゃ、ちょっとは寂しいさ。

 本当に、ちょっとだけな。

 「あーあ」

 こういう時、改造人間ってのは感情が表に出にくくて便利だ。

 進級テストが終わってタイキのいない訓練が始まってみれば、想像していたよりももっと、ずっとタイキとの接点がないまま時が流れた。

 そういうものかと自分の中で納得が出来るまでに多少の時間はかかったが、それでもなんとか生活にも慣れ、そこから2度の進級テストを手を抜いて受け、2回テストに落ちた。

 もうそろそろタイキ達はASに上がっているだろうか?

 ASの訓練ってどんな事をするのだろう?

 わざわざ前線に出て行く者達の報告を行わないここの方針、だからタイキ達が前線に出たのを知ったのは、更にテストを数回落ちてからだった。

 そっか、行ったのか……。

 なんとなくボンヤリと思って、またなんとなくタイキの姿を思い浮かべてみると、なんだろうな、突然「置いていかれた」って気がした。

 もちろんその通りなんだけど……なんだか異様に焦ったんだ。

 あの時みたいな感覚……人間だった時、改造人間にされる為のテストを受ける事が決まった日、万引きしてバレた時のような感じ。「どうしよう」と泣きそうになったあの頃の気分に良く似ている。

 今、無性にタイキに会いたい……。

 なんでも良いから下らない話をして笑い合いたい。

 それにはどうしたら良い?

 どうしたら会える?

 そうだな、そろそろ俺も前線に出よう。

 5年間も腐って、やっと決心が付いた。

 人間の為に戦うとかじゃなくて、親友と生き残る為に戦うんだって……5年もかかって出た答え。

 遅いよな、自分でもちょっと呆れる程なんだから、多分相当遅かったんだろう。いや、むしろ良くここまで待ってくれたよ。

 ちょっとでも歯向かえば即スクラップにする研究員達が、5年間もさ。

 だからさ、後ほんの少しだけでも良いから、もう少し待って欲しかったな……。

 「お前に次はない」

 俺に次はない。

 何故なら俺は急にCF能力と判断され、つい今しがたスクラップ処分が決定したのだから。

 仕方ないのだろう。

 5年だもんな……スクラップになっても、それが俺の運命。

 そもそも改造人間になった時点で終わったようなもんだったのだから、諦めるしかないんだよな。

 うん、仕方ない。

 研究員に連れられてやってきた部屋の中には他にも数体の改造人間がいたが、改造手術中になんらかの不備があったのか、それとも訓練中に重大な箇所が故障したのか、全く動かない連中ばかりだった。

 それとも皆既に制御装置をオフにされているだけか?

 制御装置をオフにされた改造人間達は表情すらも作れなくなるらしく、全くの無表情で研究員達にスクラップは止めてほしいと、助けて欲しいと懇願していた。そんな必死な姿を見て、悲痛な叫びにも似た声を聞いた研究員は、嫌悪感丸出しな表情を隠しもしない。 

 「気持ち悪い連中だ」

 吐き捨てた研究員に対して、なんだか一気に色んな感情がこみ上げて来て、それをどう声に出したら良いのかも分からずに呼吸だけが荒くなった。

 お前らの方が気持ち悪い!

 お前らの方が、よっぽど気持ち悪い!

 頭の中に出てくるのは小学生並みの言葉で、これをこのまま声に出した所で鼻で笑われるだけになるだろう。けど、今はそれしか思い浮かばない。

 なにも考えられない程一気に感情が高ぶってしまったんだ。

 そうやって睨む事しか出来ないでいた俺の制御装置を起動した研究員達は、目付きが気に入らないとか、態度が気に入らないとか、殴る為に必要らしい口実を言いながら殴ってきた。

 普段ならこんな攻撃なんか痛くもないのだろうが、制御装置を起動されてしまったら避ける事も、防御する事も出来ない。そんな所へわざわざ鳩尾とか、米神とか、喉とかを狙われるんだから、痛みよりも反射的に声が出てしまう。

