Episode-4 領域‐Area:エリア(B)

       6




 水樹の家に来るのは果たして何回目だろうか。

 前回はゴールデンウィーク明けに出されたレポート課題のいつもの四人で片づけようという事で水樹の家に集まったいらいだろうか。

 思った以上には、このメンバーで水樹の家に遊びに行っているようだ。

 彼女の家は住宅街の中に建てられたマンションの七階にある。

 両親は外資系の大企業に勤めており、年に二、三回ほど長期の海外出張があるらしい。だがその中でも両者ともに出張日が被るという珍しい事が起きているらしい。

 少し遅くなっても誰も怒ることは無い。ただ、瑠奈と美天の寮には門限があるのでそれを超えるわけには行かない。最も、それも夜の二三時ぐらいなので十分のんびりできる。

 水樹の自宅にて、90分ほどのアニメ映画で笑かされた後であってもまだ時間に余裕がある。

 時刻は19時前

「もうごはんにする?」

「そうですねぇ。私もそろそろお腹空きそうですし」

「じゃあ、近くのコンビニで買ってくる!」

 と、見たかった映画をみんなと一緒に見れて満足した水樹が意気揚々と立ち上がり、挙手をする。

「一人じゃ危ないって、私も一緒に行くよ」

 と瑠奈も立ち上がり、

「暗い夜道ですし二人じゃ不安ですよ?」

 と、渚も一緒に行きそうな雰囲気。

 取り残されるのが美天と昴のみとなるのは、さすがに悪い。

 そう思った美天自身が立ち上がり、

「じゃあみんなで行こうよ」

 と言い、結局は美天の言う通り五人全員で今日の夕食を買いに行く事になった。

 トップメニューが流れるテレビ画面から元のチャンネル放送の入力に切り替え――


『尚、現在も彼らの捜索が続いており、警察も情報提供を呼びかけ――』


 電源を切る。

 一瞬報道眼組が映り、空撮からスタジオに映像が切り替わるその時に聞こえた行方不明事件のニュース。

 最近多発しているのだ。

 もしかすると、それも全てイービルによる犠牲者なのではないのかと、美天は思ってしまう。

「…………」

 電源を切った後、テレビのリモコンを持ったまま心ここにあらずと言った感じで固まっている水樹の様子がおかしい。 

「ん、どうしたの? 水樹」

「あっ……え? 何?」

 美天に呼びかけられ意識が戻ったようだ。

「なんかあった?」

「いや……ううん、なんでも……」

「…………」

 何故か、悪い予感がする。

 美天の胸がその不安によってドクッドクッと強く打たれる。


「何でも無いよ」





       7




 イービルの犠牲となったのはとある大学のゲーム制作のサークルメンバー全員。

 どうやら、七瀬やNWCのA-Unit達がサンシードを倒す前に全員捕食されたらしい。学校が終わったあとジャスティスフォートレス内にあるVEIDO-Jの隊員寮に帰ったあと、前日のイービルの犠牲になった人達のリストが載っている。

 昨日戦ったイービルの能力の高さからして、すでに誰かが補食されている筈だとおもっていたが――

「な……っ!?」

 その犠牲者リストの写真の中に、見覚えのある顔があった。

 自分の通う高校の生徒である。

 立花美天の友人。校門前で美天を見つけた時その傍にいた少女だ。

(何故? じゃああれは……ッ!?)

 思い当たる節が一つ。

 彼女がすでにイービルに食われているとすれば、立花美天たちの傍にいた新瀬水樹は――

 と思った時、七瀬は自室から飛び出した。

 その焦燥感が傍から見えていたのか、途中VEIDOの職員に「どうした」と呼び止められるもそれすら無視して、駐車場に停めているバイクの下へ走る。

 立花美天がVEIDOにスカウトされたという事は既に体内にナノマシンが打ち込まれているはず。インパルスフォーサーで彼女がいる場所が分かる筈だ。

 ソーディアンのブレスを着けている方とは逆の腕に付けているインパルスフォーサーでサーチする。この時間ならば隊員たちはそれぞれの管轄基地内にて出動待機しているので、結果的にそれ以外に表示される反応もとに立花美天がいる可能性が高い。VEIDOの隊員以外で且つ、中日本辺りにいる人物となると数は圧倒的に限られる――

「よしッ」

 一点だけ、インパルスフォーサーに反応があった。それがおそらく立花美天だ。

 七瀬はバイクにまたがりエンジンをかけ、美天のいるもとへと走らせる。

(間に合ってくれ……ッ!)

