Episode-1 夜業‐Worker:ワーカー(C)
7
日が一回り――
山道内のバス停を降り、校外学習に行く事になる都内某所のレジャー施設へと向かって行く美天。
昨日はデート日よりの晴れであったが、今日は曇り。
山道、森林内なので薄暗く日中であるというのに不穏な空気を醸し出す。
それが道中のみならばただの気のせいだったのだ。
この不穏な空気が気のせいじゃないと思うようになったのは、施設のセンター館内に入った頃であった。
「あの、すいませーん!」
ロビーに人が一人もいないのだ。
明りはついている。が、人がいた痕跡がない。
学校が事前に連絡を入れていたし、美天自身も事前に日にちと時間まで指定してその時間帯に人がいるようにすると答えてくれた。
忘れているのか。
「すいませーん! この前連絡した立花です、誰かいませんかー!」
ロビー内に響く、美天一人の声。
その声に、誰も答えない。
忘れていたとしても、本当に誰もいないのはまたおかしい。待っていれば来るのだろうか。とりあえずロビーにあるカフェの席に着く。
「本当に誰もいないんだ……」
カフェのカウンターにも人がいない。注文を頼もうにもこれでは出来ないので暇つぶしにもならないものだ。
無音無風そして無味だ。
ぽつんと独り、美天がいるだけ。
「はぁ……これなら無理にでも昴君連れてくるんだったかなぁ……」
と自分の口から思わぬ言葉が漏れ出してハッとし首を横に振る。
「いやいや、夏休み会えなくなるのはヤダ。でも一人で来るんじゃなかったなぁ……」
机に突っ伏してブツクサ呟く。昴がダメならば瑠奈を連れてこれば良かった。何故連れてこなかったのだろうかと、今更ながら後悔する。
目を瞑って、
ここで待っていれば誰かいつか来るはず――――…………
――――――――――――
「はっ……!?」
気づいたら日没である。
目を瞑ったらそのまま眠りに落ちていたようだ。何故だろうか。この館内が甘ったるい匂いに満たされている様に感じる。鼻に突く程、吸ったらクラっとするほど強い。
「ん、んん……」
起き上がりたいがどうも頭がクラリとして、
(もう少し寝ててもいいよね……)
館の明り自体はついている。営業自体はしている。閉館時間までには起こしに来てくれる――――
「……?」
はずだと思ったその時、足に何かにしがみ付かれた。リスか何かの小動物かと思い、その足を見る。
「――ッ!」
そもそも屋内に動物が入り込むわけがなかった。
美天の足にしがみ付く――絡みつく物は、植物の
細い蔦の束が、まるで生きているかのように美天の足を捕まえようとしていた。
「何っ? 何これっ――!」
とっさに立ち上がって足に絡みつく蔦を蹴り切る。だがそれでも尚獲物を逃さぬと美天へと迫る。
恐怖で後ずさり、その蔦の追走から逃れようとする。
と、
ロビー奥の廊下の暗がりの中、うごめく影が現れた。
「何……あれ……っ?」
その美天の問いの答える者はいない。否、他に人がいたとしても答えられるものがいるはずもない。
獣の声を出しながらこちらに寄ってくる影の者は、大きさが二メートルほどもある異形の獣。
体全体が植物のような物に覆われており、実体が見えない。頭部と思われる部分は枯れたり咲いたりを繰り返す向日葵を模しているようで、動物にあるであろう目鼻口耳といったパーツが見られない。一体何で周囲を見ているのか――
枯れた花が咲く。
獲物を見つけたと、甲高い鳴き声を上げ、美天へと迫ってくる。
「ヒッ――!?」
すぐさま美天は出入口を駆け、センターから出て行く――
「くッ……何で! 開いてよ!!」
何故出入口の手動のガラスドアが開かないか。
出入口のドアと地面が大量の蔦によって固定されてしまっているからだ。
頭が恐怖でパニックになってそれに気づかない。押したり引いたり、果てはスライドさせようとしてみたり――
当然、開くわけもなく、異形の者は美天の目前へとせまる。
「――ッ!?」
振り上げられた太いツル。
ギギギッとしなり今まさに振り下ろされようとしている。
その一撃を受けてはいけない。人間の身など砕けるに決まっている。
「おわッ!?」
振り下ろされた瞬間、美天は飛びのく。
普通の生活の中では決して聞くことは無いだろう爆音と衝撃に身を打たれよけた後も立ち上がるまで少し時間がかかる。
「う、ぐぅ……っ!」
砂埃が立ち、一瞬爆ぜた周囲が見えなくなる。
が、それは一時の暇。
「出口が――ッ」
さっきの一撃で出入口のガラスドアが割れ、外への道が開けていた。
逃げられる。
だがそのためにはこの異形の物の脇をくぐっていかなければならない。捕まったら死ぬ。脱出の失敗は即ち
美天は深呼吸する。
意を決するしかない。このままここに居ても死ぬ。
その隙、異形の者は極太のツルを薙ぐ。
「うわっ――!?」
跳びあがって躱し、俯けに倒れ込む着地――
さらにもう一撃、振り下ろされる。
「おわわっ!?
