Episode-3 組織‐VEIDO:ヴェイド(A)
1
「あなたの耳にだけ入れておきます」
「ええ……」
窓がない部屋。
その暗闇を照らすのは大量のモニターの光と、彼の周囲で水槽に浮かんでいる無数の結晶の輝き。
水槽に浮かぶ結晶は心臓の鼓動のようにゆっくりと明滅している。
VEIDO-J内では特例でもない限り、レイコネクターである椋良本人と面会できるのは管理官以上の権限を持つ人物のみ。その上、椋良自身がその中で管理官である永平以外への信頼が薄いという事もあって、もはや椋良と直接顔を合わせるのは管理官のみとなっている。椋良からの指示は上や下問わず、立体映像もしくは、永平を通して伝えられるようになっている。
「昨晩、マザー体のイービルが地上に出現しました」
「昨晩? スクランブルは出てませんでしたが」
「必要なかったんです」
「何故?」
「一昨日の晩、立花美天がイービルに襲撃された件を覚えてますか」
「ええ……」
「そして、そのイービルは、何者かによって倒された」
「何者か……?」
永平が椋良の次の発言を伺う様な表情を浮かべ首を傾げる。そして椋良は、そんな永平の表情を見て笑みを浮かべ、
そしてモニターを操作して画面に映されたのはマザー体のイービルが出現していたであろうエリアのマップが表示され、
そして他のモニター一つに、電波の周波数を視覚化したようなグラフが映し出された。
どちらも、過去の記録。その二つの記録は時間経過とともに変化する。
最初は椋良の言う通り、マザー体のイービルが出現したのであろう時間帯。
グラフはそのマザー体の発する振動波が映し出されているようで、マップには出現を知らせるレーダー反応があった。
「これを見せて何を?」
「もうすぐだ……」
「え……?」
もうすぐ。
その時は五秒ほど経ってから。
レーダーには二つ目の反応。
モニターには新たな反応。
「っ……!」
普段冷静でもの落ち着きのある永平が驚愕の表情を浮かべ、動揺によろめきながらもモニターに近づいてくる。その道を開けるように椋良は脇にどく。
「これは……ライブギア……?」
「それも三年前、紛失していたと思われていた、ライブギア第二種。我々VEIDOが、“ジェネクス”と名付けていたものです」
「ジェネクスが……今になって何故……?」
「答えは一つでしょう、管理官」
「二人目の……
「何故?」
「元々は、我々の戦力だったもの。それを、部外者が持つなど……」
永平はモニターから顔を離し、椋良の方を見る。
「それに万が一、あの力が人目に触る場合があってもいけません。こちらで管理したほうが、得策かと思いますが?」
「なるほど……。確かにイービルはもちろんの事、ライブギアの事も一般には公開されてはいけない事実。現に、記憶処理の対象に当たります」
「ならば――」
「しかし、必要ありません。それは」
「え?」
「今はむしろ、彼女自身を自由に泳がせる方が良いのではないでしょうか。もし彼女が我々の側に入ればその分、組織という枠組みに縛られる事になります。今回の件のように、マザーの発見も無かったでしょう」
「ですがそれはたまたま――」
「それに、ジェネクスというのなら、七瀬さんが何を起こすのか想像できない。重要戦力にした結果どちらかが倒れる様な事があってはダメでしょう?」
「…………」
子供っぽい理由だが事情を察することが出来るだけに、それが起こった際の光景が頭に浮かぶ。
「こちらも、彼女と鉢合わせにはならないように作戦を調整します」
「では、この事は……」
「僕と管理官のみで。上層部にも内密に。彼らなら、先ほどあなたが下した判断をしかねないので」
「かしこまりました。では、そのように……」
と、椋良の言葉を了承し、永平はその部屋から出て行こうとする。
その時に端末がコールした。どちらにせよ、椋良の耳に通すのである。その場で立ち止まって、応答した。
「どうした? ――――
ええ、分かりました。では、こちらも向かいます」
通信を切り、椋良の方に振り返る永平。
椋良は永平の返事の内容からなんとなく察しがつき笑顔を浮かべる。
「立花美天が、所定の待ち合わせに向かったようです。私も迎えに行きます」
「分かりました。行ってらっしゃい、管理官」
「では……」
一礼、会釈程度に頭を下げ、部屋を出て行く永平。
部屋の中で一人となった椋良は自分の横で浮かんでいる結晶を見、まるで何かを思い出したかの様に口元で笑みを浮かべ――……。
2
時間は夕刻前。
学校を早退した。
昨日今日なので、担任の教師もすんなりと認めてくれた。今度、瑠奈にノートを映させてもらおうという事になった。
寮に帰って着替え、とりあえず必需品を最低限持って、
