Episode-4 領域‐Area:エリア(C)

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「なっ……!?」

 七瀬の腕に装着されているインパルスフォーサーから美天の反応が消えていた。

(くそっ!)

 手遅れだったか。

 だがどちらにしても急がねばならない。

 アクセルをさらにかけ加速。

 赤信号で止まる車の間をすり抜けて、

 交差点を横切って行こうとする車を躱して、

 次々と追い抜いていく。




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 光に包まれるその空間は、光を纏う麻里亜に絶大な力を与える。

 力があふれる。

 たとえるならば、水を得た魚のような。

「ここは……?」

 民間人の内の一人の少女が周囲を見渡す。

 突然自分達が立つ空間が変わって、戸惑いを見せている。

 もはや、リミッターは外された。この光の空間も、そして麻里亜自身が纏うライブギアも、タイムリミットがある――約三分間。

 それが、麻里亜に許された時間であった。

 だがそれだけあれば十分。

「――ッ!」

 麻里亜は地を蹴り、

 イービルへと一気に接近――

 懐に入った途端、

 イービルは顎鋏を力強く締める。

 瞬間、

「ハッ!」

 オレンジ色に光る黒い剣閃が一閃、イービルの顎鋏が破壊された。

 麻里亜の持つ槍の前には、イービルの刃はあまりにも脆い。

「――ッ、ゼアアッ!!」

 そしてもう一振り。

 黒槍は人間の体の片方の肩から斜めに、

 蜘蛛の胴体へと巨大な傷をつける。

 その一撃を受け、イービルは後退――

「……ッ!?」

 人間体の方からは大鎌のような刃が生え、

 自身の腕をその刃に触れさせる、

 と、腕が刃に取り込まれるように一体化し、鎌の様になった。

 カシンッカシンッと音を立てて、甲高い鳴き声をあげるイービル。

 そして下半身にある顎鋏は再生し、胴体の傷口からは管の様な物が伸びて顎鋏にとりつく。

 その管を通ってくる緑色の液体は顎鋏を伝い、地面に滴る。

 滴り、液体がしみこんだ地面は溶解し、煙を立たせる。

(斬れば再生して強化されるという事か)