 それが、多分楽しいんだろう。さっきまでは「助けて」と声に出していた改造人間達が黙ってしまうくらい研究員達の攻撃は結構長い間続いた。

 それが終わるといよいよスクラップ準備が始まり、改造人間がズラリと1列に並べられ、何処かで視聴しているやつでもいるのだろう、1人1人カメラで撮影している。

 「始めます。CF1519」

 こうしてなにかを注射された。

 その途端に強烈な眠気が襲い掛かってきて……これで眠ったらこのまま死ぬんだろうな、なんてボンヤリと思った。

 だから……なにがなんでも起きててやろうって、最後の抵抗をする事にしたんだ。

 体が動けば腕を抓るとか、頬を叩くとか、色々と抵抗する術はあったのだろうが、体が動かないんじゃあ舌を噛むしか方法がない。それでも眠いのと力が入らないのとで思い切り噛む事は出来ない。

 だったら他になにがある?

 気合しかない。

 既に眠ってしまった改造人間達を含め、俺はなにかカプセルのような物に詰め込まれている。

 それはゴロゴロと転がされ、ゴンッとなにかにぶつかるような揺れと音の後止まった。

 多分、研究所裏にある廃棄場に放置されたのだろう。

 クラクラする頭は、転がされた事による酔いか、それとも薬による眠気のせいか……どちらにしても制御装置を起動されたままなのだから、ただただ耐えるしかないのだが、そこから数分が経ち、徐々に頭がハッキリしてきた。

 気合でどうにかなる程度の毒?

 どうやら薬の種類を間違われたか、分量を間違われたらしい。

 いや、少量でも毒だったのならこうして頭がハッキリする事って可能なのか?

 物凄く眠かった事を考えると、ただの睡眠薬を打たれた……とか?

 動けない状態で、意識があるままに破棄される改造人間の絶望に満ちた叫び声でも聞きたいのだろうか?

 いくら研究員とはいえ、そこまで悪趣味じゃない……とも言えないか。

 あー、裏目に出た。

 こんな事なら抵抗せずに寝てしまえば良かったな。

 「俺ってついてねーな」

 これまでにないほど深い溜息が漏れた。

 すると、すぐ隣にいた奴から、

 「動けた分俺よりツイてた」

 と、ボヤキでもなく、文句でもなく、ただの世間話をするような声が返ってきた。

 もう誰も起きてないと思ってたからビックリしたけど……俺以外にも眠気に耐えてしまった仲間がいたとは。

 それにしても、動けた分って事は、コイツは改造手術を受けてから1度も動けずにスクラップ処分になったんだな……それを思うと、確かに俺はツイていた。

 「そうだな……」

 友達にも恵まれてて……前線に出たくないからという理由だけで手を抜いてさ、能力のない奴はスクラップにされないよう必死で訓練していたのに、俺って……今までなにをやってたんだろうな。

 って、今更気付いたって遅過ぎる。

 でも、それに気付くだけの時間があって良かったとも思う。

 俺は愚かなまま死ななかった。

 それだけでも充分ラッキーだ。

 しばらくすると遠くの方から不快な音がして、俺達が詰め込まれたカプセルが持ち上げられた。

 とうとう、死ぬ時が来たんだな。

 スクラップ方法はどんな感じなのだろう?

 痛いかな?

 苦しいかな?

 けど、絶対に恐怖にも、痛みにも、苦しみにも顔を歪めたりはしない……あ、制御装置起動してるから、そんな事気にしなくたって表情は変わらないか。だったら、声を上げない事にしよう。

 待てよ、高らかに笑ってやろうかな?

 いや、止めとこう……死ぬ前にテンション上がって叫び死ぬ雑魚キャラっぽくなる。

 「進入された!」

 覚悟を決めていると、そう研究員達の慌てふためいた声が聞こえた。

 なにかあった?

