第一章 -邂逅- ㉒
「契約って、何をするんですか?」
嬉しそうにしていたルーシーは、そこで明らかに口ごもって顔を反らした。
「……聞くな」
と、ぽつりと漏らす。
「え……まさか何か痛いこととかじゃ……!?」
自慢じゃないけれど、僕は痛いのが大嫌いだ。人を殴ったこともなければ、できる限り殴られる心配のないように大人しく生きてきた。
「安心しろ、痛みはない」
目をつぶっていろ、とルーシーは言った。
何をするのかといぶかしんでいるときに、視界を封じられたら不安倍増だ。
「嫌です! もしかして変なことするつもりですか!?」
「お前はどこの生娘だ」
ルーシーは嘆息し、一転、目にも止まらない速度で、僕に襲いかかった。
彼女の手で目を覆われる。暗闇のなか、ルーシーの体温と体の芯を溶かすような甘い匂いに包まれた。
耳元に吐息を感じる。囁くように、ルーシーは言った。
「契約とは、魔力を供給するための儀式だ。私はサキュバス──男の精を喰らう存在だ」
「精を──喰らう」
サキュバスとは、夢の中で男と体を交わらせる悪魔。
「でも、さすがにそれはお互い厳しいから、代わりの方法を取ることにした。どちらにせよ好きでもない女とするのは嫌かもしれないけど、勘弁してくれ」
その声を最後に、数瞬の間があった。
そして、ルーシーが、僕の顔に近付いてきた。目が見えなくても、肌で、香りで──五感で感じる。視覚を奪われようとも、逃れられない魅力。
柔らかくて湿り気を帯びた温かな何かが、僕の唇を塞いだ。
初めての感触だった。溶け合うようだった。
脳を突き抜ける快感が僕を襲った。
息が苦しくて、呼吸をしようとすると、ルーシーの熱を帯びた息と混じり合う感覚があった。
くぐもった彼女の声に、蕩ける。
気持ちよくて、苦しくて、けれど、気持ちよくて──恍惚の喧騒の中、蕩けていく。
こうして、僕は史上初、現実世界でサキュバスにファーストキスを奪われた男になったのだった。
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