 はやる気持ちを抑えられず、七瀬はアクセルをかけて加速――日が落ちて暗くなり、エンジン音が響く山道を駆けてゆく。




       8




「そうか……そう来たか」

 椋良は窓が無い部屋の中で一人呟く。

 いつも心臓の鼓動のように光を明滅させる結晶が、まるで不安に煽られるかのように明滅を早める。

 椋良はその結晶の方に向き、

「大丈夫」

 と語り掛けるように口にする。と、結晶の明滅が徐々にもとに戻っていく。

「さて、今日はどうする? 姫野麻里亜」




       9




 人気の少ない道を通り過ぎた先に個人経営のコンビニがある。

「ありがとうございましたー」

 コンビニを後にし、それぞれ今日の夕食が入った袋を手に、水樹の自宅へと帰路を辿る。

「帰ってご飯食べてからどうするんだ?」

「ん、まぁテレビでも見ながらワイワイ?」

「男一人で厳しいなぁ」

「彼女が目の前にいるのに他の女の子に色目つけるんだ。ふぅん……」

「いや、そう言う訳じゃないんだけど」

 当然、美天にも分かってはいるが、いつも意地悪をされている仕返しとして昴の言い訳にも聞き耳持たずぷいとそっぽ向いてやった。

 そんな美天の様子を見て、こりゃ難儀だと溜め息を吐く昴。見事に、美天の術中にはまってくれた。

「新瀬さん? どうしたんですか?」

 水樹が、コンビニに夕食を買いに行こうという頃から様子がおかしい――

 それに気づいた渚が水樹の肩を叩いて伺う――

「え、昨日の事思い出して、ね?」

「昨日って、打ち上げの事?」

「うん……」

「そんなに楽しかったのですか?」

「楽し……かった」

「じゃあ、その時のお話、夕食食べながらしてくださいよ、新瀬さん」

「…………」

 話の肴になる話題が生まれた。

 が、水樹は頷きもせず何かを考え込むように黙り込む。

 水樹の様子がおかしい。厳密には、テレビが報道番組の画面に切り替わった一瞬の時から――

「食べる……」

 ぶつと呟く。

 と、

「あっ……あぁ、ああっ!!」

「ど、どうしたんですか!?」

 突然パニックになったように、頭を押さえる水樹を間近で見た渚はすかさず介抱するように後ろから水樹の表情を伺う。

 水樹は何か思い出したくない事を思い出しそうになってそれを振り払うかのように頭を振り乱す。

「いや……やだっ」

 何を思いだしたか――

「誰か……っ

 助け――ッ!」

 瞬間、水樹の体から火を噴くように紫色の結晶がビシンッビシンッと言う音を立てて、皮膚を破いて生えて来た。

 傷からは血も出ずパラパラと欠片のような物が流れ落ち、

「アッグッ――! アッ、カッァアアアッ!!! イタイ――ッ、イタイッ!!!!! ――――」

 肉を裂かれ皮膚を破かれ、激痛などと言う言葉ではあまりにも易しい痛みに襲われているようで、体を地面にのたうち回らせ、もがく。

「新瀬さん!? 新瀬さん!!!」

「いだい……ッ、い、ざ……いッ――!」

 渚の呼びかけには何の効果も無い。

 いつしか水樹の体は全て結晶と化した。

「いや―――ッ、何で……ッ!」

「そんな……ッ!」

 突然友人が結晶化し、何が起きたのかとその結晶をまさぐるように触る渚と、言葉を失う瑠奈。

「まさか……」

 と、美天は悪い予感がまさに当たってしまったと、昴と共に――理由は違えど――絶句した。

「こんなのて……無いよ……ッ」

「新瀬さんッ! 何で!? あぁ……新瀬さん……っ」

 突然目の前で友人が変貌を遂げて渚は自分の動揺を抑えられないでいるようだ。何度も彼女を呼びながら結晶のあちこちを触りまくる。

 すると、ビシンッとひび割れ――

「――ッ!? 渚逃げて!!!」

「え――っ」

 瞬間、その結晶のヒビが大きく広がって裂け――

「――ッ!?」

 その結晶の中から現れた。

 両手両脚には枷のような触手によって戒められたようになっておりそれぞれが長い職種で繋がれている。体全体は鼠色の肌色となって海洋類のようなぬめりがあるようで、顔と思われる部位も後ろに反り返り、ギィギィと人の喉からは発せられる事はない声のような音が聞こえ――