 荒々しく持ち上げられた為か、少しだけカプセルが歪み、その隙間からこちらを指差している研究員達の姿が見える。

 進入されたってのに、何故こっちを指差して……あぁ、俺達の入ったカプセルをその侵入者が持ち上げているって事か。

 「どうせ廃棄物だ。捨置け」

 ここを仕切っているらしい研究員の声がした後、歪みから見える景色はズンズンと施設から離れ、やがて荒れ果てた景色に変わり、施設が、あんなにも小さく……。

 「何処に連れてく気なんだ」

 隣の奴が不安そうな声を上げる。

 そんな事聞かれたって、俺だって不安で不安で……でも、どうせ死ぬ運命なんだとしても研究員達の手でじゃないから良いとは思う。

 「それはそうと俺達ツイてるな。スクラップにされたのに研究所から脱出出来てんぜ」

 自分で言っておきながら、その言葉にツイてるっなって気になった。

 思い付きで話しただけの台詞に自分で勇気付けられた。

 これってかなり人間ッポイな。

 ゆっくりとカプセルが下ろされたのはそれから大分経ってからだった。

 何処に連れて行かれるのだろうと警戒していたのに、ガシャンガシャンと走るロボットの振動でウトウトしてしまえる程なんだから、相当な時間だ。

 カプセルが下ろされた事だし、隣の奴を起こした方が良いのだろうか?っても、体が動かないんだから、どうやって起こせば良いのか。

 「ん……あ、寝てた……」

 あ、起きた。

 なにか声をかけようかと思うよりも早くにカプセルの蓋がいきなり、勢い良く、パカッと開いて……。

 「ラッキー、生きてるのが2人もいた♪」

 妙にハイテンションな男の顔が視界に入ってきた。

 人間?だとしたらカプセルを運んだこのロボットはなんだ?じゃあこの男もロボット?いや、そんな事の前に何故俺達を助けた?

 助けた……のか?

 「目的はなんだ」

 妙に胡散臭い男に俺は動けないなりに警戒してみた。

 「そんなのは後々。とにかくスグに改造~♪」

 かっ改造とか言った?

 冗談じゃねーぞ!?

 動けない俺の抵抗などなんの障害にもならず、俺の体は淡々と改造を施されていく。

 自分の体なのに配線とか色々ある事が不思議で、不気味で。なんか途中から抵抗する気力すら失ってしまった。

 それからどれ程の時間が経ったのかは分からないが、目覚めてみると……特にどうともない自分と、ニッコリと笑顔の男と……俺と一緒にここに連れて来られた奴が1人いるだけの空間にいた。

 「どう?」

 気持ちの良い笑顔で聞かれた所で、これと言って変わりがないのだから答えられるような事はなにも……。

 「あれ?」

 ちょっと待て、この景色可笑しくないか?

 制御装置を起動されていた俺が動けているのも可笑しいし、改造中の不備で全く動けないまま破棄になった筈のアイツがどうして立ってるんだ?

 コイツが施した改造って、もしかして……制御装置の、取り外し?

 ますます怪しいな……コイツ何者だ?

 「で……目的はなんだ?」 

 溜息を吐いた男は大袈裟に肩を落として見せると、 

 「君はそればかりだねぇ。俺は元AS777で名前はリオン。好きな方で呼べば良いよ」

 いきなり自己紹介を始めた。

 元AS……改造人間なのか。

 「あ、俺はCF4738で名前はスイ」

 怪しい男に自己紹介しても良いのか?

 いや、スイにとっては恩人になるのかも知れないな。

 まぁ、俺にとっても、か。

 「CF1519……ジュタ」

 満足そうに頷いたリオンは話しを続けた。

 「俺は研究員のやり方が気に入らなくてね、反乱軍を作ってんの。でね、近いうちにあの研究施設ブッ壊そうと思ってるんだ」

 しようとしている事に対しては特に異論はないが、まだ分からない事があるし、気になる事がある。

 「リオンのスイッチは誰が取った?それにあの施設を壊せば誰がロボットと戦う?」

 隣にいるスイも頷いているだけで特に追加質問もないようだし、とりあえずこれ位かな。

 「俺のスイッチはね……おいで」

 おいでと言ったリオンの後ろから3体の、研究施設で見せられた“新型”と呼ばれているロボットが現れた。

 多分、今頃はタイキ達と戦っているであろうロボットと、改造人間であるリオンが一緒にいるのはどうしてなんだ?