「ここらへん……?」
昨日、管理官と呼ばれた男に渡されたインパルスフォーサーの小型モニターに表示されたマップを頼りに、待ち合わせ場所へと向かって行った。
バスや電車を乗り継ぎ徒歩で、美天が辿り着いたのは人っ子一人もいない空き地。
夏が近いというのに地面から生える雑草は枯れ、土も乾ききってて白っぽくなっている。
本当に来るのかと疑ってしまう。そもそも人が通るのかと思ってしまう。だが雨が降って地面が柔らかくなったころに車が通った、タイヤ痕が地面に窪みを作っているため、人は通るのだろう。
目的地には数百メートル先にあるようだが……。
「……?」
その時、背後から車が走る音が聞こえた。
どかなければと、少し開けたところの脇にどく美天。
おそらく、今手にもっているインパルスフォーサーも民間人に見られてはいけないもであろうから、それをポケットにしまう。
通り過ぎたのは、黒いハイエース。
「…………」
あまりにも場違いなその車を見た時、まさかと思った。
その時、車は美天の前方三十メートルで止まる。
やっぱりだと、思った時、助手席のドアが開き黒ずくめの男が一人と女が一人出てくる。男の方は忘れるはずもない。
眼鏡をかけ、白髪のオールバックの紳士のような初老の男。
両手は下げているものの、そのほんの少し笑みを浮かべる表情は、さあこちらへ、と手招かれているように感じる。くるりと後ろに振り向いて逃げてしまおうか、と、恐怖に従いそうだったが、ここまで来てそれでは美天の義理が許すわけがなく、美天は男の方へと向かって行く。
「お待ちしておりました」
美天と男、互い面向かう。
「ではお車の中へ」
後部座席のドアは開いており、男はそちらのほうを指す。美天は示されるままに車の中へと入っていく。
車の後部座席にはもう一人、黒ずくめの男が乗っており、一瞬気圧されて立ちすくんだ。
「さあ」
と、女性に言われて車の中に乗る。
美天が座席に座ると真ん中に挟むようにその後ろから車に乗り込む女性。
助手席に管理官と呼ばれた男が座り、車は走り始めた。
車が空き地から出る。
「ちょっと、失礼……」
「え?」
隣に座る女性に肩を叩かれてそちらへと振り向く、
と、ピィーンという電子音が聞こえ、目が女性の手に覆われた。
「え……っ?」
女性の手が離れたのだろう。
だが、美天の視界は依然として閉ざされたままだった。
何かされたのか。美天はとっさに自分の目元を触ってみる。目を覆うアタッチメントが取り付けられているようで、それが視界を閉ざしているようだ。
「なんで、どうして!?」
「まだあなたがVEIDOに入るとは決まっていません。こちらとしても、今のあなたには必要最小限の情報のみしか開示したくない」
「でも、私が来たから――」
「そんな軽率な判断でこちらの誘いに乗った、という風にはしたくありません。詳細は追って説明すると言ったはずです、私は。まずはVEIDOの事を良く知ってから、判断してください」
「…………」
イービルと出会い、この星を守らないかと誘われ、
勧誘するのならばこれ以上の言葉は必要なかったはずだ。だがどうも、彼らは躊躇わせる言葉を発する。
美天を組織に加えたいという意思が見られるが、それにしては消極的な態度も見える。
「こちらはただ、“入らない”という選択肢を消したくないだけなのです。飽く迄フェアな状況で考えていただきたい」
まるで美天のそんな考えを見透かした彼のように、管理官と呼ばれた男が言う。
「フェアな状況?」
「ええ。なので、我々の拠点に着くまで、しばらくの間辛抱していてください」
「…………」
美天は股下で手組み、まるで小動物の様に後部座席の真ん中で縮こまる。
何をされるわけもないだろうが、視界を閉じられて逃げ道を塞がれた状態になって、美天は今後悔した。
一体これから何時間この状態でいなければならないのだろうか。
震える自分の呼吸が直に聞こえる。それが尚一層、居心地を悪く思わせた。
「あ……あの……」
「はい、何でしょうか?」
黙っていては居心地は悪くなっていく一方であった。だから何かを話さねばと、美天は口を開いた。そんな心情を察してか、管理官の男がその美天の声に応える。
「聞きたい事……あるんですけど……」
「今でなければなりませんか?」
「いや、えと……。今、ふと思ったんです……」
「それは?」
「イービルって、何なんですか?」
「先日言った通り、悪異性体。即ち我々人類延いては、地球全土に存在する生命にとっての絶対悪と呼べる存在。イービル自体が害を及ぼし、それに飽き足らずそこにいるだけで周囲の生態系へ悪影響を与える存在です」
「えっと。そういうのじゃなくて……」
