第二章 -堕天- ④

 腕っぷしは弱いし、勉強もからっきしだし、へたれだし、ネクラなオタクだ。異世界を旅するためのステータスなんてないし、何か役立つ特技もない。


 けれど、


「ごめんなさい」


 頭を下げた。

 僕の目の前には、驚いた顔をする、角を生やした魔族の女性。



「僕は、ルーシーに着いて行きます」



 実際には、字面にする何十倍も口ごもっていたけれど、僕はそう宣言したのだった。


 僕にはルーシーに着いて行かなければならない理由はない。けれど、僕は彼女に着いて行きたいと思ったのだ。彼女の手伝いをしたいと思ったのだ。


 理由は、たぶん。


 僕を映した紅色の瞳。

 その瞳が、とても哀しい色をしていたから──だと思う。



「タカヤ、お前……」


「ふぅん。なるほど、ルーシーに操られてってわけでもなさそうだ。あーあ、面倒なことになっちまったわ」


 不敵な笑みで、うそぶくリーシャ。

 面倒どころか、どこかワクワクしているようにも見える。


「タカヤが協力してくれりゃ何の苦労もなかったんだが、あたしも実力行使しなきゃならないってことかー……」


 間延びした口調に反して、ぴり、と空気が張り詰める。背骨を冷水が伝うかのように、ヒヤリとした。


 世界の色が、変わったかのようだった。



「良い展開だ」



 リーシャが右腕を僕の方へ向けた。拳を一度握り、開く仕草。


「リーシャ!」


 何かに気付いたように、ルーシーが叫ぶ。



「安心しろ。命は取らない」



 ぎゅっと、胸を掴まれた──そんな感覚に襲われた。

 いや、正確には、胸というよりもっと内側──心臓とか、そんな普通では意識できない部分を鷲掴みにされているような不思議な感覚。身体の内側に違和感が現れた。


「体が、動かない……」


 言葉を発する以外に、僕の意思で起こせる行動は何もなかった。


「あたしは吸魂種──生きるためにも魔力を行使するにも魂を必要とする燃費の悪い種族だが、その分、力の応用性はピカ一ってのが自慢なのさ」


 ということは、いま僕が彼女に掴まれているのは、魂……?


「ご明察」


 くっくっ、と楽しそうに笑うリーシャ。


「ま、体の良い人質ってことだ。アンタらが交わした魔力の供給契約は、魂の契約。つまりタカヤの魂を抜き取ってしまえば、契約は実質的に無効ってことだな」

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