第37話 4時間前の感謝

「少しは落ち着いたか?」


拓也はベンチに座っていた隆にコーヒーカップを渡す。


「・・・・」


コーヒーカップを受け取るも俺は何も返せなかった。


ここはsignalの通路だった。電気は少しだけついており、明るくはなかった。冬の夕方のような暗さがあった。


「俺から1つお礼を言わせてくれ。」


拓也はコーヒーカップを地面に置いて言う。


「俺の姉を愛してくれてありがとう。」


拓也は俺に対して深くお辞儀をした。


拓也はそう言い、立ち去ると俺は少し温くなっていたコーヒーを口につける。


色合いから見てブラックであるはずだが苦味を感じない。まるで無色透明な水を飲んでいるように感じた。


「・・・・・・」


言葉に出来ない思いがこみ上げてくる。自分の非力さ、自分の無力さを感じながら飲むコーヒーの味を確かめながら。








「やめてくれええええええ!」


4時間前、俺と拓也はUBに襲われていた。


そのUBもいつものUBではなく、俺の愛する女であり、そして拓也の姉である風香が変化したものであったからだ。


彼女はUBを自分の影から呼び出すと無慈悲にも俺と拓也を襲い始めたのだ。


俺はこの事態を飲み込みきれなかったがタイミング良くやってきた巨人は彼女の呼び出したUBを容赦なく蹴散らしたのだ。


「殺せ!その女を!そいつは人じゃない!化物なんだ!」


拓也は巨人に風香を殺すように命じた。


「やめてくれ!UBは倒した!これ以上何をしようというんだ!」


俺は巨人を止めるように説得する。


「うるさぁい!」


拓也は俺の頬を思い切り殴り、地に伏せさせた。


「今だ!やれ!巨人!」


ただ呆然と棒立ちしている風香。まるで魂が抜けきったようにも見えた。


「やめろおおおおおおおおお!」


俺がそう叫ぶ中、巨人は風香に拳を振り落とす。


グシャッ!惨たらしい音が森に響いた。


「ああ・・・・ああ・・・・」


俺はその時、目の前に起こった出来事を受け止めきれずにパンクしそうであった。


振り落とされた拳は確かに風香に命中した。が、巨人の拳が地面についた時、彼女は砂になった。


普通なら肉片をまき散らし、血が噴出するような事態になるのだが彼女は砂になって消えたのだ。


「一体どういう事なんだ・・・・?」


俺も拓也は何が起こったのか分からずにいた。人間ではなく、UBであることは承知した上でも何故「砂になって消えた」のかがわからなかったのだ。


「調査班、今すぐきてくれ!この砂を調査するんだ!」


拓也は真っ先に携帯で連絡した。10分後、調査隊がやってきて、調査が始まった。


彼女は砂になって消えることによってこの事件は終結した。あまりにも儚く、あまりにもあっけなかった。




と、俺が覚えているのはここまでだった。事態を把握するのに1時間かかり、それを受け入れるのに1時間かかった。signalに収容された時は放心状態で目も虚ろになっていたらしい。自分で意識が無かったからおそらく事実だろう。

もう1口コーヒーを口に含む。


「苦い・・・・・。」


どうやら味覚は元に戻ってきたらしい。

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