Episode-2 悪異性体‐Evil:イービル(A)

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 現場に突入したころ、そこにイービル等いなかった。

 ヘルメットのARモニターでも、イービルを捉えられない。もちろん、イービルが発するイービル振動波も検知できない。

「イービルなんていないじゃないか」

 フェイスガードを上げ、三守は言葉をこぼす。

「CIC、イービルが確認できない。そちらで捉えられないですか?」

『イービルはつい先ほど、二キロメートル離れている山道にて完全消滅しました』

「完全消滅? 誰かが先に倒したと?」

『はい。消滅した現場にて、民間人一名が意識を失っている状態です。速やかに保護してください』

「一体誰が倒したと――っ」

 三守のその問いかけもむなしく、

 無線先にいた薫は通信を切断。答えは得られないままであった。無線の通信権限が完全に向こうに握られている以上、相手に都合の悪い問いの答えは得られない。

 今に始まった事では無い。

 三守は小さく溜め息を吐き、椋良の指示通り、NWCの他の隊員とアイコンタクトを合わせて頷きあい、四人はレジャー施設敷地を抜け、山道へと出る。

 日も落ちれば道は空けようとも暗いのは変わらない。

 よもや、以前液状型ジードタイプイービルが出現した地点である場所に訪れる事になるとは。

 ナメクジを模した巨大な生物が一般人に与える恐怖は計り知れない。

 ARモニターで暗視センサーをONにし、周囲を見渡す。

「民間人発見!」

 山道で気を失っているという民間人をいち早く見つけた杉下がそちらの方へと駆けていく。

 杉下が向かった方を見ると、確かに一人、年が一五、六程の茶髪の少女が山道で倒れている。

「おい、大丈夫か? おい」

 と、杉下が少女の体を揺すり、起こそうとする。も、当の少女本人は一向に目を覚まさない。

 杉下はその様子を怪しく思い、少女の首筋を触る。

「まさか……」

「いえ、命は大丈夫です。眠りが深いんでしょう」

 ARモニターを通して、少女の体を解析する。イービルにおそわれているとすれば、おそらく――

「……感染している」

 イービルが体から常に発するイービル振動波。

 振動波というが、これはウイルスに近い。この少女はその振動波に感染している。つまり、イービル振動波が彼女の体からも発せられているのだ。もしこのまま病院に送って町中に放ってしまったら振動波に釣られてその周辺にイービルが出現しかねない。

「CIC。一般人を発見。ただ、イービル振動波に感染している。指示を仰ぎたい」

『担当班がもうすぐそちらに到着します。NWCは、民間人の保護を。もしかしたら、その民間人から発せられているイービル振動波によって、またイービルが出現するかもしれませんから』

「了解」

 通信終了。

 椋良の指示通り、NWCは周囲の警戒を解くことなくイービルの出現にそなえていた。

 とりあえず、

 三守は少女の体についている蔦を引きはがして地面に投げ捨て、それに向けて小型の特殊拳銃――セライヴィムシューターで撃ちぬいた。

 普通ならば粉々に砕けるか、燃え尽きるか、だが――

 その蔦はイービルが消滅するように青白い光の粒子となって消滅した。




       2




「ようこそ。君が二人目だ」

 椋良はモニターにとらえた、銀の装束を纏う少女に向けてその言葉を与えた。

 口元で微かに笑みを浮かべながらモニターを切った。




       3





 意識が戻ったとき、最初に聞こえたのは心電図の音。

 病院に運ばれたのかと思い、辺りを見回そうと瞼を空ける美天。

 開けたはずだというのに、以前、視界は黒に閉じられている。

(あれ……何で……)

 自分の瞼を触ろうと体を動かそうと―-

「……ッ!?」

 そして気づいた、体が拘束されていると。

 無理のない体勢になるように寝そべった状態で両手首足首、腰と両膝両肘それぞれに拘束用のベルトがつけられているようだ。一切の身じろぎが許されない。

 視界が閉じられているのは、目隠しをされているからだ。

 色々な声と音が耳に入る。

 専門用語だろう。美天には何一つ言葉の意味が理解できなかった。

「お目覚めですか?」

 その時、美天の耳に入ったのは紳士を思わせる男の声。

「申し訳ありません。機密事項に触れるもので……。少し窮屈かもしれません」

「機密事項って何ですか。ここどこですかっ、何してるんですか……っ!?」

 恐怖で声がまともに出ない。その声自体も震えていて言葉すら、まともに発せられない。そんな美天の問いかけにたいして、男の声はなおも変わらない調子で余裕のある様子で答える。

