第二章 -堕天- ⑦

「……本当に良いんだな?」


 けれどルーシーは、構わずリーシャの提案に乗った。


「ルー――…!!」


「黙って見てなって、タカヤ」


 リーシャが僕の方に伸ばしていた拳を握ると、ついに僕は言葉を発する自由さえ失ってしまっていた。

 僕は単なる傍観者の立ち位置を強制させられる。


「よーいドンはないぜ。いつでも好きなようにかかってきな」


 変わらない不敵な笑み。

 特に構えることもなく、ゆったりと自然体で立つリーシャ。


 ルーシーは緊張を解くように鋭く息を一つ吐き、右腕を軽く振った――ように見えた。



 何が起こったのか、僕にはまるでわからなかった。


 軽く振っただけのように見えたルーシーの腕は、実際には恐ろしいまでの速度で振られていたようで、僕の目には一瞬彼女の右ひじから先が消えたかのように見えた。


 そして再度現れた腕は――


「へぇ」


 リーシャから感心するような声が漏れる。


 ルーシーの元の腕の倍近い太さになるだろうか。たおやかな美しかった腕は、獣の腕のように変形していた。爪も太く長く変わり果て、どんなものでも切り裂けそうな刃物のようだ。


 余計に恐ろしいのは、それでも彼女を“美しい”と感じてしまうことだった。



「行くぞ」


 ルーシーは疾走した。

 十メートル近くもあった距離は、一息で縮まる。


 文字通り、目にも止まらない速さだった。


 リーシャは僕を捕らえておくために片腕を伸ばしたまま。しかももう片方の腕も防御に回そうともしていない。ただそこに余裕の笑みを浮かべて佇んでいるだけだ。


 飛来するイメージは、一面の朱色。

 数瞬先の未来の光景を恐れて、僕は叶わないと知りながら、目をつむろうと力を込めた。



 けれど、その未来のカタチは予想外のものによって裏切られた。

 それは、まるで銅鑼をバチで叩いたかのような、周囲の空気ごと僕の体を震わせるような、重く響き渡る“音”だった。


 衝撃波が僕の体を包み込んだ。



 攻撃を繰り出したルーシーの顔が驚愕に染まる。

 ルーシーの一撃は、リーシャの手前わずか十センチほどの空間で、見えない何かに阻まれるように止まっていた。

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