第一章 -邂逅- ㉑

「タカヤ。お前を呼ぶために使ってしまったが、実は私はこの力が好きじゃないんだ。できることなら使わずに済ませたい──が、背に腹は代えられないからな」


 ルーシーの瞳が揺らいだように見えた。哀しい色が濃くなり、同時に魔性が強くなる──つまり彼女の美しさが、魅力が、一瞬にして増したのだ。


 真実を知ってからだと、恐怖でしかない。さらに怖いのは、恐れながらも僕は彼女に惹かれかけていることだ。


 弱っちいガードなんて、それごと吹き飛ばすほどの、暴力的な魅力。


「お前の身の安全は保証する。自分の意思で私と契約するか、私の人形として意思を消し去られ操り人形になるか、選んでくれ」


 言葉が若干柔らかいものの、それはまごうことなき脅迫だった。


 異世界からやってきた存在のくせに、僕を従わせる手段が妙に現実的だ。僕には、一つの答えしか出すことができなかった。


 扉守歴、数時間。


 そもそも正式な手続きも踏んでおらず、まだ扉守でさえないと言えるのかもしれない僕、比護隆也は、こうして夢見たはずの境界の向こう側と邂逅を果たした。嗚呼。願わくば、僕のような不幸な者は、僕だけでありますように──


 下手をすると冗談抜きで辞世の句になりかねない文章を頭の中で唱えながら(現実逃避だ)、僕は観念して顔を伏せながらルーシーに右手を差し出した。


 大きな安堵のため息が、僕の耳に届いた。同時に、差し出した右手が彼女の両手に包まれ、強く引き寄せられる。


 慌てて顔を上げると、眼前十センチの距離に魅力の塊が満面の花を咲かせていた。


「──────」


 心臓がバクンと跳ねた。


 身体中の血液が興奮と共に一斉に駆け回る。体温が上昇するのがはっきりと分かった。


 これも、誘惑の力によるものなのか。

 それともさっきの哀しい表情からのギャップにあてられた、僕自身の気持ちによるものなのか。


 緋色の髪、紅い瞳、尖った耳、鋭い犬歯、黒い翼──姿は人間で、形は人間ではない存在。サキュバスの、魔族。



「タカヤ、それじゃあ契約だ」



 ルーシーは、僕にその場に座るように言った。大人しく従う。


 ルーシーも僕の対面に腰を下ろした。

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