第二章 -堕天- ⑪

 リーシャは深いため息をついた。

 悪さをする子供に呆れているお母さんのようだ。


「いいかルーシー。魔界からの脱走は重罪なんだ。下手すりゃ永遠の拷問――いや、アンタなら確実に“浄化”される。今のうちに戻れば、まだ王に知られずに済むんだ。さあ、戻れ」


 本気の説得だった。

 さっきまでのような茶化す雰囲気も遊んでいる様子も見せずに、リーシャはルーシーを説得していた。


 話の流れから察するに、浄化というのは、僕たちで言う死刑に相当するような刑罰だろう。


 けれどそんな事実を突きつけられ、リーシャの説得があってもなお、ルーシーは首を横に振った。


 失敗すれば殺されるとわかっていても。

 それでも彼女は天界に行くことを願っていた。



 苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちするリーシャ。


 ルーシーが動かないことを悟ったのか、こっちを向いた。僕を説得することを選択したようだ。


「リーシャ!」


 ようやく回復したルーシーが、立ち上がった。


 彼女は僕に何かを隠していたようだった。

 それが露見することを恐れたのだろう、まだ若干ふらつく足取りながら、一直線に僕とリーシャの間へ割って入ろうとする。


 けれど、



「あまりあたしを怒らせるんじゃねえぞ」



 突進してくるルーシーを、リーシャは容赦なく地に叩き付けた。

 あまりに速すぎて僕には視認することさえ出来なかったけれど、リーシャは片手だけでルーシーを掴み、持ち上げ、叩き付け――それを何度か繰り返した後、また壁に向かってルーシーを投げ飛ばした。


 過度に暴力的な行動から、彼女の怒りの凄まじいとわかる。


「甘えんなっつってんだろうが。ガキじゃねえんだからよ、テメェの罪から逃げてんじゃねえよ!」


 ルーシーはダメージが大きすぎるのか、かろうじて意識はあるようだったけれど、ほとんど動くことも出来ないようだった。



 リーシャは僕の方に向き直る。


「タカヤ。あいつがどんな風に自分を紹介したかは知らないが、あいつは自分を“魔族”と名乗っただろう?」


「は、はい……」


「いいか、それは嘘っぱちだ。


 魔族じゃない。

 黒い翼、黒い尾、とがった耳、牙のような犬歯。

 それでもルーシーは、魔族じゃない。


「ルーシーはな」


 真剣な表情で、重たい口調で、リーシャは言葉を紡ぐ。

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