 「俺のスイッチを外したのは彼らだよ。それから、ロボットが人間を使って実験していたってのは嘘なんだよ」

 リオンはロボットの鉄板で出来た頭をヨシヨシと撫ぜながらとんでもない事をかなりサラッと言うと、横にあった椅子に座った。

 人間を実験材料に選んだ事で人口が減って、それがこの戦いの原因になったんじゃないのか?

 俺は子供の頃からそう聞いていたし、そう信じて疑った事もない。

 「じゃあ、人間が減った訳はなんだよ」

 リオンはロボット側にいるから、なにか嘘を教えられてるんじゃないか?とまで思う程……。

 「信じられないのも無理はないよ。俺だって最初はそう思ってたんだしさ。でも、人口が減ったのはウイルスのせいなんだ」

 リオンは椅子に座ったまま引き出しに手を伸ばし、中から古い新聞を出して俺の前に差し出した。

 日付は俺が生まれるよりもずっと昔。

 その新聞には“新種のウイルス”の文字がハッキリと書かれている。

 「えっと……“有効な治療法はない”だって」

 新聞に書かれた文字を読んだスイは、俺から新聞を奪い取ると熱心に読み始めてしまった。

 「ロボットが人を殺した事がないかって問われれば答えはNOだ。けど、この戦争の切っ掛けは改造人間を作ってロボットを止めようとした人間にある。ロボット達は保守の為攻撃を開始させただけだよ……まぁ、あくまでも切欠の話しね」

 今となってはお互い潰す事が目的って事か。

 じゃあ、何故ここにロボットがいるんだ?

 あぁ、あの研究施設を壊す事はロボット側からしてみれば力を貸すのに充分な理由にはなるのか。

 俺だってあの気に入らない施設を自分の手で壊せるというのなら……手を貸したい。

 スイッチを取り除いてくれた恩もあるしな。

 「俺も、反乱軍に加えてくれ」

 「じゃあ俺も」

 新聞を読みながら俺の意思に乗っかってきたスイは、かなり重大な決断をした後だというのにも拘らず新聞を読んだまま顔すら上げない。

 「俺達のやろうとしている事は、終わってから初めて認められる事。つまり始めは何処も彼処も敵だらけだよ?」

 今更そんな説明を?

 そして更に、嫌なら良いんだよ。と付け加えた。

 反乱軍って名前からして敵だらけだってのは分かってた事。俺達の意思を尊重してくれるやり方は、流石反乱軍、施設の方針とは全く違う。

 スイッチを取ったんだからと恩を着せる事だって出来るのに、それもしない。

 だけど、それとは対照的に、逃げ道を奪っている。

 スクラップにされている身で研究施設に戻る訳にも行かず、こんな話しを聞かされた後前線に行って戦う気にもならない……そうしておいてからのこの質問だ。

 いや、逃げ道が全て奪われている訳ではないか……例えば何処にも属さずにボンヤリと時を過ごすってのも手だし、月に行くシャトルに乗り込んで月で暮らすってのも手だ。

 「スイ、俺達は本当にツイてるな」

 「そうだね」

 そう言って顔を見合わせて笑った俺達をリオンは不思議そうに見ていたが、

 「……じゃぁ施設の真似。明日、家族に会いに行って良いよ」

 そう言って仕切り直した。

 会いたい家族なんかいないから明日は1日ボンヤリして過ごそうと思ったが……会わなきゃならない奴はいるんだっけ。

 ガドル……俺の兄貴。

 今がどんな善人だとしても、到底許す事など出来ない男……けど、あのルルとかいうガキが必死になって弁解するからさ、なんか今更気になったんだ。

 だから、話しをするとかそういうんじゃなくて、遠くから様子を見る位なら良いかなって。

 翌日。

 シャトルに乗って月にやって来た俺達。

 初めて歩く月の感覚は思っていたよりも普通で、巨大なクレーターの中に密集して建てられたビルとビルの間に立ってみると、昔の地球と大差ないように感じた。

 住み易いように似せて作ったのだろうか?

