第二章 -堕天- ⑧

 リーシャは何もしていなかった。

 ただただ不敵な笑みを浮かべていた。


 結局ルーシーは見えない壁を突破出来ず、攻撃に移る前よりも大きくリーシャから距離を取った。



「リーシャ……なんだこれは?」


「ん? バリア」


 冗談めかしたように、意地の悪い笑みを浮かべるリーシャ。


 まともに答えるつもりのないリーシャの返答を諦め、再び駆けだすルーシー。一息で跳躍し、上空からかぎ爪のような腕による一撃を放つも、やはりさっきと同じように障壁に阻まれた。


「ちっ……」


 ルーシーは素早く腕を引くと、そのまま空中で体をひねり、鋭い回し蹴りを放った。


 風を切った一撃は、それでもリーシャの笑みを少したりとも揺るがすことはない。



「んー、なかなかの威力だけど体重移動が全然なっちゃいないね。それじゃあせっかくの馬鹿力が六割も伝わらないぞ」


 言って、リーシャは初めて体を動かした。

 ゆったりと上半身をひねり、


「いいか、ルーシー。回し蹴りってのはね、こうやるんだ――よっ!」


 コマ送りの映像を見ているようだった。

 構えとフォロースルーの静止画を二コマで順番に見せられたかのような――始動のタイミングもインパクトの瞬間も見えない、正確無比、単純明快、文句のつけようのない回し蹴り。


 リーシャのすぐ近くの宙空にいたはずのルーシーはいつの間にかそこにはいなくて、強烈な衝撃音とともに、彼女は十メートル以上も離れた壁に背中から思い切り叩きつけられていた。


 ――圧倒的だった。


 月並みな表現だけれど、ルーシーの力だってもの凄かったはずだ。

 あんな肉食獣のような爪、撫でるだけで僕くらい引き裂かれてしまいそうだったのにも関わらず――それに比べてもリーシャの一蹴りがあまりに圧倒的で衝撃的だった。



「がっ……っ、はぁっ……あがっ……!」


 お腹を蹴り飛ばされ、背中を壁にしたたかに打ち付けたルーシーは、まともに呼吸が出来ていなかった。体の内側からこみ上げてくるものを必死に我慢しているようにも見えた。


 顔は青ざめていて、今にも気を失ってしまいそうだ。


「一ポイント、先取だな」


 ふふん、と得意げなリーシャ。


「そういやあたしとガチでやるのは初めてだよな。いつものお遊びであたしの力を測ってたか? それでどうにかイケるなんて思ったか? ――まあ、残念だったな」

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