「検査と、処置です。ご心配なく、もうじき済みます」

「検査と処置……? 何の?」

「それは、明かせません」

 それも機密事項か。

 確かに教えられるものならば、わざわざ目隠しなどすることがない。だが、突然検査だ処置だのと言われ、且つ、体が拘束されているのでは「ご心配なく」という言葉が信用できない上、さらに不安を煽る事になる。

「んっ……くっ、んぅっ――!」

 何とか脱せないかと美天は体を動かすが、節々の固定が解けない程にキツく、ただの徒労となる。

「管理官、こちらが……」

 先ほどから話しているいる男のふむと言う声が聞こえしばらく間が空く。

「あの方に報告を」

「はい」

 そんなやり取りの後、

「お疲れ様です。検査は全て無事に終わりました。後は、最後の処置だけさせていただきます」

「処置って何ですか……?」

 そんな、美天の問いかけを聞いてか聞かずか、答えない男。

 だがその問いの答えを示すかのような、キィーンと言う機械の音が聞こえ、

「お願いですから、私を帰らせてッ。何でこんなことするんですか! お願いだから――ッ――!」

「怖がる必要はありません。ほんの少し眠っていただくだけです。目を覚ませば、いつもの日常に戻れます」

 そんな事を言う男の言葉の中、

 機械の音が徐々に耳元までに聞こえてくる。

 首元に刺される――。

「待って……止めて、お願い――ッ、ンク……ッ」

 美天の言葉が最後まで続くことは無く、機械を首元に刺され、痛みもなく美天の意識は落ちた。




       4




 そろそろ帰ってくる頃だと思い、瑠奈は夕食の用意にいそしんでいた。

 時刻はもう八時を回った頃。だが、一向に帰ってくる気配がない。寮に帰ってくる前には連絡をすると言っていたが――

「ん……?」

 そう考えていた頃に、瑠奈の携帯に着信が入った。着信音からして美天の携帯からだ。やっとかと思い、瑠奈は携帯の着信に出る。

「もしもし? 美天遅いよ――」

『あの、菱宮瑠奈様でいらっしゃいますか?』

「え……? あ、はい」

 だが、電話口から聞こえた声は美天ではない。聞き知らぬ女性だ。

「あの、どちらさまですか?」

『私、東都医大病院の者です。立花美天さまについての事なのですが――』

 その要件を聞いている内、瑠奈は不安で胸が締め付けられていく。

 とりあえず、火器電気を消し、早々に身支度をして寮を出て行った。




       5




 立花美天。

 彼女の身分証明書から、名前が分かった。

「…………っ」

 その彼女の経歴、生まれ、両親。全て文面で見られる過去を見た時、椋良は驚き、そして連れてこられた運命に、祝福の意を込めて――

『レイコネクター』

 薫のいる部屋に通信が入る。

 モニターはその通信先へと移り変わる。

「お疲れ様です管理官」

 モニターに映されたたのは検査室。そこに一人立つのは銀のオールバックで眼鏡をかけた黒ずくめの紳士を思わせる男。

『先ほどの彼女には、いつものように記憶処理を施し、都内の病院へ移しました』

「分かりました。では後日、またその記憶を戻しておいてください」

『え?』

「彼女の身柄は、VEIDO-Jが引き受ける事になります」

『そんな……っ」

「彼女のイービル振動波に対しての高い耐性ならば、十分に任を全うすることは可能です」

『だとしても、彼女は若すぎる。まだ高校生です。お言葉ですが、彼女にはこちら側の人間になるには、あまりにも幼すぎると。あなたが言うからには何か理由があるのでしょう』

「その理由が大事ですが、それは後程。管理官、とりあえずはこちらの指示に従ってください」

『…………。分かりました、では、明日にでも』

「お願いします」

 通信が切れ、モニターも元の画像へと切り替わる。

「ようこそ……」

 椋良は口元に笑みを浮かべ、一人口から漏らす。


「皆、君を待っていた」

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