第二章 -堕天- ①

 昔、テレビ番組で超常現象特集を見たことがある。


 おどろおどろしいテロップと不安を煽るようなBGMに乗せて、様々なビックリ映像が流されていたその番組の中で、とあるナレーションについて、僕は子供ながらに気になった。


「この世には科学では解明できないこともある」


 という文言だ。


 僕らを取り巻く様々な現象を論理的に説明でき、機械化が進み空まで飛べるようになって、なお進化を続ける科学でさえ、解明できないことがある──いまでは虚しいばかりに賢しかった子供の僕は、あの番組自体はヤラセだと思いながらも妙にわくわくしたものだった。


 あれから何年が経っただろう。


 当時よりも機械化がさらに進み、誰もが手のひらサイズの端末で世界と繋がることができるほど科学が発達し、やはりなお進化を求める現代。


 いまの僕にとって、もはや科学──というより理科を勉強することなんて、学校を卒業するために行う苦行の一環でしかなかった。

 ご都合主義を批判し、科学が解明しきった現象に彩られた世界を日常と認識し、その日常をただ享受し、そのことに安心しきっていた。


 ノーベル賞級の研究にもさほど興奮することもなく、自分でも冷めていると自覚するほどだ。


 そんな高校生の僕が、科学では解明できないこともある──なんて文言に懐かしく思いを馳せたのには、理由がある。


 人類が月に到達し、地球と環境が近い火星の探索も行われるほど世界が愚直に科学への信仰を進めているこの現代において、天地をひっくり返すほどのパラダイムシフトが起こったからだ。


 僕は識ったのだ。


 この世には、科学で解明できないどころか、な事象がある──という、冷然たる事実を。



 全てのきっかけは、僕の両親が事故でこの世を去ったことだった。


 両親の秘書をしていた前村さんから、僕の家系は代々扉守という役目を担ってきたのだと聞かされた。


 この扉守というのは、異世界の存在とコンタクトを取る人物のことを指すのだという。荒唐無稽で、信じがたい話なのだけれど、信じたくない話なのだけれど、どうやらそれは本当のことだったらしい。


 なぜなら僕は、長きに渡り交流の途絶えていた異世界の住人と、人類史において千年あまり振りの邂逅を果たしてしまったのだった。


 燃えるような緋色の長髪、血のように紅い瞳、尖った耳、牙のような犬歯、そして黒い翼──ルーシーと名乗るは、サキュバスの魔族だと言った。


 事実は小説より奇なりということわざを、これほど言葉通りに受け取ったのは、人類史上僕が初めてだろう。たしかに物語と現実の境界線を越えたいと願ったことはあったけれど、それは“越えられない”という常識の予防線を張っていたから願えたものだったのだ。


 ファンタジーは幻想だからこそ夢の世界であって、現実はどこまでも現実なのだった。



 そして。さらに。よりにもよって。


「お熱いねぇ、お二人さん」

 

 僕とルーシーが契約を交わし終えたその時、もう一人、幻想世界の住人が、僕の現実へと舞い降りてきた。


 金色の髪と瞳を持つ、角を生やした麗人が、異世界との扉である小さな祠に腰かけて笑っていた。

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