Episode-2 悪異性体‐Evil:イービル(C)
9
夕方、美天は退院した。
空は赤味を帯び、初夏の暑さ満ちる外気にも涼しい風がそよりと吹く。
着替えは昼食の後に瑠奈が持ってきてくれてそのついでに荷物の方も寮へと持ち帰っていった。それからしばらくして、昴は美天を送る形で共に病院から出た。
が……。
「どうした? 美天」
「え……?」
「朝から変だぞ、お前」
昴は気づいていた。朝から――正確には、診察を受けた後から、美天の気がどこかお留守になる事がある。上の空になって、ぼーとして意識がどこかへと行ってしまう事が多いようだ。今になっても昴と微妙な距離感を保つようにして肌が絶対に触れあうことのないように歩いている。
「大丈夫か?」
「あ、や……っ、何でもないよ!? なーに考えてるのかなぁ、私!」
美天は誤魔化す。どうやら何か考え事をしていたようで、その「何か」を悟られないように必死で誤魔化そうとしている事が分かる。
「もしかして、何か重病だったのか?」
「いや違うってそんな訳ないじゃん。私がだよ!?」
「…………」
こう、「Areと聞かれたらNoと即答する」というようになる辺り、よっぽど追及されたくないようだ。こうも壁を設けられるとどう聞いても、もはや答えなど得られはしない。
ならば聞くことは無い。
それはきっと、いつか美天自身が教えてくれる事であるからだ。
「美天」
「ん……?」
だからせめてと、
「無茶はするなよ? 抱えきれなくなったらその分だけ、俺も背負って、考えてやる」
「…………ッ」
昴は手を差し伸べておく。
その時ふと、美天は口を開いた、
――が、声が発せられる前に噤んだ。だがその後、美天はようやく表情を崩す様に笑みを浮かべ、
「うん、分かってる」
胸の内に秘める言葉の代わりに出て来たその言葉は、ただ頷きの言葉のみ。
しかし先ほどまでの張り詰めていた気持ちは緩んだようで、先ほどまで頑なに昴と肌を付ける事すらも拒否していた状態から変わって、昴の手を自分から繋いできた。
「ん?」
「お腹空いちゃった! 奢ってよ、昴君」
「病人だっただろ、お前」
「退院したからいいんだよー」
昴が逃げ出さないように、美天は握った手を両手で掴み、引っ張って連れて行った。
10
日が落ち行く森の中。
その中で、光は次第に輝きを増す。
昨日倒したイービル。それを生み出す者が近づいていると告げている様に。
「……ッ」
レジャー施設から少し離れた森林の中にあるゴミ集積場――腐臭放たれるその場に潜む存在。
その存在の飲まれる者達が声を上げる。
それは明らかに人間の――否、人間だったものの声。
喰われ、それでも尚死ねず、
助けか、
止めか、
その声が求める物は、もはや分からない。だが、そのうちの「助ける」という選択肢は、もはや不可能だった。
「すまない。私には、もう……ッ!」
もはや、楽にするほかないと、麻里亜は声を震わせる。
麻里亜が懐から取り出したのは、光。
鞘に納められた結晶からは銀色味を帯びた虹色の光が鼓動の様に発せられ、隙間から漏れ出す。
「――ッ!?」
瞬間、甲高い異形の咆哮が響き、地が爆発する。
廃棄物は完全に跡形もなく消し飛び、
爆音のなかに人間だったものの呻き声は消滅した。
地から這い出た者――
その姿は、昨日倒した植物型のイービルの姿をさらに醜悪にした姿。
目や鼻といった顔のパーツがどこにも見当たらないのは昨日と同じだが、体を形作る植物の
「ダ……ダズ……げ……っ」
イービルの姿をその目に捉えた時、その体内から明確に人の物であるとギリギリ分かる声が聞こえた
「……ッ!?」
だが、麻里亜はイービルの体のどこに人間がいるのか分からない。
そんな事をしている間に、声は途絶え、イービルの体の一部がうごめく。
同時、
ぐちゃり、と――
骨肉が潰れる音が聞こえ、
くちゃくちゃ、と――
咀嚼する音が聞こえた。
「なっ……」
体内に取り込んでいた人間が今、食べられた。
その人間がよほどおいしかったのか、歓喜の吠えをするイービル。すると、麻里亜の周囲の地面から植物の蔦が生え出し、それがいずれ、異形と化す。
「くっ……!」
麻里亜の胸の内に溜まる怒りに応え、その手に持つ光が輝きを増す。
鞘を掴み、
結晶の柄を掴み、
「うぉおおおおッ!!」
怒りの咆哮を上げ、麻里亜は結晶を引き抜いた。