 と、そんな事よりもアイツの施設は何処にあるんだろう?

 聞いてみるにしたって施設の名前も知らないしな……。

 「えっと、ガドルって人……知ってますか?」

 俺はこのエリアに1件しか無いという薬屋に行き、店主にそう聞いた。

 施設で子供を保護してるってんだから薬は必須アイテムな筈、ここで聞いて知らないなら他のエリアに移動した方が良いだろう。

 「あぁ、ガドルさん?ガドルさんならこの時間施設にいると思うよ?」

 当たり。

 「施設ってここからどう行けば良い?」

 親切に地図まで描いてくれた薬屋の店主に手を振り、案外アッサリと施設の前に来る事が出来た。

 施設は結構立派な作りで、中では6人程のガキが笑いながら遊んでいた。

 適性テストに落ちて路上生活をしている子供を引き取ってるんだったよな?え?そんな風には見えない6人がいますけど?

 アイツ、どんな手を使って更生させてんだ?あのルルってのも一癖も二癖もあっただろうに……。

 「ガドルさん、2丁目に子供がいるそうです」

 そんな声がすぐ近くで聞こえ、思わず近くにあった植木の陰に身を潜めた。

 「分かった、スグ行こう」

 そしてまた近くで返事。

 ガドルと呼ばれて返事をするって事は……。

 顔を確認しようと少しだけ身を乗り出して見る。

 最後に会ったのは俺が改造人間になるよりもズット前の事だから、雰囲気が随分変わった気がするけど……間違いない。確かに奴がガドルだ。

 去って行くガドルの後姿を確認した後施設の中に忍び込み、偵察を兼ねて少し歩き回ってみた。

 もっと迷うかな?と思っていたが施設の中は誰が来ても迷わないようにしているのだろう、あちらこちらに施設内の案内板やら看板があって……だからガドルの部屋にもすぐに忍び込む事が出来た。

 鍵もかけずに部屋を空ける事が出来るなんて、この辺は随分と平和のようだ。

 部屋の中には大きな本棚があって、そこには本ではなくアルバムが並んでいる。

 何気なく眺めて見るとそれらは全て保護した奴らなのだろうな、ガキばかりで、下の方には日付が書き込まれていた。

 一目で分かる……改造人間にされた日付だ。

 ここにある写真全員が改造人間に?

 吐き気がする……。

 アルバムを元の位置に戻して机の上を見ると、そこには2枚のルルの写真が置かれていた。

 1枚は多分保護した直後の顔写真で、後の1枚は……多分前線に出る前にここに来て撮ったものだろう、ルルとガドルと……タイキが写っていた。

 3人共笑顔で、これから戦いに出なきゃならないって不安なんか微塵にも感じさせない程楽しそうな……。

 お前はどうしてここに来たんだ?

 どうしてこんな楽しそうに笑ってる?

 こんな笑顔、俺には見せなかったじゃねーか。

 もしかして、親友だって思っていたのは俺だけだったのか?

 そう……なのかもな。

 いつまでも腐ってた俺なんかより、戦いを終わらせる為に働いてるガドルの方が立派だよな……。

 「あ、ガドルさん。お帰りなさい」

 もう帰ってきたのか……で、会うのか?会わないのか?

