第二章 -堕天- ⑨

 くっくっ、と笑うリーシャ。


「それにしてもあっけないな。あと八回はダウン出来るが、もう降参するかい?」


 ルーシーは鋭い目つきでリーシャを睨み付ける。咳込むことさえ出来ずに喘ぎながら、その双眸には力強さが消えることなく残っていた。


「ふむ」


 そんなルーシーの様子を見て、軽く笑みを浮かべたリーシャは、


「どうやらまだやる気はあるみたいだな。こりゃ思っていた以上に意志は固いようだが……ルーシー、まさかそこの人間と逢引するために魔界を抜け出したわけじゃあないよな?」


「………………」


 ルーシーは答えない。

 天界に行くという目的を、黙秘している。


「……そうかい」


 リーシャはつまらなさそうに呟いて、僕の方を向いた。


 そして無言のまま、僕の方に向けていた腕を、自分の方へと引く。

 するとその動きに合わせて、僕の体が彼女の方へと引き寄せられた。為す術もなく、僕はリーシャの懐に入る。


「うん。人間の魂は軽くていいや」


 リーシャは僕を抱くように支える。


 そこで何かに気が付いたように、ルーシーの顔色が変わった。


「リーシャ、お前まさか――」


「そのまさかさ。アンタが何をしようとしているかは知らないし、さほど興味があるわけでもないけどな。それを阻止するのがあたしの仕事だ。これ以上弱い者イジメってのも気が引けるし、勝負はあたしのTKO勝ちってことにして、さっさと終わらせるのもありかなってね」


「やめろぉ!」


 その叫びを、リーシャは嘲笑のもとに伏せた。



「バーカ。魔族は相手に情けなんかかけねぇんだよ」



 次の瞬間、僕は自分の胸の中にリーシャの指が沈み込んでいく光景を目の当たりにしていた。



 うあ……あ、ああ……。


 痛みはない。ただ、体の中に彼女の手という異物が存在することだけは如実に感じ取れてしまう。


 不快な感覚。

 何かをまさぐるように、指は動く。


「さっきも言ったが、このまま魂を抜いちまえば、契約は実質無効。魂を抜かれた人間は、いくらサキュバスの力でも操ることは出来ないぜ」


「くっ……」


 ルーシーは悔しそうにうつむくと、観念したように、


「……わかった。答えるから、そいつを放してくれ」


「そっちが先だろ?」


 そこでルーシーは一瞬だけためらったが、リーシャの指がさらに深く沈むのを見て、口を開いた。

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