結晶が放つ光が爆発し、麻里亜を包む。
その光の中――
両腕にブレードを模したアームが、
両脚にクリスタルがはめられたレッグアームが装着された。
頭にクリスタルがはめられた、角を模した様なヘッドギアが装着された。
そして身に纏われる銀色の戦装束――
幾重もの黒いラインが走り、
胴回りを覆う
光がその身に完全に纏わる。
「ハァ……ッ」
腰を低くして、構える――麻里亜、イービルと対峙する。
11
強大なイービル振動波の反応が探知された。
これは、マザーとなっていたイービルの反応だ。一体何に引っ張られて出現したのか。理由はその間近で検出されているもう一つの振動波の反応。
イービルが放つ物とは真逆の方向を示す波形。
「やはり君か……」
椋良閉じていた瞼を開き、モニターをその目に捉える。
「感謝するよ。君のおかげで、こちらの作戦が上手くいきそうだ」
そのモニターに映る、イービルとは真逆の振動波を発する者。
目の前にはいないがそこにいるかのようにモニターに笑みを向ける。
「けど……」
おそらく、彼女はこれ以上の悲劇を生み出されないため、決着を付けようとしているはずだ。だが――
「今の君じゃそいつはまだ、きっと倒せないよ」
12
「ハッ!――」
迫りくる分身体を光刃で一撃で葬り去る麻里亜。
その隙に、イービルの本体が攻撃を仕掛けようと――
「……ッ、
ハアッ!」
敵の攻撃がこちらへと完全に向けられるその前に、
麻里亜は間合いを詰め込み一撃を加える。
顔面であろう花輪に拳撃を一撃加える。
イービルはその一撃に体勢を崩し、
「デアッ!」
顔面が向けられた先にさらに一撃加える。
完全に体勢が崩れるイービル。
「――ッ!
ゼァァア――ッ」
そのイービルの胴体を捉え、自分の身の丈を遥かに超える大きさをもつ体躯を持ち上げた麻里亜は山積みとなっている廃材に向かって投げ飛ばした。
廃材に全身を強烈に打ちつけ、
さらには自身の体重がそのままダメージとなり、イービルは悲鳴を上げて起き上がるのにも少々の時間を要する様――
麻里亜はさらに追撃を加えようと足を踏み出す――
「――ッ!」
時、肩から肘にかけて、
足首から膝下にかけて、何かが巻き付いた。
もちろん、それは先ほどイービルが呼び出した分身の伸ばす蔓である。
追撃はさせないと伸ばしたのか――それともイービルが分身に指令したのか。
どちらにせよ、このままであると好機を逃す。こうしてる間にも、イービルは立ち上がって反撃に転じようとしているのだ。
「チッ、小癪なッ――」
麻里亜は両腕のアームを交差させ、光を溜め込む――
「ハッ!」
そして拘束されていない方の腕を払う。
と、空を払う手をなぞるように光刃が描かれ、放たれる。
光刃は麻里亜の足を掴む蔓を裂き、地に当たって消滅する。
体の一部が切られ、悲痛を上げる分身体。
その間にも、本体が反撃に入ろうとしている。
もはや片腕に巻かれている蔓まで何とかする暇はない。
「――ッ、ハァァアアッ――」
麻里亜はもう片方の手で蔓を掴み、引っ張る。
分身体の体は地に根を張っているようでそこから頑として動くことはない、が――
それは人間であればの話。
光を纏った麻里亜が引っ張るとパワーに負け、
地面から根が引きづり出され、
「デアアアァッ!」
その蔓を両手で持って分身体をぶん回し、
本体にぶつけた。
生き物の体同士がぶつかったものとは思えない音が響く。
本体は大きく怯むだけだが、分身体の方はあまりの衝撃でもはや原型が分からない程にぐしゃぐしゃになっている。
「……ッ、ハッ!」
その分身体が再生をしてしまう前に止め、
先ほどと同じモーションで光刃を放つ。
着弾し、分身体の身は裂かれ――
唸り声のような断末魔を上げ、青白い粒子となって消滅した。
そして本体――
「――ッ!?」
意識をそちらに振り向けた時には、
太い蔓による、弾丸よりも早い刺突が麻里亜の身を穿つ――
「クッ!」
その攻撃を寸での所で身躱し、
今度は逃げられぬように伸ばされた蔓を掴み、
「――ッ」
イービルを引っ張り込む。
勢いよく引っ張られたもので、完全に体勢を崩され、
麻里亜の方に引き寄せられるイービル――
「ゼアァッ!!」
攻撃範囲に入るや否や、
麻里亜はイービルの顔面に回し蹴りを食らわし、地面にたたき伏せる。
地に伏せるイービルへとさらなる追撃を与えるために、馬乗りになり、
「ハッ――!