 もちろん、会わないに決まってる。

 唯一の親友……友達?いや、知り合いが俺よりもお前を選んだってだけでも恥ずかしいってのに、更に惨めな姿を見せるとか死んでも嫌だ。

 だけど、折角ここまで来たのになにもせずに帰るのは逃げ帰る事になってしまうし、癪に障る。

 なにか……来てやったぞって証を残せれば……。

 そうだ。

 俺は着ていたボロボロの上着を脱いで机の上に放り投げると窓から飛び降り、後は走ってシャトル打ち上げ場に戻った。

 「アレ?やけに早かったね。君達家族に未練無いのかなぁ?」

 シャトルの所に戻ると、リオンとスイが雑誌を読みつつそこにいた。

 俺はともかくスイは早過ぎるよな……母親に会うのを楽しみにしてたのに。

 「俺は母さんの薬代の為に自分から改造人間になった。だから母さんがちゃんと薬買って良くなってるかって気になってたんだ。でさ、すごく元気になってた。だからそれで良いんだ」

 晴れやかな表情でスイは言った。

 その台詞、エロ本片手にじゃなければ感動的だったのになぁ……。

 「俺は……見て来たから、もう良い」

 俺達の話を聞いた後“そう”と短く言ったリオンがシャトルに乗り込んだから、俺達も後に続いて乗り込んだ。

 間もなくエンジンがかかり、アッと言う間に地球。

 これだけ早いと、さっきまで月にいた事が嘘みたいだけど、上着がないから嘘でも夢でも幻でもない。

 「早速で悪いんだけど、作戦会議始めるよ」

 リオンは手書きの地図を机に広げて、徐に赤ペンで印を付けた。

 「この場所が俺達のアジト。つまりここで、この地点がロボットと改造人間が戦ってる前線。で、こっちが改造人間を作ってる施設。最後にここがロボット達の本拠地、マザーのある場所。勢力は3つだけど、弱小の俺達は何処を攻めるにしても不利」

 位置からして1番近いのは施設だが、中にどれだけの改造人間がいるか分からない上に前線にいる仲間が戻って来たらまず間違いなく勝ち目なんか無い。

 戻って来る改造人間に釣られてロボットが来て混乱になった所で余計に関係をややこしくするだけだし、それはマザーの場所を攻めても同じ事。そればかりか、仲間にいるロボット達まで敵に回す可能性まである。

 となると、残るは前線……でも両者から一気に攻撃されたら勝ち目はない。

 「どうするつもりだ?」

 なにか考えがあるから作戦会議を開いたんだろ?

 「前線に赴き仲間になりそうな子を探す。マザーの所に行ってロボットを回してもらう。施設に忍び込んでスクラップにされた改造人間の中からまだ動ける子を連れて来る……反乱軍は全員で3人と3体だからね、仲間集めが活動内容になるかな」

 3人と3体……俺達改造人間と、ロボットが3体か。この規模じゃあ反乱軍ってよりもグループだな。

 「俺は君達を連れて来た方法で施設に行く」

 「だったら俺は前線に行く」

 リオンとスイはそう言って早速出発の準備を始めたから、俺は消去法でマザーの所に行く事に決まった。すると奥から1体のロボットが出て来て道案内の為に一緒に行くと申し出て……無言ではあったけど、両手を上げてアピールしてきたから、多分……。

 「南西の方向に行くと円形の建物が見えるから

 そんなリオンの言葉を信じて南西に歩く、歩く、歩く……歩く……。

 日が沈むまで歩き続けたものの、一向に円形の建物なんか見えて来ず。それでもお供について来たロボットが迷わずに前を向いているから、方角的には合っている筈だ。

 早く仲間を連れて帰りたい一心で歩き続け、夜が明ける頃になってやっと目的地が見えた。

 確かに円形の建物。物凄く大きな、円形状の建物。

 で、どうやって中に入れば良いんだ?

 扉的な物が何処にもないように見えるんだけど?

 建物をグルリと回って入り口を探さなきゃならないのだろうか?

