スイ
俺の名前は、スイ。
月で生まれて月で育った人間だけど、もうすぐ改造人間になる。
政府に体を売ったのは褒賞金の為。
今まで女手一つで俺を育ててくれた母さんが病気にかかったから、その薬代の為。
地球では機械と改造人間による戦争が繰り広げられていて、戦う術のない人間は月に移住した。
改造人間の素材が欲しい政府は月の物価を上げ、変わりに体を提供した奴の家族に多額の報奨金をし払っていた。
母さんは俺が改造人間になる事を望んでいなかった。だから俺は置手紙だけ残して政府のシャトルに乗り込んたんだ。
始めて見る宇宙空間にキレイな青色の大地、あれが地球。
地球に着くと、そこは既に建物の中で青色の正体が分からず仕舞いに終わった。水の惑星だと聞いた事があるからこの建物の外はきっと水なのだろうと勝手に解釈し、改造人間適性検査を受ける為の部屋に移動していると、既に改造人間にされた先輩が防弾ガラス向こうの渡り廊下からこっちを見上げていた。
先輩は酷い目で白衣を着た研究員を睨み付けていて、それでここの改造人間に対する待遇がどんなものなのかを知る事が出来た。
先輩は研究員を睨んでいた表情を少しだけ改めた後、まだ人間である俺達改造人間候補者を眺め始めた。と、合った目。
どうして良いのかが分からずに見つめ返していると、フイっと行ってしまった。
適性テストは簡単な健康診断と体力テスト、それに戦闘センスを見るテストの3種類。それでも改造人間の材料が欲しいのか、そのテストは限りなく易しいものだった。
ほとんどの奴が適性テストに受かり、俺はその場で新しい名前を付けられた。
CF4738、それが今日から俺の名前になるらしい。
名前の前に着いたCFってのはクラスだと説明を受けた。戦闘能力を高めて進級を繰り返してようやく戦場に出られるらしい。
扱いが酷いと言えども、ちゃんと教育がある分マシだと思った。
なにかの薬、多分麻酔を嗅がされて気を失って目覚めると、俺は狭い部屋のシーツもなにもない金属むき出しのベッドに寝かされていた。暖房器具らしき物もなく金属の上にまともな服も着せられずに寝かされているのだから少しは寒かったり冷たかったりする筈なのに、なにも感じない。これが改造人間になったという事なのかとも思ったが、なんだか様子が可笑しい。
手足を縛られている訳でもなんでもないのに、指1本ですら自分の意思で動かす事が出来ないんだ。
動けない事は正しいのか、間違っているのかは分からないけど、暗い部屋には俺の他にも数人同じように寝かされているから、きっとこれで良いんだろう。
それでも完全に動けないのは恐怖でしかなく、どうにか動けないかと奮闘する事しばし、僅かだが指先が動いた。そうすると首も少しだけ動いて、それで部屋の中を見渡す事が出来るようになった。
とは言っても始めに感じた通りで、暗い部屋と金属剥き出しの台の上に何体かの改造人間が寝かされているだけの光景でしかない。
それから更に2体の改造人間が運ばれて来た後、数人の研究員が部屋に入って来て、改造人間の横に1体につき1人ついて立った。
なんの合図も無く急に明かりが点けられ、それが余りにも眩しくて目を閉じると、俺の横に立っていた研究員が「コイツは合格」と声と手を挙げた。
合格という事は、ちゃんと改造人間になれたって事なんだよな?でもなにが基準なんだろう?