セアッ!――」
拳を何度も、
手刀を何度もイービルに振り下ろす――
その際の一撃がイービルの花輪を吹っ飛ばした――
「――ッ!?」
時、切断面から花粉を思わせる粉末が噴き出し、麻里亜の視界を塞いだ。
「クッ……!」
すぐさまその花粉を浴びないよう飛びのく――
瞬間、粉末の中に紛れたイービルが反撃に転じる。
空を薙ぎ、麻里亜の胴体を叩く伏せにくる蔓の鞭。
「……ッ!」
その鞭撃を腕で防ぐ麻里亜。
次撃、
攻撃を防いだ際にほんの少し体勢が崩れたその隙に放たれた刺突、
「クッ――!」
その一撃を何とかはじくも、体を掠める。
痛覚で自然と意識はそちらへと向かってしまう――
意識がイービルから外れた。
その刹那に、
「ウグッ――」
今度は麻里亜が取り押さえられた。
麻里亜の首が蔦によって強固にまかれ、締め付けられる。
「クッ、は――ッ」
蔦を掴んで引きちぎろうにも呼吸が出来ないのでは力も込められない。
尚も、抵抗しようとする麻里亜。
その時、蔓が火花を散らし、麻里亜の身を焼く。
「ウッ、ァ、がッ――!」
ただでさえ削られつつある意識が、それ以上に早く堕ちそうになる。
「くっ……ぅ……!」
視界が赤黒く染まって、意識が沈む――
限界となったその時、腕のアームが光を放つ。
「……ッ! がぁッ!」
考えるよりも先に体が動く。
その放たれた光は刃の様――
麻里亜はその纏われた光の刃で首を絞める蔓を切り裂いた。
バキリッという木の幹を斬るような音と共に、
一閃に切断され、麻里亜への戒めは解かれる。
体の一部を切断され、驚愕と痛みで叫ぶイービルは数歩退く。
「クッ……!」
自分の首に巻き付いている蔦を払い飛ばし、呼吸を整える麻里亜。
そしてイービルを見る。
反撃に転じられるまで何秒か。
その前に、勝負を決めてしまう――。
「――ッ、
ハァァアアッ――」
両腕のアームを眼前で交差させ、力を溜め込む。
アームに青白い火花が散り、光が増していく。
そして、それが極まると今度は両腕をを片方の腰に引き寄せ、
「――ッ!」
それは居合抜きの動きに似たようで、
光が片腕に全て映るや否や、片腕を引き抜き、
「ハアッ!」
引き抜いた腕を――
握られた拳をイービルにめがけて突いた。
すると、アームに纏われた光が拳へと伝わり、
光線が撃ち出された。
空を裂く銀色味を帯びる青白い光線はイービルの体を深く穿ち、
本体を覆い隠す蔓や蔦の鎧が焼け落ちてゆき――
爆発した。
爆音と爆炎でイービルの姿はその中に消え、麻里亜からはその姿が捉えられない。
それらはほんの数秒で治まり、静寂の闇が帰る。
常人ならば倒したと、‟錯覚”する。
「ッ……」
思わず麻里亜は膝を地に着ける。
体力の限界か、それとも時間切れか。
麻里亜の身に纏われていた光が消え、
また元の形の結晶へと戻って鞘に収り、麻里亜の手に持たれていた。
「仕留め損なったか……ッ!」
暗闇の中、見えずとも聞こえる。
イービルがうごめく音が。
どうやら麻里亜の放った光線が爆破したのはビーストの外皮であったらしい。直撃した瞬間、外皮だけを脱ぎ、自分だけは地中へと潜ったようだ。
「クッ……」
直に追わねばならない。
止めを刺さなければ――
「くそ……っ」
だが、その手に持つ光は輝かない。
もはや、今の麻里亜がイービルに迫ったところで食われるだけ。
麻里亜は、憤りとイラつきを沈めるために天に祈りをささげるように見上げ、瞼を閉じる。
見上げた空は、闇だった。
13
「上出来だ……」
今頃、倒し切れなかったと悔やんでいるだろうが、
確かに、椋良はマザーを捉えた。
もはや囮など、回りくどい方法など用いる必要もない。
椋良にとっては作戦の遂行よりも、今はマザーを退けるにまで至った光の力に興味が持っていかれていた。
想定以上にダメージが与えられているようで、こちらから出向くことが無い限りマザーは地上に出てくることは無いだろう。
最も、分身体はこれからも生み出されるので周辺に来た人間は犠牲になるだろうが、マザーが地上に現れて災厄の被害を招くよりかは幾分かマシになる。
後は、自分たちの仕事。
椋良はモニターに向かって口元で笑みを浮かべ、
「感謝するよ……まさか、ここまでとは」
その光の名を口にする。
「ジェネクス……。また頼むよ」
to be continued...
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