――ッ!」
身を転がし、咄嗟にかわす。
その時隙が生まれる。逃げ出すチャンスは今。好機を
「――ッ! うぉおおおおおっ!!! ――!!」
もしかしたらなどと言う余念は消し飛ばし、
美天は異形の物の方へ――出入口の方へと駆け走っていく。
脇を通り過ぎ、外に足を踏み出して逃げ出す。
「うぐッ!」
その時、先ほど振るっていたツルとは別のツルを突き、美天の脇腹を掠る。
服が切り裂かれ、ツーと血が垂れる。
だが傷口を押さえている暇はない。
「――ッ!?」
異形の者は逃がさぬと出入口をくぐり、美天の方へと追い、駆ける。
8
ソレは、光を放つ――。
麻里亜は光を放つそれを手に持った。
光を放っているのは鞘に納められている結晶。
「何を求めている、この私に」
光に問う。
「お前は……」
だがそれが言葉を発することは無い。ただ、輝く。
滅さなければならない悪がいる。
「――ッ」
それだけは間違いないのだ。
「ハッ――!」
鞘から結晶を引き抜く。
鼓動の様に刻む光はさらに、輝きを強くする――空の中に光の尾が引かれる。
上に掲げる。
森の中に赤白い光の粒子が飛び散り、
――光が今、麻里亜の身に纏われる
9
森が空け、山道に出てもなお追いかけてくる異形の物。
そろそろスタミナがキツイ。
息も激しく切れ足が止まってしまう。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
だがダメだ。止まると死ぬ。追い込むために自分の心に告げるのではなくそれが事実起きてしまうと脅迫する。
疲れがたまってもはや力は残っていない。
が、恐怖が無くなった力をさらに振り絞る。最後の一滴となる瞬間まで。
「うわっ!」
何もないところで躓き、倒れてしまった美天。
「あっ……う……っ」
立ち上がろうと山道のガードレールに手をかけ腰を上げる、も、二足で立ちあがれない。自分で立つことすら出来ない程に消耗しきったスタミナ。
異形の者はそんな美天の様子など構うことなく、迫り、体からツルを伸ばして、
「――っ!」
美天の胴に撒きつけ今度こそ捕まえる。
死が、美天の首を掴んだ瞬間だった。
異形の者は笑い声をあげるように鳴き、引き込もうとする。
「――っ、くっ――!」
美天はガードレールにしがみ付き絶対にその場から動かないと抗う。
が、腕力が徐々に削られると次第にずるずるとガードレールから腕が外れていく
抵抗など無駄である。
人の力ではあまりにも弱すぎる。
だが、
「諦めない――ッ! 絶対に諦めてたまるか――ッ!!」
「諦めるな」という、
それはかつての父が遺した最期の直での肉声――遺言、
どんな心が折れようとも、最後の一歩は下がらない。恐怖を噛み殺し、抗う。
絶望に、
死に抗い、生まれた数秒――
光が絶望を滅すには十分だった。
薄暗くなっていた空が赤く照らされる。
「えっ? ――」
瞬間、赤い光の塊が落下し異形の物を穿つ。
異形の物の断末魔。
光は異形の物を一撃で消滅させ、そして赤い光が払われる。
拘束から解かれ、美天は地面に伏す。
「……何?」
払われた光の中、姿を現したのは人であった。
ライトマゼンタの色が強いブラウンの長髪をした少女。
その身に纏っているのは幾つもの黒いラインが走り、横に長いハートの形を模したY状の赤いランプがある銀色の装束。まるで特撮のスーパーヒロインがそのまま出て来たような恰好だ。
黒いラインから赤い光が漏れ出しているようで未だその装束は赤みを帯びている様に見える。
拳を叩きつけたような体勢から立ち上がり、翡翠色の瞳をこちらに向けてきた。
「嘘……夢でしょ、これ……」
これが、立花美天と姫野麻里亜――
To be continued
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