 たまに出会うタイプのイービルだ。

 このタイプのイービルとの戦い方はただ一つ。

 一撃必殺の他に無し。

 大きな隙を作らせ、最強の一撃を放つ。

 一向に仕掛けてこない麻里亜へ、イービルは素早く麻里亜へと接近、

 二つの刃は、

 麻里亜の首と胴体を捉える。

 飛び下がって躱す事はほぼ不可能。

 ならば、

「ハアッ!!」

 一歩踏み出し、拳を突き出す。

 躱しようのない一撃ならば、打たせなければいい。

 麻里亜の拳を受けたイービルは大きく怯み後退。

 拳をを受けた被弾部には光の線が伸び、それは麻里亜の拳と繋がっているようだ。

「ハッ――!」

 その拳を強く振り上げると、投げ飛ばされるかのようにイービルの体は宙を浮き、

「ハアッ!!」

 麻里亜が拳を振り下ろすと少し距離を離したところへと、今度はイービルはその身をたたきつけられる。

 体は半分地に埋まり。身動きがとれないようである。

 それこそが、麻里亜に最強の一撃を放たせるための大きな隙。

 麻里亜はその手に持つ槍を自分の胸のランプの前にかざす。

 と、ハート型の赤いランプが強い光を放ち、その光は槍へと集束する。

「――ッ」

 そして光が集まる槍を天へ、

 円を描くように回すと吐く銀色の光の輪が描かれ、

「ハッ……!」

 描かれた光の輪へ槍を突き刺すと、描かれた光の輪が槍へと集まる。

 光をため込んだ槍は展開、中にある結晶が稲妻を放ち、

 輪の完全な消滅と共に槍の光は、極まった――

「デァアアッ!!」

 光が極まった槍を振り下ろすかのようにイービルの方に突き出す麻里亜。

 刹那、

 展開され、槍の中にある結晶から白銀の光線が放射された。

 光線は空を裂き、

 音を焼き、

 身動きとれぬイービルに直撃した。

 悲鳴――甲高い悲鳴を上げ、その身を青白い光と変え、

 バシャンッと言うガラスの割れるような音と共に光の塵となって消滅した。




       13




 水樹が――イービルが消えた、ライブギアの光を受けて。

 戦いの終わりを告げるように光の空間は水泡と化して消滅し空は再び暗い夜空へと変わっていく。

 空間と共に、ライブギアを纏う彼女は光を発しその空間の中に消える。

「…………」

 その時の彼女の歯を食いしばる表情を見て、美天は喉が詰まるようなもどかしさを感じた。

 彼女も分かっていたのかもしれない。

 自分が倒したイービルが元は人間だったという事を。だとしたら、美天たちは彼女に人間を殺めるという罪の意識を背負わせてしまったのかもしれない。

 光の空間が完全に消滅して、数秒、夜空に雲が差し掛かりぽつぽつと雨が降り始めた。

 ほんのしばらくしてそれはザアザアと土砂降りに。

 夜道に取り残された三人は、その雨に打たれ呆然と立ち尽くす。

 道路には三人の持つ袋のほかに誰の手にも持たれていない袋が二つ。

 その持ち主無しの買い物袋の方を呆然と眺める美天と、未だなお恐怖の夢から覚められぬという表情で立ち尽くす瑠奈。

「美天……。瑠奈ちゃん……」

 昴は、二人を見渡しどんな言葉を口にしてやれば分からない様子。

「水樹……。渚……ッ」

 美天は地面に両膝を着き、目を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶのは、思い出。

 水樹、渚、瑠奈、美天のいつも一緒に居た四人。

 初めてみんなが友達になれた日から今日までの日――

 これから作って行けたかもしれない時間は、あっけなく食われた。

「うッ……く――ッ!」

 怖い。

 イービルと言うその存在以上に、

 その死そのものである悪意が自分たちの首を捉えているというこの現実が。

 美天一人が望んだところでなにも変わりはしない。

 考えればそうなのだ。

 管理官は、自分たちの身近な人間にイービルの危害が及ぶことは無いという理由が市街地にはイービルは出現することが出来ないという理由であったからだ。

 考えを変えれば、市街地から出た場合、イービルに狙われる対象となりかねないということ。水樹は、昨日キャンプしに市街地を出ていた。そこを、イービルに狙われ、振動波に感染。結果、自身がイービルと化してしまったのだ。