「渚!!」

「――」

 瞬間、反り返っていた顔を渚の方に向け刹那、

 軟質で出来た顔全体が口の様に開き、渚を丸呑みした。

「ングッ!?―― ぶぐっふ……ッ」

 ぐちゃり、と、丸呑みされた部分から聞こえ渚の体がだらんと下がり、そのまま水樹だったその異形――イービルは残り外に出ている渚の体を――

「――ッ!! イヤァアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 飲み込んで咀嚼した。

 瑠奈の悲鳴が響く。

 渚を食べたイービルはその悲鳴を聞き、今度は瑠奈の方を見る――

「ひっ――!」

「瑠奈!!」

 イービルは瑠奈の方へとゆっくりと歩み寄る。

 瑠奈はその場で膝をガクつかせて逃げ出せずにいるようだ。

 このままではもう一人、瑠奈だけはと、

 気づけば美天は瑠奈の方に向かって――

「よせ美天!! 死ぬぞ!!」

「――ッ、離して!!」

 そんな美天の行動を察した昴が、すかさず美天の腕を掴んで引き戻す。

 このままでは瑠奈が犠牲になる。

「離して!!」

「よせ!!」

「嫌だ瑠奈――ッ、瑠奈ぁッ!!」

 美天の絶叫など、イービルには関係ない。

 ただ目前の獲物瑠奈を喰らうのみ。それは刹那の内――

 ――向こうから銃声のような音と共に光弾が放たれ、

 そしてそれはイービルに被弾。

 痛がるようにうめき声を発して瑠奈から離れていく。

「え……?」

 光弾は、美天たちの背後から飛んできたものである。

 そちらのほうに振り向くと、

「あなたは……ッ」

 忘れもしない。

 あの日、美天は彼女に救われたのだから。

 そこに居たのは、ライトマゼンタの色が強いブラウンの長髪をした、ライブギアを纏っていた彼女であった。

 彼女は、白い短剣の様な物をイービルに向けていた。

 突然の襲撃者にイービルは甲高い鳴き声をあげ、今にも麻里亜の方に跳びかかりそうだ。

 が、彼女はその前にイービルの両足に向けて、短剣型のアイテムから光弾を放ち、吹っ飛ばした。

 被弾した下半身は消滅し、どしゃっとその場で倒れ込む。

「――ッ、水樹!」

 その時、瑠奈がイービルの方へ駆けよろうとする。

「瑠奈!!」

 まだいけない。

 今近づかせたら、本当に瑠奈が犠牲になる――

 美天は瑠奈の名を叫んで呼び止めようとした、

 ところで、今度は、瑠奈の足元で炸裂音と共に火花が散った。

「キャッ!」

「まだ近づくな!」

 ライブギアを纏う彼女の警告。

 それと共に、消滅した下半身が変異――

 それはまるで蜘蛛のような胴体が現れ下半身全てが食われ、

 長い八本の蜘蛛脚で地に立ち、

 どこからか発せられているか分からない甲高い鳴き声を上げる。

 すると、蜘蛛の胴体から巨大な顎鋏が生え出し、バシンバシンッと耳障りな音を立てる。

「イヤッ――、そんなッ――!」

 そして瑠奈の方へまた迫り、当の瑠奈本人は逃げ出す事も出来ず、

「――ッ、瑠奈!!」

「あっ」

 とっさ、美天は自分の腕を掴む昴の手を振り払って駆けだした。

「くっ……!」

 光を纏う彼女は鞘を掴み、

 結晶の柄を掴み、

「ハッ!」

 引き抜いた。

 結晶が放つ光が爆発し、光を纏う彼女を包む。

 その光の中――

 両腕にブレードを模したアームが、

 両脚にクリスタルがはめられたレッグアームが装着された。

 頭にクリスタルがはめられた、角を模した様なヘッドギアが装着された。

 そして身に纏われる銀色の戦装束――

 幾重もの黒いラインが走り、

 胴回りを覆うアーマーが纏われ、その鎧に赤い光を放つ肩から肩にかけて長い心臓ハートの形を模したY字型のランプが胸に出現した。

 光がその身に完全に纏わり――

「ゼアァッ!」

 自らを覆う光を払い、美天や七瀬を飛び越え、

 イービルにめがけて跳び蹴りを食らわせた。

 攻撃はイービルの直撃した瞬間、オレンジ色の光が散り、イービルを大きく吹っ飛ばした。

「ハァ……ッ」

 着地したライブギアを纏う彼女は腰を低くして構え、




       10




 麻里亜はイービルと対峙する。

 ここは少し、市街地に近い上民間人が三人。

 もはや、力をセーブして戦っては居られない。

(速攻で片を付ける!)

 麻里亜の纏うライブギアの片腕のアームが光を放ち、それを胸に当て、

「ハッ!」

 力強くその手を下げる。

 と、麻里亜を纏うジェネクスが胸のランプを中心に光の波動を放つ。

 波動を纏い、銀色の戦装束から赤色の戦装束へ。

 胴回りを覆う鎧は両肩にまで伸びる。

 そして、ハート型のランプとは別にその胸の中央に水色のランプが現れ、

 波動を纏うとともに、麻里亜の手には三角形の巨大な刃を伸ばす槍がもたれていた。

「ハッ――!」

 麻里亜はその手に持つ槍の柄にもう片方の腕のアームを当て、

「ハアアァァァ……ッ」

 体を捻り、アームと槍を自分の周囲に円を描くように回し、

 槍を振り払い、

「ゼアアッ!!」

 天を穿つように突きあげる。

 すると、槍のブレードが開きオレンジ色の光の粒子が放出された。

 放出されたオレンジ色の光は暗い夜空を照らし、広がる。

 広がり、麻里亜とイービル、民間人三人を包み込み、


 彼女たちは、その場から消失した――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る