「合格した物を運び出せ、残りは部品を取って廃棄しろ」
1番偉そうな奴がそう言って部屋を出て行くと、他の研究員達は「不合格」の、少し前までは確かに人間だった改造人間を残して「合格」した改造人間だけを金属剥き出しの台ごと運び出した。
部屋に残された者がなにをされるのかなんて不思議に思うまでもなく、廃棄されるのだ。
これは、確かに酷い扱いだな。
改造人間になる事は素晴らしい!とか月では宣伝してるってのに、実際はただの道具として扱われる、きっと戦いの場に出てもこの扱いは変わらないに違いない。とすると不備が出た時点で廃棄か。
別部屋に運ばれたのは俺を含めて3人の改造人間。
別部屋とはいったが、さっきまでいた暗い部屋とそう変わらない。ただ俺達以外にも何人かの改造人間と研究員がいただけ。
部屋に運ばれ、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる研究員が俺達の周りをゆっくりと歩きながら説明を始める。
改造人間には、強制的に動きを止めるスイッチの取り付けが義務付けされているそうだが、そのスイッチに不備があったのか、それとも改造者の腕が悪かったのかで、俺達も不合格な改造人間なのだそうだ……。
完全に動けなくなるまでそんなに時間はなく、俺達も完全に動けなくなった時点で廃棄処分になるのだと。
それならもういっそまとめて廃棄すれば良いのに。
そう思った俺はしばらく後に俺達を残した理由を嫌という程知らされる事となった。
動けない上にタフな俺達出来損ないは、ストレスやなんやらと色々溜まった研究員の相手をするのに丁度良いらしい。
完全に動けなくなった改造人間は感覚がなくなり、表情も作れず、辛うじて言葉を話すだけになる。だからその確かめ作業。というのが表向きの理由らしいが、欲望のはけ口にしているだけだ。
しかし表向きの理由がそれなだけに、なにも感じなくなった奴は容赦なく廃棄される。
いや、研究員の機嫌を損なうような態度をとれば、感覚があろうと無かろうと廃棄にされる。
感覚があるのに麻酔も無く淡々と部品を取る様子を見せ付けられてしまえば、もう誰も逆らおうとは思わなくなるし、感覚がなくなった振りをしようとも考えられなくなる。
また、部屋に数人の研究員が入ってきた。
ニタニタと嫌な表情で物色し、目に付いた改造人間をいたぶる。
俺の所にも研究員がやってきて肌に触れてくる。体温は感じないものの触れられてるという圧は確かに感じられて、俺は廃棄が嫌だという理由のみで反応する。
終わればまた新しい奴が部屋に入ってきて、終わりがない。
来る日も、
来る日も。
ただされるがままにされている時間は地獄だ。
痛さに涙を流して止めてくれと頼んだ所で無駄。なにをどうしようが俺達は出来損ないの道具で、反応がなくなればその時点で運び出されて捨てられる玩具。
早く廃棄されたい。
それが夢であり、いつか必ず廃棄になるというのが救いだった。
数ヶ月地獄に身を投じたある日の事、突然全ての感覚がなくなってくれた。
さっきまではあんなに痛くて辛かったのに、プツッと切れたみたいになにも感じなくなった。実際なにかが切れたのかも知れないが、なんだって良い。
廃棄だと部屋から運び出されるのもアッと言う間だった。
このまま廃棄なんて本当なら悔しくてしょうがないんだろうけど、俺はあまりに長い時間地獄にい過ぎたせいで、こんな扱いですら良かったと思えてしょうがない。もう誰も相手にしなくて良いんだ。それ以上の幸福なんか、何処にもない。
色々といたぶられていた俺達の部品は歪んでしまっていたのだろう、部品取りさえされずにゴミ捨て場へ向かって運ばれる。
ゴミ捨て場には見た事もない改造人間が他にも数体いて、当然皆完全に動けない連中で、完全な無表情で「廃棄は嫌だ」と研究員に無駄過ぎる頼み事をしていた。
折角動けなくなったのに廃棄が嫌?どうやら地獄にも色々種類があるらしい。
「薬が足りないな」
注射器を持った1人の研究員が、別の研究員に話しかけた。この場合の薬というのは人間の部分を殺す為の毒薬と考えて間違いない。
「数分大人しくなれば良いんだ。足りない分は睡眠薬で代用しろ」
数分、それは廃棄にかかる時間だろうか?
本来なら人間の部分を殺してから行われるだろう行為、それが寝てる間になされる……どっちにしろ廃棄される身、元々痛覚なんてなくしてるんだし、どんな最後だろうと構うもんか。
しばらくなにもされないまま時間が経った時、このゴミ捨て場に改造人間が運び込まれたのではなく、自分で歩いてやって来た。
日に焼けた肌とボロボロの服、眼光鋭いその改造人間を俺は見た事があった。
まだ俺が人間だった時、防弾ガラスの向こう側で俺達を眺めていたあの先輩に間違いない。だけど、あれから何ヶ月も経っているのにまだ戦場に出てないなんてどういう事だ?
先輩はスイッチを押されてしまっても尚、あの頃と変わらない目で研究員を睨み付けていたが、研究員はそんな先輩の態度が気に入らないと数回殴り付けていた。
痛覚はあるのだろう、殴られる度に苦しそうな声が漏れるが、それでも目だけは研究員を睨み付けたまま変わる事が無い。
いや、スイッチを押されたら表情すら動かす事は出来ない筈だから、先輩の人相の悪さは元々か。
殴り疲れた研究員が舌打ちと共に離れて行くと、その研究員に皆は「助けて」と口を揃えている。そんな中、俺と先輩は無言。
俺の場合は廃棄されるのを望んでいたから怖くもなんともないんだけど、先輩は?今まで普通に動けていたのになんで急に廃棄?それになんとも思わないのだろうか?