 たった一つのイレギュラーが、水樹だけでなく、渚の命を奪い取った。

「……?」

 美天たちを背後から照らすヘッドライト。

 数秒してから、バイクのエンジン音が聞こえ徐々にこちらに迫って来ていた。

 迫り、そのバイクは美天達三人のすぐ後ろで止まる。

 ヘルメットをはずしてハンドルにかけるそのライダー。

 それに気付いた昴は背後を振り返った――

「霧咲……七瀬……?」

 なぜここにトップアーティストである七瀬がここに来たのか、昴には分かっていないようである。

 七瀬は、立ち尽くす三人を見て舌を打ち、バイクから降りてまっすぐ美天の方に早々と歩み寄り、

「何があった!」

「え……?」

 恐怖と絶望に染まった表情をしている美天の胸ぐらを掴んで立たせ、まっすぐとお互いの目線とあわさせる七瀬。

「何があったと聞いてる! もう一人はどうした!」

 鬼気迫るその声にさえ、美天は表情を返ることも出来ない。そして言葉もまともに返せない。

 そんな美天と七瀬の様子をみて、先程まで茫然としていた瑠奈はハッとして、

「止めて……ッ、離して!!」

 二人の間に割って入って七瀬の手を美天の胸ぐらから離させる。

 その際、体勢を崩した美天は地面に尻餅を着くような形で崩れ、

「美天、大丈夫?」

 そして瑠奈は美天の両肩を掴んで美天の顔をのぞき込む。

 美天の口が、ようやく動く。

「何も出来なかった……」

「え……?」

 美天は、知っていた。

 何となく悪い予感をしていた。

 だが美天は、ただ目の前で水樹が変異して、

 渚が食われるところをただ見ているだけしかできなかった。

 もしライブギアを纏う彼女がこなかったら、今度は、瑠奈が食われていた。そしてそれもきっと、美天は見てるしかできなかった。

「水樹……渚……ッ!」

 知ってて何が出来たのかは分からない。

 それでも美天は、

「ごめん……。

 ほんとにごめん……ッ」

 そう、もういない彼女ら二人へ、送る。

「美天……」

 瑠奈は、そんな美天の両肩を抱き寄せて冷え切った心を温め、震える体を子供をあやすように撫でてやる。

 そうしている内、恐怖で凍り付いた心は日の光を浴びたかのように解けていき、

「うっ……くっぅ……ッ――」

 美天は瑠奈を抱きしめて嗚咽を漏らした。

 いまはただ、抱き止める親友がこうしてくれていることが嬉しくて、切なかった。

 彼女たち三人の後ろにいる昴は一人、握り拳を締め、堅く瞼を閉じて何かの気持ちを押さえている様であった。




       14




 しばらくして黒いハイエースが二台、美天達三人を挟むように停車する。

 車のドアが開いて出てきたのは除染服を着た人物達十数人と黒服を着た人物達が五人ーーその内の一人は、管理官であった。

「さあ、こちらへ」

 と、瑠奈と昴は黒服の人物達につれられて現場から離れていく。

「瑠奈……っ、

 昴……君……」

 黒服や除染服を着た者達以外、ここにいるのは美天と七瀬だけとなった。

「七瀬ーー」

 彼女の名を呼ぼうとする美天。

 それを聞こえていないか無視したのか、七瀬は瑠奈と昴について行くように立ち去っていく。

「さん……」

 そしてついに彼女だけとなる。未だ立ち上がれぬ、そんな美天へと歩み寄ってくるのは、

「大丈夫ですか、立花さん」

「管理官……?」

「まだその名で呼ぶ必要はありません。私は永平と言います」

「…………」

「立てますか」

 そういい、永平は美天へと手をさしのべて、美天はその手を掴む。

 引き上げられようやく自分の足で立つことが出来た美天。

 そういえばずっと名前すら聞いてなかった。だがそれはどうだって良いことだった。

「あの……私――」

「語る必要はありません。私たちもつい先程状況を把握しました」

「え……?」

「あなたが遭遇したもの、それは、ライブギア」

「…………」

「霧咲七瀬が今使っている一つ目のライブギア、SworDianソーディアン、そしてあなたが遭遇した者が二つ目のライブギア、GeneXジェネクス

「ライブギア……ジェネクス」

「あれもかつては我々VEIDOの、重要戦力でした。しかしそれはかつての戦いで失われていた」

「何でですか?」

「…………」

 息を吸って言ってくれるのか、と思ったが小さくため息みたいにはく永平をみて、それもまた機密なのかと、美天は永平の顔を睨む。

 だがそんな美天の心中を察してか知らずか、永平は口元で笑みをうかべるその表情でじっと、美天を伺ってくる。

「どうしますか? 立花さん」

「え?」

「あなたがよければあなたの記憶処理も施しますが」

「…………ッ!?」

 そのとき、美天は先日受けた記憶処理や処置の頃を想い出す。

「もちろん、先日あなたが受けたものではありません。その場ですぐ出来るものなので」

「どうやって……?」

「それは――」

 と、永平がその方法を口にしようとしたとき、車の方からバシャッとカメラのシャッター音と共に、ピィーンッと言うモスキートーンが聞こえた。

「…………ッ!?」

「ご安心ください、少し眠っただけです。後に病院の方へと送っておきますので」

「瑠奈……。昴君……」

「彼女達は、ただ目の前で、友人二人の死の現場に立ち会っただけなのですから。先ほどの事は何も知らない」

「え……?」

「目が覚めれば、元の日常へと戻るのです」

「…………」

「どうしますか? 立花さん」

「どうするって?」

「貴方も、自分の友人が食われるところなど、忘れてしまいたいでしょう」

 美天は黙った。

 忘れる。目の前で水樹が変異し、渚が食われた事を。忘れてしまいたい。忘れて二人の死を純粋に悲しんで、また元の日常に戻れるなら――

 その時、美天の脳裏に思い浮かぶのは水樹が変異する際を思い出す。

「私、何も出来なかったんです」

「何も……とは?」

「水樹がイービルになったとき、もしかしたら渚が、って、思ってました。でも、目の前渚が食べられて、でも私、そのときイービルが怖くて見てるしかできなくて……」

「それで?」

「私も、力が欲しいです」

「…………」

「イービルから、みんなを守りたい。忘れたとか知らないじゃ、済ましたくない。ライブギアを使う人がこなかったら、私二回も死んでました」

「自分が死ぬのも、友人が死ぬのも怖いと?」

「うん……」

 美天自信、もし渚の代わりになれるのならばなりたい、と、思うことが出来ない。結局、美天もイービルに恐怖し、いざとなったら自分の身を守るために何だってしてしまいかねない。だからと今度は瑠奈をや昴をイービルに差し出すのかと、そう考えてしまうと、全力で否定したい。

 自分がどうあるのかと、自分がどうしたいのかが噛み合わない。

「ならば強くなればいい」

「え……?」

 そんな美天に短く告げる永平。

「強くなれば、あなたは自分自身を守ることも、大切な人を守ることだって出来る。力を得るということは、守るということと同義ではありませんか?」

「力を得ることが、守ること?」

「私はそう思います」

 美天、考え込む。

 もしイービルに立ち向かうのが自分で、そしてそれを倒すことが出来るだけの力を得ることが出来たとしたら、と。

 そうすれば先程までの自分の思っていたことは大きく変わる。

「私でも、誰かのためになれるんですか?」

「それはあなた次第です」

「じゃあ、イービルに立ち向かえる力を――」

「それも、あげることは出来ません」

「え……?」

「力を得るのはあなた自身です。我々VEIDOは、その手助けをするだけ」

 それは暗に、力を得るというその道が決して楽ではないという事を示唆しているものだと、美天は察した。

「…………」

「どうしました、先程よりも落ち込んでいるように見えますが?」

「……それでもーー」

「……?」

「私は、もうこれ以上誰かが死んでいくのただ見ているなんて出来ないです」

「ほう」

「私をVEIDOに入れてください、管理官」

「良い返事です」

 管理官は笑みを浮かべてうなずき、「ではご一緒に」と、瑠奈や昴がつれられた車とはまた別の車の方へと指し示す。

 その示された方の車へと、美天は歩み出す。

 きっと、それは人が入れぬ領域まで…………。

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