「では、何と?」
問いただされ、ふと、脳裏に焼き付いていた異形が閉ざされた視界の中に現れる。
ふと、油断の隙に現れる。それはまるで、元からいるべきものがいたように思えて――
「あれは、いつからいるんですか?」
「いつから?」
まるで、世界にいる事が当然であるかの存在のように。
それは自然に存在する命の連鎖に組み込まれていたかのようであった。
管理官の男に問い返され、美天はコクリとうなずく。
一拍、考え込む管理官の男。言ってもいいのか考えているのだろう。
「あなたが生まれる前――」
もう一拍、管理官の男が発した言葉であった。
「宇宙がある落とし物をしました。それは日本に落ち、東京は壊滅。当時刻に居たであろう民間人の六割以上がその落下の際の衝撃波の犠牲となり、生存者の中にも、放射線被爆に今なお苦しんでいる人が多数います。ご存知ですよね?」
「スペースフォール…………」
それは、二〇年前に起きた隕石の落下による大災害。
美天はまだ生まれていなかったのでその当時の事は授業の中でしか知ることは無い。
二〇年前の夏、東京周辺の他府県からの通勤者も多い朝刻、太陽を背に、もう一つの太陽が落ちて来た。
落ちたのは東京の新宿駅周辺。
避難する暇も無かった。
それほど大きな石でもなかったというのに、それは一撃で東京を壊滅周辺他府県にも被害を与えたのだ。
情報網は混乱し、首都機能は完全停止。しばらくの間、候補にあった愛知の名古屋に映されていた。
その日、宇宙が堕ちた――スペースフォールと名付けられる日となった。
しばらくして初めて東京の惨状が公開されたとき、ネット上や週刊誌では「ゴジラが出た!?」等と言われていたらしい。二〇年後の今となっては各同盟国の協力もあって復興も進み、首都機能も東京に戻ってきている。
「よくご存じで」
「授業でやってたから」
「ええ、でしょうね。今では世界史、日本史の教科書に載る出来事です。名前ぐらいは聞いたことはあるでしょう」
「それが、どうかしたんですか……」
「スペースフォール。それは、宇宙が堕ちた日。落下してきた隕石はVEIDOの前身となる研究所へと回収され解析されました。その結果、隕石からはある特定の周波数の振動波が発せられていました。以前あなたに行った検査ですが……」
「…………?」
「あれは、あなたからその振動波が発せられていたからなのです」
「それがどうしたんですか?」
「その振動波は一種のウイルスのような働きをし、ある種にはセンサーとなる働きとなり、ある種には変異を起こす」
「変異…………ッ」
美天は思い浮かべる。
イービルの姿を再び。あれはまるで植物をもしたようであった事を思い出す。
「気づきましたか。イービルとは、隕石から発せられていた振動波によって変異した、地球上の生物」
「ま、待ってください……ッ、もしかしてあの時私、放っておかれてたら――ッ!?」
「しかし、我々人間のような高度な知性体がイービルに変異する事例は極々稀でしょう。出現した数百万という種の中で、人間が変異して出現していたであろうイービルは、未だ片手の指で数えられる程度。ほぼ全ての場合は、センサーの役割になります」
「センサー?」
「イービルが獲物を捕食し損ねた場合、イービルはその対象に振動波を発せさせ、見つけやすくさせているのです。先ほども言ったとおり、その振動波はウイルスのような働きもあるため、あなたが近づいた人間たちにも感染しその者達も真っ先に捕食対象となる」
「じゃあ、あの時私が瑠奈の所に帰ってたら……」
「彼女だけではありません。あなたの学校のクラスメイト、友人達、そしてあなたの大切な彼も、捕食対象となっていたことでしょう」
最悪な場合のもしもを考えると、身が震える。
頭から足の指先まで、まるで凍えているかのように、血の気がスッと引いていた。
「ですが、それは本当の一般人のみの場合です」
「え?」
「あなたの場合、その振動波に対して強い耐性を持っている」
「耐性?」
「振動波に感染したとしても、体質でそれを自身の体質で打ち消すことが出来る体なのです、あなたは。これはあなただけでなく、VEIDOの組織員全員がその素質を持っている。先も言った、検査でこの事が判明しました」
「じゃあ、私を誘ったのは……」
「あなたにはイービルと相見える素質を持っている。力を持てばあなたはむしろ、我々のようにイービル達にとっては脅威となるでしょう」
「…………」
敵の脅威とは味方の力という事。
この時、誰かのためになれるのなら頑張ってみるのもいいかなと美天の心は確かに
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