 けど、お供のロボットは動かないし……。

 「コンニチハー。俺、リオンの仲間でー。ロボットを回して欲しいんですけどー!」

 声を張り上げ建物に向かって直接用件を言った後になって、もしかしたら呼び鈴的な物が付いているかも?と思い至り、やっぱり建物を1週見て回った方が良いのかも知れないな……なんて考えていると、

 「3体。新しく与えよう……要望は、なんだ?」

 思いの他近くから金属的な声と言うのだろうか、物凄く分かりやすいロボットの声で返事があった。

 俺の用件を聞き入れてくれただけでなく、要望まで聞いてくれるなんて……でも、どんなのが良いんだろう?

 1回戻ってリオンに確かめるか?いや、往復するだけの時間が惜しい。だったら俺の独断で良い……のだろうか?

 仲間集めだの施設を壊すだの言う前に、通信機の重要性よ……。

 改造人間に通話機能でもついていれば良かったのにな。まぁ、ないものはしょうがない。

 「マザー……あんたは1体の内に入るのか?」

 そんな訳ないけど、一応。

 「私は、1体の内には、入らない」

 分かってました。

 けど、そんなハキハキとした口調で言われると恥ずかしいわ!

 えっと、気を取り直して……どうするかな。

 施設を壊すんなら遠距離攻撃が出来る大型なのを3体頼んだ方が手っ取り早い。でも、施設には大勢の改造人間がいる……家族に売られて傷心してる連中をバズーカやらミサイルで吹っ飛ばすのは余りにも哀れだ。

 それに、施設の偉い奴だけを倒す事が出来れば多くの改造人間が仲間になる所か、施設内にある武器も使いたい放題。それを一緒にブッ飛ばすなんて芸がないし、なによりもったいない。

 で、3体……。

 「極端に小さくてすばしっこいの1体。デカくて遠距離攻撃重視でパワーもあるのが1体。後は近距離攻撃重視の1体」

 小さいのは偵察、遠距離で大きければ敵の目をひきつける事も出来るだろう。そして一緒に施設内で戦える近距離。俺なりにどんな作戦でも平均的に戦える3体にしたつもりだ。

 「……用意しよう。連れて行くが良い」

 そう聞こえてから待つ事数時間、中からスッと2体のロボットが出て来た。

 なるほど、この建物の入り口は真上にあった訳か。じゃなくて、後1体はどこに……これか。

 現れた戦車程の遠距離攻撃ロボットの上に、掌に乗る程の可愛らしいサイズのロボットが立っていた。

 3体のロボットを出してくれたマザーに礼を言い、俺は足早にアジトに向かった。

 物凄く遠い道のりではあるが、新しい仲間を連れている安堵感や幸福感で、来る時みたいに足が重くないし、全く疲れないし、思ったよりも早くに帰って来る事が出来た。

 ただいま。と入ったアジト内の奥にある手術室?改造部屋?から物音がする。

 改造中と書かれた札がドアにかけられているから、多分リオンが改造手術を行っているのだろう。

 だから俺は、少なくとも1人は仲間に出来たんだな。と、そう思っていたのに、しばらくして手術室から出て来たのはリオンとスイの2人だけだった。しかもスイの体には彼方此方治療した跡が……。

 「前線の戦闘があまりにも激しかったそうだよ。で、反乱軍の勧誘を始めた途端攻撃されたんだって」

 どうしたのかを問う前にリオンから説明されて、改めて俺達は改造人間にとって敵なんだなって……そうだよ、前線に行くのが危険だって作戦会議の時点で答えが出てたんじゃないか!それなのにスイはたった1人で行った……生きて戻って来れただけで奇跡だ。

 「ゴメン……役に立てなかった……」

 包帯だらけにされた痛々しい体でそんなに頭を下げられたら、1人で前線に行かせてしまった俺はどうやって謝れば良い?

 なんて声をかけたら良い?

 「スイの回復を待って研究施設を壊しに行こう」

 リオンは項垂れているスイの頭をヨシヨシと撫ぜ、俺が連れて来た3体のロボットの詳しい能力の分析に入った。

 策を考えているのだろう、赤ペンを口に咥えたまま地図に見入っている姿は、実に人間っぽかった。

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