「始めます。CF1519」
改造人間のクラスと名前を呼び、研究員が注射器を先輩の腕に刺す。
「CF4738」
続いて、俺の腕にも。
研究員達は偉い人に廃棄の様子をモニターで見せながら毒薬か睡眠薬かを俺達全員に注射し、改造人間用のゴミ袋に無造作に全員を押し込んだ。
カプセル状のゴミ袋は廃棄場に向かってゴロゴロと転がり、ゴンッとなにかにぶつかるような揺れと音の後止まった。
毒薬を注射された奴は何人いたんだろう?睡眠薬を打たれたのは?
俺にはまだ意識があるから睡眠薬だったのだろうが、全く眠くないから効いてない。多分量をケチられたんだと思う。
まぁ、自分の最後を見られるのだから良かったと言えばそうだし、怖いと言えばそうだ。
カプセル内は静寂に包まれ、外から微かにガシャンガシャンと金属が押し潰されるような音が聞こえてくる。
きっと今は廃棄の順番待ちなのだろうな。
なんて妙に落ち着いた気分で分析なんてしていた時、
「俺ってついてねーな」
誰も生きてないと思っていたカプセル内に、溜息交じりの声がした。発したのはスグ隣にいるCF1519……あの先輩だ。
廃棄される事への恐怖でも苦痛でもなく、本当に些細な愚痴。
地球に来て、初めて生きた言葉を聞いた気がした。
「動けた分俺よりツイてた」
だから、生きる事を諦めていた筈なのに、急に俺は今まで思ってはかき消し続けていた不満を口にしていた。
もし俺のスイッチに不備がなかったら?
もし、俺がちゃんとした改造人間になれていたら……考えたって無駄だと分かりきってた不満。それを初めて口にしていた。
CF1519なんて可笑しな名前しか知らない先輩、でも感情の詰まった愚痴を発したこの先輩に。
「そうだな……」
これだけの会話なのに、まともな返答が返って来ただけで嬉しく思った。
地球に来て、改造人間になってから俺の言葉は全部無視されていた。だからたったコレだけの会話でもとにかく嬉しくて、ちょっとだけ人間に戻れた気分になれた。と、同時にまたどうしようもない願いが頭に浮かんだ。
死にたくない。
そんな願いが叶う筈もなく、とうとう俺達のカプセルが潰される番が来て、カプセルが持ち上げられた。
最後の瞬間になるだろうこの時間、一体なにを考えれば良いんだろう?
月にいる母さんの事?
それとも今隣にいる先輩の事?
自分の事?
「進入された!」
研究員の慌てふためいた声が聞こえた。
少し歪んだカプセルの隙間から見えた研究員達はこっちを指差していて、今カプセルを持ち上げている機械がその侵入者なのだと窺い知れた。
「どうせ廃棄物だ。捨置け」
慌てる研究員に対し偉そうない研究員の見解は恐ろしく素っ気無く、俺達が詰まれたカプセルは研究員の真ん前を堂々と通り過ぎ、瓦礫の散乱した荒れた大地を駆けた。
「何処に連れてく気なんだ」
廃棄されない嬉しさよりもこれからどうされるのかが不安でしょうがない。
もしかしたら生きたまま部品取りされるなんて事……。
だけど、どうして機械が俺達を?
新しい戦略の実験材料にされるとか?
ヤダ、怖くなってきた……降ろして、もぅ廃棄で良いから、だから降ろして!
「それはそうと俺達ツイてるな。スクラップにされたのに研究所から脱出出来てんぜ」
俺が恐怖で潰されそうだというのに、隣にいる先輩からはひどく楽天的な言葉が聞こえてきた。
スイッチがオフで表情がない筈なのに、その時先輩は笑ってるように見えた。
そして思ったんだ、俺はこの先輩の事が好きなんだろうなって。
改造人間の先輩に対する憧れ?
いや、違う。
俺は初めてこの先輩を見た時から目が離せないでいた。
研究員を睨んでいたギラギラとした目と、改造人間候補生だった俺を見た悲しげな目。俺はそれらの瞳に一目惚れしていたんだ。
俺は生まれて初めて恋をした……人間だった頃にした最後の事が一目惚れだなんて、ちょっとロマンチック過ぎて笑える。
例えもうすぐで終わりが来ようとも、今こうして一緒にいられる事は物凄く幸せで、奇跡なんだと思うんだ。だから俺は自分が改造人間になった事や失敗作として造られた事、その全てに感謝する事にしたよ。
でも、最後の瞬間までには本当の名前が知りたいな……。
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